上 下
79 / 105
前編 第三章「動き出す歯車」

ダークエルフの国1

しおりを挟む
「じゃあ行こうか」
「? どこへ?」
「君の国」
「……そう、ですね」

 ディオンが少々嫌な顔をしていた。
アリスの強さは理解していたから、そんなものを招きたくなかったのだろう。
 即死の毒物を食べたというのに、スパイス程度で片付けるような強者。どう考えても自国において、良いことよりも悪いことを引き寄せるだろう。

 だがディオンにはそれを断る権利はない。ダークエルフが――何と言っても己の身内が、その毒を仕込むよう命令したのだから。

「弟くんは逃げているかな?」
「俺らにはそういった手段がねぇ」
「逃げられないってこと?」
「あぁ、いや。失礼。通信を行う手段が無ぇってこと」
「そうなの」

 さながらアベスカのようだ。
アリスの予想している以上に、通信魔術というのは高度な技術なのかもしれない――と感じた。
 とはいえそんな魔術であっても、幹部レベル最下位であるシスター・ユータリスですら習得している魔術だ。

(うーん。一応仲間にしたから、通信が出来ないと困るなぁ……。そういったアイテムでもあげればいいかな)
「アリス様、誰か供回りをお付けください」
「ん、じゃあベル」
「はいはーい!」

 他国、しかも一度も侵入したことのない地となれば、危険がある可能性が発生する。
つまりアリス一人では、幹部も許可を出さないだろう。
 エンプティが供回りをつけるように言えば、アリスは悩むこと無くベルを指定した。
その様子にエンプティは驚いている。

「えっ、私は? あのっ! あ、アリス様!?」
「行ってきまーす、エンプティ」
「アリス様ぁ……そんなぁ……」

 ガックリと項垂れるエンプティをよそに、アリスはベルを連れてディオンへと歩み寄る。
そのまま手を上げると、ガシリとディオンの頭部をつかんだ。
さすがのディオンも、突然こんなことをされては不快に思ったようで、態度を隠さずにいた。

「は? おい」
「国を浮かべて~」
「…………」

 ディオンは言われるがまま脳裏に城を浮かべる。父がよくいる玉座の空間だ。
出発前はまだ母親であるオネルヴァも体調が良かったため、そこに一緒にいるかもしれない。そう考えて思い浮かべた。

「オッケー。玉座の間か……まあいいか」

 ぱちん、と指を鳴らす。
するとダイニングルームに、巨大な門が現れた。アリスの愛用する魔術の一つ〈転移門〉である。

「何だこれ……」
「〈転移門〉だよ、知らない?」
「聞いたことないです……」

 元々魔術もたいして発展していないダークエルフの国であったため、魔術はおろか、高ランク魔術である〈転移門〉なんてもっと知らないだろう。

「これは見たことある場所に行けるんだ」
「見たことないでしょう」
「今見せてもらったよ」
「……あれ、頭の中を覗いたのか」
「そういう事」

 余りに低いレベルだと、吐き気や頭痛を伴うこともあるのだが――やはりディオンのような高レベルとなると、それらにも耐性があるようだ。
アリスとしてもこれから国を案内してもらうのに、体調不良になられても困る。
 もしもなった場合は即座に治癒魔術を付与する予定だったので、その分の魔力が浮いたわけだった。

「お先にどうぞ。私が先に行くと攻撃されかねないから」
「分かった」
「良さそうだったら呼んでね。私も行く」
「あぁ」

 ディオンが門を臆せず通る。扉の奥は本当に城の玉座の空間だった。
 突如として出現した謎の門に驚いたのか、武器を持った兵士達が警戒していた。
父であり王であるグレーゴーアと、ディオンの母であり国の母でもあるオネルヴァが守られるように、その奥へ佇んでいる。
 〈転移門〉に警戒していたものの、中から現れたのがディオンであることから、その警戒網は解かれた。

「ディオン……!? 何故、そしてこれは……」
「父上。それに母上もお揃いで。ちょうどよかった」

 そう言いつつも、ディオンは周囲を確認する。
こういった場にヨルクがいることは滅多にないが、今回もその通りヨルクは見当たらない。
 魔王城に派遣した料理人との連絡手段がないため、もし逃げるとしたらディオンの帰還を知ってからだろう。
だから少なくとも、まだ城にはいるはずなのだ。

「これは何なのだ、ディオン……」
「これは魔王陛下が作った〈転移門〉というものです。好きな場所へすぐ行ける能力――いや、魔術か?」
「しかし――何故、送り返された?」

 グレーゴーアがヒヤヒヤとしている。
先日ディオンに、新たな魔王の機嫌取りを頼んだ際には、ハイエルフも同行するという話は無かった。
 しかし予定を詰めていけば、ハイエルフも参加するということになった。
 あのプライドの高い、他者を認めぬハイエルフですら怯える存在。
そんな絶対的存在がディオンを送り返した、となれば一大事だ。

「それなのですが、俺を貶めようとしている者が居たらしくて」
「何!?」
「魔王陛下に毒を盛ろうとした。不幸中の幸いなのか、彼女には毒物は一切効かなかったが――我々、ダークエルフ部族には泥を塗った形になりますね」

 部屋に居た誰もが沈黙する。
ディオンが粗相をしたわけではないが、誰かが命令をしてダークエルフの評価を地に落とそうとしているわけだ。

「……部族を危険に晒したのならば、その原因を取り除かねばならん」
「ディオン。目星は付いているのですか?」
「ええ、母上。今ここに居ない存在です」
「まさか、そんな……」
「……ヨルクか?」

 母のオネルヴァが絶望し、父のグレーゴーアが頭を抱えた。
いつかは何か大きなことをしでかすと思っていたが、それは国にとって良いことであると思っていた。
いや、そう思いたかった。
 だが実際、今ヨルクがやったのは国の崩壊を導く暗殺。
魔王には効かなかったのが良い点だ――と言いたいが逆に生きているせいで、ダークエルフこちらが責任をアリス本人から求められることとなった。

「本人が直接実行したわけではありませんが、命令された実行犯がそう吐きました。真偽は分からずとも、問うてみる価値はあるかと」
「……では、魔王陛下がここに来られるということだな」
「あぁ。俺の返事を待っています。門のすぐそばで待っていらっしゃる」
「そうか。ではお呼びしろ。……おいお前、城中の兵士にヨルクを探すよう伝えてこい」
「はっ!」

 ディオンが再び門をくぐり、中の安全を伝える。
それに従ってアリスとベルが〈転移門〉を通って、スライネン王国へと初めて足を踏み入れた。

「邪魔するぞ。……お?」
「正しい姿勢ですね、アリス様」

 その場に居た一同が、跪いてその敬意を示している。敵意がないこと、これ以上の失態をおかさないこと。少しでもそれを心がけるしかない。
 全員が全員、それなりにレベルの高い熟練した戦士だったためか、アリスを見てすぐにその強さを理解した。
ディオンも国においては相当な強者として君臨していたが、それが赤子と思えるほどにアリスは強い。

「紹介する。こちらが父であり国王のグレーゴーア、横にいるのが母のオネルヴァです」
「うん、うん? お母さんは調子が悪いの?」
「先程も言った通り、アリス様の料理に入っていた黒い呪縛のせいだ」
「そうみたいだねー。どれどれ」
「!」

 戦士や兵士の間をぬって、オネルヴァへと近付いていくアリス。
オネルヴァの目の前で立ち止まると、アリスはその手をオネルヴァへとかざした。
 母親に対して何かを行おうとしている魔王を見て、固まる戦士達とグレーゴーア。
唯一ディオンだけが飛び出した――最悪の事態が脳裏に浮かんだからだ。

(何してんだ、この女は! まさか母を、殺――)
「〈全治全能ヒール・ザ・ワールド〉」

 きらきらとオネルヴァを光が包み込む。
痩せこけていた体や頬が、どんどんふっくらとし始めた。顔色も明るさを取り戻し、誰がどう見ても病弱だったオネルヴァではなかった。
 瞳も輝いて、死の淵に立った絶望した母はもういなかった。

「え……?」
「あら? これ……」

 〈全治全能ヒール・ザ・ワールド〉。
――Sランク魔術であり、治癒系では最高ランクとも言われる。その名の通りこの世の全ての傷、病、呪いを治すことが出来る。
ただし、Xランクの魔術による傷などには対応していない。Xランクという伝説級の高ランク魔術は、全てが同ランクではないと打ち消し不可能なのだ。

 それはさておき、〈全治全能ヒール・ザ・ワールド〉によって、オネルヴァを蝕んでいた毒素は完全に消え去った。
今まで誰もがすべての力で試し、出来なかった治療。
 それを、アリスという女は、たったの一瞬で済ませてしまったのだ。

「毒の影響でレベルも低いな。肉体も衰弱している。まずは軽い運動から始めれば、レベルは上がると思うぞ」
「い、いやいや……お前……何を、した……?」

 オネルヴァが治療されたのは分かっていた。だが、ディオンは思考が追いついていなかった。
アリスはディオンの問いに対して、にっこりと微笑んだのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね

いくみ
ファンタジー
パトリシアは卒業パーティーで婚約者の王子から婚約破棄を言い渡される。 しかし、これは、本人が待ちに待った結果である。さぁこれからどうやって私の13年を返して貰いましょうか。 覚悟して下さいませ王子様! 転生者嘗めないで下さいね。 追記 すみません短編予定でしたが、長くなりそうなので長編に変更させて頂きます。 モフモフも、追加させて頂きます。 よろしくお願いいたします。 カクヨム様でも連載を始めました。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...