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天に吠える狼少女

第一章 深窓の才妃・16

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「んー、やっぱ王妃ともなると食ってるもんの質が違うな」

 と、感嘆を漏らしつつも、苺のジャムをこれでもかと塗りたくった上質な小麦で作られた白パンに赤毛の少女がかぶりつく。そこに遠慮や上品さなどは欠片もない。

 場所は王妃セルフィリアの屋敷一階、大きな長テーブルが置かれた食堂である。貴族などを招いた晩餐会などが行われる部屋であるが、基本的にそれ以外では使用されない。今回はその例外といったところ。

「そんなことが昨日あったんか。夢も見ぃひんぐらい熟睡してたわ」

 言いつつ黒髪の勇者もジャムを乗せたパンをかじる。向かいに座るレイから事情を聞いている間も終始食べる手を止めないあたり、なんとも気楽というか食い意地が張っているというか。

 とは言っても、最初に少女が呟いたように料理の質が質なので今回ばかりはレイも気持ちは分かる。そもそも朝食を摂ること自体とても贅沢なことなのである。

「……で、貴女誰?」

 ユウの隣でパンにジャムを塗っていたセラがようやっとその問いを口にした。三人の分の視線が向くとさすがに少女も食べる手を止める。

「見たところ、ローティス教の関係者のようだが。ただの修道女、なわけないな」

 多少改造されていても、その白地に緑の意匠は間違いなくローティス教の象徴である。そこは間違いない。だが、ただの修道女があの手練れの襲撃者を撃退できるはずもない。

「ローティス教ってうちも知っとるで!まぁ、名前ぐらいしか分からんけど、“勇者特区”にもいつか教会作らなならんなって話したもん」

 その言葉を聞いて、お、と少女は喜色を浮かべた。

「そりゃいい。いっそ勇者様もローティス教に入信してくれりゃ話が早いんだが」

 返答に困ってユウはレイとセラを見る。

「別にそれ自体は悪いことじゃないが、それよりも、だ」

 レイが視線を送ると少女がああ、とその意図を察する。

「あたしはディナ。ディナ・グランズ。これでもローティス教の異端審問官でね」

 ディナと名乗った少女はそう言ってニッと口の端を上げた。その少年のような笑顔と大層な肩書きが重ならず、セラは首を傾げた。ユウにいたっては何のことやらといったふうだ。

「異端審問官って、あれよね。ローティス教を国教と定めている国で異教徒を摘発したり、ローティスの教えを曲解している連中を取り締まるっていう……」

 そうそうと頷いてディナは食べかけだったパンを掴んだ。我慢の限界だったらしい。

「俄かには信じられん話だな……」

 異端審問官と言えばその性質上、聖職者の中でもあまりよい印象のない役職の者達だ。異端を取り締まるという一点において彼らは特別な権限を与えられており、激しい抵抗にあった場合や著しく反社会的な行動を行った異教徒に対して超法規的措置を行える。とどのつまり、相手を殺害しても罪に問われない。

 異端審問官に異端と断ぜられれば殺されても文句は言えない。故に人々は恐れ、その役職に就く者は限りなく教皇の思想に近い、敬虔な信徒が選ばれるという。それをこんな少女が……というレイの疑いの眼差しにディナはパンを加えたまま懐をごそごそと探り、銀の輝きを放つ装飾品をテーブルの上に乗せた。

「疑われるのは慣れてるが、これで信じてくれると助かる」

 その装飾品をレイとセラが覗き込む。手の平に収まるほどの、睡蓮の花があしらわれた銀細工。かなり装飾が細かい。細工師の技量が窺える値打ち物だ。そしてそれは高位の聖職者のみが所持を許される聖印でもある。

「綺麗な花やね」

 もくもくと朝食を食べていたユウが呟いたのに合わせて二人も検分を終える。二人に専門的な知識はないが、おそらく本物。二人は一つ顔を見合わせてディナの言葉を信じることにした。その銀細工もそうだが、何より昨日見た彼女の圧倒的な戦闘技術。異端審問官はその職務の最中に抵抗に遭うことも多い、その抵抗に対処できる人材でなければ異端審問官は務まらないのだ。
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