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天に吠える狼少女

第三章 自然と共に生きる者達・2

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 アムディールは行き場のない感情を持て余すかのように中空で握りしめた肉団子のような拳を震わせた。

 彼が今回手配した暗殺者は個人ではなく組織に所属する職業的暗殺者だ。そういった組織での暗殺が個人で行われることはほぼない。実行するのが一人であったとしても、事前の情報収集や仕事を終えた後の脱出経路の確保などいわば後方支援バックアップを担う者が同行するのが普通であり、それこそが組織の強みである。また、これにより万が一失敗した場合でも失敗した理由やそれがもたらした変化などを精確に依頼主へと伝えることができる。

 例え悪い報告だったとしても、それを正確に、包み隠さず報告するかどうかで顧客との信頼関係が左右される。犯罪組織であったとしても、商売である以上信頼関係の構築は必須だ。アムディールのような太い客は組織としても手放したくない。

「ぬうぅぅッ!儂には介入するなと言っておきながらぁ!」

 もっとも、秘密裏に勇者を始末しようとしたアムディールには教皇を糾弾する資格はない。

「赤髪の女の異端審問官だと聞いておりますね」

「女ぁ?教皇の秘蔵っ子か……あいつはどうにも分からぬところが多い……」

 異端審問官は信徒の中でも特に教皇と同じ思想を持った者が選ばれると言われ教皇の支持のみで動く、いわば教皇の私兵である。その素性や動向などは例え枢機卿といえど知る由もない。しかし異端審問官も人の子である以上、必要とあれば調べることはできる。それこそ金に糸目をつけなければ大抵のことは。

 不正を摘発するのが彼らの仕事である以上、狡賢いアムディールがそういった下調べを怠るわけがない。

 しかし、まだ少女の身の上でありながら圧倒的な戦闘能力を持ち、異端審問官という地位に就くディナ・グランズという人物についてはロクな情報を得ることができなかった。

 分かっているのは、教皇自らがどこからか連れてきてローティス教運営の孤児院に入り、そこで数年神学を学んだあとはそのまま異端審問官として働き始めたということだけだ。血縁関係やどうやってその戦闘能力を身に着けたのか、そういった事柄は一切判然としなかった。

「しかし……儂のすることを読んで勇者を護衛するために異端審問官を差し向けたとすると、教皇は勇者に死んでほしくない理由があるのか……」

 太った枢機卿は腕を組んで思案する。

「それで、その後その異端審問官はどうしている?」

「現在、勇者を連れ立ってこの教皇領へと向かっているとのことです。現在も観測者は対象に気取られない位置から監視を続けているとのこと」

 まだ一般には普及していないが、魔法式を用いた遠距離通信はすでに実用段階にある。それを用いればこういった情報をリアルタイムに伝達することが可能だ。魔法式の開発者といえば真っ先に名のあがる〈深窓の才妃〉などは民衆にも使えるように式の簡略化に努めているようだが、こういった最新技術というものはえてしてまず悪用しようとする無法者アウトローに伝わるものだ。

「ここへ……?教皇自ら勇者に会うつもりか?いや、教皇は儂にはラドカルミアに介入するなと言った。それで自ら勇者に会うなど、儂に反目の機会を与えるようなもの、そんな愚を犯すような男ではない」

 思考が回る。その教皇の見立て通り、このアムディールという男は間違いなく頭の回る男だ。問題はそれが誤った方へと回ること。正しき方へと回っていれば、次期教皇の座も夢ではないということに本人が気づくことは一生ないだろう。

「いかがいたしましょう」

 オドムントの問いにうむと頷きつつ、

「正確な目的地が分かるまでは監視を続行させろ。暗殺が失敗したのだから、それぐらいはやってもらわねばな」

「かしこまりました」

 一礼してオドムントが退室する。その背中を見やりつつ、アムディールは、

「何かある……教皇め、何が目的だ?何を隠している?暴いてやるぞぉ、やつの弱みを握れば、次期教皇の座は儂のものだ。儂ならば大陸全土をローティスの名の下に統一できるのだ……」

 それを当の教皇が聞けば、強制された信仰に意味などないと一蹴されるであろうことは明白だろうに、努力の方向性を誤っている枢機卿は一人ほくそ笑む。

 抗議するかのように、また椅子がギシリと悲鳴をあげた。
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