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結ばれた手と手

掲げられたもの・7

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 閉じた瞼に光を感じ、彼女は目を覚ました。

 鳥のさえずりも聴こえない曇り空。紗幕しゃまく越しの日の光がデマリ村を照らし、そこで暮らす人々にまた新しい一日の始まりを告げる。

 ベッドから上半身を起こしたセラは、しばし額に手を当てて動きを止めた。眉間には不機嫌そうなしわは寄っている。寝起きが極めて悪いのだ。

 しばらくその体勢でじっとしていたセラだが、やっと起きる決心がついたのか、瞳を開く。

 そしてなんとなしに隣のベッドに視線をやり、硬直。

 ――そこにいるはずの人影がない。

 寝ぼけていた頭に急速に血が廻っていく。今まで彼女より早くユウが目覚めていたことなどなかった。考えうる最悪の事態が頭を過る。

 ダルさの残る身体に鞭打ち、ベッドから跳び降りる。ユウの寝ていたベッドに手をかざすが、熱が籠っていない。用を足しに行っているわけではない。そこから起きてしばらく時間が経過している。予感は確信に変わった。

 勢いよく戸を開くと廊下に騎士の姿があった。

「おっと!なんだ、どうした?」

 日課である朝の鍛錬に行くところなのだろう、すっかり朝の支度も終えている様子のレイが突然開いた扉に目を白黒させている。

 なぜ気付けなかった。

 自責の念に押しつぶされそうになりながらも、絞り出すようにセラは叫んだ。

「――ユウがいないッ!!」




 朝靄に濡れた森の中を彼女は歩いていた。湿ったの土の香りと草木の吐息、深く息を吸い込むとひんやりとした空気が慣れない森歩きで火照った身体を冷やしてくれる。

 少し立ち止まって空を見上げる。灰を撒かれたような空はそれでも確かに光を届けてくれる。そろそろ二人が起きる頃だろうか。

 夜が明ける前に宿を抜け出したユウは、再び横転した馬車までやってきた。ユウが一人で向かうことに村の出入り口を警備していた自警団は少なからず疑問を抱いたようだが、レイの指示だと言うと問題なく通してくれた。

 デマリの人々にとっては騎士と行動を共にしているこの異装の少女は得体の知れない存在だった。

 見たことのない髪、瞳の色。言葉の不思議ななまり。しかも昨日はスライムを連れ歩いていたという。そして何よりも、一の騎士団ナイツ・オブ・ザ・ワンと魔法師を連れ歩いているという護衛の厳重さ。村人達が何かしら特別な地位にある人物なのではないかと邪推するのも無理からぬことだろう。仮にどこかの貴族の令嬢だった場合、門を通してくれなかったとあとで難癖をつけられて首を跳ねられたらたまったものではない。

 薄明かりの中、馬車までやってきたユウは馬の血の痕を辿った。レイが言っていた血の跡を辿ればねぐらの場所が分かるという言葉を覚えていたのだ。

 もっとも、馬を持ち去ったのは小鬼族ゴブリンではないだろうというレイの考えまでは読み取れていない。馬を襲った何かの存在など頭から抜け落ちてしまっていた。

 最初は太く、濃いライン。それが距離を経るごとに細くなっていく。次第にそれも消えかかってくるが、馬という大きな動物の死骸を引き摺った跡は早々消えるものではない。

 街道からそれほど離れることなく、ユウは目的の場所まで辿り着いた。

 森の中、不意に拓けた場所。そこにぽっかりと口を開けた洞穴があった。馬を引き摺った跡がその奥の暗闇へと続いている。

 洞穴の前に広がる拓けた空間には布の切れ端や木くず、破れた革袋などが散らばっている。ここが小鬼族のねぐらだというのは間違いない。

 ユウが洞穴に近づくと、踏みしめた落ち葉が音を鳴らした。その音を聞きつけ、洞穴に入らなくともユウが探していた者達が暗闇の奥から姿を現す。

「――こんな朝早くにごめんなぁ」

 ユウが語り掛けるが、それに返答はない。

 洞穴から出てきた小鬼族は四体。いずれも武器らしい武器は棍棒のみ。微妙な体格差や個体差はあるが、ユウにはその中のどれが昨日あった小鬼族なのかは見分けがつかなかった。

 小鬼族の一体が何やら隣の小鬼族と言葉を交わす。高く、かすれた声。今まで聞いたことのない不思議な言語で、ユウにはさっぱり理解できない。

 ただ小鬼族達が困惑しているのは見てとれた。人間が報復にくるのは分かる。だが、こんなひ弱そうな子供が来るのは不可解だ、と。

「昨日はゴメンな。剣向けられてたら、そりゃ怖いよなぁ。でも今日は丸腰やさかい」

 そう言ってユウは両手を上げて見せる。

 その様子を見やった小鬼族達は、武器を構えつつゆっくりと動き始めた。
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