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天に吠える狼少女

第三章 自然と共に生きる者達・4

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 ディナが声を張り上げてしばし、視線の主たちが姿を現した。その姿を見た瞬間、レイは条件反射で武器を抜きかけたが、なんとかそれを押しとどめる。セラも同様、呪文を唱えようと動きかけた唇を噛みしめて表情が強張る。ただユウだけは感心するようにおーと間の抜けた声を漏らした。

 その体躯は人間とほぼ変わらない大きさと形だった。二足歩行、両手両足のバランスもほぼ人間と同じ。小鬼族ゴブリンのように骨格的に前傾姿勢ということもない。狼人族と言うぐらいであるから基本的な輪郭シルエットは人と酷似している。その全身が黒い剛毛に覆われていることを除けば。

 艶やかな黒い毛に覆われた身体には余分な脂肪は一切見受けられない。野性の中で鍛え上げれた肉体美を惜しげもなく晒し、衣服は腰布のみ。人間的な基準を当てはめればこの場にいる者達は全て雄なのだろう。腰布から垂れる毛の束が重力に逆らってゆらゆらと揺れている。尻尾があるようだ。

 身体と同じく毛に覆われた顔は鼻梁から盛り上がり、その鼻先と口は前方に突き出ていた。そこに側頭部から生える三角形の耳を合わせるとまさしくそれは狼を彷彿させる造形だった。狼人族とはよく言ったものだとレイは感心した。しかし一方で、こいつらが本当に人間に対して友好的な種族なのかと疑わざるをえなかった。それほどまでにその姿はおぞましく凶悪な見た目だったのだ。

 レイの視線が素早く動き、状況を把握する。現れた狼人族ウルフェンは四体。全て前方。背後に気配はない。もし一斉に襲い掛かられた場合、すぐさまセラと場所を入れ替え……などといったことをレイが無意識に思考している最中、その狼人族の一体が鋭利な牙の生えた口を開いた。

「ディナぁ!久しぶりじゃねぇか!ええ!族長が寂しがってらァ!」

 その口の形状では少々喋りづらいのか、舌ったらずの濁声。しかしてその狼の双眸に映るのは紛れもなく再開の喜び。そのあけすけな態度にレイとセラは思わず亜然として空いた口が塞がらなくなった。

「最近は忙しかったんだ。異端審問官も楽じゃねぇの!」

 そう言ってディナは何の警戒心もなく狼人族の胸に飛び込んだ。迎える狼人族もまた同じ、その黒い体毛で人間の少女を包み込む。他の狼人族もその周りに集まってディナの帰還を喜んでいるようだった。

「あっ!コラケツ触んなッ!!」

 抱擁はディナが狼人族の顎下に頭突きを喰らわせたことで終わる。一瞬ふらついた狼人族はぶるぶると頭を震わせつつ、

「ったく、相変わらず触り甲斐のねぇケツだな!もっと肉つけろ!それじゃあ人間の雄にもモテねぇぞ!」

「うるせぇな!余計なお世話だよ!」

 そう言ってガハハと二人して笑う。頭突きをかましたディナもそれを受けた狼人族も、まるで気を害した様子がない。一種の挨拶のようなものらしい。

「それで、そいつらは?教団の関係者にゃあ見えねぇが」

 狼人族はその突き出た鼻をくんくんと動かし、

「しかも、そこのガキは、もうだいぶ薄まってるが妙な匂いがしやがる。生まれは近隣じゃねぇな。それになんでぃ、スライムなんか抱えやがって」

「はぁー、えらいよう利く鼻やなぁ」

 感心しっぱなしのその少女のことをどう説明したものかとディナは少し思案し、

「――教皇以外に魔族と仲良くしたがる変わり者、かな。あとの二人は御守りだ。いちおうお偉いさんだから乱暴な扱いはしないでくれよ」

 ディナの言葉に狼人族達はその獣の双眸でユウを眺める。単純の表情の変化ではまだユウには彼らがどんな感情を自分に抱いているのか推し量ることはできなかった。

 そして一体がまたガハハと声を上げて笑う。

「面白いガキだな!俺らを前にして恐れも緊張もないときたか!肝が据わってやがる!」

 心の変化による発汗量の変化。人間の身体は雄弁にその内心を語る。狼人族の嗅覚があればその声を聴くことは容易い。

「来いよ!集落に案内するぜ。なんのためにここに来たのかは知らんが、ディナが連れてきたんだ。悪い話じゃないんだろう。まずは族長に会ってくれ」

「お、ほな、よろしゅう頼むわ!」

 ディナはよほど彼らに信用されているらしい。そしてユウは促されるまま、何の警戒心もなく彼らの後を付いていく。慌てて護衛の二人がその背中を追った。

 魔族に連れられてもうしばし森の中を歩くと、不意に視界が開けた。

「――驚いた。人間領の中にこんな場所があっただなんて……」
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