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先生の自宅にて‥
しおりを挟む先生の部屋の前のインターホンの認証モニター。
私の顔を認証出来ているか、確かめろと指図する。
…小さなモニターに顔を近付けると、
スムースなロック解除の音。
「よ~しっ 上等だ」満足げに声を発っする先生…まるで子供
ドアを開け 先にリビングまで行くと、
「そこへ 座ってろよ」私にソファを勧めてくれた。
先生本人はキッチンへ行く。私はソファに腰掛けて部屋を見渡した。30畳ほどの大きなLDKは 仕切りなく すべて見渡せる。無駄がなく 物が少ない。中庭に面した開口部は防音断熱の強化硝子。
全面FIX窓(はめ殺し窓)北東側ながら、採光が十分取れるように 設計されている。腰壁に沿って、ソファが作り付けられ 、テーブル越しにオットマンも 用意されている。
キッチンは 最先端、アイランドシンク。 レンジ 食洗機 電磁調理機 、調理に必要なものが コンパクトにおさまっている。アイランドの周りにカウンター風のスペースをとり 、食事は調理を見ながら 摂ることもできる。
建物の外観はパール加工したタイル張りながら 内装は持ち主のフリープランなのだろうか、 先生の部屋は、建物の外壁と相反した コンクリートの打ちっぱなし。躯体のボルトの剥き出しがモダンで洒落ている。コンクリートといっても鏡面仕上げが施されてなめらかな表面になっている。手のひらで冷たい壁を撫でてその感触を確かめてみる。床は全面コルク張り。 コルクは保温性がありクッション効果も高く足腰に負担が掛からない高級床材料。コルクの色むらが温かみを醸し出している。 機能的ながら美意識が高い。
( センスが良いのは設計士さん? それとも先生? )
先生はキッチンで冷えた牛乳を飲んでる。
(牛乳だって!)
私は、キッチンでうろついている先生に部屋を見たいとねだった。
先生は何やら作りながら、
「迷子になるぞ」と、ふざける。
自分のテリトリーだと、余裕があるのか笑え無いジョークを返された。 私はリビングから階下に通じる階段を下りてみた。
先生の家は、人気のいわゆるメゾネットタイプ、しかも階下にプライベートスペースがあるお洒落なタイプ。 一階に下りると右手と正面にスライドタイプの扉があった。右側を開けると、パウダールームを備えたサニタリー。中に入ると、右側に浴室への扉があり、浴室から中庭が見渡せるスモーク硝子の張り出し窓。天井はFIXの天窓で夜空を見ながら入浴できる。
「うわぁ、ゴウジャスゥっ、大理石張りじゃん」
洗面所の別扉をスライドすると…
(広い寝室…)
キングサイズのベッドは先生が毎日 寝起きする場所。
白い寝具の乱れが 生々しい先生の寝姿を想像させてくれる。
(ここで女の人とエッチしちゃう?)
恥ずかしい妄想が私の脳内を巡る。 私は各部屋を一回りして2階へ戻った。
リビングに戻ると先生は、Tシャツにバミューダ姿でテレビを見ながらヘラヘラ笑っている。 手には赤ワイン。トレイに規則正しくチーズや生ハムをトッピングしたクラッカーが並べられている。
( ヘェ~自分で出来るじゃん!)
「おい、探検すんだら早く取っ掛かってくれ!もうすぐ 【医界】と【最新低侵襲手技】の編集者が原稿取りにくるから」
先生はリビングのソファでだらし無く寝そべってクラッカーを頬張っている。 無精髭も帰国した時から剃っていない…
(っつぅかぁ… ホームレスじゃん)
私は先生のノートパソコンを立ち上げる。
(煩い!) テレビを見ながらヘラヘラ笑ってる先生の無作法な笑い声が私のカンに障る。
「う~っ、邪魔っ、 うるさいから、あっち行って!」
「…ッなんだよ…」 先生は文句をいいながらキッチンの小さいテレビをつけた。
邪魔者を追っ払い、私は仕事に取り掛かる。原稿場面が出ると一気に仕上げにかかった。 一度経験した強み。だいたいの文脈 構成は把握している。 難しい医療用語や技術 手術の流れは赤本で確認する。
2~ 3ページの 原稿なら数分もあればだいたい先生に見せられた。
プリンターはキッチンの隅にあった。先生は ワイン片手にクラッカーを口にくわえプリントアウトされた 原稿に目を落としていく。
私の傍まで来ると、引き出しから赤鉛筆を取り出して、加筆したり主語の入れ替えなど細かなチェックをして私に突き返してきた。
(ムッカ‼︎)
私はそれを確認すると黙って原稿を手直しした。 先生はモニターの文字を目で追う。
「よし!合格」 先生は私の頭を撫でた。
原稿を再びプリントアウトしながらキッチンにあるプリンターから打ち出される仕上り原稿に、目通しする先生に尋ねてみた。
「次はぁ? たしか、まだあったよね」
「ああ、後のは締め切りまでまだ間があるから…」
キッチンのテレビで、お笑い番組に夢中になって無邪気にヘラヘラ笑ってる。リビングの床に座り込んでた私は、先生の近くにパソコンを持って近づき、先生の耳を引っ張った。
「痛でぇ―!痛てぇなぁ!」と、私を睨む。
「今すぐに出来てる原稿あるなら出して下さいよっ!救急とかの連絡入ったら、原稿のこずかい稼ぎどころじゃなくなるでしょっ⁈ 早く出してっ」
目の前でパソコンを開いて見せた。
面倒そうに歪んだ先生の表情が可笑しい。
先生は、 「あと3誌だけ、たった3…だ…」
独り言を呟きながらパソコン操作してボックス内を探す。
(っくぅ…タグぐらい付けときなさいよ…っく、 まっ 従順だから今日のところは、勘弁してあげるけど…)
頭を撫で撫でしたくなった。
私はリビングで再度校正に取り掛かった。 ちょうどその時、マンション一階のエントランスから来客を知らせるチャイムが鳴った。
キッチンのセキュリティモニターから、来客の画像が映し出され、先生は来客を確認すると、エントランスのロックを解除した。
数分後、玄関チャイムが鳴り先生は玄関で来客に原稿を手渡した。編集者はその場で原稿を確認すると、何やら先生と打ち合わせしている姿がキッチンのモニターに鮮明に映し出された。私の方は[メデカルマガジン]と[外科の森]をだいたい終わらせることが出来ていた。
図解が多く、手直しはほとんど無かった。
(学生用の教材っぽい…) 私はリビングの床に座り、背筋を伸ばす。すると、欠伸が否応なしに出たが、3誌目に取り掛かった。先生は、編集者からの手土産を下げて リビングに戻ってきた。
「おいっ土産だ」 と、私の背後のソファに放り投げてよこした。
「ったくぅ、何が嬉しいんだか…」
(どうでもい…し)
モニターにメール着信の小さなアイコンが点滅した。
(メールだよ…)
「先生ぇっメールだよぉ‼︎ 」
メールと聞くや 先生はわざわざ私の背後に密着して来た。
背後の先生を背もたれ代わりにして再び背伸び。開いた脇に後ろから固く締まった腕を回して コアラ抱っこしてくれる。
(甘えちゃうからっ )
先生の深い懐にもたれて、ネコのように体をすり付け匂いを嗅ぐ。
先生は 私の肩越しにモニターのメールボックスをひらくと、
「へ~っ」と小さな声を出した。
私は構わず “先生座椅子” にもたれ 膝をひじ掛け代わりに くつろぐ♪
私の大好きなオヤジ臭を嗅げる。 クンクン♪
(先生のオヤジ臭でないとダメなんだよネェ…)
…ウットリ…していると
「オーストラリア …行くか?」
「えっ?」…いきなり何の事やら…
モニターのメールを読む。
(ケアンズのメデカルセンターでの 講演依頼? 来年? お正月…)
「そんな 先の事…約束できないよ…」
「そうかぁ…」先生のテンションが下がってる。
‘先生座椅子’ は勝手に動き出し私を背後から羽交い締めにする。
「じゃ 京都はどうだ?」先生は耳元にちくちく無精髭の頬を擦り付けて意地悪をしかけてくる。
「髭 痛いっ」私が抵抗すると
「痛いかっ !こらっ!どうだっ」
(???先生?もしかして…酔ってる?)
羽交い締めは解いてくれそうになく、
「京都に行くって言え!こらっ、ん?行こうぜ…」
(あらら やっぱり酔っ払ってるよ…仕方ないなぁ…)
私は逆らわないことにした。まるで うちの父親そっくりだ。
( うふっ かわいいじゃん 先生っ )
私は先生が力を弱めた一瞬 、向きを変えて抱きしめ返し大きな分厚い胸に顔を押し付け ‘大好き’ って囁いてみた。
キッチンの上には何時や知らずに ワインボルトルが 二本転がっている。
(ああ… あ )
先生の頭を抱き寄せ 、胸に押し付け頭を撫でる。
「行くか…? 一緒に…」
先生は うとうとしだす。
「行くよ…一緒だよ」先生の頭をそっとクッションの上に 乗せる。階下から タオルケットを持ってきて掛けながら
(無精髭・・・ オールバックの黒髪・・・)
先生の寝顔は飽きる事なく眺められる。
先生が酔い潰れている間に、3誌目の原稿に取り掛かる。
(…京都かぁ… 先生、京都へ何しに行くんだろ?学会かしら…)
この時 、時をおなじくして、私達と別れた加藤サヤカ…
サヤカは、彼氏のK大学院生の堺君と約束のデートのハズが、散々
友達の彼氏に見せつけられた事、その友達の彼氏が セレブな中年であること など 、など 心配と 興味と嫉妬と…感情が入り乱れながら報告していた。堺君は サヤカが 嫉妬しているのを見逃さなかった。
「焼ける?」と なにげに聞いた。
核心を突かれ、彼女はどぎまぎする。
(単純…な君)そのギャップが かわいい…と、堺君は サヤカを観察した。堺君にとって、何一つ欠ける事なくこの世に生を受ける人間もいると 思わせる一人がサヤカだった。家柄、美、知性、教養ユーモア、どれも持ち合わせているように思わせる。
加藤サヤカは、初めて 綾野ミチルにジェラシーを感じている。自分が経験したことのない大人の恋人… 未知の世界を友達が先に味わっている。 悔しさ…それに、あの “ヒカルさん”と呼ばれていた 男性は何物なのか、彼女に知りたいと思わせるほど、先生は魅惑的で危ない男に映った。
堺君にとって、サヤカは申し分のない彼女だった。自分のステータスを満足させるに充分な恋人。このまま結婚を視野に付き合ってもいいとさえ思っている。
堺君の実家は、代々政治家を沢山身内に持つ家柄で彼の父親も現役大物国会議員だった。兄も秘書をしながら時期選挙に立候補するための準備を進めている。堺君は、一方で親友香川タカシのミチルへの気持ちがどんどん大きくなっている事も気にしていた。応援したいが、綾野ミチルの彼氏について、情報は皆無に等しい。よほどの事がないかぎり、あの香川タカシに告白されて、断る女の子はいないと、確信はあるが…香川タカシの恋が叶うための力になりたいとこの時は思っていた。
ミチルを中心に、それぞれの思惑が複雑に交錯する。
(水の流れる音…)
目が覚めるまでに準備がいる。頭がボーとするのはいつもの事だった。 思いあたるのは、多分…リビングで うたた寝してしまったこと。 酔い潰れたはずの先生の方が先に起きて私を寝室まで運んでくれたのかもしれない。 柔らかい間接照明を虚ろに眺めながら、どうにでもなれと、眠くて眠くて瞼が鉛のように重い。
いつもながら貧血の症状には慣れている。 足元の扉が開く気配は解った。私は柔らかいケットに包まりながら、先生の事よりも眠気が優先する先生は頭にバスタオルを被りながら 裸のままベッドに腰掛けて私の様子を伺っている。
まどろみながらも、 先生に触れたくなる。
キングサイズのベッドの端から先生の座る対面に手を伸ばしたが、届かない。私は先生の裸の背中を虚しく見つめながら またうとうとと睡魔に襲われる。
(せんせぇ…離さないで、誰かにさらわれちゃうよ…恐いぃ)
体が浮遊している感覚が続いている。 先生が私の不安に気付いたかのように私の方に向いてくれた。 私は夢うつつのまま先生をさっきからずっと欲しがっていた。 先生は寝具の中に滑り込むように入ってきて絹に包まった私を簡単に引き寄せると、優しく抱きしめてくれた。 私はやっと安心して眠りの世界に戻る事が出来た。
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