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連載19:探偵
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連載19:探偵
背が高く、
黒尽くめの服を着たヒロミの、
真上から押し込まれるような強い力。
苦しさのあまり目を見開き、
その手を払いのけようとするミィナは、
これが夢ではないと、
彼女の凄まじい形相に秘密がばれてしまったのだと、
『止めて! 今は止めて、
今はまだ…、今じゃない!』
逃げようともがき、
弱っている体で抵抗していた。
『何を隠してる!』
手に力を込めるヒロミの目は、
その事だけを訴えていた。
ミィナの意識が飛びかけた時だった。
もう一人の自分と、
視界が通じ合えたような、
奇妙な事象を経験していた。
一人は、
自分を殺そうとするヒロミを、
もう一人は、
何か焦った様な男、
今は思い出す事もサワダを、
それは、
双方が入れ替わったような感覚だと、
ふたりは思っていた。
”いいなぁー、今度こそ死ぬの?”
”私? 私なの? もう一人の…”
”さぁこんな事初めてだから”
”もうこのまま死んだほうがいいの?”
”うん。生きてる意味なんかある?
どっちに転んでも地獄なのに…”
”でも、子供たちを救わないと!
子供たちはどうなるの、あの子たちは…”
”だから~、
産んではいけなかったんだって、
だからこんな目に合わせてるって、
分かってるでしょ?”
”そ、そんな! あなたにはもう…”
”無いよ?
でもあなたとはいつか会えると思って、
少しは楽しみにしてたんだけどね。
あっははははは、
これで終わりかな? じゃね~”
”あぁああ待って行かないで!
一つだけ教えて。
あなたは
あの子供の正体
を知ってる?”
”ん? あぁ、よくわ分からないけど、
知ってる。
あいつらは、
死に掛けると出てくる。
ユウキ殺そうとした時も出て来たし、
そしたらね~、
聞きたい?
これ取って置きだから、
会えたら話そうと思ってた”
”何? 何の話し?
なんでもいいの教えて!”
”あのね、
おまえの子はただの化け物なの。
死んでも死なないの…、
生き返ってくるの。
信じられる?
生き返るの!
あれ、ママどうしたのって、
そこだけ、
記憶を無くした様に!
私はそうだって知った時から、
ほんとは狂ってた…。
あはははははははははは、
これで分かったでしょ?”
”あいつらが分身を作り出している…?
これを解く方法は!”
”まだ言うの?
こんな話し聞かされてまだ諦めないの??
そんな方法知る訳無い!
あいつらと会話しようとしても無駄。
ただの亡者よ、きっと。
生きてる者が憎くて憎くてたまらないんだ。
なんで私たちなのかは、
たまたまそうなっただけ…。
あぁ、なんか気分悪くなってきた…。
私も一緒に死ぬのかな…。
ねぇ早くあっち行こうよぉ、
ミィナ~。
あははははは”
”チヒロちゃんは、
私をあなたじゃないと見抜いたの!
見抜いたのよ?
これにはきっと意味がある!
何かきっと方法が…”
”チ、チヒロが…?!”
”私は絶対に諦めない!!”
コンコン
ノックされていた。
「ジンナイさん、
そろそろ包帯を替えましょうね…」
ドアを開け看護師が入ろうとしていたが、
覆い被さる様にベッドに手を付き、
横たわる彼女を見つめるヒロミに、
その場の雰囲気に圧倒されたのか、
そっと扉を閉め戻って行った。
「あたしは父に犯され、
子供が産めない体になった…。
娘はどこ…。
どこに居る…。
本当の犯人は…」
そうなのかも知れないと、
ヒロミは核心に辿り着こうとし、
「信じて下さい…」
と言うミィナに、
この女が口を割る事は絶対に無いだろうと、
大粒の涙を流していた。
*東京:ミィナの病室
「おいどうした?
しっかりしろミィナ。
起きてくれ、起きてくれよ!」
「…あぁ、なんか急に眩暈が…」
「ふぅ~焦ったよ。
いきなり意識無くしたみたいにぐったりなって…」
「そう、そうなの…?
死んで無いのか…」
「え、縁起でも無い事言わないでくれ…、
クサナギ呼ぶからな」
サワダが手にした院内フォンを、
「ん、いい。必要無いからこのまま…」
元に戻していたミィナ。
「泣いてるじゃないか!
大丈夫なのか…」
「だから…、抱いて。
もっときつくきつくきつく…」
「愛してる…。どこへも行くな…」
サワダは彼女を、
必死に抱きしめていた。
*夫婦のアパート
「前にも誰か来たんですか?」
イシバシが話していた。
「あぁ来たよ。
警察かと思ったら興信所の人だったね」
大家がそう言うと、
「探偵が…」
誰が雇ったのか、
大体の見当は付くとミタは思っていた。
「名刺か何かあります?
良ければそれを見せてもらえませんかね」
旭川の彼らのアパートで、
フジサキ夫婦の身辺調査を進める刑事たちだったが、
思わぬ先客に驚きを隠せなかった。
彼らは情報を集めてはいたが、
分かった情報は探偵とほぼ同じ。
もちろん彼らがその事を知る由も無かったが、
大体の聞き込みを終えると、
署には戻らず、
まっすぐホテルへ向かっていた。
*ミィナのホテル
リビングのソファに深く腰掛け、
ウィスキーを煽ってるヒロミに、
「コンゴウさん…今、よろしいですか?」
話しかけたミタは、
「あまり深酒はしない方が…」
空になりかけの酒瓶を見ていた。
「つかぬ事お聞きしますが、
プライベートに誰かを雇われませんでしたか?」
「ん?」
「探偵です」
「あぁ。ばれたの? 雇ってるさ。
あんたらはお察しのとおりだしね…」
「そういう事されると、
捜査を引っ掻き回される恐れや、
情報の漏洩。
万が一何か起こった場合の、
責任の所在が不透明になりがちで…」
「万が一、責任?!」
「はい…」
「もし娘に何かあったらあんたらが、
責任取ってくれるの…」
「いえ、そういう意味では…」
「そんな事ほざいてないで、
今すぐ娘連れて来て…。
あたしは、警察でも、探偵でも、
やくざでもなんでもいいんだ。
早く娘に会わせて!
お願いだから…」
「しかしですね!」
ミタの横に立っているイシバシは、
切れかけていた。
「イシバシ!
わ、分かりました。
全力を尽くしていますので。
今日はこれでは失礼しよう…」
先に立ち上がり、
戻ろうと即すミタだった。
「いいんですかミタさん」
「今はいいから…」
「コンゴウさんすいませんでした声を荒げて。
でも、お願いがあります」
部屋を出ようとしていたイシバシは、
その女の背に話していた。
「何? 疲れてるの…」
空いたグラスに酒が注がれると、
ゴポゴポと音がしていた。
「何か情報があったらすぐ知らせて貰えますね?」
『…分かってるから』
ヒロミはウィスキーを何も食べていない胃に、
一気に流し込んでいた。
*探偵
雇い主への連絡は、
新情報が有る無しに関わらず一日に一度は報告し、
今日も彼は朝早くからあちこち回り、
フジサキたちの写真を見せては、
情報を集めようとしていた。
やくざな斡旋所を知る人物から連絡を貰い、
フジサキたちの仕事が、
今は運び屋だと分かったが、
”ロシアンマフィア絡みだって話しだ…”
”やべぇよ腹裂かれて海にポィ…”
過去に、
臓器売買に関わっていたような噂にも突き当たり、
「都市伝説の類だが、
煙だけ立つ訳無いのも事実。
首突っ込むのか?
ギリギリ粘るか…、
しかし、
こんな面白くてやばい依頼初めてだ…」
少し考え込んでいた探偵は、
どこか子供のような目で車を走らせていた。
噂を話していた人物と、
直接会うことにした探偵は、
やっと居場所を探し当て、
ブルーシートとダンボールに囲まれた、
公園の中に巣くう彼の家に入り込んでいた。
「幾ら出せる?」
彼が言うと、
「幾らくらいなら…?
法外過ぎると雇い主が嫌な顔するんです。
分かるでしょ?」
探偵は答えた。
「2万、いや3万でどうだ?」
「じゃあ千円から…」
「ん? あんだそりゃ!
馬鹿にしてんのか!」
「情報によっては、
言い値の二倍出しますから」
男の話しが終わると、
「あぁ、知り合いの知り合いって、
伝聞以下…で、場所は?」
「…って町だ海辺の。
で幾らだ、幾らになった?」
「ふーむ、
その場所ならもう知ってるし。
これくらいかな?」
ポケットから出した、
缶ビールと菓子パンを1個ずつ、
千円札の横に置いていた。
「ふざけんな!」
家を飛び出た探偵だったが、
男に追われる事も無く、
本当は知らなかったその町へ向おうと、
車のナビをセットしていた。
*海辺の町
数時間後、
始めて来たその町は何も無い地域で、
長く連なる防波堤があるだけで砂浜は無く、
この辺りの住民は隣町へ働きに出て、
ここへ帰ってくるだけの生活をしているのだろうと、
探偵は思っていた。
道なりにあった広めの駐車場の奥に、
立ち並んだ店舗郡を見つけた彼は、
左端の生活雑貨店から、
聞き込みを始めていた。
「ここ薬売ってます?」
「あぁ、無いね。
ドラッグストアならもうちょっと先にあるからよ」
「病院は? 外科とか」
「あったけど閉院してるかな?」
「まだ誰か住んでますかねー?」
「どしたの?」
「この人ら見たこと無い?」
と、店員に彼らの写真を見せていた。
「ん。あんた警察?」
「探偵です」
「へ~」
「興信所だけどね。浮気調査中ー」
「あんた口軽いね」
「あはははは、見覚えない?」
探偵は水のペットボトルとガムを買うと、
隣の店、またその隣へと聞き込んで行ったが、
見覚えがあると言う人物はおらず、
居酒屋が開くには時間は早く、
ガムを噛みながら、
「病院行ってみるか…」
近くにあると言われた、
そこへ向かおうとしていた。
*海辺の病院
石造りで、所々コケの生えた立派な壁を見ていた。
昭和の初めに建てられた様なその病院は、
生い茂る木々囲まれ、
窓に付けられた、
頑丈そうな唐草模様の鉄柵に、
『いかにもって場所だな。
どっか高い所無いか…』
彼の目には、どこか不気味に写っていた。
中が見たいと近辺をうろついていると、
二階の窓に誰かの影が、
慌てて凝視していたが、
『若そうな女だった? 勘違いか…』
正面に回り、
閉められた門のインターフォンを押していた。
「どちら様?」
「あ、わたくし化粧品の訪問販売をしている者なんですが、
奥様でいらっしゃいますか?」
「…セールス?
そういうの断われって言われてますから」
「あ、そうおしゃらずに当社の製品は若い女性の方にも…」
もしや建物内に入れるかもと思っていたが、
『じじばばしか居ないって聞いてたが、
窓から見えたのは、女子高生の孫か…?』
探偵はもう一度病院を見て、車に戻って行った。
「誰だった?」
「追い返した。セールスだった…」
「そうか」
「交渉の方はうまくいってるんですか?」
「あぁいってる、
あいつら相当参ってるはずだ。くふっ」
「お金、お金はどうするの?
三億ってすごすぎると思います…」
「金? 金なんか要らない…、
おまえはさっさと戻って、
じじばばの小間使いになってろ」
「はい…」
「さて、
結末を準備しないとな…。
そろそろ、ユィナの出番か…」
アキラはチヒロを顎で使い、
そう呟いていた。
*
24時間営業の、
ドラッグストアに向かった探偵が、
商品整理していた店員に写真を見せていると、
「あぁこの人。この人なら見たかな」
「…いつ頃」
探偵はついに見つけたのかと、
彼の言葉を待った。
「数日前の夜中だったっけな」
「間違いなさそう?」
「ちょっと待って下さい。写真借りても」
そう言う彼は、
数枚ある写真の中から、
中年夫妻の写真を抜き、
レジに居る店員に見せてくれていた。
すると、その女も頷いてこっちを見ていた。
*ヒロミ
「わ、分かったんだね…」
『はい、まだ特定できてはいませんが、
この辺りに居たのは間違い無いようです』
「で、どうする…」
『肝心の居場所、
娘さんたちの居場所を探せるまで、
もう少し時間を…』
「あぁ…ユィナ…」
リビングのソファに深く座り直すと、
ため息を吐き、
犯人からの次の連絡を待ち続けるヒロミにとって、
かなりの朗報だったが、
隣の部屋に居る女に、
この事を話す気は無いようだった。
*フジサキ夫婦
「アキラか」
『…あぁおじさん。
よかったこっちも連絡しようとしていたとこさ』
「彼女たち、
ユィナは無事なんだろうな…」
『もちろん無事さ。
ところで、
じじいから金せっつかれてて…、
あてにしてるんだ』
「あぁとりあえず三百万用意してる」
『そ、そんなに?
臓器相場ってもっとするって事なのか…』
「違う、これは医者への謝礼、迷惑代…。
今夜。今夜十時頃行く」
『助かった…。待ってる』
「最悪ユィナだけは…」
「あんた…」
「怯えていても仕方ない。今夜だ…」
「うん…」
「お前は車で待機だからな」
「大丈夫かい?」
「大丈夫だ。
大丈夫に決まってる…」
「…分かった。腹は決めてる」
彼らは、場所を変えながら車で寝泊りしていたが、
今はパチンコ店の駐車場に居て、
その時間まで暇を潰そうと、
追い出されるまで、
ここに居ようと決めていた。
背が高く、
黒尽くめの服を着たヒロミの、
真上から押し込まれるような強い力。
苦しさのあまり目を見開き、
その手を払いのけようとするミィナは、
これが夢ではないと、
彼女の凄まじい形相に秘密がばれてしまったのだと、
『止めて! 今は止めて、
今はまだ…、今じゃない!』
逃げようともがき、
弱っている体で抵抗していた。
『何を隠してる!』
手に力を込めるヒロミの目は、
その事だけを訴えていた。
ミィナの意識が飛びかけた時だった。
もう一人の自分と、
視界が通じ合えたような、
奇妙な事象を経験していた。
一人は、
自分を殺そうとするヒロミを、
もう一人は、
何か焦った様な男、
今は思い出す事もサワダを、
それは、
双方が入れ替わったような感覚だと、
ふたりは思っていた。
”いいなぁー、今度こそ死ぬの?”
”私? 私なの? もう一人の…”
”さぁこんな事初めてだから”
”もうこのまま死んだほうがいいの?”
”うん。生きてる意味なんかある?
どっちに転んでも地獄なのに…”
”でも、子供たちを救わないと!
子供たちはどうなるの、あの子たちは…”
”だから~、
産んではいけなかったんだって、
だからこんな目に合わせてるって、
分かってるでしょ?”
”そ、そんな! あなたにはもう…”
”無いよ?
でもあなたとはいつか会えると思って、
少しは楽しみにしてたんだけどね。
あっははははは、
これで終わりかな? じゃね~”
”あぁああ待って行かないで!
一つだけ教えて。
あなたは
あの子供の正体
を知ってる?”
”ん? あぁ、よくわ分からないけど、
知ってる。
あいつらは、
死に掛けると出てくる。
ユウキ殺そうとした時も出て来たし、
そしたらね~、
聞きたい?
これ取って置きだから、
会えたら話そうと思ってた”
”何? 何の話し?
なんでもいいの教えて!”
”あのね、
おまえの子はただの化け物なの。
死んでも死なないの…、
生き返ってくるの。
信じられる?
生き返るの!
あれ、ママどうしたのって、
そこだけ、
記憶を無くした様に!
私はそうだって知った時から、
ほんとは狂ってた…。
あはははははははははは、
これで分かったでしょ?”
”あいつらが分身を作り出している…?
これを解く方法は!”
”まだ言うの?
こんな話し聞かされてまだ諦めないの??
そんな方法知る訳無い!
あいつらと会話しようとしても無駄。
ただの亡者よ、きっと。
生きてる者が憎くて憎くてたまらないんだ。
なんで私たちなのかは、
たまたまそうなっただけ…。
あぁ、なんか気分悪くなってきた…。
私も一緒に死ぬのかな…。
ねぇ早くあっち行こうよぉ、
ミィナ~。
あははははは”
”チヒロちゃんは、
私をあなたじゃないと見抜いたの!
見抜いたのよ?
これにはきっと意味がある!
何かきっと方法が…”
”チ、チヒロが…?!”
”私は絶対に諦めない!!”
コンコン
ノックされていた。
「ジンナイさん、
そろそろ包帯を替えましょうね…」
ドアを開け看護師が入ろうとしていたが、
覆い被さる様にベッドに手を付き、
横たわる彼女を見つめるヒロミに、
その場の雰囲気に圧倒されたのか、
そっと扉を閉め戻って行った。
「あたしは父に犯され、
子供が産めない体になった…。
娘はどこ…。
どこに居る…。
本当の犯人は…」
そうなのかも知れないと、
ヒロミは核心に辿り着こうとし、
「信じて下さい…」
と言うミィナに、
この女が口を割る事は絶対に無いだろうと、
大粒の涙を流していた。
*東京:ミィナの病室
「おいどうした?
しっかりしろミィナ。
起きてくれ、起きてくれよ!」
「…あぁ、なんか急に眩暈が…」
「ふぅ~焦ったよ。
いきなり意識無くしたみたいにぐったりなって…」
「そう、そうなの…?
死んで無いのか…」
「え、縁起でも無い事言わないでくれ…、
クサナギ呼ぶからな」
サワダが手にした院内フォンを、
「ん、いい。必要無いからこのまま…」
元に戻していたミィナ。
「泣いてるじゃないか!
大丈夫なのか…」
「だから…、抱いて。
もっときつくきつくきつく…」
「愛してる…。どこへも行くな…」
サワダは彼女を、
必死に抱きしめていた。
*夫婦のアパート
「前にも誰か来たんですか?」
イシバシが話していた。
「あぁ来たよ。
警察かと思ったら興信所の人だったね」
大家がそう言うと、
「探偵が…」
誰が雇ったのか、
大体の見当は付くとミタは思っていた。
「名刺か何かあります?
良ければそれを見せてもらえませんかね」
旭川の彼らのアパートで、
フジサキ夫婦の身辺調査を進める刑事たちだったが、
思わぬ先客に驚きを隠せなかった。
彼らは情報を集めてはいたが、
分かった情報は探偵とほぼ同じ。
もちろん彼らがその事を知る由も無かったが、
大体の聞き込みを終えると、
署には戻らず、
まっすぐホテルへ向かっていた。
*ミィナのホテル
リビングのソファに深く腰掛け、
ウィスキーを煽ってるヒロミに、
「コンゴウさん…今、よろしいですか?」
話しかけたミタは、
「あまり深酒はしない方が…」
空になりかけの酒瓶を見ていた。
「つかぬ事お聞きしますが、
プライベートに誰かを雇われませんでしたか?」
「ん?」
「探偵です」
「あぁ。ばれたの? 雇ってるさ。
あんたらはお察しのとおりだしね…」
「そういう事されると、
捜査を引っ掻き回される恐れや、
情報の漏洩。
万が一何か起こった場合の、
責任の所在が不透明になりがちで…」
「万が一、責任?!」
「はい…」
「もし娘に何かあったらあんたらが、
責任取ってくれるの…」
「いえ、そういう意味では…」
「そんな事ほざいてないで、
今すぐ娘連れて来て…。
あたしは、警察でも、探偵でも、
やくざでもなんでもいいんだ。
早く娘に会わせて!
お願いだから…」
「しかしですね!」
ミタの横に立っているイシバシは、
切れかけていた。
「イシバシ!
わ、分かりました。
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『…分かってるから』
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*探偵
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情報を集めようとしていた。
やくざな斡旋所を知る人物から連絡を貰い、
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”ロシアンマフィア絡みだって話しだ…”
”やべぇよ腹裂かれて海にポィ…”
過去に、
臓器売買に関わっていたような噂にも突き当たり、
「都市伝説の類だが、
煙だけ立つ訳無いのも事実。
首突っ込むのか?
ギリギリ粘るか…、
しかし、
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少し考え込んでいた探偵は、
どこか子供のような目で車を走らせていた。
噂を話していた人物と、
直接会うことにした探偵は、
やっと居場所を探し当て、
ブルーシートとダンボールに囲まれた、
公園の中に巣くう彼の家に入り込んでいた。
「幾ら出せる?」
彼が言うと、
「幾らくらいなら…?
法外過ぎると雇い主が嫌な顔するんです。
分かるでしょ?」
探偵は答えた。
「2万、いや3万でどうだ?」
「じゃあ千円から…」
「ん? あんだそりゃ!
馬鹿にしてんのか!」
「情報によっては、
言い値の二倍出しますから」
男の話しが終わると、
「あぁ、知り合いの知り合いって、
伝聞以下…で、場所は?」
「…って町だ海辺の。
で幾らだ、幾らになった?」
「ふーむ、
その場所ならもう知ってるし。
これくらいかな?」
ポケットから出した、
缶ビールと菓子パンを1個ずつ、
千円札の横に置いていた。
「ふざけんな!」
家を飛び出た探偵だったが、
男に追われる事も無く、
本当は知らなかったその町へ向おうと、
車のナビをセットしていた。
*海辺の町
数時間後、
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ここへ帰ってくるだけの生活をしているのだろうと、
探偵は思っていた。
道なりにあった広めの駐車場の奥に、
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左端の生活雑貨店から、
聞き込みを始めていた。
「ここ薬売ってます?」
「あぁ、無いね。
ドラッグストアならもうちょっと先にあるからよ」
「病院は? 外科とか」
「あったけど閉院してるかな?」
「まだ誰か住んでますかねー?」
「どしたの?」
「この人ら見たこと無い?」
と、店員に彼らの写真を見せていた。
「ん。あんた警察?」
「探偵です」
「へ~」
「興信所だけどね。浮気調査中ー」
「あんた口軽いね」
「あはははは、見覚えない?」
探偵は水のペットボトルとガムを買うと、
隣の店、またその隣へと聞き込んで行ったが、
見覚えがあると言う人物はおらず、
居酒屋が開くには時間は早く、
ガムを噛みながら、
「病院行ってみるか…」
近くにあると言われた、
そこへ向かおうとしていた。
*海辺の病院
石造りで、所々コケの生えた立派な壁を見ていた。
昭和の初めに建てられた様なその病院は、
生い茂る木々囲まれ、
窓に付けられた、
頑丈そうな唐草模様の鉄柵に、
『いかにもって場所だな。
どっか高い所無いか…』
彼の目には、どこか不気味に写っていた。
中が見たいと近辺をうろついていると、
二階の窓に誰かの影が、
慌てて凝視していたが、
『若そうな女だった? 勘違いか…』
正面に回り、
閉められた門のインターフォンを押していた。
「どちら様?」
「あ、わたくし化粧品の訪問販売をしている者なんですが、
奥様でいらっしゃいますか?」
「…セールス?
そういうの断われって言われてますから」
「あ、そうおしゃらずに当社の製品は若い女性の方にも…」
もしや建物内に入れるかもと思っていたが、
『じじばばしか居ないって聞いてたが、
窓から見えたのは、女子高生の孫か…?』
探偵はもう一度病院を見て、車に戻って行った。
「誰だった?」
「追い返した。セールスだった…」
「そうか」
「交渉の方はうまくいってるんですか?」
「あぁいってる、
あいつら相当参ってるはずだ。くふっ」
「お金、お金はどうするの?
三億ってすごすぎると思います…」
「金? 金なんか要らない…、
おまえはさっさと戻って、
じじばばの小間使いになってろ」
「はい…」
「さて、
結末を準備しないとな…。
そろそろ、ユィナの出番か…」
アキラはチヒロを顎で使い、
そう呟いていた。
*
24時間営業の、
ドラッグストアに向かった探偵が、
商品整理していた店員に写真を見せていると、
「あぁこの人。この人なら見たかな」
「…いつ頃」
探偵はついに見つけたのかと、
彼の言葉を待った。
「数日前の夜中だったっけな」
「間違いなさそう?」
「ちょっと待って下さい。写真借りても」
そう言う彼は、
数枚ある写真の中から、
中年夫妻の写真を抜き、
レジに居る店員に見せてくれていた。
すると、その女も頷いてこっちを見ていた。
*ヒロミ
「わ、分かったんだね…」
『はい、まだ特定できてはいませんが、
この辺りに居たのは間違い無いようです』
「で、どうする…」
『肝心の居場所、
娘さんたちの居場所を探せるまで、
もう少し時間を…』
「あぁ…ユィナ…」
リビングのソファに深く座り直すと、
ため息を吐き、
犯人からの次の連絡を待ち続けるヒロミにとって、
かなりの朗報だったが、
隣の部屋に居る女に、
この事を話す気は無いようだった。
*フジサキ夫婦
「アキラか」
『…あぁおじさん。
よかったこっちも連絡しようとしていたとこさ』
「彼女たち、
ユィナは無事なんだろうな…」
『もちろん無事さ。
ところで、
じじいから金せっつかれてて…、
あてにしてるんだ』
「あぁとりあえず三百万用意してる」
『そ、そんなに?
臓器相場ってもっとするって事なのか…』
「違う、これは医者への謝礼、迷惑代…。
今夜。今夜十時頃行く」
『助かった…。待ってる』
「最悪ユィナだけは…」
「あんた…」
「怯えていても仕方ない。今夜だ…」
「うん…」
「お前は車で待機だからな」
「大丈夫かい?」
「大丈夫だ。
大丈夫に決まってる…」
「…分かった。腹は決めてる」
彼らは、場所を変えながら車で寝泊りしていたが、
今はパチンコ店の駐車場に居て、
その時間まで暇を潰そうと、
追い出されるまで、
ここに居ようと決めていた。
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