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前編 第三章「動き出す歯車」
ヒーラーとヒーラー1
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「見えましたぞ」
「あれが首都ですか」
「そのようですな」
パラケルススとユータリスは、大方布教を終えた街を後にしていた。
次の街にと狙いを定めたのは、オベールの首都である。
ちょうど昼時の今、順調に歩を進めていた二人は、首都へと辿り着いていた。
ライニールに作成させた身分証を提示すれば、門を守る衛兵は疑うことなく二人を招き入れる。
低レベルの衛兵程度であれば、この二人を魔物だと気付くこともない。
悲しみに明け暮れている人間を探すべく、街の中を散策していれば、中央区が騒がしい。
騒ぎが起きているというよりは、行事のような何かで盛り上がっているようにも聞こえた。
事前に仕入れていたオベールの話を考えれば、有り得ないことだ。
「なにやら騒がしいですなぁ」
「祭りでしょうか?」
「戦争のこの時期にですか? 皮肉ですな」
「目立つのもよくありませんし、避けましょうか」
「そうですな」
そう言いつつも、二人は宗教を広めるために〝患者〟を見つけなければならない。中央区以外は閑散としていて、殆どの市民がその騒ぎの場所へと行っているのだと分かる。
折角やって来たのに、パラケルスス達が必要としている人物達は、人混みの中だ。
いつ終わるかも分からない騒ぎを、誰もいない街の隅で待っていなければならない。
「面倒ですぞ。人間があの辺りに、固まってしまっているようですなぁ」
「とりあえず影から見てみますか?」
「そうしますか」
人混みに紛れて覗いてみれば、そこには兵士を引き連れた少女が居た。
兵士の何人かが声を張り上げて、パルドウィン王国についてや騎士団、兵士の誇りや強さを謳っている。
それを強調するように、残りの兵士が模擬戦を行ったり、魔術によるパフォーマンスを行ったりしている。
まるで見るアトラクションだ。
普段魔術とは程遠い生活を送っているアリ=マイアの人間は、物珍しくそれを見ている。子供ははしゃいでいるし、大人だって感心している。
「流石は勇者のパーティーに所属されるマイラ様だな」
「先程の魔術は素晴らしかったな」
「あの持っている魔術杖も美しい」
その会話を二人は聞き逃さなかった。
勇者。アリスが殺すべきだと奮闘している相手。――その、仲間。
途端にパラケルススの顔色が変わる。元々顔色の悪いゾンビである彼だが、その顔色は余計に悪そうだ。
自分の判断が悪かったのだと、今気付いたのだから。
勇者であれば、様々な魔物や魔族と戦ってきた存在なのであれば、この状況はよろしくない。
人混みに紛れているとは言え、二人が人間ではないと気付かれるのも時間の問題だ。
今は急いでここを去るしかない。
「……まずいですな。やはり離れましょうぞ」
「え、ええ」
人混みをかき分けて、先程居た人っ子一人いない地区へと戻ろうと足を進めていく。
しかしながら人混みは珍しい人物の訪問を見ようと、ぎゅうぎゅうになっている。この目で有名人を見たい、と人々は中央区へ向かう足を進めている。
パラケルススとユータリスが戻ろうとする道は、徐々に狭まり、急げば急ぐほど人混みに飲まれて足を阻まれる。
「チッ……」
「いっそのこと、このあたりの人間を洗脳して……」
「余計目立ちます。魔術の使用を感知されたら、即座に気付かれますぞ」
「……そう、ですよね」
口では冷静に言いつつも、パラケルススは一向に動かない足取りに苛立ちを見せていた。
ゆえに周りの人間の反応を見落としてしまっていた。
普段の彼であれば気付けることだというのに、このときばかりは冷静さを欠いていた。
あたりの人間が、彼らを避けるように開いていった。
パラケルススは「やっと人間が気付いたか……」とホッとしていた。これで逃げられると。
しかしながら実際は違う。
マイラを見に来ていた民は、マイラの指示に従ってパラケルススとユータリスを隔離するように避け始めたのだ。
その指示は口に出したものではなかったが、普段から魔物の危険のあるオベールの民はそういった察する能力に長けていたのだろう。
マイラがパラケルスス達を指させば、すぐに気付いた。
「動くなぁ!」
その一言で、やっとパラケルススは気付いた。
あのオドオドとプレゼンテーションを行っていたマイラは、彼女らしからぬ大きな声を上げたのだ。
そしてパラケルススが気付いた頃にはもう遅く、ユータリスに向けて、〈光矢〉が放たれた。
ユータリスだけに向けた、一本の矢。
マイラの能力があれば、矢の雨を降らせることだって出来るだろう。しかしながら、マイラは一本の矢に光属性の力を最大限に込めた。
その一本を、ただまっすぐ。悪魔であり修道女であるユータリスへと、向けたのだ。
「ユータリス!」
「!?」
パラケルススが咄嗟に飛び出た。
ユータリスを庇うように、矢と彼女の間に立つ。放たれた〈光矢〉は、パラケルスス肩に直撃した。
アンデッドであるパラケルススには苦しい属性。光属性の乗った矢は、ズシリとした痛みをもたらした。
流石の痛みにパラケルススも顔を歪める。
「ぐっ……! チッ、光属性――」
「パラケルスス様!」
Dランク程度の弱い魔術である〈光矢〉だったが、マイラの持てるだけの力を注ぎ込んだ代物だ。
連発は難しいが、しっかりと狙いを定めて当ててしまえば――このように効果は大きい。
特に悪魔やアンデッドには、よく効くだろう。
元々幹部の中でも体力が低いパラケルススには、辛い一撃だった。
とは言えそのパラケルススよりも弱い、ユータリスに当てさせるわけにはいかない。魔術攻撃による耐性も、パラケルススの方が圧倒的に上。
身を挺して庇ってしまったのは、彼からすれば彼らしくはないだろう。
だがエキドナのように防御に長けているわけでもなく、ルーシーのように咄嗟に魔術を展開することも出来なかった。
苛立ちと焦りのせいで、咄嗟に魔力で盾も作れずに体で受けてしまった。
レベル200という高みのせいで、勇者の力を見誤ったということもある。
ズキズキと痛む肩を押さえながら、なんとかこの場を逃げ出さねばと思案する。
街は混乱し始めて、中央区に集まっていた市民達はバタバタと逃げ始めた。
初めこそ一部の人間は、デモンストレーションの一環だと思っただろう。
だが本当に攻撃を撃ち込んだとすれば。そしてその人物が、避ける動作も守る動作もせず、直撃したのだとすれば。
彼らも本当に魔物が現れたのだと気付くだろう。
「ユ……ユータリス、撤退しましょう。亜人や魔族の住む森まで向かえば、こちらの有利」
「は、はい……。あの、パラケルスス様……」
「良いですか! この程度の傷大したことありません、急ぎますぞ」
「……はい」
心配だとか、申し訳ありませんだとか。そういった言葉をユータリスに言わせる気は無かった。
今はそれどころではないからだ。
一刻も早く、この状況から抜け出さねばならない。
万が一捕縛されてしまえば、アリスの妨げになってしまう。こればかりは幹部たる者として許せない事柄だ。
あの少女が干渉できない場所まで逃げてしまえば、こちらの勝利。
パラケルススは人類よりも優れているとは言え、それは勇者を除いた存在。勇者を含めてしまえば、回復魔術は凌駕すれども攻撃力と防御力は劣る。
であれば戦闘になった場合、逃げるしか残されていない。
それにパラケルススは、ユータリスを庇って守って戦うほど、戦いに秀でていないのだ。
◇◆◇◆
「あ、あなた達、は、街の人の避難を……」
「はっはい!」
マイラも逃げようとしてる敵を、すぐ追うことはない。
彼女は至って冷静だ。まずは人民の命が優先。そして目の前の化け物の処理。
「……逃さない……ね」
マイラ・コンテスティは、スキルを有している貴重な人物だ。
彼女の所持している〈精霊の眼差し〉は、常時発動されているスキル。
自分のレベルにプラス5レベル分の相手に対して、幻術や魔物であるかを見分けられるスキルだ。
これにより敵か味方を即座に判断できる。回復魔術を扱う彼女にとっては、大きな恩恵のあるスキルだ。
そしてマイラのレベルは175である。
もっと言えば、ユータリスのレベルは180である。
つまり、ユータリスのせいでバレてしまったのだ。
そしてそんな悪魔を庇う存在など、同じようなもの。
マイラに見分けられなかったというだけあって、警戒に値するべき存在であることに間違いはない。
「……援軍、ね……」
デモンストレーションにやって来た、五百程度の兵士では足りない。本国へと連絡をして、応援を呼ばなければならない。
流石にその一言を聞いた兵士は、耳を疑った。
「ま、マイラ様。援軍ですか」
「そう……。あの女の人は、悪魔……ね。でも連れていた男の人、正体が分からなかった……」
「で、ではつまり、マイラ様よりも遥かにレベルが上ということですか……!?」
「そうなる……ね」
「直ちに連絡を! 我々は魔力回復薬を作成、購入して参ります」
「お願い、ね」
問題の二人は、一目散に森の方へと駆けている。オベールの南にあるのは魔族や亜人が多く住まう、大森林。
彼ら自身がそう言ったものであると、行動で示しているようなものだ。
マイラはスキルにより確信は得ていたが、兵士達が確信を持つには十分だった。
まさか宣伝をしに来た先で、こんな危うい事態になろうとは思いもしなかっただろう。
マイラは杖を取り出した。
熟練者の魔術杖。マイラの持っている唯一の武器であり、パルドウィン王国における最強クラスの武器である。
5000年もの年月を経ていると言われる伝説の老木からできた本体は、更に力を強める為に雪男の体毛を埋め込んである。
これはスノウズから直接得た体毛であるため、痛みもなくその効果をよく発揮できている。
熟練者の魔術杖の効果は単純明快だ。
マイラが魔術を使用する際に、必要魔力を25%カットできるという優れものだ。
ヒーラーとして多数の兵士や仲間を治癒する機会がある彼女にとって、これはなくてはならない効果である。
もちろん、魔術全般に対応しているため、これから行おうとしている通信魔術ですら使用魔力をカットしてくれる。
「……オリヴァー……。いいや、あの程度……。国でいい……ね。お願い、通じて……!」
マイラは熟練者の魔術杖を置いて、じっと念じる。
パルドウィン王国とは距離があるため、即座に通信出来ることが難しい。
オリヴァークラスになれば、遅延などなくすぐにどこでも繋がるらしいが――マイラにはそれが難しい。
いくら熟練者の魔術杖があれども、それは変わらない。
マイラの視界の隅では、混乱した市民が逃げ惑うのが見えている。
兵士達が落ち着けるよう奮闘しているが、それでも混乱は大きい。それに乗じて、あの二匹の魔族どもは逃げようとしている。
拠点に戻られる前に、勇者の一人としてマイラが潰さねばならない。
オリヴァーやアンゼルム達とともに、学園で学んでいく内に彼女は徐々に変わっていった。
幼い頃に築かれたオドオドとした性格は、完全には解消出来なかったものの、それでも悪に対しての成すべきことをしっかりと分かっている。
オリヴァーの仲間として認められた以上、それを見つけたら排除しなければならない。
そしてそれが出来る実力も、マイラは兼ね備えているのだ。
「あれが首都ですか」
「そのようですな」
パラケルススとユータリスは、大方布教を終えた街を後にしていた。
次の街にと狙いを定めたのは、オベールの首都である。
ちょうど昼時の今、順調に歩を進めていた二人は、首都へと辿り着いていた。
ライニールに作成させた身分証を提示すれば、門を守る衛兵は疑うことなく二人を招き入れる。
低レベルの衛兵程度であれば、この二人を魔物だと気付くこともない。
悲しみに明け暮れている人間を探すべく、街の中を散策していれば、中央区が騒がしい。
騒ぎが起きているというよりは、行事のような何かで盛り上がっているようにも聞こえた。
事前に仕入れていたオベールの話を考えれば、有り得ないことだ。
「なにやら騒がしいですなぁ」
「祭りでしょうか?」
「戦争のこの時期にですか? 皮肉ですな」
「目立つのもよくありませんし、避けましょうか」
「そうですな」
そう言いつつも、二人は宗教を広めるために〝患者〟を見つけなければならない。中央区以外は閑散としていて、殆どの市民がその騒ぎの場所へと行っているのだと分かる。
折角やって来たのに、パラケルスス達が必要としている人物達は、人混みの中だ。
いつ終わるかも分からない騒ぎを、誰もいない街の隅で待っていなければならない。
「面倒ですぞ。人間があの辺りに、固まってしまっているようですなぁ」
「とりあえず影から見てみますか?」
「そうしますか」
人混みに紛れて覗いてみれば、そこには兵士を引き連れた少女が居た。
兵士の何人かが声を張り上げて、パルドウィン王国についてや騎士団、兵士の誇りや強さを謳っている。
それを強調するように、残りの兵士が模擬戦を行ったり、魔術によるパフォーマンスを行ったりしている。
まるで見るアトラクションだ。
普段魔術とは程遠い生活を送っているアリ=マイアの人間は、物珍しくそれを見ている。子供ははしゃいでいるし、大人だって感心している。
「流石は勇者のパーティーに所属されるマイラ様だな」
「先程の魔術は素晴らしかったな」
「あの持っている魔術杖も美しい」
その会話を二人は聞き逃さなかった。
勇者。アリスが殺すべきだと奮闘している相手。――その、仲間。
途端にパラケルススの顔色が変わる。元々顔色の悪いゾンビである彼だが、その顔色は余計に悪そうだ。
自分の判断が悪かったのだと、今気付いたのだから。
勇者であれば、様々な魔物や魔族と戦ってきた存在なのであれば、この状況はよろしくない。
人混みに紛れているとは言え、二人が人間ではないと気付かれるのも時間の問題だ。
今は急いでここを去るしかない。
「……まずいですな。やはり離れましょうぞ」
「え、ええ」
人混みをかき分けて、先程居た人っ子一人いない地区へと戻ろうと足を進めていく。
しかしながら人混みは珍しい人物の訪問を見ようと、ぎゅうぎゅうになっている。この目で有名人を見たい、と人々は中央区へ向かう足を進めている。
パラケルススとユータリスが戻ろうとする道は、徐々に狭まり、急げば急ぐほど人混みに飲まれて足を阻まれる。
「チッ……」
「いっそのこと、このあたりの人間を洗脳して……」
「余計目立ちます。魔術の使用を感知されたら、即座に気付かれますぞ」
「……そう、ですよね」
口では冷静に言いつつも、パラケルススは一向に動かない足取りに苛立ちを見せていた。
ゆえに周りの人間の反応を見落としてしまっていた。
普段の彼であれば気付けることだというのに、このときばかりは冷静さを欠いていた。
あたりの人間が、彼らを避けるように開いていった。
パラケルススは「やっと人間が気付いたか……」とホッとしていた。これで逃げられると。
しかしながら実際は違う。
マイラを見に来ていた民は、マイラの指示に従ってパラケルススとユータリスを隔離するように避け始めたのだ。
その指示は口に出したものではなかったが、普段から魔物の危険のあるオベールの民はそういった察する能力に長けていたのだろう。
マイラがパラケルスス達を指させば、すぐに気付いた。
「動くなぁ!」
その一言で、やっとパラケルススは気付いた。
あのオドオドとプレゼンテーションを行っていたマイラは、彼女らしからぬ大きな声を上げたのだ。
そしてパラケルススが気付いた頃にはもう遅く、ユータリスに向けて、〈光矢〉が放たれた。
ユータリスだけに向けた、一本の矢。
マイラの能力があれば、矢の雨を降らせることだって出来るだろう。しかしながら、マイラは一本の矢に光属性の力を最大限に込めた。
その一本を、ただまっすぐ。悪魔であり修道女であるユータリスへと、向けたのだ。
「ユータリス!」
「!?」
パラケルススが咄嗟に飛び出た。
ユータリスを庇うように、矢と彼女の間に立つ。放たれた〈光矢〉は、パラケルスス肩に直撃した。
アンデッドであるパラケルススには苦しい属性。光属性の乗った矢は、ズシリとした痛みをもたらした。
流石の痛みにパラケルススも顔を歪める。
「ぐっ……! チッ、光属性――」
「パラケルスス様!」
Dランク程度の弱い魔術である〈光矢〉だったが、マイラの持てるだけの力を注ぎ込んだ代物だ。
連発は難しいが、しっかりと狙いを定めて当ててしまえば――このように効果は大きい。
特に悪魔やアンデッドには、よく効くだろう。
元々幹部の中でも体力が低いパラケルススには、辛い一撃だった。
とは言えそのパラケルススよりも弱い、ユータリスに当てさせるわけにはいかない。魔術攻撃による耐性も、パラケルススの方が圧倒的に上。
身を挺して庇ってしまったのは、彼からすれば彼らしくはないだろう。
だがエキドナのように防御に長けているわけでもなく、ルーシーのように咄嗟に魔術を展開することも出来なかった。
苛立ちと焦りのせいで、咄嗟に魔力で盾も作れずに体で受けてしまった。
レベル200という高みのせいで、勇者の力を見誤ったということもある。
ズキズキと痛む肩を押さえながら、なんとかこの場を逃げ出さねばと思案する。
街は混乱し始めて、中央区に集まっていた市民達はバタバタと逃げ始めた。
初めこそ一部の人間は、デモンストレーションの一環だと思っただろう。
だが本当に攻撃を撃ち込んだとすれば。そしてその人物が、避ける動作も守る動作もせず、直撃したのだとすれば。
彼らも本当に魔物が現れたのだと気付くだろう。
「ユ……ユータリス、撤退しましょう。亜人や魔族の住む森まで向かえば、こちらの有利」
「は、はい……。あの、パラケルスス様……」
「良いですか! この程度の傷大したことありません、急ぎますぞ」
「……はい」
心配だとか、申し訳ありませんだとか。そういった言葉をユータリスに言わせる気は無かった。
今はそれどころではないからだ。
一刻も早く、この状況から抜け出さねばならない。
万が一捕縛されてしまえば、アリスの妨げになってしまう。こればかりは幹部たる者として許せない事柄だ。
あの少女が干渉できない場所まで逃げてしまえば、こちらの勝利。
パラケルススは人類よりも優れているとは言え、それは勇者を除いた存在。勇者を含めてしまえば、回復魔術は凌駕すれども攻撃力と防御力は劣る。
であれば戦闘になった場合、逃げるしか残されていない。
それにパラケルススは、ユータリスを庇って守って戦うほど、戦いに秀でていないのだ。
◇◆◇◆
「あ、あなた達、は、街の人の避難を……」
「はっはい!」
マイラも逃げようとしてる敵を、すぐ追うことはない。
彼女は至って冷静だ。まずは人民の命が優先。そして目の前の化け物の処理。
「……逃さない……ね」
マイラ・コンテスティは、スキルを有している貴重な人物だ。
彼女の所持している〈精霊の眼差し〉は、常時発動されているスキル。
自分のレベルにプラス5レベル分の相手に対して、幻術や魔物であるかを見分けられるスキルだ。
これにより敵か味方を即座に判断できる。回復魔術を扱う彼女にとっては、大きな恩恵のあるスキルだ。
そしてマイラのレベルは175である。
もっと言えば、ユータリスのレベルは180である。
つまり、ユータリスのせいでバレてしまったのだ。
そしてそんな悪魔を庇う存在など、同じようなもの。
マイラに見分けられなかったというだけあって、警戒に値するべき存在であることに間違いはない。
「……援軍、ね……」
デモンストレーションにやって来た、五百程度の兵士では足りない。本国へと連絡をして、応援を呼ばなければならない。
流石にその一言を聞いた兵士は、耳を疑った。
「ま、マイラ様。援軍ですか」
「そう……。あの女の人は、悪魔……ね。でも連れていた男の人、正体が分からなかった……」
「で、ではつまり、マイラ様よりも遥かにレベルが上ということですか……!?」
「そうなる……ね」
「直ちに連絡を! 我々は魔力回復薬を作成、購入して参ります」
「お願い、ね」
問題の二人は、一目散に森の方へと駆けている。オベールの南にあるのは魔族や亜人が多く住まう、大森林。
彼ら自身がそう言ったものであると、行動で示しているようなものだ。
マイラはスキルにより確信は得ていたが、兵士達が確信を持つには十分だった。
まさか宣伝をしに来た先で、こんな危うい事態になろうとは思いもしなかっただろう。
マイラは杖を取り出した。
熟練者の魔術杖。マイラの持っている唯一の武器であり、パルドウィン王国における最強クラスの武器である。
5000年もの年月を経ていると言われる伝説の老木からできた本体は、更に力を強める為に雪男の体毛を埋め込んである。
これはスノウズから直接得た体毛であるため、痛みもなくその効果をよく発揮できている。
熟練者の魔術杖の効果は単純明快だ。
マイラが魔術を使用する際に、必要魔力を25%カットできるという優れものだ。
ヒーラーとして多数の兵士や仲間を治癒する機会がある彼女にとって、これはなくてはならない効果である。
もちろん、魔術全般に対応しているため、これから行おうとしている通信魔術ですら使用魔力をカットしてくれる。
「……オリヴァー……。いいや、あの程度……。国でいい……ね。お願い、通じて……!」
マイラは熟練者の魔術杖を置いて、じっと念じる。
パルドウィン王国とは距離があるため、即座に通信出来ることが難しい。
オリヴァークラスになれば、遅延などなくすぐにどこでも繋がるらしいが――マイラにはそれが難しい。
いくら熟練者の魔術杖があれども、それは変わらない。
マイラの視界の隅では、混乱した市民が逃げ惑うのが見えている。
兵士達が落ち着けるよう奮闘しているが、それでも混乱は大きい。それに乗じて、あの二匹の魔族どもは逃げようとしている。
拠点に戻られる前に、勇者の一人としてマイラが潰さねばならない。
オリヴァーやアンゼルム達とともに、学園で学んでいく内に彼女は徐々に変わっていった。
幼い頃に築かれたオドオドとした性格は、完全には解消出来なかったものの、それでも悪に対しての成すべきことをしっかりと分かっている。
オリヴァーの仲間として認められた以上、それを見つけたら排除しなければならない。
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