OVER-DRIVE

陽芹孝介

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第十五話 エルサ平原とハイキング

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  おにぎりを食べた事により、男の顔色も少しづつだが良くなってきた。
 「ありがとうございます……しばらく何も食ってなかったもんで……」
 「だろうな……アンタの食いっぷりを見ればわかるよ……」
  男は苦笑いし、照れくさそうに頭を掻いた。
 「面目ない……。ところでアナタ達は?どうしてこんなところに?」
 「俺達は旅の途中で、エルサ草を採りにここまで来たんだけどよぉ……。休憩してた時に、そこの猿に、そこの女が握り飯取られちまってな。其を追いかけて来てみれば、アンタがここで倒れてたわけだ」
  ギルはそう言いながら、猿とすっかり仲良くなり、戯れているユイを指さした。
  ユイはギルに指さされ、不機嫌そうな表情をした。
 「ガキの次は、女呼ばわりかよ……」
  男は猿を見て笑顔を浮かべた。
 「そうでしたか……お猿に感謝ですね」
  男の笑顔に感謝の気持ちが伝わったのか、猿は心なしか嬉しそうな表情だ。
  ギルはその和やかな光景に微笑した。
 「だな……」
  男は再びギルに視線を戻した。
 「俺はタジフ族のカジガラと言います。この御恩は一生忘れませんっ」
  ギルは頭を掻いた。
 「そんな大層なもんじゃねぇよ……。医者じゃなかったら見捨ててたよ」
  照れくさそうに頭を掻いているギルを見て、ユイは思った。
 (素直じゃない奴……。医者なくても見捨ててないでしょが……)
  普段は悪態ついた変わり者で、ガラの悪いのギルだが……ユイの脳裏には、カジガラに対しての迅速な対応が焼き付いている。
  普段とは違うギャップも手伝ってはいたが……ユイはギルを改めて見直した。
  ギルは立ち上がって、カジガラに言った。
 「俺達はエルサ草を採りにいかなきゃならねぇ……。悪いけどここで待っててくれるか?タジフ族のキャンプにはちゃんと送るからよ……」
 「わかりました。ほんとなら俺もお供したいのですが……」
  申し訳なさそうなカジガラに、ユイが言った。
 「怪我してんだからさぁ……おとなしく待っといてよ」
 「コイツの言う通りだ。だから気にすんな。猿、オメェも留守番だ」
  ギルが猿にそう言うと、理解したのかしてないのか、猿は「キキィ」と返事したかの鳴き声を上げた。
 「コイツ意外と賢いかも……」
 「とっとと行くぞ」
  ギルは猿に感心するユイにそう言うと、スタスタと川沿いを歩きだした。
 「あっ!まってよぉっ!」
  ユイも慌ててギルの言葉に後を追った。

 
  ……飛空挺ウィング……

  ギルとユイが川で男の手当をしていた頃、ロック達はそんな事も知らずに、フリースペースで談笑をしていた。
  ロックは気の抜けた表情をし、ジンはアクビをしながらソファーでくつろぎ、エリスは自分で入れた紅茶を美味しそうに飲んでいる。
 「それにしてもジン……あんなオンボロ漁船で何を造るんだ?」
  ロックな問にジンは不敵な笑みを浮かべた。
 「フフフ……楽しみにしていろ。必ず役にたつぞ……」
  ジンの不敵な感じとは裏腹に、エリスは怪訝な表情をした。
 「ほんとかなぁ?その笑顔が怖いんだけど……」
  すると話が一段落した時だった。

  ウゥーーッ……ウゥーーッ……ウゥーーッ……。

  フリースペース内及び、飛空挺全体に、サイレンが鳴り響いた。
 「なっ!何だっ!?」
  けたたましいサイレンの音に、ロックもエリスも驚いている。
  そんな二人とは異なり、ジンは冷静だった。
 「飛空挺がこちらに近付いてるな……」
  ジンは白衣のポケットから、何やらリモコンを取り出して、それに付いているボタンを押した。
  するとサイレンは止み飛空挺は静寂を取り戻した。
  ジンはリモコンに付いている、小さな液晶を確認した。
 「我々の隣に降りたようだな……」
  ロックが言った。
 「テメェ……いつの間にこんなやかましいのを、付けやがった?」
 「そこはいいでしょが……。それより隣って……まさか空賊に絡まれたんじゃ……」
  エリスはロックに突っ込みを入れたが、不安げな表情だ。
  ロックは立ち上がった。
 「とりあえず様子を見に行くか……」
  三人はフリースペースをあとにし、甲板に向かった。
  甲板に出ると、それはすぐに確認できた。
 「何これ……軍艦じゃないっ……」
  目を見開いて驚くエリスの、視線の先には、ウィングより少し大きい目の、黒くて厳つい飛空挺が、ウィングの真隣に着艦していた。
  船の側面には無数の砲弾が装備されており、いかにも武装艦といった感じだった。
  ジンがロックに言った。
 「ロック……この船は……」
  ロックは眉間にシワを寄せた。
 「ああ……アデルの軍艦だ」
  エリスは今度は目を丸くした。
 「アデルの?なんで?」
  三人が怪訝な表情で軍艦を観察していると、甲板に誰かが現れ、三人に手を振った。
  ロックは軽く舌打ちをした。
 「チッ……ジュノス……」
 「またアイツか……」
  ロックと異なり、ジンは呆れた様子だ。
 「お~いっ!センパ~イッ!」
  ジュノスは三人に手を振りながら、叫んでる。
 「何なんだよぉ、アイツは……」
  ロックが呆れていると、ジュノスの背後から、また誰かが現れた。
  ロックとジンはその人物に驚き、エリスは思わず惚けてしまった。
 「きっ、綺麗……」
  思わずエリスが呟いてしまうその人物は、美しく凛々しいたたずまいの、アリエル・ノイヤーだった。
  ロックはアリエルを凝視した。
 「隊長……」


  ……ウィングフリースペース……

  突然の来客であるアリエルとジュノスを、ウィングのフリースペースへ招き入れると、そこには異様な光景があった。
  ソファーに並んで座るアリエルとジュノスは、いつもの漆黒のスーツに身を包み、二人とも様になっていた。
  それと対照的に、ロック達はラフな格好で、ロックはいつものツナギスタイルで、エリスは黒のキャミソールにホットパンツ……ジンに至っては少し汚れた白衣姿だ。
  エリスは来客二人にお茶を出すと、ロックの隣にちょこんと座り、二人を観察した。
  ジュノスは気の抜けた表情で、エリスに出されたお茶をさっそく口にした。
 「いただきまぁす……ズズズ……」
  音を立てて飲むジュノスに、エリスはげんなりした。
 (相変わらずヘラヘラした奴……。この顔で敵を斬り刻むから、余計に怖いよ……)
  エリスは次にアリエルに目線を移した。アリエルはジュノスとは異なり、上品にお茶を飲んでいる。
 (それにしても綺麗な女性ひとだなぁ……ロックは『隊長』って言っていたけど……)
  エリスがアリエルの綺麗な顔を、惚けて見ていると、その視線に気付いたのか、アリエルはエリスに対してニコリと笑顔を返した。
  アリエルの美しく癒される笑顔に、エリスは戸惑い、思わず顔を伏せてしまった。
  するとロックが口を開いた。
 「で?何の用だよ?……たまたま立ち寄って、茶を飲みに来た訳じゃねぇだろ?」
  険しい表情のロックに、ジュノスが苦笑いした。
 「やだなぁ先輩……顔が怖いっすよ」
  するとジンが言った。
 「警戒するのも当然だろ?アデルの将軍殿がここにいるのだから……」
  ジンの言葉に、エリスは目を丸くした。
 「将軍?コイツが?」
  エリスはジュノスを指さして、目を丸くしているが、ジンは首を横に振り、ジュノスは顔をひきつらせた。
 「コイツって……」
  ジンが言った。
 「そんなわけないだろ……将軍はそこのアリエル殿だ……」
 「えっ!?嘘っ!?……マジでこの女の人がっ!?」
  アリエルは上品で美しく、腺が細い……エリスがたまげるのも無理はない。
  ジンは続けた。
 「元アデル十傑の隊長で……現アデル将軍であり、アデル軍の総司令でもある、女将軍だ」
  エリスは再び目を丸くし、アリエルを凝視した。
  アリエルはエリスに笑顔で言った。
 「アリエル・ノイヤーです。よろしく……エリス・クラウド……」
  エリスはアリエルが自分の名前を知っていた事に、驚いた。
 「どうして……わたしの名前を?」
  アリエルは笑顔を止めて、すました表情で言った。
 「青い頭をした男に、¥キングが壊滅され……そこから一人の女性が救われた……」
  ロックの表情はピクリとなり、エリスは目を見開いた。
  アリエルは続けた。
 「アデル内でそれだけの事をすれば、当然関係者を調べます……。ましてやハーネストもマクベスも元々はアデルの人間……知っていて当然でしょ」
  淡々と話すアリエルに、エリスは背筋を凍らせた。
 (つまりわたし達の行動は……筒抜けってわけ?)
  ロックはアリエルに言った。
 「そんな事を言いに、わざわざ来たのかよ?」
  アリエルはロックを見据えた。
 「仕事を依頼しようと思って……」
  ロックはさらに警戒した。
 「仕事だぁ?」
 「旅のついででいいので……ある情報を収集して貰いたいのです……」
  ジンがアリエルの言葉に食い付いた。
 「情報?……どういった情報だ?」
  アリエルの目は鋭くなった。
 「とある秘石……『オーバードライブ』に、ついての情報です」
  聞き慣れない言葉に、三人は顔を見合わせた。
  ジュノスが言った。
 「俺らも探してるモノなんですが……なんせ情報が少ないシロモンなんで……」
  ロックがアリエルとジュノスに言った。
 「何なんだ?その、オーバードライブって……」
  ジュノスは苦笑いした。
 「高価な小さい石ってのは……わかってんですが……」
  エリスが言った。
 「宝石かなぁ?」
  ジュノスは呟いた。
 「だといいんだけど……」
  アリエルは三人に言った。
 「勿論報酬は支払います……長い旅なのでしょう?悪い話ではないと思いますが」
  するとジンが言った。
 「いいだろう……引き受けよう……」
  ジンの返事に、ロックとエリスは声を揃えた。
 「おいっ!ジンッ!」
  ジンはキョトンとした表情で二人に言った。
 「何を驚いてる?ついでに情報を集めて、報酬が貰えるのだろ?悪い話ではないぞ」
  ロックは頭を抱えた。
 「確かにそうだけどよ……」
  ジンはニヤリとした。
 「それにアデルの将軍が自ら我々に依頼してくるとは……余程情報が必要とみえる。それほどまでにこの案件……重要なのだろ?」
   アリエルもジュノスも黙っている。ジンは続けた。
 「その沈黙は『イエス』と受けとろう……」
  アリエルは立ち上がった。
 「では……契約成立ですね……」
  ロックはしかめっ面をした。
 「仕方ねぇな……。報酬ははずんでくれよ……」
  するとジュノスが言った。
 「俺まだお茶を飲んでんすけどぉ……」
  アリエルは呆れた様子で言った。
 「ではこの船の甲板で待ってます……」
  アリエルはそう言うと、フリースペースを後にした。
  エリスは顔をひきつらせた。
 「凄いクールね……」
  ジュノスが言った。
 「クールじゃねぇと総司令なんて、できねぇでさぁ……」


  一方のギルとユイは、ロック達が新しい仕事の商談をしている頃、目的のエルサ草が生えているポイントに到着していた。
  ある程度川下までやって来た頃に、ギルは立ち止まった。
 「ここがいいな……」
  ユイは目を丸くした。
 「何がいいわけ?」
  ユイは辺りを見渡したが……それらしき物は生えてなく、雑草のような草と、綺麗な川が流れているだけだった。
  ギルは言った。
 「ここの川沿に生えてる草は、全てエルサ草だ」
 「えっ!?マジッ!?ただの雑草のだと思った」
  ギルは苦笑いした。
 「そう思うのも無理はねぇな……雑草っつぅのは間違ってねぇから……」
  ユイは怪訝な表情をした。
 「何言ってんの?」
  ギルは言った。
 「雑草も……この場所なら薬草になる」
  ユイはギルの言葉の意味を理解できず、考え込んでいる。
  ギルは続けた。
 「秘密はこの川だよ……エルサ川の特異な養分を吸った草は、全てエルサ草って訳だ」
  ユイは手をポンと叩いた。
 「なるほどっ!川の養分が特殊だからだ」
 「ああ……増水と減水を繰り返して、草は川の養分を吸いとって、エルサ草になるわけだ」
  そう言うと、ギルは生えている草の前でしゃがんだ。
  ギルは鎌を取り出して、草に対して合掌した。
  ユイはそんなギルに言った。
 「なんで草に手を合わせるの?」
  ギルは言った。
 「俺達は様々な命を糧に、この世界を生きている。動物や……この草のような植物もその一つだ」
  ユイは珍しく真剣な表情でギルの話を聞いている。
  ギルは続けた。
 「それに感謝の意を込めるのは……当然だろ?」
  ギルはそう言うと、合掌を解いて、鎌で草の回りの土を堀始めた。
  やがて土を堀終えると、草を根っこごと引き抜いて、それをユイに見せた。
 「エルサ草の葉っぱは薬草になり、根っこは飲み薬に使える……まさに万能薬なんだよ。お前も鎌でやってみろ」
  ギルに促されたユイは草の前にしゃがんで、ギルに見習って合掌した。
  ギルはそんなユイを一瞬驚いた様子で見たが、直ぐに微笑した。
  ユイはギルの事が少しわかった気がした。
 (コイツが命を大事に思う気持ちが……少しわかった気がする……。ガラは悪いけどね……)
  二人はこの後、夕方までエルサ草を採った。
  命の有り難みを学んだユイにとっては、有意義なハイキングとなった。
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