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第一章 開演
①
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……2012年春……
一人の男性がこの世を去った。
男性の名は九条憲司……現役の外務大臣であり、各メディアにて露出の高い青年実業家……九条司の父である。
この悲報が世間に広まるのは決して遅くはなかった。
早朝から九条大臣に関する報道が、どの
チャンネルからでも流れていたからだ。
九条司と親交のある月島葵も、その報道の中の一つで知ったわけだが……。
「何故だ?」
テレビで報道を知り、驚愕した葵の第一声がそれだった。
自宅のリビングで、葵は一人驚愕している。因みに母は朝から出掛けており、父はいつも通り仕事でいない。
葵は険しい表情で、いつものように、癖っ毛の髪を指でクルクル回しながら、深く考えた。
「これがもし奴の仕業なら……手口がいつもと違う……」
葵の考えでは……奴は『あの世界』では、なんの躊躇いもなく人を殺すが……現実世界では、葵の知る限り殺人は行っていない……。
すると葵のスマホが勢いよく着信した。スマホの着信音に変わりはなかったが、今の葵の心理状況では、着信音に勢いを感じても、無理はない。
葵はスマホを持ち、相手を確認することなく、電話に出た。
このタイミングで電話してくるのは一人しかいない。
『葵君っ!俺だっ!歩だっ!』
葵の予想通り、渡辺歩だった。歩は少し興奮であることが、スマホ越しからでも伝わった。
「おはようございます……僕も連絡しようと思っていました」
『って事は……知ったんだね?』
「ええ……朝起きて、テレビをつければ……そのニュースでもちっきりですから……」
『大変な事になったな……』
「僕も少しばかり、戸惑っています。この事で九条さんは?」
『九条には……俺も連絡を取れないんだ。おそらく忙しいんだろ……お通夜や葬儀の関係で』
「でしょうね……」
ここで二人は暫し沈黙した。それぞれが九条の気持ちなどを考えた結果の沈黙だろうか……。
すると再び歩が話始めた。
『とにかくこれから会いたいんだけど……』
これには葵も同意し、誰もいないリビングで頷いた。
「そうですね……会って話した方が良さそうです」
……とある喫茶店……
葵と歩が落ち合った場所は、近場の喫茶店で、店内のテレビでも九条大臣に関しての報道がされている。
今後の外交問題や、国内の政局に関して、それぞれ専門家が独自の見解で、好き勝手に喋っている。
「どう思う?……葵君……」
唐突にそう言い出した歩に、葵は言った。
「どう思うとは?」
歩は憮然とした表情で言った。
「わかってんだろ?実際に人が死んだんだぜ?」
歩も葵と同じく、疑問に思っていたのだ……実際に人が死んだ事に……。
しかし葵は首を横に振った。
「それは僕も最初は思いましたが……そもそもそれが間違いだったのかも知れませんね……」
歩は怪訝な表情をした。
「間違だって?」
「『島』の時も……『球体』の時も……。ほんとは殺そうとしていたのかも知れませんよ」
歩は絶句し、そんな歩の表情を確認して、葵は続けた。
「正しく言えば、殺せなかった……僕達がいましたからね」
歩は難しそうな表情をし、少し俯いて言った。
「殺せなかった……確かにそうかも……」
「奴があのシステムを使ったと考えて……死者が出てしまった。まだまだ僕達が知り得ない秘密がありそうですね……あのシステムには……」
歩の表情は青ざめた。
「俺達……今生きてるけど……。考えたら恐ろしいね……」
葵は頷いた。
「安心してる場合ではないですよ……。僕にはわかります……奴もケリをつけようとしているのが……」
歩は表情を今度はひきつらせた。
「それって……俺達を殺すってことかい?」
葵はすんなり肯定した。
「それもあります……。九条大臣が亡くなった事で、より明確になりました」
「どうしてだい?」
「後始末ですよ……」
「後始末?」
葵は口角を上げた。
「九条大臣のような……大物要人が何故殺されたか……。ただのテロ行為なら、わざわざそんな大物を殺害し、リスクを高める必要はありません」
葵は髪をクルクル回した。
「つまり九条大臣とアマツカに繋がりがあったと、考えるのが自然です……」
歩は葵の言葉に目を見開いた。
「何だってっ?……つまり……九条の親父さんが、アマツカの支援者?」
「支援者かどうかの、確証はありませんが……可能性はありますね。おそらく他の四人も……もうこの世にはいないでしょう……」
歩は頭を抱えた。
「なんてこった……。しかし……何でスポンサーを殺すんだ?」
葵は再び口角を上げた。
「もう用が無くなったんですよ……」
歩の背筋はゾクリとした。
「用が……無くなった?」
「支援を受ける必要が無くなり……事を起こす準備が整った……。だから自分を知る邪魔者を始末したんですよ」
目を見開いて口角を上げる葵に、歩は言葉を失った。
葵は続けた。
「奴を野放しにするわけにはいきません……奴は『証拠を残さずに人を殺せるツール』を手にしているのですから……」
歩は気をとりなして言った。
「これからどうする?」
葵は微笑した。
「実は……今日、もう一人……会う約束をしているのです」
すると喫茶店に一人の女性が現れた……白峰百合だった。
喫茶店の入口でキョロキョロする百合に、歩は驚きを隠せなかった。
「彼女は……」
百合は葵と歩に気付くと、笑顔を振り撒いて席にやって来た。
「ごきげんよう……。それにお久しぶり……渡辺歩さん……」
歩は険しい表情で百合に言った。
「会う約束とは……君の事だったのか……」
百合は葵の隣に座ると、すました様子で歩に言った。
「当然でしょ……九条大臣が死んだ事により、月島君は少しでも情報が欲しいはず……。と、すれば……最初に会うのは、この私じゃなくて?」
百合の態度に歩は言葉を失った……球体の頃とのギャップに、少々戸惑っているようだ。
百合はさらに歩に言った。
「あの時の記憶は……私にはないわ……。だから別人格と思って貰ってけっこうよ」
葵が言った。
「その辺でいいでしょう……。呼んだ理由は先ほど貴女が言った通り……今は少しでも情報が欲しいわけですが……」
百合は呆れた様子で言った。
「相変わらず愛想がないわね……まぁいいけど……。こんなに早く事が起こるとは思わなかったから、期待はしないでね……」
すました感じの百合に、歩は少し苛ついた感じで言った。
「早く話してくれ……」
「九条大臣は『人類会議』のメンバーよ」
さらりと言う百合に対して、葵も歩も目を丸くした。
歩が言った。
「人類会議?……なんなんだい?それは……」
「簡単に言えば……人類をより良い方向に導く為の会議……」
葵が言った。
「中々不気味な会議ですね……」
百合は続けた。
「人類会議には国境がなく……世界各国の要人が数名づつ参加している」
歩が言った。
「九条の親父さんがその会議のメンバーだったって事か……」
百合は微笑した。
「それどころか……日本支部のリーダーよ」
葵が言った。
「仮にその人類会議の存在が事実だとして……九条大臣がリーダーなのはなっとくが出来ますね……。現役の外務大臣ですから」
百合は少しムッとした表情をした。
「仮になんて……酷いわね……」
葵は話を戻した。
「その人類会議とやらは……具体的にどうやって人類を導くのですか?」
百合は苦笑いした。
「さぁ……貴方の呼び出しが早かったから……そこまで調べられてないの……」
葵は言った。
「では質問を変えましょう……。貴女は何故、球体にやって来たのですか?」
葵の質問に、百合は一瞬目を見開いたが……すぐに微笑した。
「フフ……私も奴を追う者だからよ……」
歩が言った。
「それはわかってるよ……。俺達が知りたいのは、君が何者だって事だ」
百合は不敵な笑みを浮かべた。
「私がそれを、今この場で言うとでも?」
百合の態度に、葵は呆れた様子で言った。
「思いませんね……しかし、貴女がただ者でなく、さらにあのシステムの事を僕達より知っているのは……わかっています」
葵の言葉に百合の表情は変わった。
「何故言い切れるの?」
「貴女はあの時拳銃を所持していた……それだけで既に普通ではありませんが……。つまり貴女は準備をして、あの球体にやって来たんですよ。本来の呼ばれるべき誰かに成り代わって……」
歩は目を丸くした。
「確かにそれだと辻褄が合う……」
葵は続けた。
「そしてそれは、アマツカの行動をある程度把握していなければ出来ない事です。アマツカが何時システムを発動するか知らないと、球体には行けませんからね」
葵の話を目を丸くして聞いていた百合は、やがて微笑した。
「フフ……やはり貴方に目を付けたのは正解のようね」
歩が百合に言った。
「じゃあ正体を?」
「正体は明かせないけど……これだけは言っておくわ……」
葵と歩は表情を険しくして、百合に耳を傾けた。
百合はそんな二人を満足そうな表情で見て、口を開いた。
「貴方達が体験した現象は……世界各地で起こっている」
百合の言葉に衝撃を受けた歩は目を見開いたが……葵は意外にも冷静だった。
「やはりそうですか……。これまでの奴の言動から……この国だけの話では無さそうですからね」
百合は続けた。
「私は奴の目的を知るために、事前に調査し……そしてあの世界へ行った。まぁシステムエラーで、私の脳波に障害が起こってしまい……現実世界の記憶が持てなかったんだけど……」
葵は納得の表情をした。
「ハッキングをした結果、システムに負担が掛かり……そこで対象者である貴女にイレギュラが発生したわけですか……」
百合は頷いた。
「そういうことね……。まぁ……あの中の出来事は、記録していた仲間から聞いてある程度はわかったけど……」
歩は再び目を見開いた。
「記録って……どういう事だい?」
百合はニヤリとした。
「企業秘密……って、言いたいところだけど……教えて上げる。私の脳波があの世界から現実世界に戻った時に、あるシステムに反映できるようにしておいたの……」
葵は感心した。
「素晴らしいシステムです……仮にあの世界で殺されたとしても、記憶を失う事がないわけですね……」
百合は頷いた。
「そういう事……何が起こるかわからないからね……」
百合の話から推測するに……百合は個人で行動をしているわけでは無さそうで、何かの組織にくみしているようだ。それも敵が敵だけに当然なのだが……。
葵は百合に別の質問をした。
「因みに……あの会議室にいた他の四人も、人類会議のメンバーですか?」
「そうよ……。外務省の官僚2名に、防衛省の官僚一人……それと警察庁長官秘書が一人」
どれもこれも国の政に関わる要人ばかりで、歩は頭を抱えた。
「話が大きすぎるよ……」
すると葵はニヤリとした。
「なるほど……アマツカとの関係性が読めてきました……」
葵の言葉に百合は目を見開いた。
(関係性がわかった?……今のこれだけの会話で?……まだ我々でもわかっていないのに……)
目を見開いた百合を見て、葵は口角を上げた。
「あくまでも……予想ですよ」
歩が言った。
「関係性って……支援者じゃないのか?」
葵は首を横に振った。
「テロリストに……日本の要人が、ただで支援しますか?」
葵は言葉を詰まらせ、百合は黙って葵を見ている。
葵は続けた。
「人類会議のメンバー構成を考えた時に……。あのシステムを使えば……誰が得しますか?」
「誰が……得?……ハッ!」
そう言うと百合はハッとした表情をした。
葵は続けた。
「そう……この国……日本ですよ」
「えっ?日本?……意味が……」
百合とは対照的に、歩はキョトンとしている。
葵はさらに続けた。
「資源と軍事が乏しい日本にとって……あのシステムは最大のカードになると思いませんか?」
百合が言った。
「確かに……コンピュータウィルスに乗せる事のできる、あのシステムは……ヘタな兵器やバイオ兵器よりも、驚異だわ……」
葵が言った。
「ええ……さらに言うのなら、核や細菌とは異なり、環境汚染の心配もありません……。証拠も残りませんから……」
歩は目を見開いたまま言った。
「それでアマツカを支援したと?……そんなことが……。でも何故殺したんだ?」
葵は言った。
「アマツカにとって外交問題などは関係ないからでしょう……」
百合が言った。
「つまり奴は、人類会議にあのシステムを『外交カード』になると持ち込み、支援させて……それが必要無くなったから、殺した……。ちょっと待ってっ!それってつまり……」
葵は髪をクルクル回しながら言った。
「そうです。アマツカが理想とするシステムが完成した……と、いう事です。まぁ、僕の予想が当たっていればですが……」
歩は焦った様子で言った。
「ちょっと待ってよっ!……つまり、アマツカの計画が、最終段階に入ったって事っ!?」
葵は百合に言った。
「百合さんは、僕の仮説の線で捜査を続けて下さい……その方が効率がいいでしょ?」
百合は頷いた。
「ええ……そうね。貴方の言った事のウラを確認する……っ!」
百合は葵の指示をすんなり受け入れている自分が、可笑しくなった。
(いつの間にか……ノマレてるわね……この子に……)
葵は言葉を詰まらせた百合に、怪訝な表情を向けた。
「どうかしましたか?」
百合は首を横に振った。
「いいえ……。それより貴方達はこれからどうするの?」
葵は口角を上げた。
「僕はこれから準備して……事が起こるのを待ちます。奴は必ず僕達に仕掛けてきますからね」
歩は怪訝な表情で言った。
「準備?」
葵は言った。
「総力を上げて向かい打ちます……。いい加減、僕も終わらせたいですから……」
一人の男性がこの世を去った。
男性の名は九条憲司……現役の外務大臣であり、各メディアにて露出の高い青年実業家……九条司の父である。
この悲報が世間に広まるのは決して遅くはなかった。
早朝から九条大臣に関する報道が、どの
チャンネルからでも流れていたからだ。
九条司と親交のある月島葵も、その報道の中の一つで知ったわけだが……。
「何故だ?」
テレビで報道を知り、驚愕した葵の第一声がそれだった。
自宅のリビングで、葵は一人驚愕している。因みに母は朝から出掛けており、父はいつも通り仕事でいない。
葵は険しい表情で、いつものように、癖っ毛の髪を指でクルクル回しながら、深く考えた。
「これがもし奴の仕業なら……手口がいつもと違う……」
葵の考えでは……奴は『あの世界』では、なんの躊躇いもなく人を殺すが……現実世界では、葵の知る限り殺人は行っていない……。
すると葵のスマホが勢いよく着信した。スマホの着信音に変わりはなかったが、今の葵の心理状況では、着信音に勢いを感じても、無理はない。
葵はスマホを持ち、相手を確認することなく、電話に出た。
このタイミングで電話してくるのは一人しかいない。
『葵君っ!俺だっ!歩だっ!』
葵の予想通り、渡辺歩だった。歩は少し興奮であることが、スマホ越しからでも伝わった。
「おはようございます……僕も連絡しようと思っていました」
『って事は……知ったんだね?』
「ええ……朝起きて、テレビをつければ……そのニュースでもちっきりですから……」
『大変な事になったな……』
「僕も少しばかり、戸惑っています。この事で九条さんは?」
『九条には……俺も連絡を取れないんだ。おそらく忙しいんだろ……お通夜や葬儀の関係で』
「でしょうね……」
ここで二人は暫し沈黙した。それぞれが九条の気持ちなどを考えた結果の沈黙だろうか……。
すると再び歩が話始めた。
『とにかくこれから会いたいんだけど……』
これには葵も同意し、誰もいないリビングで頷いた。
「そうですね……会って話した方が良さそうです」
……とある喫茶店……
葵と歩が落ち合った場所は、近場の喫茶店で、店内のテレビでも九条大臣に関しての報道がされている。
今後の外交問題や、国内の政局に関して、それぞれ専門家が独自の見解で、好き勝手に喋っている。
「どう思う?……葵君……」
唐突にそう言い出した歩に、葵は言った。
「どう思うとは?」
歩は憮然とした表情で言った。
「わかってんだろ?実際に人が死んだんだぜ?」
歩も葵と同じく、疑問に思っていたのだ……実際に人が死んだ事に……。
しかし葵は首を横に振った。
「それは僕も最初は思いましたが……そもそもそれが間違いだったのかも知れませんね……」
歩は怪訝な表情をした。
「間違だって?」
「『島』の時も……『球体』の時も……。ほんとは殺そうとしていたのかも知れませんよ」
歩は絶句し、そんな歩の表情を確認して、葵は続けた。
「正しく言えば、殺せなかった……僕達がいましたからね」
歩は難しそうな表情をし、少し俯いて言った。
「殺せなかった……確かにそうかも……」
「奴があのシステムを使ったと考えて……死者が出てしまった。まだまだ僕達が知り得ない秘密がありそうですね……あのシステムには……」
歩の表情は青ざめた。
「俺達……今生きてるけど……。考えたら恐ろしいね……」
葵は頷いた。
「安心してる場合ではないですよ……。僕にはわかります……奴もケリをつけようとしているのが……」
歩は表情を今度はひきつらせた。
「それって……俺達を殺すってことかい?」
葵はすんなり肯定した。
「それもあります……。九条大臣が亡くなった事で、より明確になりました」
「どうしてだい?」
「後始末ですよ……」
「後始末?」
葵は口角を上げた。
「九条大臣のような……大物要人が何故殺されたか……。ただのテロ行為なら、わざわざそんな大物を殺害し、リスクを高める必要はありません」
葵は髪をクルクル回した。
「つまり九条大臣とアマツカに繋がりがあったと、考えるのが自然です……」
歩は葵の言葉に目を見開いた。
「何だってっ?……つまり……九条の親父さんが、アマツカの支援者?」
「支援者かどうかの、確証はありませんが……可能性はありますね。おそらく他の四人も……もうこの世にはいないでしょう……」
歩は頭を抱えた。
「なんてこった……。しかし……何でスポンサーを殺すんだ?」
葵は再び口角を上げた。
「もう用が無くなったんですよ……」
歩の背筋はゾクリとした。
「用が……無くなった?」
「支援を受ける必要が無くなり……事を起こす準備が整った……。だから自分を知る邪魔者を始末したんですよ」
目を見開いて口角を上げる葵に、歩は言葉を失った。
葵は続けた。
「奴を野放しにするわけにはいきません……奴は『証拠を残さずに人を殺せるツール』を手にしているのですから……」
歩は気をとりなして言った。
「これからどうする?」
葵は微笑した。
「実は……今日、もう一人……会う約束をしているのです」
すると喫茶店に一人の女性が現れた……白峰百合だった。
喫茶店の入口でキョロキョロする百合に、歩は驚きを隠せなかった。
「彼女は……」
百合は葵と歩に気付くと、笑顔を振り撒いて席にやって来た。
「ごきげんよう……。それにお久しぶり……渡辺歩さん……」
歩は険しい表情で百合に言った。
「会う約束とは……君の事だったのか……」
百合は葵の隣に座ると、すました様子で歩に言った。
「当然でしょ……九条大臣が死んだ事により、月島君は少しでも情報が欲しいはず……。と、すれば……最初に会うのは、この私じゃなくて?」
百合の態度に歩は言葉を失った……球体の頃とのギャップに、少々戸惑っているようだ。
百合はさらに歩に言った。
「あの時の記憶は……私にはないわ……。だから別人格と思って貰ってけっこうよ」
葵が言った。
「その辺でいいでしょう……。呼んだ理由は先ほど貴女が言った通り……今は少しでも情報が欲しいわけですが……」
百合は呆れた様子で言った。
「相変わらず愛想がないわね……まぁいいけど……。こんなに早く事が起こるとは思わなかったから、期待はしないでね……」
すました感じの百合に、歩は少し苛ついた感じで言った。
「早く話してくれ……」
「九条大臣は『人類会議』のメンバーよ」
さらりと言う百合に対して、葵も歩も目を丸くした。
歩が言った。
「人類会議?……なんなんだい?それは……」
「簡単に言えば……人類をより良い方向に導く為の会議……」
葵が言った。
「中々不気味な会議ですね……」
百合は続けた。
「人類会議には国境がなく……世界各国の要人が数名づつ参加している」
歩が言った。
「九条の親父さんがその会議のメンバーだったって事か……」
百合は微笑した。
「それどころか……日本支部のリーダーよ」
葵が言った。
「仮にその人類会議の存在が事実だとして……九条大臣がリーダーなのはなっとくが出来ますね……。現役の外務大臣ですから」
百合は少しムッとした表情をした。
「仮になんて……酷いわね……」
葵は話を戻した。
「その人類会議とやらは……具体的にどうやって人類を導くのですか?」
百合は苦笑いした。
「さぁ……貴方の呼び出しが早かったから……そこまで調べられてないの……」
葵は言った。
「では質問を変えましょう……。貴女は何故、球体にやって来たのですか?」
葵の質問に、百合は一瞬目を見開いたが……すぐに微笑した。
「フフ……私も奴を追う者だからよ……」
歩が言った。
「それはわかってるよ……。俺達が知りたいのは、君が何者だって事だ」
百合は不敵な笑みを浮かべた。
「私がそれを、今この場で言うとでも?」
百合の態度に、葵は呆れた様子で言った。
「思いませんね……しかし、貴女がただ者でなく、さらにあのシステムの事を僕達より知っているのは……わかっています」
葵の言葉に百合の表情は変わった。
「何故言い切れるの?」
「貴女はあの時拳銃を所持していた……それだけで既に普通ではありませんが……。つまり貴女は準備をして、あの球体にやって来たんですよ。本来の呼ばれるべき誰かに成り代わって……」
歩は目を丸くした。
「確かにそれだと辻褄が合う……」
葵は続けた。
「そしてそれは、アマツカの行動をある程度把握していなければ出来ない事です。アマツカが何時システムを発動するか知らないと、球体には行けませんからね」
葵の話を目を丸くして聞いていた百合は、やがて微笑した。
「フフ……やはり貴方に目を付けたのは正解のようね」
歩が百合に言った。
「じゃあ正体を?」
「正体は明かせないけど……これだけは言っておくわ……」
葵と歩は表情を険しくして、百合に耳を傾けた。
百合はそんな二人を満足そうな表情で見て、口を開いた。
「貴方達が体験した現象は……世界各地で起こっている」
百合の言葉に衝撃を受けた歩は目を見開いたが……葵は意外にも冷静だった。
「やはりそうですか……。これまでの奴の言動から……この国だけの話では無さそうですからね」
百合は続けた。
「私は奴の目的を知るために、事前に調査し……そしてあの世界へ行った。まぁシステムエラーで、私の脳波に障害が起こってしまい……現実世界の記憶が持てなかったんだけど……」
葵は納得の表情をした。
「ハッキングをした結果、システムに負担が掛かり……そこで対象者である貴女にイレギュラが発生したわけですか……」
百合は頷いた。
「そういうことね……。まぁ……あの中の出来事は、記録していた仲間から聞いてある程度はわかったけど……」
歩は再び目を見開いた。
「記録って……どういう事だい?」
百合はニヤリとした。
「企業秘密……って、言いたいところだけど……教えて上げる。私の脳波があの世界から現実世界に戻った時に、あるシステムに反映できるようにしておいたの……」
葵は感心した。
「素晴らしいシステムです……仮にあの世界で殺されたとしても、記憶を失う事がないわけですね……」
百合は頷いた。
「そういう事……何が起こるかわからないからね……」
百合の話から推測するに……百合は個人で行動をしているわけでは無さそうで、何かの組織にくみしているようだ。それも敵が敵だけに当然なのだが……。
葵は百合に別の質問をした。
「因みに……あの会議室にいた他の四人も、人類会議のメンバーですか?」
「そうよ……。外務省の官僚2名に、防衛省の官僚一人……それと警察庁長官秘書が一人」
どれもこれも国の政に関わる要人ばかりで、歩は頭を抱えた。
「話が大きすぎるよ……」
すると葵はニヤリとした。
「なるほど……アマツカとの関係性が読めてきました……」
葵の言葉に百合は目を見開いた。
(関係性がわかった?……今のこれだけの会話で?……まだ我々でもわかっていないのに……)
目を見開いた百合を見て、葵は口角を上げた。
「あくまでも……予想ですよ」
歩が言った。
「関係性って……支援者じゃないのか?」
葵は首を横に振った。
「テロリストに……日本の要人が、ただで支援しますか?」
葵は言葉を詰まらせ、百合は黙って葵を見ている。
葵は続けた。
「人類会議のメンバー構成を考えた時に……。あのシステムを使えば……誰が得しますか?」
「誰が……得?……ハッ!」
そう言うと百合はハッとした表情をした。
葵は続けた。
「そう……この国……日本ですよ」
「えっ?日本?……意味が……」
百合とは対照的に、歩はキョトンとしている。
葵はさらに続けた。
「資源と軍事が乏しい日本にとって……あのシステムは最大のカードになると思いませんか?」
百合が言った。
「確かに……コンピュータウィルスに乗せる事のできる、あのシステムは……ヘタな兵器やバイオ兵器よりも、驚異だわ……」
葵が言った。
「ええ……さらに言うのなら、核や細菌とは異なり、環境汚染の心配もありません……。証拠も残りませんから……」
歩は目を見開いたまま言った。
「それでアマツカを支援したと?……そんなことが……。でも何故殺したんだ?」
葵は言った。
「アマツカにとって外交問題などは関係ないからでしょう……」
百合が言った。
「つまり奴は、人類会議にあのシステムを『外交カード』になると持ち込み、支援させて……それが必要無くなったから、殺した……。ちょっと待ってっ!それってつまり……」
葵は髪をクルクル回しながら言った。
「そうです。アマツカが理想とするシステムが完成した……と、いう事です。まぁ、僕の予想が当たっていればですが……」
歩は焦った様子で言った。
「ちょっと待ってよっ!……つまり、アマツカの計画が、最終段階に入ったって事っ!?」
葵は百合に言った。
「百合さんは、僕の仮説の線で捜査を続けて下さい……その方が効率がいいでしょ?」
百合は頷いた。
「ええ……そうね。貴方の言った事のウラを確認する……っ!」
百合は葵の指示をすんなり受け入れている自分が、可笑しくなった。
(いつの間にか……ノマレてるわね……この子に……)
葵は言葉を詰まらせた百合に、怪訝な表情を向けた。
「どうかしましたか?」
百合は首を横に振った。
「いいえ……。それより貴方達はこれからどうするの?」
葵は口角を上げた。
「僕はこれから準備して……事が起こるのを待ちます。奴は必ず僕達に仕掛けてきますからね」
歩は怪訝な表情で言った。
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