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天に吠える狼少女
第三章 自然と共に生きる者達・1
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「なぁにぃ!?失敗しただと!?」
勇者一行が向かっている教皇領。そこに存在する豪華絢爛な調度品の数々に彩られた大豪邸の一室。ローティス教の枢機卿の一人、アムディールが部下からの報告に憤慨して、その贅肉まみれのはち切れそうな体躯を震わせた。いくらローティス教が人間の文化的な建築や芸術を否定していないとはいえ、自然を敬愛するローティス教の聖職者であるにも関わらずここまで装飾過多な屋敷に住めるのはその面の皮の厚さ故か。
「そ、それで、失敗した暗殺者はどうなった!?」
勢いのあまり跳び散らかされた唾液に顔を汚されながらも、司祭を示す衣装に身を包んだ中年男性の部下、オドムントは顔色一つ変えない。慣れたものなのである。それに、日頃この太った枢機卿から受けている金銭的な補助と便宜を考えればこの程度はなんら気にならない。部下からの信頼を得るためにこの枢機卿は金を惜しんだりしない。しかも金銭で言う事を聞く者とそうでない者をその肉に埋まった鼻で的確にかぎ分けて、必要な相手に必要なだけ金をばら撒くのだ。宗教屋よりも商人の方がよっぽど向いていると彼を知る全ての者は思っている。
「はい、その後拘束された暗殺者ですが、意識が戻るなり奥歯に仕込んだ毒で自害したようです。さすがはプロ、といったところですな」
二人が交わしている話は紛れもなく先日、勇者を狙ってラドカルミア王妃セルフィリアの屋敷に忍び込んだ襲撃者の話だった。
結果としてのその襲撃は失敗し、襲撃者はディナによって捕らえられた。その後、その身柄はセルフィリアへと引き渡されたのだが。あとはオドムントの語った通りである。依頼主や所属組織についての情報を吐き出させる前に自らその命を絶ってしまった。職業的暗殺者、人の命を奪うことを生業とする彼らは自分の命を奪うことにも躊躇がない。
オドムントの報告を聞いたアムディールはホッとしたように胸を撫で降ろし、深く椅子に身を沈めた。その肉の重さに高級品の椅子がぎしりと悲鳴を上げる。近いうちにまた新しい椅子を発注する必要がありそうだと手ぬぐいで顔を拭いながらオドムントは思った。
「もし儂が王妃の館に暗殺者を差し向けたなどと知れれば、今の立場どころか命すら危うい……。まったく、とんでもないタイミングで仕掛けおってからに……」
アムディールは確かに勇者の暗殺を依頼した。だが、そのタイミングまでは指定していなかった。おそらく通常ならば王族の住居などという危険な場所に目標がいるタイミングを狙ったりなどしなかったのだろう。しかしアムディールは知る由もないが、王族の住まいとは思えないほどにそこは警備が薄かった。だからこそチャンスだと暗殺者は忍び込んだのだ。そこが薔薇の城塞とも知らずに。
「勇者暗殺などもうお止めになっては。リスクを負ってまで枢機卿殿がやるべきこととは思えません」
オドムントが苦言を呈した。彼としては、甘い汁を吸わせてくれるアムディールに失墜して欲しくなかったし、有事の際にはその部下である自分も芋蔓式に処罰されかねない。
しかし、アムディールはテーブルに置かれた杯から上質な葡萄酒を味わいもせず嚥下すると、手の甲で口を拭いながら言う。
「……どうにも気にかかる」
「は?」
「“勇者特区”のことを話した時、教皇の様子が妙だった。あれほど饒舌な姿は見たことがない」
教皇、セムジ二世は他の信徒からあまり評判のよくないアムディールを高く評価している節がある。それは、アムディールのこのような一面を知っているからなのかも知れなかった。金銭への嗅覚然り、今のように他人の内心を読み取る術に長けている点然り。しかし、今ばかりはそれが裏目に出ようとしていた。
ふと、オドムントは思い出す。
「ああ、教皇で思い出しましたが、ラドカルミア王妃の館にて暗殺者を撃退したのは異端審問官だと観測者から報告を受けておりました」
「なぁ!?なぜそれを最初に言わんッ!」
「聞かれませんでしたので……」
勇者一行が向かっている教皇領。そこに存在する豪華絢爛な調度品の数々に彩られた大豪邸の一室。ローティス教の枢機卿の一人、アムディールが部下からの報告に憤慨して、その贅肉まみれのはち切れそうな体躯を震わせた。いくらローティス教が人間の文化的な建築や芸術を否定していないとはいえ、自然を敬愛するローティス教の聖職者であるにも関わらずここまで装飾過多な屋敷に住めるのはその面の皮の厚さ故か。
「そ、それで、失敗した暗殺者はどうなった!?」
勢いのあまり跳び散らかされた唾液に顔を汚されながらも、司祭を示す衣装に身を包んだ中年男性の部下、オドムントは顔色一つ変えない。慣れたものなのである。それに、日頃この太った枢機卿から受けている金銭的な補助と便宜を考えればこの程度はなんら気にならない。部下からの信頼を得るためにこの枢機卿は金を惜しんだりしない。しかも金銭で言う事を聞く者とそうでない者をその肉に埋まった鼻で的確にかぎ分けて、必要な相手に必要なだけ金をばら撒くのだ。宗教屋よりも商人の方がよっぽど向いていると彼を知る全ての者は思っている。
「はい、その後拘束された暗殺者ですが、意識が戻るなり奥歯に仕込んだ毒で自害したようです。さすがはプロ、といったところですな」
二人が交わしている話は紛れもなく先日、勇者を狙ってラドカルミア王妃セルフィリアの屋敷に忍び込んだ襲撃者の話だった。
結果としてのその襲撃は失敗し、襲撃者はディナによって捕らえられた。その後、その身柄はセルフィリアへと引き渡されたのだが。あとはオドムントの語った通りである。依頼主や所属組織についての情報を吐き出させる前に自らその命を絶ってしまった。職業的暗殺者、人の命を奪うことを生業とする彼らは自分の命を奪うことにも躊躇がない。
オドムントの報告を聞いたアムディールはホッとしたように胸を撫で降ろし、深く椅子に身を沈めた。その肉の重さに高級品の椅子がぎしりと悲鳴を上げる。近いうちにまた新しい椅子を発注する必要がありそうだと手ぬぐいで顔を拭いながらオドムントは思った。
「もし儂が王妃の館に暗殺者を差し向けたなどと知れれば、今の立場どころか命すら危うい……。まったく、とんでもないタイミングで仕掛けおってからに……」
アムディールは確かに勇者の暗殺を依頼した。だが、そのタイミングまでは指定していなかった。おそらく通常ならば王族の住居などという危険な場所に目標がいるタイミングを狙ったりなどしなかったのだろう。しかしアムディールは知る由もないが、王族の住まいとは思えないほどにそこは警備が薄かった。だからこそチャンスだと暗殺者は忍び込んだのだ。そこが薔薇の城塞とも知らずに。
「勇者暗殺などもうお止めになっては。リスクを負ってまで枢機卿殿がやるべきこととは思えません」
オドムントが苦言を呈した。彼としては、甘い汁を吸わせてくれるアムディールに失墜して欲しくなかったし、有事の際にはその部下である自分も芋蔓式に処罰されかねない。
しかし、アムディールはテーブルに置かれた杯から上質な葡萄酒を味わいもせず嚥下すると、手の甲で口を拭いながら言う。
「……どうにも気にかかる」
「は?」
「“勇者特区”のことを話した時、教皇の様子が妙だった。あれほど饒舌な姿は見たことがない」
教皇、セムジ二世は他の信徒からあまり評判のよくないアムディールを高く評価している節がある。それは、アムディールのこのような一面を知っているからなのかも知れなかった。金銭への嗅覚然り、今のように他人の内心を読み取る術に長けている点然り。しかし、今ばかりはそれが裏目に出ようとしていた。
ふと、オドムントは思い出す。
「ああ、教皇で思い出しましたが、ラドカルミア王妃の館にて暗殺者を撃退したのは異端審問官だと観測者から報告を受けておりました」
「なぁ!?なぜそれを最初に言わんッ!」
「聞かれませんでしたので……」
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