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第二話 夏の屋敷と過去からのメッセージ
⑤
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瑠璃の表情は悲しみでいっぱいだったが、その悲しみを堪えるように、縁に言った。
「おじいちゃんは……家族を想って死んだの?……そんなの……間違ってるよ……」
瑠璃は作治が自殺した理由に納得がいかないようだ。いや、頭では理解しているが……気持ちが追い付いていないと、言った方が正しい。
桃子はそんな瑠璃の様子を見て言った。
「そうだ……死んでどうなる?会社を家族に譲り、自分は隠居すればいいではないか……」
確かに桃子の言う通り、会社を家族に譲り、そして自分は隠居し余生を静かに暮らす……それでうまく収まりそうな感じだが、縁は首を横に振った。
「作治さんは会社を家族に譲りたくなかったんじゃないかな……」
当然ながら桃子は首を傾げた。
「何故だ?家族に会社を譲り自分は隠居する……そうすれば家族も仕事に困らなくなる。なのに何故譲りたくないのだ?」
桃子の言い分はもっともだった。会社を売却しなければ、自分も家族も安定して過ごせたはずだ。
しかし縁は言った。
「会社が安定すればね……どうやら作治さんは先見能力が長けていたようだね……」
桃子は縁に言った。
「どう言う事だ?」
「作治さんは思ったんだ……自分の子供達が会社を経営する頃には、会社は衰退していると……」
「何故衰退すると?」
「1990年代はPCが普及し始めた頃だ……それに伴いデジタルオーディオ機器も進化していった」
縁がそう言うと、桃子の目は見開いた。桃子もどうやら気が付いたようだ。
縁の言う通り現在の音楽事情は随分変わった。
音楽はレコード→CD→MD→ダウンロードと変化した。
今となっては、映像や音楽は殆どデータ化し、インターネットとPCやスマホがあれば簡単に映像や音楽が録れる時代となった。
縁は続けた。
「だとしても90年代は作治さんが扱っていたオーディオ機器もまだまだ前線で活躍していた……業績もピークだったと思う……」
瑠璃は縁の話を聞いていた。
黙って……言葉の一つ一つを、聞いて……考えて……。
そして、縁は言った。
「業績がピークだったからこそ……売却したんだと思う……。作治さんは企業価値があるうちに売却したんだ」
桃子は言った。
「なるほど……それなら事前投資した設備等の償却もできる」
縁は桃子の言葉に頷いて言った。
「ああ……そうして残った資金と自分の生命保険のお金を家族に分配したんだ……」
桃子は言った。
「自殺では生命保険が降りないからな……」
縁は言った。
「それが作治さんが選択した決断だったと俺は思う……。有村さんから聞いたけど、遺された家族はその後……自ら会社を起こす人や、貯蓄をした人など様々だが……」
すると今まで沈黙をしていた瑠璃の口が、ようやく開いた。
「勝手だよ……遺されたおばあちゃんが……可哀想だよ……」
縁はこの話をするにあたって、瑠璃がこのような反応をするのをある程度予想はしていた。
しかし予想はしていても、縁には瑠璃にかける言葉が見つからない。
これはあくまでも、縁の見解だ。真意は作治にしかわからない……しかしとうの本人はもうこの世には居ない。作治を誰よりも知る、瑠璃の祖母も亡くなった。
もう、誰にも真意はわからないのだ。
すると桃子が瑠璃に言った。
「顔を上げろ……瑠璃……」
瑠璃は少し目に涙を浮かべていたが、桃子の方を見た。
桃子は言った。
「作治氏の遺した物……いや……想いを、生かすも殺すのも……遺された君たち家族しだいだぞ……」
瑠璃は言った。
「生かすも殺すのも?」
「そうだ……。確かに作治氏のやり方が正しかったのか、間違っていたのかは……私にもわからない」
瑠璃は黙って桃子の話を聞いている。縁も桃子の話を聞いていた。
桃子は続けた。
「しかし、作治氏は死んだ……。君たち家族に財産を遺して……そして、君たち家族はこうして生きている」
桃子は縁に言った。
「縁、あの写真を貸してくれ……」
「えっ?ああ……はい……」
縁は少し戸惑ったが、写真を桃子に渡した。
桃子は写真の詞を見て言った。
「『我が道は茨なれど…我子孫には花道を歩かせる…』自分は苦労したから……見通しの悪い会社を無責任に遺したくなかったのだろう……自分が遺した会社で家族を苦しめたくなかったのだろう……私はそう感じる」
桃子はそう言うと、写真を瑠璃に優しく手渡した。
「仲の良さそうな家族だな……」
桃子の言うように写真は、作治氏と妻を子供達が囲っている……優しく暖かみのある写真だった。
瑠璃は写真を受けとると、その場で泣き崩れた。
窓から聞こえる蝉の鳴き声が、瑠璃の泣き声と波長するようだった。
……翌日…喫茶店風の声……
「結局警察には今回の事の顛末を話さなかったんだ……」
店主の巧は洗った食器を、フキンで拭きながら縁と話していた。
縁はアイスカフェをすすりながら言った。
「まぁね……20年も前の話だからな……当事者もその奥さんも亡くなってるから……」
「確かに……誰も得しないよな……」
縁は苦笑いして言った。
「でも……有村さんを誤魔化すのは苦労したよ……昨日の晩に電話あってさぁ、「真相は?犯人は?」って、しつこいのなんの……」
巧は笑いながら言った。
「はははっ……迷宮入りの事件だからな……。でも縁……けっこう楽しそうな夏休みに、なってんじゃんか……」
縁は顔をひきつらせて言った。
「冗談やめてよ……俺は普通がいいのっ!事件だのなんだのは、あっちで馬鹿みたいにやって来たんだから……」
巧は拭いた食器を片付けながら言った。
「でも、君の近くには『事件を呼ぶ女』がいるからねぇ……」
縁は溜め息をついた。
「はぁーっ、そうなんだよな……。それがなかったら、あの人のいいんだけど……そもそも今回の事も勝手に引き受けたし……」
巧はぼそりと呟いた。
「あれは俺が煽ったから……」
縁は聞こえなかったのか、巧に言った。
「うん?なんか言った?」
「いや……別に……。まぁ、先生も縁に良いところを、見せたかったんじゃないの?」
「結局俺が全部やったんだぜ……でも……」
「でも?なんだ?」
縁は少し考えながら言った。
「いつも思うんだけど……桃子さんって、何て言うか……包容力って言うか……被害者も加害者も、不思議と桃子さんの話に心を救われてるような気がする……」
「まぁ……何となくわかるよ……彼女そういう雰囲気あるから」
その時店に誰かがやって来た。
「いらっしゃい」
巧がそう言う相手は、瑠璃だった。
縁は瑠璃を見て言った。
「雨家さん……」
瑠璃には昨日の泣き崩れた様子は無く、いつも通りの瑠璃だった。
「新井場君……昨日はありがとう……」
瑠璃はそう言うと、縁の隣に座った。
縁は言った。
「俺は何も……自分なりの答えを話しただけだよ」
瑠璃は言った。
「私……昨日、一晩考えたんだ……。私、おじいちゃんを誇って行くって……」
縁は黙って聞いている。
瑠璃は続けた。
「小笠原さんに言われた通り……遺された者がどう生きるかだと思うの……。おじいちゃんはもう死んじゃったから、だったら私は……誇って生きる。じゃないと、おじいちゃんもおばあちゃんも、浮かばれないもん……」
巧は瑠璃の前にアイスカフェを差し出した。
「俺のおごり……」
瑠璃は一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔になり、巧に言った。
「ありがとうございます……すみませんなんか……」
巧はニコニコしながら言った。
「気にしなくていいよ」
縁は言った。
「だったら御礼は、桃子さんに……雨家さんがそう思っているんだったら、桃子さんも喜ぶよ……」
瑠璃は言った。
「そうだよね、御礼もしなくちゃ……ご馳走する約束だもんねっ!」
その時また店に誰かがやって来た。
「あっ、いらっしゃい……先生」
巧がそう言った相手は、噂の桃子だった。
瑠璃は席から立ち上がり、桃子に言った。
「小笠原さん……昨日はありがとうございましたっ!」
桃子は瑠璃を見て言った。
「うん?瑠璃か……気にしなくていい。それよりマスター……」
桃子は巧を呼びつけて、こそこそ話をした。
「マスター……瑠璃は縁の交際相手ではなかったぞ……」
巧はニヤニヤしながら言った。
「俺、そんな事言った?」
桃子は巧を睨み付けた。
「マスター……まさか、私を騙したのか?」
「人聞きの悪い事を言わないでよ……俺は「彼女なんじゃない?」って、言っただけだよ」
二人の様子を見て、縁は呟いた。
「また、こそこそと……何をやってんだ?」
瑠璃は縁に言った。
「小笠原さん……いいのかなぁ?ちゃんと御礼をしなくて……」
縁は呆れ気味に言った。
「いいんじゃない?本人は何か他の事で頭がいっぱいみたいだから……」
「じゃあせめて新井場君だけでも……」
縁は瑠璃の申し出に心が踊った。
「マジ?」
「うん!新井場君にもお世話になったから当然だよ……明日とかどうかな?」
縁と瑠璃がやり取りをしていると、いつの間にか桃子が二人の後ろにいた。
「瑠璃……せっかくの申し出だが、縁は明日から私の手伝いがある……」
桃子の言葉に縁は目を見開いた。
「えっ!?何を言って……」
桃子は縁に構わず言った。
「すまないが日を改めてくれるか?」
瑠璃は言った。
「そう言う事なら……わかりました、後日にします」
すると瑠璃は笑顔で立ち上がった。
「じゃあ、私……これからお墓参りに行くんで……」
縁はすがるような表情で言った。
「ちょっ……雨家さん……」
桃子は縁を遮って言った。
「そうか……では、気を付けてな……」
「アイスカフェ、ありがとうございました……」
瑠璃かそう言うと、巧はニコニコしながら手を振った。
瑠璃は帰ってしまい、縁は肩を落としている。
「ごちそうが……美味い食べ物が……」
桃子は肩を落としている縁に言った。
「そんなにご馳走が食べたいのなら……私がご馳走してやる。私の仕事を手伝うのだからな……」
「勝手に決めんなっ!」
「何を怒っている?」
巧は二人のやり取りを見て、ゲラゲラ笑っている。
縁は言った。
「だいたい何でいつも俺何だ?他にもいるだろ?大先生……」
「他の人間ではダメだ……頼りない……」
「桃子さんの回りの人間が頼りないから、俺が駆り出されてるのか……」
「私とお前は運命共同体だ」
縁は頭を抱えた。
「また、訳のわからん事を……」
「そんなに私と一緒なのが、嫌なのか?」
桃子は悲しそうな表情をした。
縁は諦めた。
「嫌じゃないよ、わかったよ……だからその表情をやめてくれ……」
縁が諦めた事により、桃子の表情は明るくなった。
縁は思った。
桃子といる限り、普通の高校生活は訪れないと……。
……災難だ……。
「おじいちゃんは……家族を想って死んだの?……そんなの……間違ってるよ……」
瑠璃は作治が自殺した理由に納得がいかないようだ。いや、頭では理解しているが……気持ちが追い付いていないと、言った方が正しい。
桃子はそんな瑠璃の様子を見て言った。
「そうだ……死んでどうなる?会社を家族に譲り、自分は隠居すればいいではないか……」
確かに桃子の言う通り、会社を家族に譲り、そして自分は隠居し余生を静かに暮らす……それでうまく収まりそうな感じだが、縁は首を横に振った。
「作治さんは会社を家族に譲りたくなかったんじゃないかな……」
当然ながら桃子は首を傾げた。
「何故だ?家族に会社を譲り自分は隠居する……そうすれば家族も仕事に困らなくなる。なのに何故譲りたくないのだ?」
桃子の言い分はもっともだった。会社を売却しなければ、自分も家族も安定して過ごせたはずだ。
しかし縁は言った。
「会社が安定すればね……どうやら作治さんは先見能力が長けていたようだね……」
桃子は縁に言った。
「どう言う事だ?」
「作治さんは思ったんだ……自分の子供達が会社を経営する頃には、会社は衰退していると……」
「何故衰退すると?」
「1990年代はPCが普及し始めた頃だ……それに伴いデジタルオーディオ機器も進化していった」
縁がそう言うと、桃子の目は見開いた。桃子もどうやら気が付いたようだ。
縁の言う通り現在の音楽事情は随分変わった。
音楽はレコード→CD→MD→ダウンロードと変化した。
今となっては、映像や音楽は殆どデータ化し、インターネットとPCやスマホがあれば簡単に映像や音楽が録れる時代となった。
縁は続けた。
「だとしても90年代は作治さんが扱っていたオーディオ機器もまだまだ前線で活躍していた……業績もピークだったと思う……」
瑠璃は縁の話を聞いていた。
黙って……言葉の一つ一つを、聞いて……考えて……。
そして、縁は言った。
「業績がピークだったからこそ……売却したんだと思う……。作治さんは企業価値があるうちに売却したんだ」
桃子は言った。
「なるほど……それなら事前投資した設備等の償却もできる」
縁は桃子の言葉に頷いて言った。
「ああ……そうして残った資金と自分の生命保険のお金を家族に分配したんだ……」
桃子は言った。
「自殺では生命保険が降りないからな……」
縁は言った。
「それが作治さんが選択した決断だったと俺は思う……。有村さんから聞いたけど、遺された家族はその後……自ら会社を起こす人や、貯蓄をした人など様々だが……」
すると今まで沈黙をしていた瑠璃の口が、ようやく開いた。
「勝手だよ……遺されたおばあちゃんが……可哀想だよ……」
縁はこの話をするにあたって、瑠璃がこのような反応をするのをある程度予想はしていた。
しかし予想はしていても、縁には瑠璃にかける言葉が見つからない。
これはあくまでも、縁の見解だ。真意は作治にしかわからない……しかしとうの本人はもうこの世には居ない。作治を誰よりも知る、瑠璃の祖母も亡くなった。
もう、誰にも真意はわからないのだ。
すると桃子が瑠璃に言った。
「顔を上げろ……瑠璃……」
瑠璃は少し目に涙を浮かべていたが、桃子の方を見た。
桃子は言った。
「作治氏の遺した物……いや……想いを、生かすも殺すのも……遺された君たち家族しだいだぞ……」
瑠璃は言った。
「生かすも殺すのも?」
「そうだ……。確かに作治氏のやり方が正しかったのか、間違っていたのかは……私にもわからない」
瑠璃は黙って桃子の話を聞いている。縁も桃子の話を聞いていた。
桃子は続けた。
「しかし、作治氏は死んだ……。君たち家族に財産を遺して……そして、君たち家族はこうして生きている」
桃子は縁に言った。
「縁、あの写真を貸してくれ……」
「えっ?ああ……はい……」
縁は少し戸惑ったが、写真を桃子に渡した。
桃子は写真の詞を見て言った。
「『我が道は茨なれど…我子孫には花道を歩かせる…』自分は苦労したから……見通しの悪い会社を無責任に遺したくなかったのだろう……自分が遺した会社で家族を苦しめたくなかったのだろう……私はそう感じる」
桃子はそう言うと、写真を瑠璃に優しく手渡した。
「仲の良さそうな家族だな……」
桃子の言うように写真は、作治氏と妻を子供達が囲っている……優しく暖かみのある写真だった。
瑠璃は写真を受けとると、その場で泣き崩れた。
窓から聞こえる蝉の鳴き声が、瑠璃の泣き声と波長するようだった。
……翌日…喫茶店風の声……
「結局警察には今回の事の顛末を話さなかったんだ……」
店主の巧は洗った食器を、フキンで拭きながら縁と話していた。
縁はアイスカフェをすすりながら言った。
「まぁね……20年も前の話だからな……当事者もその奥さんも亡くなってるから……」
「確かに……誰も得しないよな……」
縁は苦笑いして言った。
「でも……有村さんを誤魔化すのは苦労したよ……昨日の晩に電話あってさぁ、「真相は?犯人は?」って、しつこいのなんの……」
巧は笑いながら言った。
「はははっ……迷宮入りの事件だからな……。でも縁……けっこう楽しそうな夏休みに、なってんじゃんか……」
縁は顔をひきつらせて言った。
「冗談やめてよ……俺は普通がいいのっ!事件だのなんだのは、あっちで馬鹿みたいにやって来たんだから……」
巧は拭いた食器を片付けながら言った。
「でも、君の近くには『事件を呼ぶ女』がいるからねぇ……」
縁は溜め息をついた。
「はぁーっ、そうなんだよな……。それがなかったら、あの人のいいんだけど……そもそも今回の事も勝手に引き受けたし……」
巧はぼそりと呟いた。
「あれは俺が煽ったから……」
縁は聞こえなかったのか、巧に言った。
「うん?なんか言った?」
「いや……別に……。まぁ、先生も縁に良いところを、見せたかったんじゃないの?」
「結局俺が全部やったんだぜ……でも……」
「でも?なんだ?」
縁は少し考えながら言った。
「いつも思うんだけど……桃子さんって、何て言うか……包容力って言うか……被害者も加害者も、不思議と桃子さんの話に心を救われてるような気がする……」
「まぁ……何となくわかるよ……彼女そういう雰囲気あるから」
その時店に誰かがやって来た。
「いらっしゃい」
巧がそう言う相手は、瑠璃だった。
縁は瑠璃を見て言った。
「雨家さん……」
瑠璃には昨日の泣き崩れた様子は無く、いつも通りの瑠璃だった。
「新井場君……昨日はありがとう……」
瑠璃はそう言うと、縁の隣に座った。
縁は言った。
「俺は何も……自分なりの答えを話しただけだよ」
瑠璃は言った。
「私……昨日、一晩考えたんだ……。私、おじいちゃんを誇って行くって……」
縁は黙って聞いている。
瑠璃は続けた。
「小笠原さんに言われた通り……遺された者がどう生きるかだと思うの……。おじいちゃんはもう死んじゃったから、だったら私は……誇って生きる。じゃないと、おじいちゃんもおばあちゃんも、浮かばれないもん……」
巧は瑠璃の前にアイスカフェを差し出した。
「俺のおごり……」
瑠璃は一瞬目を丸くしたが、すぐに笑顔になり、巧に言った。
「ありがとうございます……すみませんなんか……」
巧はニコニコしながら言った。
「気にしなくていいよ」
縁は言った。
「だったら御礼は、桃子さんに……雨家さんがそう思っているんだったら、桃子さんも喜ぶよ……」
瑠璃は言った。
「そうだよね、御礼もしなくちゃ……ご馳走する約束だもんねっ!」
その時また店に誰かがやって来た。
「あっ、いらっしゃい……先生」
巧がそう言った相手は、噂の桃子だった。
瑠璃は席から立ち上がり、桃子に言った。
「小笠原さん……昨日はありがとうございましたっ!」
桃子は瑠璃を見て言った。
「うん?瑠璃か……気にしなくていい。それよりマスター……」
桃子は巧を呼びつけて、こそこそ話をした。
「マスター……瑠璃は縁の交際相手ではなかったぞ……」
巧はニヤニヤしながら言った。
「俺、そんな事言った?」
桃子は巧を睨み付けた。
「マスター……まさか、私を騙したのか?」
「人聞きの悪い事を言わないでよ……俺は「彼女なんじゃない?」って、言っただけだよ」
二人の様子を見て、縁は呟いた。
「また、こそこそと……何をやってんだ?」
瑠璃は縁に言った。
「小笠原さん……いいのかなぁ?ちゃんと御礼をしなくて……」
縁は呆れ気味に言った。
「いいんじゃない?本人は何か他の事で頭がいっぱいみたいだから……」
「じゃあせめて新井場君だけでも……」
縁は瑠璃の申し出に心が踊った。
「マジ?」
「うん!新井場君にもお世話になったから当然だよ……明日とかどうかな?」
縁と瑠璃がやり取りをしていると、いつの間にか桃子が二人の後ろにいた。
「瑠璃……せっかくの申し出だが、縁は明日から私の手伝いがある……」
桃子の言葉に縁は目を見開いた。
「えっ!?何を言って……」
桃子は縁に構わず言った。
「すまないが日を改めてくれるか?」
瑠璃は言った。
「そう言う事なら……わかりました、後日にします」
すると瑠璃は笑顔で立ち上がった。
「じゃあ、私……これからお墓参りに行くんで……」
縁はすがるような表情で言った。
「ちょっ……雨家さん……」
桃子は縁を遮って言った。
「そうか……では、気を付けてな……」
「アイスカフェ、ありがとうございました……」
瑠璃かそう言うと、巧はニコニコしながら手を振った。
瑠璃は帰ってしまい、縁は肩を落としている。
「ごちそうが……美味い食べ物が……」
桃子は肩を落としている縁に言った。
「そんなにご馳走が食べたいのなら……私がご馳走してやる。私の仕事を手伝うのだからな……」
「勝手に決めんなっ!」
「何を怒っている?」
巧は二人のやり取りを見て、ゲラゲラ笑っている。
縁は言った。
「だいたい何でいつも俺何だ?他にもいるだろ?大先生……」
「他の人間ではダメだ……頼りない……」
「桃子さんの回りの人間が頼りないから、俺が駆り出されてるのか……」
「私とお前は運命共同体だ」
縁は頭を抱えた。
「また、訳のわからん事を……」
「そんなに私と一緒なのが、嫌なのか?」
桃子は悲しそうな表情をした。
縁は諦めた。
「嫌じゃないよ、わかったよ……だからその表情をやめてくれ……」
縁が諦めた事により、桃子の表情は明るくなった。
縁は思った。
桃子といる限り、普通の高校生活は訪れないと……。
……災難だ……。
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