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前編 第三章「動き出す歯車」

現地調達

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「よろしいのでしょうか」
「ん?」
「あの女、信じても」

 ぎり、と聞こえてきそうなほどの表情だった。唇を噛み締めている顔は、愛憎劇さながら。
エンプティとしては、アリスの好み云々があったとしても、ディオンのその仲間――弟がアリスに対する謀反を企てたのだ。
 アリスを誰よりも案じている彼女としては、ディオンの存在は許し難いものだった。

「……まだ知り合って時間も短いけど、ディオンは裏切るような性格じゃないよ。恩義と言うか、忠義というか。そういうのはよく知ってると思う」

 少なくとも、あの場で見たディオンの表情は嘘ではないと信じていた。
そもそもアリスは最初からディオンを疑っていなかったのだが――それでも、ディオンは問題ないと思っている。
 弟のための責任を取りに来たとしても、アリスへ感じた恩義を返しに来たとしても。
 もしもアリスを嫌がるようなら、本当に一緒にいたくないと言うようならば。
その時は手放そうと思っていた。
ただほんの少しだけ。170レベルの高レベルは。手放すには勿体ないとも感じているのは、言わないでおくのだった。

「…………」
「ねーえ。エーンプティ、私が本気で戦って勝てる者がいると思う?」
「おりません」
「でしょ?」

 エンプティは即答した。即答しなかった場合は、無礼に当たるからだ。
この世界における最強の存在は、アリスの他に存在しない。存在してはいけないのだ。
エンプティの中でも、世界の中でも、ずっとずっと。アリスは頂点に君臨しているのだから。

「それにあの指輪には裏切りが分かったら、逆にレベルダウンするよう魔術を施してあるから大丈夫だよ」
「いざとなったら幹部総出で潰せばよいのですね!」
「そうならないようにしてほしいなぁ……」

 変なところで元気を取り戻すエンプティを見て、アリスは嘆息した。
正直言えば自分の子供達と、好みの子が喧嘩しているようすは、あまり見たくなかったからだった。


 ◇◆◇◆


「そういうわけで仲間になったディオンだ」
「気に入らないわ、貴女のその喋り方」

 アリスから、新しく入った現地出身の部下と仲良くするよう言われた一同は、ルーシーも含めて一時的に魔王城に集まっていた。

 エンプティはアリスの手前、一応信じるフリをしたものの、やはりディオンを嫌がっていた。
何よりも元は170レベルのくせに、エンプティ達と同じような立場を確立したのだ。
指輪の効果を失ってしまえば、ただの雑魚。捻り潰せるダークエルフの女だというのに。

「そうかぁ? そのお前達の〝アリス様〟が許可した喋り方だぜ。アイテムの加護があるとはいえ、レベルは同じだからなぁ」
「クッ……この……クソアマ……!!」
「面白ぇなー、エンプティ嬢」
「きぃいぃ!!」

 そんなエンプティに対して、ディオンは冷静だ。
怒ることもなければ、笑いにしてしまう。エンプティはそんなもどかしさを前にして、地団駄を踏んでいた。
 エンプティとしては、弱いレベルが同じ立場になるというよりも――ディオンのことをアリスがいたく気に入っている、というのが許せないのである。

 もちろんだが、エンプティも〝アリスが幹部を大好きなこと〟はよく理解している。
だがこのディオンは違う。
アリスに〝欲しい〟と思わせたのだ。〝与えたい〟とも〝同じレベルでいたい〟とも思わせた。
 簡単に言ってしまえばただの嫉妬だったが、それでもこのダークエルフがアリスの中の感情を揺さぶったのは間違いない。

「まぁ許してくれ。俺は誰かの下につくのは、父上以外で初めてなんだ」
「ディーさんは国王になるために、教育されたんだもんね」
「ディーさん?」
「うん! ディオンのあだ名~。あたしはベル。よろしくね」
「おう! 俺はディオン……って、もう知ってるか」

 キィキィと一人大声で文句を垂らしているエンプティをよそに、他の幹部達はまだマシだ。
ベルは早速ディオンへと近付き、自己紹介をした。
 アリスのオタク友達でもあるベルは、ディオンがアリスの好みであるといち早く理解していた。
だから今回部下になった件に関しても、割と肯定的だ。
 アリスが生み出した存在ではない、他所から仕入れた人物であるがゆえに、裏切りを察知したらすぐさま殺すつもりではあるが――それはまた別だ。

「エンネキはあぁ言ってるけど、気にしないで」
「別に気にしてない。指輪を取られたら完全に負けるし、俺が圧倒的に不利で下にあるのは分かってるからな。言動は体に染み付いたものだから、変えられないのを知っていてほしいだけだ。勿論アリス様には、マトモに接するよう心がける」

 そう言って喋るディオンには、言い訳よりも誠意を持って話しているように聞こえた。
そしてそれに返答したのは、幹部で一番陽気で元気な少女。

「モチ! そんなの皆わかってっし!」
「お前はルーシー嬢だったか」
「よろ! 覚えてくれてうれしいんですケド!」
「美麗な娘だったからな。忘れねぇよ」

 ディオンがニコリと柔らかく微笑めば、ルーシーが一気に真っ赤になった。
元々顔が良く、美形の類とも言えるディオンだ。
男勝りな性格である上に、ある程度の女性への応対も手慣れている。

「お、おふ……」
「ルーシーが言われ慣れないこと言われて、オタクみたいになってんの草」

 いつもは明るく取り繕うルーシーは、真正面からの直球な褒め言葉を貰って言葉を詰まらせた。
目は泳いでいてモジモジとしている。
完全に照れてしまったルーシーは、ベルの言う〝推しを目の前にしたオタク〟となってしまった。

「それで、俺は何をすればいい?」
「しばらく私と一緒に城のこと、現在の軍の体制について把握しておいてほしいッ! 魔王軍を動かしていた期間上、私が上官となるが――一つの国を動かしていた経験値からすれば、貴様のほうが上だろう!?」
「おう」

 ディオンの疑問に答えたのは、未だに狂っているエンプティではなく冷静そのものであるハインツだった。
その怒号にも似た大声を冷静と言えるかは別として、嫉妬に狂った醜いエンプティと比べればまだまだ冷静だろう。

 ハインツ的にはディオンをまだ信用したわけじゃない。
であれば側において本当にアリスの部下として大丈夫なのか、それを見極めることにしたのだ。
 だがハインツの言う「国の動かし方はディオンの方が上」というのは、本当である。
王になるための教育を受けてきた継承権一位のディオンと、言ってしまえば〝生まれたばかり〟でもあるハインツ。
どちらが国を回していくかと考えれば――ディオンだろう。

「暫くは私の助手として手助けをしつつ、今後の方針について話し合いたい!!」
「任せろ。それで? お前……ハインツ殿か。地位的には元帥となるのか?」

 ディオンはそれぞれ名前を確認していく。
同じ仲間として間違えるのは恥ずかしいことだからだ。それと同時に地位や役職も確認する。
 王としての教育を受けてきた彼女にとって、これくらいの記憶は些細なこと。
少しでも早く馴染むよう、彼女も努力しているのだ。

「元帥はもちろんアリス様だッ! 私はさしずめ将官程度だろう!! 実際に現場で動かすのは私だが、全ての決定権を有するのはアリス様ただ一人!!!」
「そうか。ではよろしく頼む」
「こちらこそ!!」
「こちらこそじゃないわよ!」

 室内にエンプティの叫び声が響いた。
今まで大きな独り言だったものは、明らかにみなに話しかけられていた。
あれだけ叫んだというのに、彼女の怒りはまだ収まらないようだ。
 ズンズンとディオンのもとへと近付いて、鼻息荒く話しかける。

「あなた達も気にならないの!? アリス様の命令とは言え、野蛮で下劣よ!」
「エンネキぃ、そろそろ親離れが必要なんじゃなぁい?」
「なっ、お黙りなさい!」

 ベルが茶化せば、エンプティは真っ赤になって反論する。
お陰でエンプティの意識は、ディオンからベルへと向いた。この小さな少女に助けられたのだと分かれば、ディオンは小さく謝罪と感謝を述べた。
 ベルはアリスの趣味をわかっているため、出来ればディオンを否定したくなかったのだ。
 エンプティの注意がもっとそれるように、ベルはその悪口――というよりも、小学生の言い合いに似た何かを続ける。

「やーい、ママから離れられない~」
「ぐっ、お待ちなさい! 二度とそんな口を利かせないようにしてやるわ!」
「あたしを捕まえられるのなんて、アリス様だけだよーん」
「きぃい! スライム達ッ!」

 ベルが部屋を飛び出しながら、大声でエンプティについて叫んでいる。
そのまま魔王城内へと逃げていく。
 エンプティはスキルでスライムを生成すると、俊敏に逃げ回るベルを追いかけて城内へ消えていった。

「はははっ、賑やかだな」
「申し訳ございません、ございません……」
「いいってことさ。えぇと、エキドナ嬢」
「じょ、嬢だなんて……わたくし、そんなに若くは……」
「そうか? 綺麗な女性は全て〝お嬢さん〟だろ」
「おっ……あ、はいぃ……」

 エキドナの返事が尻すぼみになっていく。
いつも控えめな彼女だったが、このときに限っては更に控えめだった。
 その様子をベルとルーシーは見逃さなかった。
ベルはニヤニヤと笑い、ルーシーは怪訝そうな目で見つめている。

「エー、なんか不敬じゃない? アリス様が知ったらぁ……」
「そっかな? アリス様、〝あーいうの〟も大好きだと思うよ……フヒヒ」
「って、あれ!? さっき外に行ったんじゃ……」
「エンネキを引き付けて、追い出して戻ってきた」
「なんてやつだし!」

 アリスの陣営に入った新たな風は、一体どんなことを巻き起こしていくのか。
それはまさに、〝神のみぞ知る〟であった。
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