choice

陽芹孝介

文字の大きさ
上 下
61 / 61
第一章 開演

しおりを挟む
  ……2012年春……


  一人の男性がこの世を去った。

  男性の名は九条憲司……現役の外務大臣であり、各メディアにて露出の高い青年実業家……九条司の父である。
  この悲報が世間に広まるのは決して遅くはなかった。
  早朝から九条大臣に関する報道が、どの
チャンネルからでも流れていたからだ。
  九条司と親交のある月島葵も、その報道の中の一つで知ったわけだが……。

 「何故だ?」

  テレビで報道を知り、驚愕した葵の第一声がそれだった。
  自宅のリビングで、葵は一人驚愕している。因みに母は朝から出掛けており、父はいつも通り仕事でいない。
  葵は険しい表情で、いつものように、癖っ毛の髪を指でクルクル回しながら、深く考えた。
 「これがもし奴の仕業なら……手口がいつもと違う……」
  葵の考えでは……奴は『あの世界』では、なんの躊躇いもなく人を殺すが……現実世界では、葵の知る限り殺人は行っていない……。
  すると葵のスマホが勢いよく着信した。スマホの着信音に変わりはなかったが、今の葵の心理状況では、着信音に勢いを感じても、無理はない。
  葵はスマホを持ち、相手を確認することなく、電話に出た。
  このタイミングで電話してくるのは一人しかいない。
 『葵君っ!俺だっ!歩だっ!』
  葵の予想通り、渡辺歩だった。歩は少し興奮であることが、スマホ越しからでも伝わった。
 「おはようございます……僕も連絡しようと思っていました」
 『って事は……知ったんだね?』
 「ええ……朝起きて、テレビをつければ……そのニュースでもちっきりですから……」
 『大変な事になったな……』
 「僕も少しばかり、戸惑っています。この事で九条さんは?」
 『九条には……俺も連絡を取れないんだ。おそらく忙しいんだろ……お通夜や葬儀の関係で』
 「でしょうね……」
  ここで二人は暫し沈黙した。それぞれが九条の気持ちなどを考えた結果の沈黙だろうか……。
  すると再び歩が話始めた。
 『とにかくこれから会いたいんだけど……』
  これには葵も同意し、誰もいないリビングで頷いた。
 「そうですね……会って話した方が良さそうです」



  ……とある喫茶店……


  葵と歩が落ち合った場所は、近場の喫茶店で、店内のテレビでも九条大臣に関しての報道がされている。
  今後の外交問題や、国内の政局に関して、それぞれ専門家が独自の見解で、好き勝手に喋っている。
 「どう思う?……葵君……」
  唐突にそう言い出した歩に、葵は言った。
 「どう思うとは?」
  歩は憮然とした表情で言った。
 「わかってんだろ?実際に人が死んだんだぜ?」
  歩も葵と同じく、疑問に思っていたのだ……実際に人が死んだ事に……。
  しかし葵は首を横に振った。
 「それは僕も最初は思いましたが……そもそもそれが間違いだったのかも知れませんね……」
  歩は怪訝な表情をした。
 「間違だって?」
 「『島』の時も……『球体』の時も……。ほんとは殺そうとしていたのかも知れませんよ」
  歩は絶句し、そんな歩の表情を確認して、葵は続けた。
 「正しく言えば、殺せなかった……僕達がいましたからね」
  歩は難しそうな表情をし、少し俯いて言った。
 「殺せなかった……確かにそうかも……」
 「奴があのシステムを使ったと考えて……死者が出てしまった。まだまだ僕達が知り得ない秘密がありそうですね……あのシステムには……」
  歩の表情は青ざめた。
 「俺達……今生きてるけど……。考えたら恐ろしいね……」
  葵は頷いた。
 「安心してる場合ではないですよ……。僕にはわかります……奴もケリをつけようとしているのが……」
  歩は表情を今度はひきつらせた。
 「それって……俺達を殺すってことかい?」
  葵はすんなり肯定した。
 「それもあります……。九条大臣が亡くなった事で、より明確になりました」
 「どうしてだい?」
 「後始末ですよ……」
 「後始末?」
  葵は口角を上げた。
 「九条大臣のような……大物要人が何故殺されたか……。ただのテロ行為なら、わざわざそんな大物を殺害し、リスクを高める必要はありません」
  葵は髪をクルクル回した。
 「つまり九条大臣とアマツカに繋がりがあったと、考えるのが自然です……」
  歩は葵の言葉に目を見開いた。
 「何だってっ?……つまり……九条の親父さんが、アマツカの支援者?」
 「支援者かどうかの、確証はありませんが……可能性はありますね。おそらく他の四人も……もうこの世にはいないでしょう……」
  歩は頭を抱えた。
 「なんてこった……。しかし……何でスポンサーを殺すんだ?」
  葵は再び口角を上げた。
 「もう用が無くなったんですよ……」
  歩の背筋はゾクリとした。
 「用が……無くなった?」
 「支援を受ける必要が無くなり……事を起こす準備が整った……。だから自分を知る邪魔者を始末したんですよ」
  目を見開いて口角を上げる葵に、歩は言葉を失った。
  葵は続けた。
 「奴を野放しにするわけにはいきません……奴は『証拠を残さずに人を殺せるツール』を手にしているのですから……」
  歩は気をとりなして言った。
 「これからどうする?」
  葵は微笑した。
 「実は……今日、もう一人……会う約束をしているのです」
  すると喫茶店に一人の女性が現れた……白峰百合だった。
  喫茶店の入口でキョロキョロする百合に、歩は驚きを隠せなかった。
 「彼女は……」
  百合は葵と歩に気付くと、笑顔を振り撒いて席にやって来た。
 「ごきげんよう……。それにお久しぶり……渡辺歩さん……」
  歩は険しい表情で百合に言った。
 「会う約束とは……君の事だったのか……」
  百合は葵の隣に座ると、すました様子で歩に言った。
 「当然でしょ……九条大臣が死んだ事により、月島君は少しでも情報が欲しいはず……。と、すれば……最初に会うのは、この私じゃなくて?」
  百合の態度に歩は言葉を失った……球体の頃とのギャップに、少々戸惑っているようだ。
  百合はさらに歩に言った。
 「あの時の記憶は……私にはないわ……。だから別人格と思って貰ってけっこうよ」
  葵が言った。
 「その辺でいいでしょう……。呼んだ理由は先ほど貴女が言った通り……今は少しでも情報が欲しいわけですが……」
  百合は呆れた様子で言った。
 「相変わらず愛想がないわね……まぁいいけど……。こんなに早く事が起こるとは思わなかったから、期待はしないでね……」
  すました感じの百合に、歩は少し苛ついた感じで言った。
 「早く話してくれ……」
 「九条大臣は『人類会議』のメンバーよ」
  さらりと言う百合に対して、葵も歩も目を丸くした。
  歩が言った。
 「人類会議?……なんなんだい?それは……」
 「簡単に言えば……人類をより良い方向に導く為の会議……」
  葵が言った。
 「中々不気味な会議ですね……」
  百合は続けた。
 「人類会議には国境がなく……世界各国の要人が数名づつ参加している」
  歩が言った。
 「九条の親父さんがその会議のメンバーだったって事か……」
  百合は微笑した。
 「それどころか……日本支部のリーダーよ」
  葵が言った。
 「仮にその人類会議の存在が事実だとして……九条大臣がリーダーなのはなっとくが出来ますね……。現役の外務大臣ですから」
  百合は少しムッとした表情をした。
 「仮になんて……酷いわね……」
  葵は話を戻した。
 「その人類会議とやらは……具体的にどうやって人類を導くのですか?」
  百合は苦笑いした。
 「さぁ……貴方の呼び出しが早かったから……そこまで調べられてないの……」
  葵は言った。
 「では質問を変えましょう……。貴女は何故、球体にやって来たのですか?」
  葵の質問に、百合は一瞬目を見開いたが……すぐに微笑した。
 「フフ……私も奴を追う者だからよ……」
  歩が言った。
 「それはわかってるよ……。俺達が知りたいのは、君が何者だって事だ」
  百合は不敵な笑みを浮かべた。
 「私がそれを、今この場で言うとでも?」
  百合の態度に、葵は呆れた様子で言った。
 「思いませんね……しかし、貴女がただ者でなく、さらにあのシステムの事を僕達より知っているのは……わかっています」
  葵の言葉に百合の表情は変わった。
 「何故言い切れるの?」
 「貴女はあの時拳銃を所持していた……それだけで既に普通ではありませんが……。つまり貴女は準備をして、あの球体にやって来たんですよ。本来の呼ばれるべき誰かに成り代わって……」
  歩は目を丸くした。
 「確かにそれだと辻褄が合う……」
  葵は続けた。
 「そしてそれは、アマツカの行動をある程度把握していなければ出来ない事です。アマツカが何時システムを発動するか知らないと、球体には行けませんからね」
  葵の話を目を丸くして聞いていた百合は、やがて微笑した。
 「フフ……やはり貴方に目を付けたのは正解のようね」
  歩が百合に言った。
 「じゃあ正体を?」
 「正体は明かせないけど……これだけは言っておくわ……」
  葵と歩は表情を険しくして、百合に耳を傾けた。
  百合はそんな二人を満足そうな表情で見て、口を開いた。
 「貴方達が体験した現象は……世界各地で起こっている」
  百合の言葉に衝撃を受けた歩は目を見開いたが……葵は意外にも冷静だった。
 「やはりそうですか……。これまでの奴の言動から……この国だけの話では無さそうですからね」
  百合は続けた。
 「私は奴の目的を知るために、事前に調査し……そしてあの世界へ行った。まぁシステムエラーで、私の脳波に障害が起こってしまい……現実世界の記憶が持てなかったんだけど……」
  葵は納得の表情をした。
 「ハッキングをした結果、システムに負担が掛かり……そこで対象者である貴女にイレギュラが発生したわけですか……」
  百合は頷いた。
 「そういうことね……。まぁ……あの中の出来事は、記録していた仲間から聞いてある程度はわかったけど……」
  歩は再び目を見開いた。
 「記録って……どういう事だい?」
  百合はニヤリとした。
 「企業秘密……って、言いたいところだけど……教えて上げる。私の脳波があの世界から現実世界に戻った時に、あるシステムに反映できるようにしておいたの……」
  葵は感心した。
 「素晴らしいシステムです……仮にあの世界で殺されたとしても、記憶を失う事がないわけですね……」
  百合は頷いた。
 「そういう事……何が起こるかわからないからね……」
  百合の話から推測するに……百合は個人で行動をしているわけでは無さそうで、何かの組織にくみしているようだ。それも敵が敵だけに当然なのだが……。
  葵は百合に別の質問をした。
 「因みに……あの会議室にいた他の四人も、人類会議のメンバーですか?」
 「そうよ……。外務省の官僚2名に、防衛省の官僚一人……それと警察庁長官秘書が一人」
  どれもこれも国の政に関わる要人ばかりで、歩は頭を抱えた。
 「話が大きすぎるよ……」
  すると葵はニヤリとした。
 「なるほど……アマツカとの関係性が読めてきました……」
  葵の言葉に百合は目を見開いた。
 (関係性がわかった?……今のこれだけの会話で?……まだ我々でもわかっていないのに……) 
  目を見開いた百合を見て、葵は口角を上げた。
 「あくまでも……予想ですよ」
  歩が言った。
 「関係性って……支援者じゃないのか?」
  葵は首を横に振った。
 「テロリストに……日本の要人が、ただで支援しますか?」
  葵は言葉を詰まらせ、百合は黙って葵を見ている。
  葵は続けた。
 「人類会議のメンバー構成を考えた時に……。あのシステムを使えば……誰が得しますか?」
 「誰が……得?……ハッ!」
  そう言うと百合はハッとした表情をした。
  葵は続けた。
 「そう……この国……日本ですよ」
 「えっ?日本?……意味が……」
  百合とは対照的に、歩はキョトンとしている。
  葵はさらに続けた。
 「資源と軍事が乏しい日本にとって……あのシステムは最大のカードになると思いませんか?」
  百合が言った。
 「確かに……コンピュータウィルスに乗せる事のできる、あのシステムは……ヘタな兵器やバイオ兵器よりも、驚異だわ……」
  葵が言った。
 「ええ……さらに言うのなら、核や細菌とは異なり、環境汚染の心配もありません……。証拠も残りませんから……」
  歩は目を見開いたまま言った。
 「それでアマツカを支援したと?……そんなことが……。でも何故殺したんだ?」
  葵は言った。
 「アマツカにとって外交問題などは関係ないからでしょう……」
  百合が言った。
 「つまり奴は、人類会議にあのシステムを『外交カード』になると持ち込み、支援させて……それが必要無くなったから、殺した……。ちょっと待ってっ!それってつまり……」
  葵は髪をクルクル回しながら言った。
 「そうです。アマツカが理想とするシステムが完成した……と、いう事です。まぁ、僕の予想が当たっていればですが……」
  歩は焦った様子で言った。
 「ちょっと待ってよっ!……つまり、アマツカの計画が、最終段階に入ったって事っ!?」
  葵は百合に言った。
 「百合さんは、僕の仮説の線で捜査を続けて下さい……その方が効率がいいでしょ?」
  百合は頷いた。
 「ええ……そうね。貴方の言った事のウラを確認する……っ!」
  百合は葵の指示をすんなり受け入れている自分が、可笑しくなった。
 (いつの間にか……ノマレてるわね……この子に……)
  葵は言葉を詰まらせた百合に、怪訝な表情を向けた。
 「どうかしましたか?」
  百合は首を横に振った。
 「いいえ……。それより貴方達はこれからどうするの?」
  葵は口角を上げた。
 「僕はこれから準備して……事が起こるのを待ちます。奴は必ず僕達に仕掛けてきますからね」
  歩は怪訝な表情で言った。
 「準備?」
  葵は言った。
 「総力を上げて向かい打ちます……。いい加減、僕も終わらせたいですから……」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

神暴き

黒幕横丁
ミステリー
――この祭りは、全員死ぬまで終われない。 神託を受けた”狩り手”が一日毎に一人の生贄を神に捧げる奇祭『神暴き』。そんな狂気の祭りへと招かれた弐沙(つぐさ)と怜。閉じ込められた廃村の中で、彼らはこの奇祭の真の姿を目撃することとなる……。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...