初戀

槙野 シオ

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第三十話 比翼の鳥、連理の枝

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冬休みに入る直前、久御山は休み時間毎に呼び出されていた。久御山と一緒にクリスマスを過ごしたい女子が、なんとか久御山を落とそうと必死みたいだ。女子も大変だなあと思っていると、沓川くつかわが僕の机に腰をおろしすさんだ声で言った。

「クリスマス中止のお知らせ」
「なに、今年もサンタ逮捕されたの?」
「昨今の経済情勢が不安定なため」
「……沓川、金ないの?」
「彼女がバイトでさ……はじめてのクリスマスなのに」
「ああ…それはしょうがないね」
「だから藤城もシングルベル鳴らしとけ」
「いや、うん…元から僕に予定はないよ…」

教室に戻って来た久御山に軽く蹴りを入れながら、沓川は恨みがましい声を出す。

「おまえはいいよなあ……可愛い彼女と過ごせるんだから」
「え、なに? クリスマス?」
「どっか行くの?」
「朝から朝までヤりまくる予定しかない」
「相変わらず、控えめに言って残念なイケメンだなおまえ」
「えー? どっか連れてったほういいの?」
「そらそうだろ……デートとプレゼントで未来変わるよ?」
「夜景のきれいなレストランでフレンチ? エルメスのバッグあげたり?」
「どんな高校生だよ……身の丈考えろっつの」
「マクドでメシ食ってビックリマンシールでいいかな」
「おう、それでフラれてしまうがいい」

そっか、一緒に過ごす相手がいるのに一緒に過ごせないっていうのは、ちょっと不幸かもしれないな。それより沓川、合コンの時の彼女とちゃんと続いてたんだ……僕はそっちのほうに驚いた。




「湊もそう思う?」
「なに?」

久御山の家で参考書に付箋を貼っていると、ふと久御山が確かめるように訊く。

「クリスマス、デートとプレゼントで未来変わるって」
「ああ、女の子は何かと期待してるんじゃないかな」
「そっか……なんか欲しいもんある? あと、行きたいとこ」
「は? なんで僕に訊くんだよ」
「え、オレと一緒に過ごすでしょ? クリスマス」
「なんで!?」
「他のヤツと予定ある?」
「ないよ……ないけど、久御山いろいろ誘われてるじゃん」
「ほー…オレが他の女の子と遊びに行ってもいいんだな?」
「…いいけど」
「……他の男と遊びに行くぞコラ」
「ある意味それは普通なんじゃないか?」
「あ、オレ欲しいプレゼントある」
「え、あ、一応聞くけど、なに?」
「冬休み、ここに住もうよ湊」
「なんで!?」
「……訊くなよ、照れるだろ」
「おまえが照れるようなことなの!?」

帰省しない久御山はこっちで新年を迎える。まあ、帰省するなんて言おうもんなら全力で阻止するんだけど。でも、ひとりで除夜の鐘を聞きながら年を越すっていうのは絶対寂しい。久御山が寂しがるかどうかは別として、その状況が寂しい。

「僕の家で年越しそば食べて、初詣行って、元日は雑煮とお節料理突つくっていうのはどう? 宗さんもいるし」
「超絶魅惑的なプランだけど……元日から迷惑掛けたくないなあ」
「迷惑だなんて思わないだろうけど、久御山が気になるならナシだな」
「……いや、やっぱり甘えることにする」

珍しく久御山が断らなかった。もしかして、ちょっと距離が近付いたからかな……いや、実は僕が気付かないくらい深刻な理由があったりしたらどうしよう……

相変わらず僕はネガティブマインド全開だった。


──


「……で?」
「二十分待ってね」
「あのね、久御山……出掛けるたびに髪染めるのはどうして?」
「日常と違う雰囲気を味わいたいから?」

なるほど、そう言われるとわからなくもないけど、だったら自分の髪でもいいんじゃないのか? 前回同様、僕は久御山の家で髪にヘアカラーの混合液を塗りたくられていた。久御山は黒髪より茶髪のほうが好きなんだろうか。

やっぱりシャンプーをされてるときは、トリミングされてる犬の気持ちになる。そして前回同様、ワックスで形を整えた久御山は満足そうに僕を眺めた。コンタクトを入れてもらい目をしばしばさせていると、久御山が擦り寄って来る。

「行きたい場所、決まった?」
「うーん、図書館と本屋以外思い付かないんだよなあ」
「じゃあセックスしよ?」
「その接続詞の使い方、間違ってない?」
「聖なる夜満喫しよ?」
「聖なるって、穢れがなく清らかって意味だからな?」
「聖人がドン引くくらい乱れようぜ」

クリスマス・イヴも平常運転なんだな久御山……ソファの上で僕にまたがり上着を脱いだ久御山を見上げて息が止まった。し、視界がクリア過ぎるんだが!? あ、コンタクト入れてもらったあとじゃん!!

「久御山、久御山ちょっと待って」
「待てない」
「いやそれでも待って」
「待たない」

胸元に突き抜けるような刺激を感じギュッと目をつむると、「目開けて」と久御山の低い声が僕をたしなめる。恐るおそる片方の目を開けると、久御山の尖った舌先が網膜に焼き付いて僕は再びギュッと目をつむった。

「目、開けてって」
「…無理」
「なんで無理?」
「……全部…見えるから」

ふうん、と言いながら久御山はそのまま僕の弱い部分をいじめ続け、もう声も我慢できなくなった頃にふっと刺激を止めた。なんでここまで来てやめるんだよ、と目を開けると、久御山の舌先から垂れる唾液が細く糸を引きながら、僕の身体にポタッと落ちたのが見えた。

「こういうの、好きなの?」
「こ…こういうのって……?」
「唾液、垂らした瞬間に湊のココ脈打ってるからさ」
「そ、そんなんじゃないよ」
「目開けてたほうが気持ちイイよ」

そう言って久御山は僕の脚の間で硬くなっているモノを握り、僕の目を見ながらソレに舌を巻き付けた。久御山にこういうことをされるのが初めてなわけじゃないけど、やっぱり申し訳ない気持ちと恥ずかしさが勝って、なんとも言えない気持ちになる。

「…久御山…もういいから」
「まだ恥ずかしいの?」
「ん…なんか…悪いなあって…」
「……大学生が咥えるのは平気なのにねえ」
「…ちが……」

久御山は起き上がり、どうしたもんかねえ、と言いながら寝室に消えて行った。先生が平気だったわけじゃなくて……あの時は僕に拒否権がなかっただけだよ……でも、やっぱり気を悪くしたかな、と暗い気持ちになっていると、戻って来た久御山に身体を起こされた。

「……久御山? 何して」
「まあまあ」
「まあまあ、じゃなくて…」
「要は羞恥心がなくなればいいんじゃん?」
「……え?」

久御山は寝室のクローゼットから持って来たネクタイで、僕の手首を足首にしっかりと固定した。ちょっと待て……そんな風に縛られたら脚閉じられないんだけど……

「久御山!?」
「コツは腕を内側から回して縛ることかなあ」
「いやその解説要らないからほどいてよ!」
「せっかくのイヴだから、普段と違うことしよ?」

せっかくって、その副詞の使い方も間違ってるよ久御山!

「だからって緊縛プレイはおかしいだろ!?」
「いままでオレがおかしくなかったことがあるか?」
「ないけど!」
「ないのかよ」

開脚させられた状態でソファにもたれ掛かり久御山の視線に耐えていると、「可愛いねえ」と言いながら久御山が口唇を舐める。卑猥な音を立てながら舌を絡ませ、呼吸が早くなる僕の口の中に久御山が唾液を注ぐと、頭の天辺が痺れて僕は意識が飛びそうになる。

ソファでぐったりする僕の前で久御山はジーンズをおろし、硬く膨張したモノを僕の口唇にそっと押し当てた。なんとか身体を起こし舌を伸ばしても、久御山は触れるか触れないかの距離を保つ。

「久御山…届かない…」
「もっと舌伸ばして上手にめて」

手が使えなくてもどかしい……精一杯舌を伸ばし触れたかと思うと、すっと久御山の身体が逃げる。やっと先端を掴まえ舌先を動かしてみても、思うように吮められなくてどんどんじれったくなって来る。

「久御山……」
「よだれ垂らしちゃうくらい吮めたいの?」
「ん…吮めたい…」
「ほんとに湊はやらしくて可愛いなあ」

久御山に優しく髪を掴まれ、硬いモノで口をこじ開けられると胸の奥が熱くなる。舌を絡めながら口唇でその輪郭をなぞり、ふと久御山を見上げると、眉間にしわを寄せながら耐えているその淫靡な表情に、僕の中の理性が溶けて流れて行く。久御山、吮められてるときこんなエロい顔してるんだ…

なんだかドキドキしながら久御山の顔を見てると、久御山と目が合い慌てて僕は目を逸らした。湿度の高い吐息を漏らしながら、久御山が掠れた声で囁く。

「……ソファ…びしょ濡れじゃん…」

開いた脚の間から滴り落ちた体液が、ソファに溜まってライトを反射する。

「吮めてると感じちゃうの?」

久御山に身体を押され、僕は身動きが取れないままソファの上で転がされた。何度も見られてるとはいえ、自分の意思で閉じることのできない脚が恥ずかしくて仕方ない。それなのに、僕の身体は久御山が欲しくてはしたなく体液を垂れ流す。本当は……恥ずかしいことが好きなんじゃないか……慌ててそれを頭の中で否定する。

「ローション要らないくらい濡れてるね」
「…久御山…ほどいてこれ…」
「湊に吮められると我慢できなくなる」
「あ…ダメ、久御山…そこ…吮めないで…」
「無理でしょ……こんなエロい格好見せられてんのに」

好きで見せてるわけじゃない…お願いだからほどいてよ……そうやって吮められてると、気持ち良さ以外どうでもよくなって、僕は自分を抑えられなくなる。それがわかってるから……ブレーキを掛けたいのに。

「あ…あ、あ、あ……あ…ダメだって…」
「自分から欲しがってみてよ」
「あ…やだ…あ、あ…」
「吮めてって言ってみ?」
「いや…っ…あ、あ、あ…」
「おねだりされたら喜ぶのに、オレ」
「やだ…よ……久御山…」
「イヴだから、オレのお願い叶えてよ」
「…ズルい……んん…」
「湊…おねだりして」
「…………そこ…もっと……吮めて…」

縛られたまま尻を持ち上げられ、久御山の舌の熱さに爪先が痙攣する。柔らかく動く久御山の舌先が触れるたびに、視覚が身体をさらに刺激するようで、それだけでもう僕は果てそうだった。

「くみ…や……ダメ……あ…っ…あ、あ」
「どうしたの……イっちゃう?」
「ふ…や……久御山ので…イきた…」
「どこに何が欲しいの? 教えて?」
「この…ドS…」
「おねだりされたら満たしてあげてるって気になるから」
「あ…あ、あ……僕の中…久御山の…おっきいので……いっぱいにして…」

あ、あ、あ、あ、あ……ダメだ…おかしくなる……

「根元まで咥え込んでんの、見える?」
「あ、あ、あ…くみ…や…あああ…んん…」
「…美味しい?」
「ん…はぁ…っ…美味し…もっと…久御山、もっと…食べさせて」
「…ふ…っ…スイッチ入るとほんとエロくなるね」
「んん…あ…っ…くみや…おっきいの擦れて…あ…あああ」
「湊……好きって言って」
「すき…あ…久御山……好き…あ、あ、あ…」
「ん、ごめ…っ…」




「……悔しい」
「何が?」
「先にイくなんて男として不甲斐ない…」
「勝負してるわけじゃないよ…」
「しょうがない、クリスマスデート行くか…」
「そもそもそっちがメインのはずでは!?」
「…マクドでいい?」
「うん、豪勢にナゲット食べよ」
「……おまえはほんとに可愛いなあ」
「なんで!?」


──


街路樹がシャンパンゴールドに輝く並木道を歩きながら、横にいる久御山を見上げて今年の春を思い出す。あの時僕が隣のひとの椅子を引っ掛けなかったら、僕はいまここにいないかもしれない。視線に気付いた久御山が「はい」と左手を差し出して笑う。

「迷子にならないようにね」
「…いくら僕でもそこまでお子さまじゃないよ」
「違うよ、オレが迷子にならないように」

握り締めた久御山の手はあたたかくて、それだけで僕の中にある小さな不安が色を失って行く気がした。


「あの、ちょっとよろしいですか?」

突然呼び止められた久御山が足を止め、チラッと僕の顔を確かめる。まあ、クリスマス・イヴだというのにわざわざふたり連れに声を掛けて来るなんて、物好きだなあとは思うけど。

「二十歳前後の女性をターゲットにしたファッション誌で、毎号街で見掛けたおしゃれさんのスナップを掲載してるんです。よろしければおふたりの写真を撮らせていただけませんか?」

……僕と久御山は顔を見合わせて笑った。




久御山に手を引かれるまま着いて行くと、入口がLEDライトでデコレーションされているお洒落なカフェにたどり着いた。驚いていると席に案内され、ノンアルの赤いカクテルがテーブルを彩る。

「……予約してあったんだ」
「うん、さすがにハジメテのクリスマスがマクドってのもどうかと」
「意外とロマンチストだよね、久御山」
「失敬な、骨の髄までロマンチストだよオレは」
「じゃあ、ロマンチストな久御山にサンタさんからプレゼント」
「……? 何これ開けていい?」

その包装紙に愛はこもってないよ、と言っても久御山は慎重に包装紙のテープを剥がし、破らないよう丁寧に包みを開けた。こういうところは日本人だなあと笑いが込み上げた。

「……時計だ」
「うん」
「え、なんで? オレに? もらっていいの? ほんとに?」
「久御山が着けたら格好いいかなあって思って」
「えええほんとにいいの? もらっちゃうよ? 着けちゃうよ?」

なんとなく、身に着けるものを贈りたかった。ネットでG-SHOCKのG-STEELを見て、久御山の腕に似合うだろうな、とショップまで見に行った。実はその時試着してみたけど、重くてビックリしたことは内緒だ。

「うん、似合うね、格好いい」
「……一生大事にする」
「大袈裟な……大人になったらもっといい時計でその腕飾ってやるよ」
「でも一生大事にするから棺桶に入れて」
「いまからなんの予約だよ…」


カップル限定のクリスマスディナーをちょっと申し訳ない気持ちで食べたら、食後にカップル限定のクリスマスケーキが運ばれて来たのでやっぱりちょっと申し訳ない気持ちになった。ごめんなさい、カップルに見えるかもしれないけど正真正銘男同士です……

あ、もしかして……僕が男に見えないようにヘアカラーしてるのか!?




帰り道もイルミネーションの中、手をつないで歩いた。堂々とこうして歩けるのがヘアカラーのおかげなら、どれだけ染められてもいいな、と思った。

はじめてのクリスマス、久御山も僕と同じ気持ちだったらいいな、と見上げた久御山の横顔はやっぱり格好良かった。
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