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追憶 先生の恋 スキャンダル

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昨日の一件は研究所内にちょっとした話題を提供した。


『クレージーだわ  彼!』
ナオミは実験データを解析している間も 昨日の早瀬ヒカルの行動に怒りが納まらない。

『あれから 病棟のナースがヒカルを拉致して 彼……安定剤をぶち込まれたらしいわ…』

別の研究員がその後を聞いていた。

『お気の毒ぅ…』

……………………………………


(…オゥ…ジーザスゥ )研究員が胸で十字をきる。

その場で失笑がおこる。

……………『安定剤なんて!」

少し離れた所で電子顕微鏡を覗いていたララが反応する。その場にいたDrや研究員達がララに視線を向けた。

         ………………

『あらぁ…当然よぉ!  私なら拘束着 着させて病室から出さない』

ナオミは ララの反応が気に入らない。





『バカ 言わないで!ナオミッ 』ララの表情はマスクとゴーグルに覆われ知る事が出来ない。


『ヒカルに何を ぶち込んだのかしら……あれからずっと寝たままだったって、ナースが言ってた』


〝……!バシッ〟ララがゴーグルをその場に投げ突け


『ちょっと病棟行って来る!』


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

〝 バッタンッ〟ドアが激しく閉まる。


 ………………… ……………………………………



ナオミと、女性研究員達はララの後を追いかける。


『昨日の病棟担当医は?』
ステーション内はナースが出払っているせいで閑散としている。

『Drミラー…昨日は大変だったみたいで…』

体格の良い男性医師がニヤつきながら 対応する。


………………

『昨日 早瀬ヒカルに安定剤処方したドクターは……… あなた?』

ララの表情は普段と変わらない。

『いや…僕は日勤だから  』

その医師は昨日の医師のシフトリストをララに見せる。

『しかし…あの “Jap !” 礼儀知らずもいいところだ』

医師の忌ま忌ましそうな声もララには通じない。


『わかったありがとう…………、それと貴方っ! 同盟国を侮蔑するスラングは頂けないわ!言葉には気をつけなさいっ』

そのまま医局に向かう。


〝 ガチャッ〟ドアが開く。

突然の訪問者に医局にいた医師達がドアの方に視線を移す。

ララは、医局内を厳しい視線で見回す。



『Drオニールって 居る?』

皆の視線はオニールに向けられる。 その場の一同はララが若い日本人に衆目の面前で侮辱されたと聞かされていた。  後を追いかけて来たナオミ達が固唾をのんで見守る。


『ミラー博士、初めましてDrオニールです』
握手を求める。



アイルランド系の綺麗な銀髪と 水色の瞳意思の強そうな締まっ唇が赤く美しい。オニールは優しく微笑む。

彼が差し出した手に触れる事なく、

『話しがあるの…』

ララは オニールの瞳を見つめる。


『話しって…?』
友好的でない様子が、Drミラーの表情でやっと 察したオニールの綺麗な顔が強張る。


『此処で 話す?場所を変えてもいいけど…』

ララは、周りの視線を鋭く見返す。


『あ…私は別に…』

Drオニールが同僚の手前もあり強がる。

………………


『そう…わかったわ…昨日の ヒカル.ハヤセのカルテ見させて 貰ったわ……………………あの処方は貴方の一存…?』


Drオニールは返事に困る。

『ミラー博士  あの患者の治療方針には私もアドバイスしました 』

横から指導医のDrコーハンが割り込む。

『わかりました…では、どちらと話せばいいかしら?』

ララの視線は厳しさを増す。

『場所を移しましょうか…』
Drコーハンが言うが早いか…



『暴れる患者を おとなしくさせる事がいけませんか?』

Drオニールがヒステリックに反論する。  ララはツカツカとDrオニールの前に歩みでると


〝 ガ ッ ツーーン!〟 彼の顔面を拳で思いっきり殴った。



『あっちゃ…ララったら…空手3段だって事忘れちゃって…』

ナオミは目を覆う。
その場に倒れ失神してしまったDrオニールを尻目に 背後のDrコーハンに真正面から向き合うと、

『ビリー・コーハン よく 聞きなさい!  ヒカル.ハヤセは精神疾患で入院しているわけではない! にも関わらず、昨日 彼に処方した抗不安薬は、我が病院でも 投薬禁止リストに入れるかで審議中のものです!……治験の許可も得ず、対象疾病でもない患者に投与した…
次の事故諮問委員会にこの件は答申します。言い訳はその時に!』


Drララハート・ミラーは、綺麗な鼻が歪みその場で鼻血を流し失神しているDrオニールを一瞥して医局を出ていく。




病棟に戻ってきた ララとナオミはステーションでヒカルを担当しているナースが 戻るまで、ヒカルのカルテを見ていた。

『コーハン…あいつの黒い噂本当かもね…』

ナオミが腕組みしてヒカルの投薬指示書を見る。

『今回はー白人主義が顔をもたげただけよ…』

ララがコーヒーメーカーの注ぎ口に紙コップを突っ込む。

『ヒカルがララに向かって杖を投げつけたから?』

『あの人達は、白人至上主義だもの…物を投げるって決闘の意思表示だよ………………』


…椅子に腰掛け脚を組みながらケラケラ笑う。



『ララ…?何が可笑しい?…』 ナオミも紙コップを突っ込んだ。

………………

『いやぁ…あの子さ  、エキセントリックで危なっかしい…』

ララの視線は宙をさ迷う…………………


『ララ…まだ忘れられないよね…?  』

食堂の左側の席   ヒュー.ミラーの席…




ナースは、ヒカルのバイタルは安定しているが前日とは別人のようだと話す。

『そう……ナオミついて来て!』


ララ達は ステーションを出て ヒカルの病室へ行く。


『入るわね …』返事もない。

早瀬ヒカルは 窓の外へ虚ろな視線を落としている。

『ヒカルっ…』
ララは、彼の目の前に座り両手で彼の顔を挟み 瞳孔の焦点を見る。
………!……………

ララを認識した瞳孔が、一瞬大きく開きフォーカスするが直ぐに戻る。



…………………… Drララハート! 何故? ここにいるんだ…………………  ……………………………………
貴女と 話しがしたい
  
 言葉が出ないーーーーーーーーーー…もどかしい




ララはナースにテキパキと指示を出す。

『水をたくさん 飲ませて頂戴…食事は取れてるの?』

『それが、朝から食べれてません』

付き添って来たナースがサマリーを確認する。


『じゃ点滴追加して…………………それから、明日以降でいいからベッド空き次第多床室に移して!』



『今後は 私かナオミ以外の指示書は無効よ!徹底してねっ』

ララは 再びヒカルを見つめる。優しく微笑む…

『貴方がいけないのよ……あんなやんちゃな事をするから…』

ララはヒカルの手を自分の手の平に重ねそっと撫でる。

ヒカルから目を離さず、

『明日には 楽に話せるようになるから今日は ナースの言う事を聞いてね…ベイビィ…』

Drララハート・ミラーは ヒカルの頬を優しく撫でた。



『ナオミ ここは任せたわ』と、部屋を出ていく 。





(ーー行くな…傍にいて…)





早瀬ヒカルは 通常は使わない精神安定剤(抗不安薬)を、ララへ杖を投げつけた暴挙の罰則として白人至上主義の医師に投薬された。その結果二日間は意識が朦朧とし識別できるようになっても呂律が回らないなどの障害に見舞われた。

Drミラーの適切な処置で 大事に至る事なく体調は順調に回復してきた 。あの日以来  Drナオミ.Wはほぼ毎日必ず様子を見に来るが、ララハートは一度も病室に来る事は無かった。



ギプスは既に外しシーネ(副木)に変わっている。ナオミはヒカルのベッドの端に座り手首で脈を取る。


『明日 診察して 問題無かったら 退院できるから』

……………………………………

(…結局ヒカルを ものにできなかった  )

ナオミは落胆を見せないように副木だけになったヒカルの右足の指先の血行を調べようとベッドから降りようとした時、

「……gee 」(ヒャッ)

ナオミの手首を引っ張り、強く抱きしめると耳に唇を寄せ、

「Thanks for   everything.」(今までありがとう)

早瀬ヒカルのセクシーなサプライズにナオミは蕩ける。

「…aha…hmmm  」(アハァ…フーン)

うっとりと囁く…

「 I want you to   Kiss me.」 (キスして…)

「…sure 」(もちろん)

ぽってりしたなまめかしいヒカルの唇が 彼女の薄い小さな唇を塞ぐ。ナオミはヒカルにしがみつき経験した限りの甘くセクシーなキスを返す。


「…痛てぇっ!!」
ヒカルにのしかかったナオミのグラマラスな体重が右足にかかる。

「  darn.!!!」(くっそーッ)
ナオミは思わず下品に舌打ちし、 続きを断念する。




ラボと病棟の間の中庭  
建物に沿ったテラコッタの敷石の中央は、手入れの行き届いた芝生が敷き詰められ、昼休みは このメディカルセンターに出入りする人々が集う。


早瀬ヒカルは杖を使う事なく芝生の上を歩く。左手首はほぼ完治状態で可動域制限も無い。

ラボの食堂の窓際にDrララハート.Mの姿を見つけていた。ララが肘を突き視線をこちらに向けているのが判る。突然彼女の見ている視線の中で逆立ちを始める。

『また やってる…よ』

ララと同席している研究員が苦笑する。ヒカルは逆立ちのまま 一歩  二歩と脚でバランスを取りながら進み始める。

ララはヒカルの奔放さが嫌いではない。

『ララ…彼… 貴女にぞっこんよ…ちょっと悔しいけど  』
ナオミがランチのパスタをフォークで巻き取る。


『もう いい加減  ヒューの事は忘れるべきよ!  死んだ者は帰ってこないんだから…』
ナオミが痺れを切らして禁慰の言葉を言う。

『私 ヒカルがなんだかヒューに似てる気がするの』



( ナオミ… 貴女に言われなくても 彼のすること 成すこと  ヒューが帰って来たと錯覚する…今だって  一目も憚らず バカ して…)

『……!』
ヒカルが芝生の上に倒れ込む。

ララは 堰を切ったように、席を立ち駆け出す。


『あ~ぁ 面倒くさい…私にはこんなまどろっこしい恋は無理……』ナオミが呟く。


ヒカルの目にはラボの食堂の窓際に居るはずのララの姿が映らなかった。



「…darn (ちぇッ)」
そのまま 腕を後頭部で組み瞼を閉じる。明日退院が決まり次第予定通り南米へ渡る決心がついた。



「 Silly…」( おばかさん)

寝転ぶヒカルの隣に白衣の金髪美人が座る。ヒカルは太陽で眩しい中 薄目を開ける。逆光で表情がわからない。そのままわからない顔が近づく。


………………………………………………………………


二人は芝生の真ん中で、抱き合い熱いキスを交わす。




ララの情熱的なキスはヒカルを翻弄する。


(ウハァ…)
ヒカルの舌に絡み付く 淫秘なララの舌使いは、ヒカルの下腹部の欲情を強烈に競り上げる。歯列をなぞりながら唇が自然と吸い付き何度も角度と位置を変え塞ぐ。息が出来ず朦朧としてくる。

(ふぅふぁぁー)
ヒカルの未熟な胸板にむっちりと脂肪が乗った二つの塊がピタリと押し付けられる。馬乗りになったララがヒカルの唇を離した時にはヒカルは真っ赤にのぼせ上がる。

(………ハァァ)


『ヒカル…初めて逢った時から無視できなかったわ…』


『ずっと無視したくせに…』

……………………………………

ヒカルの視線が嫉ましげにララを見つめる。



『無視しようと努めたの…………だって…』


今度は、ヒカルがララを力任せに引き寄せ 体勢が反転する。
がむしゃらに抱きしめると、言葉がついてでる。

「Look at me    forevr.」  (僕をずっと見て…)


ララを組み敷き 上から手首を押さえ指を絡める。真っ直ぐな瞳が
ララに懇願する。


(…ヒカル…)

「I'm crazy for you.」(君に夢中だ)

激情のままに乱暴なキスを繰り返し 白衣のしたのスクラブの隙間から覗く豊満な胸の谷間に顔を埋める。

「I need you.」 (君が…欲しい)


『…うふぅぅ』

ララは瞼をとじてヒカルを胸に抱きとめる。
……………………………………………!

ララの脳裏に死んだ恋人が蘇る。


(…ヒュー………!!)

抱きしめていた腕の力が抜ける。

……………………………………………………………………




『ヒカル…ごめん 』………………

ヒカルの体を  退けるように体をずらす。


『はぁ!何言ってるんだ…意味わかんねぇ…』

腕から擦り抜けたララを拗ねた目で睨む。ヒカルの真っ直ぐな視線が ララの心に突き刺さる…。

……………………………


『貴方が、凄く‘ クール’  だったから………、つい…グッと、…ここに…ね…………………』


ララは 白衣の上から左側の胸をポンと叩く。  そして…苦し気な表情から一転………、ヒカルの瞳を見据え…ニッと、不敵な笑みを浮かべた。   いつもの強い Drララハート・ミラーに戻る。



『 最近…男っ気無かったからさ、ちょっと飢えてたんだよね……………ん、ヒカルの若い フェロモン 頂いたってわけ、凄くセクシー………素敵なキスだった………、明日の診察 忘れないでね!』

ヒカルの肩を押し退け ララがその場を立ち上がる。

   早瀬ヒカルは、茫然と見上げる。


『ヒカル…………じゃあね~』


スクラブパンツについた枯れ草をパンパンとはたき 、ララは振り向く事もなくラボに戻っていく。

――――――――――――――

「くそっ!!!」
芝生をむしり取りな投げつける。

「っんだァ――ざけんなっ!ウワ――――ッ」


……………


(…何ぃ! あんた一人で  完結してんだよ… …!!!)


むしられた芝生が、ハラハラと秋風に乗り空中に舞う。
その場に仰向けに 倒れ込み、秋晴れの空を虚ろに見詰める。






早瀬ヒカルは 約一ヶ月近くの入院生活を送り退院した。


その後、南米  から オーストラリアへと渡り歩き 、春休み中の妹、黒崎ミチコとカリフォルニアで落ち合い、二人揃って日本に帰国することになった。



5ヶ月前…
事故で搬送されたメディカルセンターでの手酷い   失恋…。
相手は年上のドクター。 若い早瀬ヒカルには手も足も出ない大人の女性だった。どうしてももう一度逢いたい。  逢いたい気持ちがヒカルをメディカルセンターへ向かわせる。





(  逢って…本心をもう一度確かめたい…)

日本に帰国すれば、おそらく一生逢えないかもしれない…こんな苦しい感情を抱いたまま帰国できない…焦れる気持ちが、彼を動かす。 ヒカルは熱い恋慕を秘め、戸惑いより先に行動に移さずにはいられなかった。メディカルセンターから直接  研究所の受付に行く。


面会を申し込む。受付の職員が困惑しながら、内線電話でラボに問い合わせる 。


『 しばらくお待ち下さい 』


ヒカルは 研究所の一階から中庭を見つめる。




        逢いたい…逢いたい

                              …………


抱きしめたい





※※※※※※※※※※※※※※※※



『あの時の ヒカルの顔ったら…』

ナオミは すやすやと寝息を立てて眠る 綾野ミチルに視線を落としながら、思い出し笑いする。ミチルの体調に、問題無いとナオミに太鼓判を押され  先生はヴィラの ホームバーでバーボンを作り、

『ダブルでいいか?』
ナオミとグラスを交わす。


『ミチルの これからについては、ナオミにも相談したい…』


バーカウンターに寄り掛かり 琥珀色に艶めくバーボンのグラスを揺らす。

『ヒカルが 私に頼み事をするのは…二度目だね…』

ナオミは穏やかに微笑む。


『えっ  そうか…ナオミに頼まれる事はあっても、俺が  頼んだ事今まであったかぁ?』


また 黒崎ヒカルのなまめかしい微笑みがナオミをドキドキさせる。


『…ったくぅ……カッコ悪い事は直ぐに忘れるんだから… フフ』

ナオミは ほんのり頬を染めバーボンのグラスを傾ける。



(…あの時の ヒカルの顔  …………忘れられないわ …ウフひどい顔だった! )


※※※※※※※※※※※※※※※※



研究所のロビーの窓越しに 中庭で休憩中の職員や入院中の患者達を虚ろに眺める。研究所内を行き交う職員達は、ヒカルの事を覚えていた。  しかし、誰もがヒカルに対して批判的な視線を投げかけるだけ…


『何しに来たんだ! あのJap』

『のうのうと、良く来れたもんだ』

露骨に陰口を言う職員もいる。


(……ちっ、こいつら 何なんだ っ)

ヒカルは、怒りが爆発するのを押さえ…ララを待つ。

『ヒカル!』

( ナオミ?)ヒカルが振り返ると、そこにDrナオミ.Wが立っていた。


“ どうしようもないのよ  諦めて…”と、ヒカルに訴える。

『ララは 何処だ』
ヒカルの質問に ナオミは首を横に振る。




『ララは 退職したの…』



『ヒカル…ここはマズイから他へいきましょう』

ナオミはヒカルの手を取りラボの奥まった資料室へヒカルを誘う。


『ヒカル…ちょっと合わない 間に随分男っぽくなって…何処を彷徨って来たのぉ? 脚も完治だね…南米は何処まで行ったの……いつアメリカに戻って来たのよ?…』
………………

ナオミがララの話題を避けているのが見え透いているだけに ヒカルは 虚しさを憶えた。


『何なんだ!ララはどこへ行ったんだっ?  ここを辞めて他の病院にでもくら替えしたのか!』

ヒカルの目が 赤く充血してくる。怒りを通り越し 涙目になる。


『ヒカル…』

(…貴方  泣かないでよね…)


『あの女に 逢いたいんだ!確かめたい事があるんだっ ナオミ!ここを辞めて…いったいどこに行った!  どこの病院だ…? お願いだ教えて…』 


ヒカルの目から涙が溢れ落ちる。ヒカルは天井に目をやり流れた涙は拭う事もしない。


(…ヒカル…)

『泣くぅ⁈  あなた…どれだけララが好きなの…よっ …………』

ナオミが俯き悔しがる。

…………………………………


( ヒカル…貴方に 嘘はつきたくない…だけど…言っていいのか…
……………………)

ナオミが困惑する。

ヒカルは頭を掻きむしり

『ナオミっ 何を隠しているんだ!ララは今、どこなんだ』


………………


『ヒカル………、ヒカルが退院してから 病院内でいろいろあって…
ララは … 傷害容疑で逮捕されたの…………』


『傷害容疑って!あいつ何やらかしたんだ…医療過誤?』

ヒカルの表情が鋭く変わる。

『ララは 今何処にいる?』


ナオミは俯き加減に両方の手の平を広げ心配 要らないとゼスチャーする。

『大丈夫、いい弁護士つけているから すぐに保釈されたわ』

ナオミの硬い表情も和らぐ。


『逮捕って 原因は何?』

ヒカルは、とりあえず保釈されている事実に安堵する。しかし、ヒカルに話すべきか…ナオミはまだ悩む。


『何聞かされても 驚かないから 話して欲しいナオミ!』

………………………………………

『ララったら、医局のオニールを、ぶん殴って鼻をへし折ったのよ…』

『…はぁ? なんだって‼︎ 』
ヒカルはもう一度聴き直す。

『だから!男に怪我させて訴えられたの…‼︎ 』

ナオミが天井を仰ぐ。



『………てっ⁈ 何してんの? ん で 、失職…バッカじゃん!幾つなんだよっ   くっそっ!』


ヒカルは足元の段ボールを思いっきり蹴飛ばす。


(その原因はあんたなんだから…ね!ヒカル…)

ナオミが呟く。



中庭で ヒカルがしたララへの派手な求愛行動は、白人至上主義の指導医コーハンの過激な思想に火を付けた。Drオニールに指示を出し速効性と依存性の高い抗不安薬を早瀬ヒカルに過量投与した。

ララはコーハンを病院に告発する。コーハンは減給 指導医資格剥奪の懲戒処分をうけた。オニールは、指導医に指示されただけとの判断で不問に付されたが、ララに暴行を受けたと刑事告発した。ララは傷害容疑で逮捕された。 病院内はララを擁護する声が多数あがったが、傷害を受けたオニールが 病院側の説得も聞き入れず告発を取下げない。この騒動の渦中の ‘日本人' は、退院し放浪旅に出てしまった後だった。オニールは 証人が退院した事も計算に入れての告発だった。

明らかに アメリカの医療界から医師としてのララハート.ミラーを抹殺するつもりだった。



病院側は、同僚とはいえ 他人に怪我を負わせた医師の勤務は病院経営にとってのダメージになると判断し、保釈中のDrミラーに ‘転職' を持ち掛ける。



恋焦がれた人を…自分が窮地に追い込んでしまった。呼吸ができない程、胸が締め付けられ 体は小刻みに震える。奥歯を噛み締め 怒りが込み上げてきても何もすることができない。


( ナオミの言うとおり…だ…ふらふら放浪している学生ふぜいにできる事など何もない…Drミラーの研究者としての輝かしい未来を、自分の軽率な行動が、奪いさってしまった………)


早瀬ヒカルは ラボの資料室の中…Drナオミ.Wの前で頭を抱えしゃがみ込む。

…………………………………………
                                         …………………

ナオミとしては若いヒカルが、傷つく事が わかっていてわざわざ事実を伝えたくは無かった。


『…ヒカル…貴方のせいじゃないのよ、白人至上主義の人種差別がおこした問題なの…』



(そんな辛い顔しないで…)


ナオミはしゃがみ込むヒカルを 抱きしめる。



当のララは、手酷くふった日本人の若いバックパッカーが、まさか舞い戻って来た事など 夢にも思ってはいない。 水面下では司法取引が行われていた。 取引きが失敗におわった時  裁判となればスキャンダルは避けられないかもしれない。そうなる前にメディカルセンターには退職願を出していた。



屈み込むヒカルは、呻くように言葉を絞り出す。


『ナオミ………俺… に 何かできる事は無い…?……どんな事でもしたい…彼女のためなら…、』


ナオミは

『ジーザス………』
と天井を仰ぎ胸で十字をきると、


『ヒカル…今  貴方にできる事は何もない…、早く日本に帰って貴方がすべき事をしなさい……ララもそれをきっと望んでる、絶対に神様は、あなたたち二人を見捨てるはずないから、………』


ナオミの言葉は 早瀬ヒカルの無力感に追い撃ちをかける。早瀬ヒカルは窮地のララに会うことすらできず、妹 黒崎ミチコと約二年ぶりの羽田空港に降り立つ。


                    まだ肌寒い3月上旬…



“  日本に帰って、貴方がすべき事をしなさい…ララもそれを望んる”



(もう…女は…いい )





















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