上 下
13 / 62

そして 別れ

しおりを挟む
退院の日、先生は現れなかった。只野先生が見送りに来てくれた。
それとなく黒崎先生の事を尋ねてみた。

 「すいません、黒崎先生は明後日から学会でヨーロッパなので… 準備に時間が取られているみたいです…奥さんとお子さんも春休み最後だから連れて行かれるんじゃないですかね…いいタイミングですよ…先生方はご家族同伴も多いですから、あっ、ご家族はもちろん自費ですからっ」

只野先生は余計な事まで話した挙げ句自身も同行したかったと愚痴る。
若いドクター達も学会での演題準備や会場の下見など雑用で同行の指名がくる。今回は只野には来なかったらしい。


「チェッ、いいなぁ…うちなんて、父ちゃんと日本から外へ出たことないよ… なあ、姉ちゃん」


弟の声も…只野の余計な内情の一言で私の耳に届かない。

(家族団欒か…)

烈しく動揺し嫉妬と絶望感に打ちのめされる。

「来週には帰って来ます。火曜日の外来は時間厳守で、必ず忘れ無いでください」

帰り際、退院後の診察の予約票を手渡された。総合受付の自動精算機で入院の支払いをすませた。父親のカードで支払い、退院の一連の手順をこなしていく。
領収書を受け取ると…手術、処置、投薬代のゼロの数が少ない。

      (間違い?)

食費を入れても数万円…なにかの間違いだと思い窓口で確かめた。
窓口の銀行出張員はパソコンで確かめる。

「おそらくぅ… 術代、病気に関しての治療費は、研究対象の疾病か…なにか助成金を受けられたのではないでしょうか?」

詳しい事は担当医師に確かめてと説明された。

 (確かめろったって明後日にはヨーロッパじゃん…)

最初からわかってたはずなのに…

(きっと手切れ金って事だ、だから、退院の見送りにだって来ないんだ、最低)

弟の前で泣く訳にはいかない。





新年度


病院と大学の往復は終わった。午後の講義まで 図書館へ篭るつもりで キャンパス内を 自転車で移動する。
病院へ通うための バイク通学も必要無くなった。

今暮らしている叔母の家から大学までは 、自転車でじゅうぶん間に合う距離。
構内は広くて講義棟から講義棟まで結構な距離を 時には疾走して やっと間に合う。私は相変わらず 講義を選択する組み合わせが下手だ。無駄な移動ばかり…

そのてんサヤカは無駄をほとんど作らない。必要最低限の単位があればよいと考えている。
そういえば、あの合コンから サヤカに 一度も会っていなかった。


加藤サヤカは弁護士を目指している。
彼女なら、司法試験も難無くクリアしそうだが…
悔しいけれど   ‘出来’がちがう。
サヤカとは三年になってほとんど会えない。選択したコースが別れたのだ。お昼のチャイムが何処か遠くから聞こえる。



        “しっかり食え ちょっと太れ”



 黒崎先生が強烈に焼き付けた心と躯の刻印は 消えるはずもない。
まだ 最後に先生と会って数日しか経っていないのに・・・

もう  会いたくて 胸が苦しい。

(もうちょっと太れ…か、)

(久しぶりに構内で食事してみようかな…)

この時期は、4月上旬で キャンパス内は桜が満開だった。
構内には普段、街中で見かける店が数店舗出店している。
私はそば屋の暖簾を潜りカツ丼を注文した。
空腹だったこともあり、がっつりと完食して 代金を支払おうと、レジ近くまで混み合う店内を進むと、

   「ミチルぅ――」

  (サヤカ?)


あの飲み会以来、サヤカに対してバツが悪い…
声のする方向に視線を向ける。

   「ここっ ここぉ」
手を振るサヤカは屈託なく笑う。
支払いを済ませサヤカのいる席へ行くと、K大学の男の子と仲良く食事をしている所だった。

 「サヤカ…この前は ごめ…」
悪酔して、ほとんど覚えていない。
 
「あ――いいんだってぇ― ミチルのおかげで私達仲良くなれたし…」

サヤカは私の言葉を遮り隣の男の子に目配せする。


願えば 叶う。サヤカは自分の願いを叶えた。
神様がいるなら何故私にだけ意地悪なの!
会いたいと願った訳でもないサヤカとは、偶然にしろ思い出した途端に再会し、会いたいと心から願う人は、手の届かない所へ行ってしまった。

(…黒崎先生逢いたい――駄目・・・・泣きそう )
サヤカの笑顔今の私には猛毒だ。

「ご ごめん サヤカ―ァ」

わたしは 下を向き 蕎麦屋から出た。
自転車に跨がり あふれる涙を袖で拭う。


 (私っ本当に  バカっ  ダサいっ)


「待って!ミチルっ―ぅっ」


サヤカは 厳しい口調で私の自転車のハンドルを掴み 制止する。


「どうしたのっ  泣いてるじやない!」

サヤカはハンカチを私に素早く手渡し、自転車のハンドルを引っ張り 店先から 人目の付かない裏手に強引に誘導する。


 「理由を聞いても話してくれない よね…どうせ」

    「…」
私はハンカチで涙と鼻水を拭く。
サヤカにはお見通しだった。
 
「ねえっ ミッチっ 実はさ~ぁ堺クンのぉ―友達…いたじゃん、覚えてる?」

私はかぶりをふる。

 「そっかぁ…ミッチ―ってば、相当酔ってたもんね…香川クンって言うのよっ、その男の子」

あの日のイケメン君の顔を思いだそうとしたけど、はっきり覚えていない。顔が小さく色白で背が高い…
私はそれだけでイケメンと思い込んでいる。

 「でさぁ―あれから 香川クンさぁ ミチルは元気か?って、凄く気にしているみたいなのぉ」

   「えっ」

私は涙でぐちゃぐちゃの顔を上げた。

  「どうして?」

  「だからさぁ…理由なんて無いっ! 気になるって事は  気があるって事よ、ミッチは、何でもかんでも理由が必要なのねぇ~」

サヤカは私の頭を抱き寄せた。



       キュン



(胸が 軋むよ サヤカぁっ)
サヤカの何気ないその仕草、先生を思い出してしまう。


  (はぁ …)
涙が流れる。
ワァァー――ッ 号泣してしまう。

サヤカの綺麗なシフォンのワンピースの胸元に顔を埋め、

(会いたいっ )

  (会いたいっ)
胸の奥底から 心の中で連呼する。
サヤカは 私の苦しみを薄々感ずいている。


 何も言わず黙って 抱きしめて 頭を撫でさすってくれる。サヤカ 

(今だけ… 今だけ 先生を 思いださせて)








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きすぎて、壊れるまで抱きたい。

すずなり。
恋愛
ある日、俺の前に現れた女の子。 「はぁ・・はぁ・・・」 「ちょっと待ってろよ?」 息苦しそうにしてるから診ようと思い、聴診器を取りに行った。戻ってくるとその女の子は姿を消していた。 「どこいった?」 また別の日、その女の子を見かけたのに、声をかける前にその子は姿を消す。 「幽霊だったりして・・・。」 そんな不安が頭をよぎったけど、その女の子は同期の彼女だったことが判明。可愛くて眩しく笑う女の子に惹かれていく自分。無駄なことは諦めて他の女を抱くけれども、イくことができない。 だめだと思っていても・・・想いは加速していく。 俺は彼女を好きになってもいいんだろうか・・・。 ※お話の世界は全て想像の世界です。現実世界とは何の関係もありません。 ※いつもは1日1~3ページ公開なのですが、このお話は週一公開にしようと思います。 ※お気に入りに登録してもらえたら嬉しいです。すずなり。 いつも読んでくださってありがとうございます。体調がすぐれない為、一旦お休みさせていただきます。

溺愛彼氏は消防士!?

すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。 「別れよう。」 その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。 飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。 「男ならキスの先をは期待させないとな。」 「俺とこの先・・・してみない?」 「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」 私の身は持つの!? ※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。 ※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。

『番外編』イケメン彼氏は警察官!初めてのお酒に私の記憶はどこに!?

すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の身は持たない!?の番外編です。 ある日、美都の元に届いた『同窓会』のご案内。もう目が治ってる美都は参加することに決めた。 要「これ・・・酒が出ると思うけど飲むなよ?」 そう要に言われてたけど、渡されたグラスに口をつける美都。それが『酒』だと気づいたころにはもうだいぶ廻っていて・・・。 要「今日はやたら素直だな・・・。」 美都「早くっ・・入れて欲しいっ・・!あぁっ・・!」 いつもとは違う、乱れた夜に・・・・・。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんら関係ありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

白衣の下 拝啓、先生お元気ですか?その後いかがお過ごしでしょうか?

アーキテクト
恋愛
その後の先生 相変わらずの破茶滅茶ぶり、そんな先生を慕う人々、先生を愛してやまない人々とのホッコリしたエピソードの数々‥‥‥ 先生無茶振りやめてください‼️

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

『番外編』イケメン彼氏は年上消防士!結婚式は波乱の予感!?

すずなり。
恋愛
イケメン彼氏は年上消防士!・・・の、番外編になります。 結婚することが決まってしばらく経ったある日・・・ 優弥「ご飯?・・・かぁさんと?」 優弥のお母さんと一緒にランチに行くことになったひなた。 でも・・・ 優弥「最近食欲落ちてるだろ?風邪か?」 ひなた「・・・大丈夫だよ。」 食欲が落ちてるひなたが優弥のお母さんと一緒にランチに行く。 食べたくないのにお母さんに心配をかけないため、無理矢理食べたひなたは体調を崩す。 義母「救護室に行きましょうっ!」 ひなた「すみません・・・。」 向かう途中で乗ったエレベーターが故障で止まり・・・ 優弥「ひなた!?一体どうして・・・。」 ひなた「うぁ・・・。」 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とは何の関係もありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

好きだった幼馴染に出会ったらイケメンドクターだった!?

すず。
恋愛
体調を崩してしまった私 社会人 26歳 佐藤鈴音(すずね) 診察室にいた医師は2つ年上の 幼馴染だった!? 診察室に居た医師(鈴音と幼馴染) 内科医 28歳 桐生慶太(けいた) ※お話に出てくるものは全て空想です 現実世界とは何も関係ないです ※治療法、病気知識ほぼなく書かせて頂きます

俺様幼馴染の溺愛包囲網

吉岡ミホ
恋愛
枚岡結衣子 (ひらおか ゆいこ) 25歳 養護教諭 世話焼きで断れない性格 無自覚癒やし系 長女 × 藤田亮平 (ふじた りょうへい) 25歳 研修医 俺様で人たらしで潔癖症 トラウマ持ち 末っ子 「お前、俺専用な!」 「結衣子、俺に食われろ」 「お前が俺のものだって、感じたい」 私たちって家が隣同士の幼馴染で…………セフレ⁇ この先、2人はどうなる? 俺様亮平と癒し系結衣子の、ほっこり・じんわり、心温まるラブコメディをお楽しみください! ※『ほっこりじんわり大賞』エントリー作品です。

処理中です...