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第十一話 窟塚村のカリスマ教祖 後編
⑥
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不敵に笑う福島に、縁は言った。
「何を笑っている?銃口は俺を向いているが、追い詰められているのは、あんただぜ?」
すると福島は高笑いした。
「あはははっ!追い詰められている?私が?……新井場君、残念だが……応援は来ないぞ」
縁は目を丸くして言った。
「何?……何をした?」
福島はニヤリとした。
「少し細工をね……今頃彼等は山道を迷っている頃だよ」
縁は言った。
「なるほど……分かれ道を右に行くように、仕向けたのか……」
「その通り……あの道を右に行くと、山道が複雑になり、知らない者が行くと必ず迷う」
縁は表情を険しくした。
「そのうちに俺を始末して、プレハブ小屋の乾燥大麻を、処分するって訳か……」
福島はニヤニヤしたまま言った。
「おとなしく、天菜様の奇跡を信じて、村を出ていけばいいものを……」
縁は言った。
「やっぱり、俺が倒れた時……細工していたな?まぁタネはわかったが」
福島は感心した様子で言った。
「ほぉ……あれもわかったか……。冥土の土産に聞いてやる」
縁は言った。
「社を囲っていたダクトと、それに繋がっている送風機と……天菜の誘導尋問が、奇跡の正体だ」
福島は薄ら笑いをしている。
縁は続けた。
「あの時天菜の後ろにあった祭壇から、お香の煙が立っていた……あの煙は神経性の軽い毒……吸ったら倒れる程度のな」
福島は言った。
「流石だな……しかしそれを、君にだけ嗅がすのは難しいと思うが」
福島はわざと白々しい態度をとった。縁はそれを気にする事なく言った。
「そこで、ダクトと送風機の出番だ。あのダクトが何故、社を囲っていたのか?それは社内の中央に、風を四方から集中させるため……煙を乗せた風を中央に送れば、中央にいる俺にダイレクトで毒を吸わす事が出来る。俺たちが入る前は換気をして、俺が中央に座った時に送風した。あんたが外に出ていったのは、換気と送風の切り替えをするためだ」
福島は言った。
「しかし君の前には天菜様もいたぞ」
縁は軽く舌打ちをした。
「チッ……白々しい……。天菜は目元以外、顔は布で塞がっている……煙はガード出来る。後は得意の誘導尋問で精神的に追い詰めれば……奇跡の完成だ。しかし、重要なのはそれだけじゃない……」
福島は表情を少しだけピクリとさせた。
縁は言った。
「だよな……天菜っ!」
縁の突然の呼び掛けに、福島の背後の物陰から、一人の人物が出てきた。
天菜だった。天菜は福島の隣に立った。その様子を確認して、福島が言った。
「よく……気付いたな……」
縁はぶっきらぼうに言った。
「用心深そうなあんたが、一人で来るとは思えなかったからな……それだけさ……」
天菜はどこか儚い目で、縁を見ている。縁は天菜に言った。
「満足かい?……村を守れて……」
天菜は表情を変えない。代わりに福島が言った。
「この村には天菜様が必要だ……数百人の村人のためにも……」
縁は鼻で笑った。
「はっ!笑わせるなよ……誰よりもこの村を必要としているのはあんただろ?そりゃドル箱であるこの村を手離せないわな……」
福島の表情は険しくなった。
「ガキが……知った口を……」
縁は続けた。
「何が村人のためだ……テメェのためだろ?強欲な村長さん」
縁は目を見開いて笑っている。その様子を見て福島は思った。「縁には恐怖がないのか?」と……銃口を突き付けているのは福島で、縁は丸腰で両手を上げて笑っているだけなのに、その様子に福島は恐怖すら覚えた。
福島は戸惑いながら言った。
「貴様……状況が理解できているのか?」
縁はニヤリとした。
「俺がこの状況を想定していなかったとでも?」
福島は表情を険しくした。
「何?……それはどういう意味だ?」
縁は言った。
「あんたらの敗因は……俺をただのガキだと思った事だぜ」
そう言うと縁は、上げていた右手を大きく振った。
すると、天菜と福島の背後から、桃子、有村、今野の3人が突如現れた。
今野が張り切った様子で言った。
「動くなっ!警察だっ!」
突然の事に理解できないでいる福島は、思わずうろたえた。
そんな福島に縁は言った。
「警戒すべき相手は、桃子さんや有村さんでもなく……この俺だよ……」
福島は戸惑いながら言った。
「何故だ!?道に細工をしていたのにっ!何故だ!?」
その答えを桃子が福島に言った。
「縁は貴様が、道に細工をする事を予測していたのだ……それを私にメールで伝えた訳だ……」
有村が言った。
「縁のメールがなかったら……確実に右に行っていただろうね」
愕然とする福島とは対照的に、天菜に動じた様子はない。そんな 天菜に縁は言った。
「あんたの思惑通りか?」
縁の言葉に反応したのは、福島だった。
「何?……どういう事だ?……天菜様っ!?」
天菜は静かに福島に言った。
「もう……止めにしよう……村長……」
福島は天菜を睨み付けた。
「まさか……こうなる事が、わかっていたのか?」
縁が天菜に言った。
「俺に術をかけるように仕組んだのは……あんただな?天菜……」
桃子が言った。
「全て……福島が仕組んだのではないのか?」
縁は言った。
「高校生の俺に術をかけ、危害を加えて恐怖心を植え付けたら、村を出ていくと思ったんだろ」
天菜は言った。
「しかし……少年、君は引き下がらなかった……」
布に隠れた天菜の表情は、どういった感じかわからなかったが、天菜の目は相変わらず儚い。
縁は言った。
「あの夜……俺に横瀬の死を、預言を装って教えたのは……あんたなりに葛藤があったのか?」
縁の言葉を聞いた福島は、訳がわからないと、いった感じだ。
「横瀬の死を預言した……だと?」
福島は聞いていないと、いった感じだったが、縁はそれを予想していたのか、納得した様子で天菜に言った。
「やはり……あんたの独断か……」
天菜は言った。
「少年……君の言う通り、私は今まで葛藤の中で生きてきた……。大麻の事を公表し、罪を償うか……この村を守るのか……」
天菜の話を、縁だけでなく、桃子や有村、今野も聞いている。
天菜は言った。
「しかし……決心がついた。少年、君を見てな……」
桃子が言った。
「縁を見てだと……」
天菜は桃子に言った。
「少年だけではない……小笠原桃子、貴女もだ。少年や貴女のような若者がいるのだ……。だから、翔にこの村を任せる事が出来る」
縁が言った。
「翔……風間さんか……」
天菜は下を向いて震えている、福島に言った。
「村長……終わりにしよう……私も共に償う……」
天菜が福島にそう促すと、福島は先程の消沈気味の表情から一変し、怒りに満ちた表情になった。
「罪を償うだと!?ふざけるなっ!!」
そう叫ぶと、福島は銃口を縁に向けた。
「新井場ぁ!!貴様さえこの村に来なければっ!!」
福島の錯乱した様子を見て、縁は反射的に身構え、有村と今野も福島を取り押さえようとするが、少し距離がある。
福島が引き金に力を込める……。
縁は撃たれると、本能的に察知した。
「チッ……」
桃子も縁に向かって叫ぶ。
「縁っ!!逃げろ……」
……パーンッ………。
桃子の叫びも虚しく、銃声が響いたが……。
縁に弾が命中することはなかった。
縁は目の前の光景に目を見開いた。縁の視線の先……縁の前には、天菜が両手を広げて立っていた。
縁は急いで天菜に駆け寄った。縁が駆け寄ったと同時に天菜は、縁の腕の中で崩れ落ちた。
福島も天菜の予想外の行動に呆然とし、そしてすぐに有村と今野に、取り抑えられた。
桃子は縁と天菜に駆け寄り、縁の安否を確認した。
「縁っ!怪我はっ!?」
縁は天菜を膝と腕で抱えて、桃子に答えた。
「俺は大丈夫……でも……」
桃子が天菜に視線を移す。
「くっ!」
天菜は胸の下から血を流しており、白い天菜の衣装は深紅に染まっていた。
その様子を見て桃子は叫んだ。
「警視殿っ!救急車だっ!急げっ!」
縁は苦い表情で天菜に言った。
「何故かばった!?」
天菜は薄目で言葉を振り絞った。
「ふぅ……くふぅ……き、君は……ふぅ……し、死ぬべぎで、は……」
呼吸もままならない、天菜の様子に縁は言った。
「呼吸が……肺がやられている……」
「わ、わた、しは……ふぅ……」
縁は天菜に言った。
「もういいっ!喋るなっ!」
すると天菜は血だらけの手で、縁の手を握った。
「ふぅ……うぅ……いいんだ。もう……たす、助から……ない……」
「おいっ!……」
「さ、祭壇……下を……」
「祭壇?……」
「あり、が……とう………………」
天菜はぐったりとした。縁はそんな天菜に懸命に声を掛ける。
「おいっ!おいっ!目を開けろっ!おいっ!」
桃子はそんな縁を黙って見ている。
縁は黙ることなく、天菜に声を掛けた。
「おいっ!償うんだろ!?死んじまったら……償えねぇだろっ!」
縁の声は天菜に届く事なく、ただ山中にこだました。
……3日後…喫茶風の声……
窟塚村の事件から3日後、縁と桃子は無事に百合根町に帰ることができ、二人の行き付けの喫茶店、風の声でアイスカフェを飲んでいた。
縁はストローでアイスカフェを啜りながら、呟いた。
「やっぱり……ろくな目に会わなかったよ……」
桃子は憮然とした表情で言った。
「全くだ……インチキ教祖の秘密を暴くつもりが、大麻畑を見つけてしまうとは……」
縁は冷たい視線を桃子に向けた。
「そういう事を言ってるんじゃないよ……。桃子さんと出掛けるとろくな事がないって、言いたいんだよ……」
桃子はムッとした表情で言った。
「私の責任じゃないだろ?事件が私を呼んでいるんだ」
縁は呆れ気味に言った。
「また始まった……」
桃子は話を変えるように言った。
「それにしても……天菜があんな物を書いていたとはな……」
桃子の言葉に縁は感慨深い表情になった。
事件が終息した後、縁は天菜の言葉に従い、社の祭壇の下を調べた。
調べるとそこには、一冊の日記帳があり、そこにはこれまでの天菜の葛藤の日々が綴ってあった。
心に傷を持つ者のために、あの村を作り細々とやっていたが、いつからか規模が大きくなっていき、村長の福島が大麻の栽培に手をつけてしまった。
日記の後半には、縁や桃子の事や、風間や東といった、村の住人の事等も綴ってあり、自分が村を去った後は、風間に全て任すような事も、日記には綴ってあった。
縁は言った。
「暴走していく村長の福島を、止めてほしかったんだろな……」
桃子が言った。
「殺人を犯してまで、自身の地位を守りたかったようだが……私には理解できん」
二人は暫し沈黙し、店主の巧がその様子を伺っていると、店に有村がやって来た。
有村は店に入るなり、巧に言った。
「マスター……アイスコーヒーちょうだい」
巧は笑顔で答えた。
「いらっしゃい、警視さん……。アイスコーヒーね、ちょっと待ってね」
縁は有村に言った。
「またサボリか?有村さん……」
有村は苦笑いした。
「そんな言い方するなよ……結局、休暇返上だったんだよ、喫茶店でコーヒーくらい飲んでも、バチは当たらないよ」
そう言うと有村は縁の横に座り、縁にある事を伝えた。
「縁の言った通り、福島が横瀬のバックアップデータを持っていたよ。肌身離さずね」
縁は愛想なしに言った。
「だろうね……」
有村は言った。
「供述は今のところ、スムーズにいってるけど、バックアップデータは物的証拠になるからね」
桃子が言った。
「しかし何故隠さないで、肌身離さず持っていたのだ?」
縁が言った。
「隠したり、捨てたりしたら、誰かに発見されるかも知れないからな……だったら肌身離さず持っていた方が、リスクは少ない」
有村が言った。
「あれにはバッチリ大麻畑と、プレハブ小屋の中が写っていたからね……」
縁が言った。
「それより、マスコミ対策は?」
有村は笑顔で言った。
「心配いらないよ……今回の事件は捜査員も最小限だったからね……マスコミに漏れる事はないよ」
桃子が有村に言った。
「で……彼女の容態は?」
有村は言った。
「窟塚天菜の容態は、順調に回復に向かっているよ」
有村がそう言うように、天菜は死んでいなかった。あの後救急車が到着し、天菜は病院に直行し、奇跡的に一命をとり止めたのだ。
縁が有村に言った。
「そうか……よかった。ところで風間さんは?」
「風間翔は、あの村に留まるようだよ……桃子ちゃんの説得が効いたみたいだね」
天菜が生死をさ迷う事態になり、風間は意気消沈していたが、桃子が渇を入れた。
意気消沈している風間に対し、桃子は胸ぐらをつかんで「天菜に恩返しするのは……今だろっ!」と、勢いよく怒鳴り付けたのだ。
その後我に帰った風間に対して、桃子はいつもの包容力で風間を丸め込んだ。
縁はその時の様子を思い出して、少しニヤリとした。
「確かに……でも、あれは説得と言うより、脅しだぜ」
桃子はムッとした表情で言った。
「仕方がないだろ……あの場合、渇を入れてやらないと」
有村が言った。
「しかしこれからが大変だよ……あの村は……」
風間と村人達が、共に笑顔で野良仕事を行う様子が、縁の脳裏に甦った。
これから天菜は罪を償い、村には戻れない。風間と村人のあの笑顔があれば大丈夫だ。
縁は言った。
「大丈夫だよ……確かに、大変かも知れないけど……」
縁は背筋を伸ばし「ふぅ……」と、息を吐いた。
「天菜から卒業して、また一から理想の村を作れるよ」
時刻はもうすぐ午後5時になろうとして、少し肌寒さを感じる。
縁は秋の始まりを、肌で感じ、そして思った。
窟塚村の人々にも良い秋が訪れるようにと……。
「何を笑っている?銃口は俺を向いているが、追い詰められているのは、あんただぜ?」
すると福島は高笑いした。
「あはははっ!追い詰められている?私が?……新井場君、残念だが……応援は来ないぞ」
縁は目を丸くして言った。
「何?……何をした?」
福島はニヤリとした。
「少し細工をね……今頃彼等は山道を迷っている頃だよ」
縁は言った。
「なるほど……分かれ道を右に行くように、仕向けたのか……」
「その通り……あの道を右に行くと、山道が複雑になり、知らない者が行くと必ず迷う」
縁は表情を険しくした。
「そのうちに俺を始末して、プレハブ小屋の乾燥大麻を、処分するって訳か……」
福島はニヤニヤしたまま言った。
「おとなしく、天菜様の奇跡を信じて、村を出ていけばいいものを……」
縁は言った。
「やっぱり、俺が倒れた時……細工していたな?まぁタネはわかったが」
福島は感心した様子で言った。
「ほぉ……あれもわかったか……。冥土の土産に聞いてやる」
縁は言った。
「社を囲っていたダクトと、それに繋がっている送風機と……天菜の誘導尋問が、奇跡の正体だ」
福島は薄ら笑いをしている。
縁は続けた。
「あの時天菜の後ろにあった祭壇から、お香の煙が立っていた……あの煙は神経性の軽い毒……吸ったら倒れる程度のな」
福島は言った。
「流石だな……しかしそれを、君にだけ嗅がすのは難しいと思うが」
福島はわざと白々しい態度をとった。縁はそれを気にする事なく言った。
「そこで、ダクトと送風機の出番だ。あのダクトが何故、社を囲っていたのか?それは社内の中央に、風を四方から集中させるため……煙を乗せた風を中央に送れば、中央にいる俺にダイレクトで毒を吸わす事が出来る。俺たちが入る前は換気をして、俺が中央に座った時に送風した。あんたが外に出ていったのは、換気と送風の切り替えをするためだ」
福島は言った。
「しかし君の前には天菜様もいたぞ」
縁は軽く舌打ちをした。
「チッ……白々しい……。天菜は目元以外、顔は布で塞がっている……煙はガード出来る。後は得意の誘導尋問で精神的に追い詰めれば……奇跡の完成だ。しかし、重要なのはそれだけじゃない……」
福島は表情を少しだけピクリとさせた。
縁は言った。
「だよな……天菜っ!」
縁の突然の呼び掛けに、福島の背後の物陰から、一人の人物が出てきた。
天菜だった。天菜は福島の隣に立った。その様子を確認して、福島が言った。
「よく……気付いたな……」
縁はぶっきらぼうに言った。
「用心深そうなあんたが、一人で来るとは思えなかったからな……それだけさ……」
天菜はどこか儚い目で、縁を見ている。縁は天菜に言った。
「満足かい?……村を守れて……」
天菜は表情を変えない。代わりに福島が言った。
「この村には天菜様が必要だ……数百人の村人のためにも……」
縁は鼻で笑った。
「はっ!笑わせるなよ……誰よりもこの村を必要としているのはあんただろ?そりゃドル箱であるこの村を手離せないわな……」
福島の表情は険しくなった。
「ガキが……知った口を……」
縁は続けた。
「何が村人のためだ……テメェのためだろ?強欲な村長さん」
縁は目を見開いて笑っている。その様子を見て福島は思った。「縁には恐怖がないのか?」と……銃口を突き付けているのは福島で、縁は丸腰で両手を上げて笑っているだけなのに、その様子に福島は恐怖すら覚えた。
福島は戸惑いながら言った。
「貴様……状況が理解できているのか?」
縁はニヤリとした。
「俺がこの状況を想定していなかったとでも?」
福島は表情を険しくした。
「何?……それはどういう意味だ?」
縁は言った。
「あんたらの敗因は……俺をただのガキだと思った事だぜ」
そう言うと縁は、上げていた右手を大きく振った。
すると、天菜と福島の背後から、桃子、有村、今野の3人が突如現れた。
今野が張り切った様子で言った。
「動くなっ!警察だっ!」
突然の事に理解できないでいる福島は、思わずうろたえた。
そんな福島に縁は言った。
「警戒すべき相手は、桃子さんや有村さんでもなく……この俺だよ……」
福島は戸惑いながら言った。
「何故だ!?道に細工をしていたのにっ!何故だ!?」
その答えを桃子が福島に言った。
「縁は貴様が、道に細工をする事を予測していたのだ……それを私にメールで伝えた訳だ……」
有村が言った。
「縁のメールがなかったら……確実に右に行っていただろうね」
愕然とする福島とは対照的に、天菜に動じた様子はない。そんな 天菜に縁は言った。
「あんたの思惑通りか?」
縁の言葉に反応したのは、福島だった。
「何?……どういう事だ?……天菜様っ!?」
天菜は静かに福島に言った。
「もう……止めにしよう……村長……」
福島は天菜を睨み付けた。
「まさか……こうなる事が、わかっていたのか?」
縁が天菜に言った。
「俺に術をかけるように仕組んだのは……あんただな?天菜……」
桃子が言った。
「全て……福島が仕組んだのではないのか?」
縁は言った。
「高校生の俺に術をかけ、危害を加えて恐怖心を植え付けたら、村を出ていくと思ったんだろ」
天菜は言った。
「しかし……少年、君は引き下がらなかった……」
布に隠れた天菜の表情は、どういった感じかわからなかったが、天菜の目は相変わらず儚い。
縁は言った。
「あの夜……俺に横瀬の死を、預言を装って教えたのは……あんたなりに葛藤があったのか?」
縁の言葉を聞いた福島は、訳がわからないと、いった感じだ。
「横瀬の死を預言した……だと?」
福島は聞いていないと、いった感じだったが、縁はそれを予想していたのか、納得した様子で天菜に言った。
「やはり……あんたの独断か……」
天菜は言った。
「少年……君の言う通り、私は今まで葛藤の中で生きてきた……。大麻の事を公表し、罪を償うか……この村を守るのか……」
天菜の話を、縁だけでなく、桃子や有村、今野も聞いている。
天菜は言った。
「しかし……決心がついた。少年、君を見てな……」
桃子が言った。
「縁を見てだと……」
天菜は桃子に言った。
「少年だけではない……小笠原桃子、貴女もだ。少年や貴女のような若者がいるのだ……。だから、翔にこの村を任せる事が出来る」
縁が言った。
「翔……風間さんか……」
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「チッ……」
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福島も天菜の予想外の行動に呆然とし、そしてすぐに有村と今野に、取り抑えられた。
桃子は縁と天菜に駆け寄り、縁の安否を確認した。
「縁っ!怪我はっ!?」
縁は天菜を膝と腕で抱えて、桃子に答えた。
「俺は大丈夫……でも……」
桃子が天菜に視線を移す。
「くっ!」
天菜は胸の下から血を流しており、白い天菜の衣装は深紅に染まっていた。
その様子を見て桃子は叫んだ。
「警視殿っ!救急車だっ!急げっ!」
縁は苦い表情で天菜に言った。
「何故かばった!?」
天菜は薄目で言葉を振り絞った。
「ふぅ……くふぅ……き、君は……ふぅ……し、死ぬべぎで、は……」
呼吸もままならない、天菜の様子に縁は言った。
「呼吸が……肺がやられている……」
「わ、わた、しは……ふぅ……」
縁は天菜に言った。
「もういいっ!喋るなっ!」
すると天菜は血だらけの手で、縁の手を握った。
「ふぅ……うぅ……いいんだ。もう……たす、助から……ない……」
「おいっ!……」
「さ、祭壇……下を……」
「祭壇?……」
「あり、が……とう………………」
天菜はぐったりとした。縁はそんな天菜に懸命に声を掛ける。
「おいっ!おいっ!目を開けろっ!おいっ!」
桃子はそんな縁を黙って見ている。
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縁の声は天菜に届く事なく、ただ山中にこだました。
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窟塚村の事件から3日後、縁と桃子は無事に百合根町に帰ることができ、二人の行き付けの喫茶店、風の声でアイスカフェを飲んでいた。
縁はストローでアイスカフェを啜りながら、呟いた。
「やっぱり……ろくな目に会わなかったよ……」
桃子は憮然とした表情で言った。
「全くだ……インチキ教祖の秘密を暴くつもりが、大麻畑を見つけてしまうとは……」
縁は冷たい視線を桃子に向けた。
「そういう事を言ってるんじゃないよ……。桃子さんと出掛けるとろくな事がないって、言いたいんだよ……」
桃子はムッとした表情で言った。
「私の責任じゃないだろ?事件が私を呼んでいるんだ」
縁は呆れ気味に言った。
「また始まった……」
桃子は話を変えるように言った。
「それにしても……天菜があんな物を書いていたとはな……」
桃子の言葉に縁は感慨深い表情になった。
事件が終息した後、縁は天菜の言葉に従い、社の祭壇の下を調べた。
調べるとそこには、一冊の日記帳があり、そこにはこれまでの天菜の葛藤の日々が綴ってあった。
心に傷を持つ者のために、あの村を作り細々とやっていたが、いつからか規模が大きくなっていき、村長の福島が大麻の栽培に手をつけてしまった。
日記の後半には、縁や桃子の事や、風間や東といった、村の住人の事等も綴ってあり、自分が村を去った後は、風間に全て任すような事も、日記には綴ってあった。
縁は言った。
「暴走していく村長の福島を、止めてほしかったんだろな……」
桃子が言った。
「殺人を犯してまで、自身の地位を守りたかったようだが……私には理解できん」
二人は暫し沈黙し、店主の巧がその様子を伺っていると、店に有村がやって来た。
有村は店に入るなり、巧に言った。
「マスター……アイスコーヒーちょうだい」
巧は笑顔で答えた。
「いらっしゃい、警視さん……。アイスコーヒーね、ちょっと待ってね」
縁は有村に言った。
「またサボリか?有村さん……」
有村は苦笑いした。
「そんな言い方するなよ……結局、休暇返上だったんだよ、喫茶店でコーヒーくらい飲んでも、バチは当たらないよ」
そう言うと有村は縁の横に座り、縁にある事を伝えた。
「縁の言った通り、福島が横瀬のバックアップデータを持っていたよ。肌身離さずね」
縁は愛想なしに言った。
「だろうね……」
有村は言った。
「供述は今のところ、スムーズにいってるけど、バックアップデータは物的証拠になるからね」
桃子が言った。
「しかし何故隠さないで、肌身離さず持っていたのだ?」
縁が言った。
「隠したり、捨てたりしたら、誰かに発見されるかも知れないからな……だったら肌身離さず持っていた方が、リスクは少ない」
有村が言った。
「あれにはバッチリ大麻畑と、プレハブ小屋の中が写っていたからね……」
縁が言った。
「それより、マスコミ対策は?」
有村は笑顔で言った。
「心配いらないよ……今回の事件は捜査員も最小限だったからね……マスコミに漏れる事はないよ」
桃子が有村に言った。
「で……彼女の容態は?」
有村は言った。
「窟塚天菜の容態は、順調に回復に向かっているよ」
有村がそう言うように、天菜は死んでいなかった。あの後救急車が到着し、天菜は病院に直行し、奇跡的に一命をとり止めたのだ。
縁が有村に言った。
「そうか……よかった。ところで風間さんは?」
「風間翔は、あの村に留まるようだよ……桃子ちゃんの説得が効いたみたいだね」
天菜が生死をさ迷う事態になり、風間は意気消沈していたが、桃子が渇を入れた。
意気消沈している風間に対し、桃子は胸ぐらをつかんで「天菜に恩返しするのは……今だろっ!」と、勢いよく怒鳴り付けたのだ。
その後我に帰った風間に対して、桃子はいつもの包容力で風間を丸め込んだ。
縁はその時の様子を思い出して、少しニヤリとした。
「確かに……でも、あれは説得と言うより、脅しだぜ」
桃子はムッとした表情で言った。
「仕方がないだろ……あの場合、渇を入れてやらないと」
有村が言った。
「しかしこれからが大変だよ……あの村は……」
風間と村人達が、共に笑顔で野良仕事を行う様子が、縁の脳裏に甦った。
これから天菜は罪を償い、村には戻れない。風間と村人のあの笑顔があれば大丈夫だ。
縁は言った。
「大丈夫だよ……確かに、大変かも知れないけど……」
縁は背筋を伸ばし「ふぅ……」と、息を吐いた。
「天菜から卒業して、また一から理想の村を作れるよ」
時刻はもうすぐ午後5時になろうとして、少し肌寒さを感じる。
縁は秋の始まりを、肌で感じ、そして思った。
窟塚村の人々にも良い秋が訪れるようにと……。
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誰が誰に嘘を吐いているのか――騙されているのが主人公だけとは限らない、ファンタジーサスペンス。
※ミステリーにしていますがサスペンス色強めです。
※作中に登場する地名には架空のものも含まれています。
※痛グロい表現もあるので、苦手な方はお気をつけください。
本作はカクヨム・なろうにも掲載しています。(カクヨムのみ番外編含め全て公開)
©2019 新菜いに
オンボロアパート時計荘の住人
水田 みる
ミステリー
鍋島(なべしま) あかねはDV彼氏から逃げる為に、あるアパートに避難する。
そのアパートー時計荘(とけいそう)の住人たちは、少し個性的な人ばかり。
時計荘の住人たちの日常を覗いてみませんか?
※ジャンルは日常ですが、一応ミステリーにしています。
どうかしてるから童話かして。
アビト
ミステリー
童話チックミステリー。平凡高校生主人公×謎多き高校生が織りなす物語。
____
おかしいんだ。
可笑しいんだよ。
いや、犯しくて、お菓子食って、自ら冒したんだよ。
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日常生活が退屈で、退屈で仕方ない僕は、普通の高校生。
今まで、大体のことは何事もなく生きてきた。
ドラマやアニメに出てくるような波乱万丈な人生ではない。
普通。
今もこれからも、普通に生きて、何事もなく終わると信じていた。
僕のクラスメイトが失踪するまでは。
支配するなにか
結城時朗
ミステリー
ある日突然、乖離性同一性障害を併発した女性・麻衣
麻衣の性格の他に、凶悪な男がいた(カイ)と名乗る別人格。
アイドルグループに所属している麻衣は、仕事を休み始める。
不思議に思ったマネージャーの村尾宏太は気になり
麻衣の家に尋ねるが・・・
麻衣:とあるアイドルグループの代表とも言える人物。
突然、別の人格が支配しようとしてくる。
病名「解離性同一性障害」 わかっている性格は、
凶悪な男のみ。
西野:元国民的アイドルグループのメンバー。
麻衣とは、プライベートでも親しい仲。
麻衣の別人格をたまたま目撃する
村尾宏太:麻衣のマネージャー
麻衣の別人格である、凶悪な男:カイに
殺されてしまう。
治療に行こうと麻衣を病院へ送る最中だった
西田〇〇:村尾宏太殺害事件の捜査に当たる捜一の刑事。
犯人は、麻衣という所まで突き止めるが
確定的なものに出会わなく、頭を抱えて
いる。
カイ :麻衣の中にいる別人格の人
性別は男。一連の事件も全てカイによる犯行。
堀:麻衣の所属するアイドルグループの人気メンバー。
麻衣の様子に怪しさを感じ、事件へと首を突っ込んでいく・・・
※刑事の西田〇〇は、読者のあなたが演じている気分で読んで頂ければ幸いです。
どうしても浮かばなければ、下記を参照してください。
物語の登場人物のイメージ的なのは
麻衣=白石麻衣さん
西野=西野七瀬さん
村尾宏太=石黒英雄さん
西田〇〇=安田顕さん
管理官=緋田康人さん(半沢直樹で机バンバン叩く人)
名前の後ろに来るアルファベットの意味は以下の通りです。
M=モノローグ (心の声など)
N=ナレーション
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
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