OVER-DRIVE

陽芹孝介

文字の大きさ
上 下
52 / 71
第十五話 エルサ平原とハイキング

しおりを挟む
  「着いたぜ……。とりあえずここで昼飯食うぞ……」
  その言葉を待ってましたと言わんばかりに、ユイの表情は明るくなった。
  それもそのばずで、ギルとは違いユイにとっては、あてもなく森林をひたすら歩くというのは、これ以上にもない苦行と言える。
  ギルの言葉によってその苦行が終了したのだから、表情が明るくなるのも当然だ。
  着いた先はちょうど森林を抜けて、目前には緩やかな崖があり、その下には大きな川が流れている。
  ギルは適当な岩に腰をかけて、荷物を地面に置いた。
  ユイもギルの様に座りたがったが……適当な腰掛け岩がない。
  そんなユイに対して、ギルは自分の鞄から、綺麗に折り畳まれた小さなブルーシートを、ユイに投げた。
  ユイはそれをキャッチすると、ギルに対して目を丸くした。
 「それを敷いて座れ……小さいが……飯食うぐらいならできるだろ……」
 「あっ……ありがと……」
  ギルの無愛想な優しさに少し戸惑いながら、ユイは小さなブルーシートを地面に敷いて、チョコンと座った。
  ギルは鞄から長方形の箱を取りだし、一つをユイに渡した。
  箱を開けると中には、三角おにぎりが箱に敷き詰まっていた。
  おにぎりの登場に、ユイの表情はさらに明るくなった。
 「やったっ……おにぎりだっ!」
  ユイの喜んだ様子に、ギルはニヤリとした。
 「そういう所がガキだな……」
  ガキというフレーズに、いつもなら激昂するユイだが……おにぎりの登場により、ギルの耳障りな言葉はかき消されたようだ。
  ユイは箱からおにぎりを一つ取り出した。
 「いただきまぁ~すっ!」
  ユイが勢いよくおにぎりにパクつくと、ギルも同じようにおにぎりを口にした。
  シンプルな塩むすびだったが、歩き疲れた二人の体には、ちょうど良い味だった。
  昼食を始めてしばらくすると、ギルがユイに言った。
 「お前は何で……あの飛空挺に乗ってんだ?……姉ちゃんは、バァさんが退院したら、故郷に帰るんだろ?」
  ギルの問に、ユイは少し難しい表情をした。
 「う~ん……なんだろ?ハッキリとはわかんないけど……ロックとエリスって、なんか頼んないでしょ?まぁジンはそうでもないけど……。それに大バァが言った事もあるし……」
 「バァさんが……何を言ったんだ?」
 「隠密に囚われず、違う道を探せって……本人が隠密を教えたのに……変だろ?」
 「それがアイツらにあるのか?」
  ユイは苦笑いした。
 「どうだろ?……でもロック見てたら、そんな気もするよ」
  ユイの言葉から察するに、ロック達にその可能性を見出だし、行動を共にしている事はギルにも察する事は出来たが……。
 「似た者同士か……俺とお前は……」
  ギルの呟きに、ユイは目を丸くした。
 「どこが?アタシはそんなガラ悪くないよ……」
  ギルは失笑した。
 「そんな事を言ってるんじゃねぇ……。独り言だ……気にするな」
  人を生かす業と、殺す業……両方を持っているギルは、いわば光と影を両方持っている。
  そしてユイに至っては、隠密の道……すなわち影の道を歩いてきたが、それとは別の光の道を歩こうとしている。
  ギルはこういったところを、似た者同士と表現したのだろう。
   ギルがそんな事を考えているのをよそに、ユイは次々とおにぎりを口に放り込んでいる。
 「おい……しっかり噛んで食わねぇと……あっ……」
  ギルがユイの早食いを注意した時だった。
 「どうしたの?」
  ギルの唖然とした表情を気にしつつ、ユイが次のおにぎりを手に取ろうとした時だった……。
 「……んっ!?……」
  ユイは怪訝な表情をした……箱におにぎりが無い……。
  ユイは箱を手に持って中身を確認したが……箱の中身は空っぽになっており、ユイは目を丸くした。
  全て食べてしまったのか?……いや、そんなはずは無い……。
  ユイが辺りを見渡すと……なんと一匹の猿が、ユイのおにぎりを奪っていたのだ。
  ユイはおにぎりを奪った猿に激昂した。
 「さっ、猿っ!アタシのおにぎり……返せっ!」
 「キィーーッ!」
  激昂したユイに驚いた猿は、おにぎりを持って逃走した。
 「このエテ公がぁっ!」
  ユイは腰のホルダーから投げ針を取り出して、猿を追った。
 「おいっ!……ちょっと待てっ!」
  ギルは慌てて荷物を片付けて、鞄を手に持ってユイと猿を追った。
  猿は軽快な動きで森林を崖沿いに逃走していく、それを追うユイも猿と同じように軽快な動きだ。
 「どっちが猿かわかんねぇぞ……」
  後方から追うギルは、呆れた様子だ。
 「待ちやがれっ!エテ公っ!」
  ユイはそう叫ぶと、投げ針を猿目掛けて勢いよく投げた。
 「キィーーッ!」
  しかし猿はユイの投げ針を身軽にかわして、さらに逃げる。
  投げ針を猿に避けられたユイは、さらに激昂した。
 「上等だっ!捕まえて、逆さ釣りにしてやるぅっ!」
  ユイは猿を捕まえるのに必死になっているが……当の猿はまるで、追ってくるユイとギルをからかう様に、少し距離をとっては二人を待ち、さらに距離をとっては二人を待つ……ずっとこの繰り返しだ。
  その猿の態度にユイの頭にはさらに血が昇る。
 「ムキィーッ!このクソ猿がぁっ!」
  少し後ろを走るギルはそんなユイに呆れ気味だ。
 「どっちが猿だかわかんねぇな……」
  ギルは呆れてはいたが、猿の逃げ方に少し違和感を感じた。
 (それにしてもあの猿……ほんとに俺達をからかってんのか?……どっかに案内してる様にも見えるが……)
  猿を川に沿って追っているうちに、崖の高さは低くなり、すんなりと川まで下りれるぐらいの高さまでなった。
  猿はユイの投げ針を回避しつつ、川沿に入った。
  後を追うユイとギルも、猿が辿るルートを沿って走る。
  すると猿は少し川沿を進むと、またもやその足を止めた。
  猿の様子にユイはニヤリとしたが……その目はまるで親の敵を追い詰めるかのような、鋭い目だった。
 「はぁ……はぁ……。この猿……やっと観念したか……はぁ……はぁ……」
  長時間走らされた事により、流石のユイも息が上がっている。
  少し遅れてギルも到着したが、ユイは既に投げ針を構えており、その照準は猿に向いていた。
  しかしギルはそんな狙われた猿に、またもや違和感を感じた。
 「待てっ!なんか様子が変だぞっ!」
  ギルの違和感をユイは知るはずもなく、猿を威嚇した。
 「様子ぅ?知るかっ!」
  ギルは違和感の正体を理解した。
 「岩影だっ!なんか出てるぞっ!」
  ギルの言うように、猿の背後の岩影から何やら出ていたが、ユイの知ったことではなかった。
 「覚悟しろっ!エテ公がぁ!」
  ユイが投げ針を投げようとしたその時……ギルが猿に向かって突進した。
 「あっ!ギルッ!……アタシの獲物をっ!」
 「ダァホがっ!言ってる場合じゃねぇっ!ありゃ人の足だっ!」
  ギルはそのまま岩影まで走り、猿の背後の岩影を確認したが……。
 「こりゃあ……」
  ユイは目の前の猿と、険しい表情のギルに、少し困惑気味になりながらも、ギルの元へ向かった。
  ユイはギルの目の前の光景に唖然とした。
 「何なんだよぉ……これ……」
  ギルの目前には足を怪我した男が倒れていた。
  ギルは男の側にしゃがみこみ、男の容態を確認するべく、男を調べ始めた。
 「息は……ある。死んでねぇが……気を失ってるみてぇだ」
  ギルの言葉にユイは、猿の事など忘れて安堵の表情をした。
 「よかったぁ……」
 「コイツ……タジフ族の族長が言っていた、行方知れずになった奴だな」
  ギルがそう言うのも、倒れている男の服装は、タジフ族が着ていた民族衣装だった。
  ギルは険しい表情で男に声を掛けた。
 「おいっ!しっかりしろっ!」
  ギルの呼び掛けも虚しく、男は無反応だった。その様子をユイは心配しながら見ている。
 「水を持ってきてくれ」
  ギルがユイにそう言うと、ユイは慌てた様子で腰に下げた水筒を、ギルに渡した。
 「衰弱してやがる……無理矢理水分採らせねぇと」
  ギルは強引に男の口を開けて、水筒から水を流し込んだ。
  男の口に流し込まれた水は、男の喉をに襲いかかり、水は口から溢れている。
 「ゴホッ!ガハッ!」
  流し込まれた水のかいがあってか、男はビックリした様に咳き込んだ。
  ギルは男を座らせて背中をさすった。
 「よし……。おいっ、大丈夫か?」
  ギルの呼び掛けに反応した男は、うっすらと目を見開いた。
 「ゴホッ!ゴホッ!……こ、ここは?……」
 「動くんじゃねぇぞ……足を怪我してるからな」
 「怪我……そう言えば……崖から落ちて……」
  ギルの言葉も理解しているようで、男の意識は無事に戻ったようだ。
 「もう心配いらねぇ……俺は医者だ」
  ギルは男の怪我した右足を診ている。
 「脛の腫れが酷いな……折れてやがる」
  ギルが患部に触れたことにより、男の表情は痛みで悶絶した。
 「ぐあっ!」
  男の様子にユイも思わず顔を、手で覆った。
 「少し痛むが我慢してくれ」
  ギルは自分の鞄から、長方形の板を数枚取り出して、それを使い包帯で患部を固定した。
  ユイはその手際の良さに思わず呟いた。
 「ほんとに医者なんだ……」
  ユイの呟きに、ギルは表情をひきつらせた。
 「今さらかよ……。お前んとこのバァさんも診てたろが……」
  ギルの応急処置はひとまず終了し、皆の表情はそれぞれ余裕を取り戻した。
  ギルは鞄から自分の弁当を取り出して、男に渡した。
 「食えよ……何も食ってねぇんだろ?」
  男は泣きそうな表情で、おにぎりにむさぶりついた。
 「はいっ……んぐ……ありがとうございますっ……んぐ……」
  ギルは微笑した。
 「へっ……礼ならそこの猿に言いな」
  ユイのおにぎりを奪った猿は、男を心配そうに眺めている。
 「その猿が、俺達をアンタの所まで連れてきたんだ」
  ギルの言葉にユイは目を丸くした。
 「そうだったのっ!?……だったそう言えよっ!」
  ギルは呆れた様子で言った。
 「猿に言葉が話せるかよっ!ダァホが……」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

高貴な血筋の正妻の私より、どうしてもあの子が欲しいなら、私と離婚しましょうよ!

ヘロディア
恋愛
主人公・リュエル・エルンは身分の高い貴族のエルン家の二女。そして年ごろになり、嫁いだ家の夫・ラズ・ファルセットは彼女よりも他の女性に夢中になり続けるという日々を過ごしていた。 しかし彼女にも、本当に愛する人・ジャックが現れ、夫と過ごす夜に、とうとう離婚を切り出す。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

夫が正室の子である妹と浮気していただけで、なんで私が悪者みたいに言われないといけないんですか?

ヘロディア
恋愛
側室の子である主人公は、正室の子である妹に比べ、あまり愛情を受けられなかったまま、高い身分の貴族の男性に嫁がされた。 妹はプライドが高く、自分を見下してばかりだった。 そこで夫を愛することに決めた矢先、夫の浮気現場に立ち会ってしまう。そしてその相手は他ならぬ妹であった…

処理中です...