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前編 第三章「動き出す歯車」

ご機嫌取り1

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 ダイニングルームの長テーブルには、様々な種族の料理が溢れかえっていた。
異世界ならではの見たことのない料理や食材から、何となく味が分かりそうな料理まで。
 アリスは、エンプティとベル、そして念のためにエキドナを連れて部屋へ入る。
アリスを見た一同はざわつき始めたが、それすら気にしない。彼女は当然のように上座に向かう。
一緒に来ていたエンプティが椅子を引いて、アリスがそこへドカリと座った。

「さて……それで、どこの誰が来たって?」
「はい。――各部族の代表者よ、アリス様に自己紹介をする許可を出すわ。失礼の無いように」

 ごくり、とつばを飲む音が聞こえそうなほど、やって来た代表達に緊張が走っている。
ここで粗相をしてしまえば、代表だけではない――部族全体に責任がのしかかる。
部族が滅びるも栄えるも、ここでの全てにかかっている。

「で、では恐れながら私から。……ごほん。ハイエルフ代表、ペーター・ヘルモルトに御座います。本日は王の代わりに参りました」

 最初に挨拶をしたのはハイエルフ、ペーター・ヘルモルト。
彼――彼らの中ではハイエルフこそ至高という、高いプライドの元存在している。だからこの場は酷く屈辱であった。
 色白の肌に、プラチナブロンドのオールバック。長く尖った耳はエルフの特徴でもあり、輝く瞳は上品な深い青色をしている。
身に纏う衣装は民族衣装なのだろう。アリスも見かけたことのない服だったが、純白で小綺麗に保たれているのがよくわかった。

「……ウッドエルフ代表、エトムント・アルタウスである――で御座います。我はウッドエルフを率いる長を務めております」

 冒頭こそたどたどしかったが、それでも礼儀正しく挨拶するウッドエルフ、エトムント・アルタウス。
ちなみに王が直々にこの場にやって来たのはウッドエルフだけだ。ほかは側近だったり、代理だったりと様々。
 ハイエルフと比べて、狩りに出て動き回ることも多いアウトドアな部族だ。
ハイエルフと並べばその肌色が、少しだけ日に焼けているのがよく分かる。
茶髪にヘーゼルの瞳、そして尖った耳。着ているのは狩人のような軽装だった。

「ダークエルフ代表、ディオン・ヒミネ・スライネン。王に代わり、第一継承権を得ている俺がこの場に参った。宜しく頼む」

 前者二人が礼儀正しく挨拶したというのに、普段の言動の通りに喋ったのはダークエルフ。
名をディオン・ヒミネ・スライネン。
ダークエルフが主に住まう国である〝スライネン王国〟の、第一である。
 ダークエルフの特徴である浅黒い肌は、歴戦の代物なのかいたるところに傷がある。
灰色の頭髪に、金色の瞳。
筋肉質で長身な彼女が纏っているのは、戦いやすいような軽装である。

「ハーフエルフ代表のヴィンフリート・エルツェと申します。部族長が本日体調不良にて来られないため、僭越ながら第二部族長である私が参りました」

 そして最後に挨拶をしたのはハーフエルフ、ヴィンフリート・エルツェ。
ハーフエルフはハイエルフに嫌われている〝混血〟であり、生活が人に近い部分が多々ある。
 エルフの特徴である長く尖った耳もない。少しだけ人間よりは尖っているというほどだろう。一度見ただけでは見分けがつかない。
 くすんだ金髪に、緑色の瞳。着ている衣服も、アベスカの一般市民が身につけているような簡素なものであった。

 全員が言葉にして自己紹介をしなくとも、ここに会している者達がエルフであることは、アリスには理解できていた。
今回ばかりは知識と記憶を裏切られなかったことに、少しだけホッとする。

「ほう。つまり……エルフ全体がこちらに付くと?」
「えぇ、そうで御座います! まあ、一部〝違うもの〟も混ざっておりますが……」
「……この場でもその話を出すのですか、ヘルモルト」
「フン、この魔王殿は知っておくべきだろう。ハーフエルフなる人とエルフの混ざり物が」

 アリスの前でありながらも、種族間の争いを始める面々。
アリスにとって別にそれは気にするべきことでは無かったが、問題なのは〝混ざり物〟という物言いだ。

「ふーん? ハーフエルフは悪いものなのか?」
「ええ! 純粋なエルフの血では御座いませんから!」
「そうか。私も亜人と悪魔と爬虫類などが混ざった種族だが、悪しきものかな?」
「いっ……!?」
「なんだと……?」
「確かに肌に鱗があるな……」

 ハイエルフのペーターが驚き、他のエルフ達もざわざわと困惑している。
アリスは悪魔そのものかと問われれば、そうではない部分もある。
しかし人間なのか、と聞かれればまたそうでもないだろう。どっちつかずで、紛い物。混ざり物。
 ハイエルフが〝ハーフ〟を忌み嫌うのであれば、アリスも悪いものだということになってしまう。
アリスとて好きなように創った見た目をどうこう言われれば、頭にくるというものだ。

「はは、まあいい。勇者側につかなければ、全て私の大切な部下だ。良いも悪いもない。君達の中で、いがみ合うのは勝手にしろ。だが私に意見を押し付けるな――ハイエルフ風情が」

 ニコニコと笑いながら威圧する。その場に漂っていた空気が一気に重くなった。
横に立っていたエンプティを始めとする三人は、エルフ達の会話を見聞きして「愚かね……」と嘆息していた。
 アリスの性格を知っていようがいまいが、主になる予定の絶対的強者に、弱者の戯言を押し付けるなど言語道断。

「も、もも、申し訳御座いません……っ!」

 ペーターはようやく自分のしでかした過ちに気付いて、急いで謝罪をする。
ここで謝罪もしなければ、言い訳を連ねるだけの存在だったのならば――首が飛んでいたことだろう。

「気分が悪くなる前にとっとと味わうか。どこから食べればいい?」
「アリス様のお好きなように、ですわ」
「ふーむ……」

 横に立つエンプティがニコニコとそう言うが、アリスとしてはヒントなりお勧めなりが欲しかった。
パルドウィン旅行の際に食べた食事は、かろうじて人間の食事であったため抵抗もなく受け入れられた。
 だが亜人とはいえ、人間ではない食文化を持つエルフ達だ。
並べられている料理はいい匂いだし、美味しいそうな雰囲気だってある。だが如何せん知らない料理ばかりなのだ。

 アリスは前世も特別、食に詳しいわけでも無かった。
もしこれで食文化に精通しているのであれば、もっとここに並んでいる料理たちを理解できたかもしれない。

(どれがいいのか分からんなあ……。お腹痛くなることはないだろうけど、変な味とか勘弁して欲しいし……。エルフなら味覚は近いのかな? ええい、ままよ!)

 アリスが取ったのは、一番手前の野菜料理だった。
添えてあったフォークで緑色の野菜を突き刺し、勢いのまま口へと運ぶ。使われている野菜は、明らかに見たことのない野菜だった。
 アリスの口の中には、バターのような油の風味が広がった。
薄味ながらも香辛料の香りがして、適度に柔らかい野菜がとても食べやすかった。

 所謂野菜ソテーというものである。
アリスの知らない野菜が使われているものの、味は上々。バターもしつこくなく、炒めすぎということもない。

「むむ。これはどこのものだ?」
「はっ、ウッドエルフの領地にて栽培した、野菜のバターを用いた炒めに御座います」
「ふむ。見たことの無い野菜だが、柔らかく甘い。バターとよく合う。気に入った」
「あ、ありがとうございます!」

 アリスはパクパクと食べる手を止めなかった。さほど量も無かったため、ものの数分でぺろりと平らげた。
一品目からあたりを引いたアリスは、先程のハイエルフの愚行を忘れるほど上機嫌になった。
 食に詳しくはなくとも、食べることは好きなのである。食事が不要となった今でも、〝娯楽〟として食べることが多いアリス。
魔王となっても美味しいものは好きなのだ。

「ちなみに野菜は出荷や、栽培方法の伝達は可能が?」
「? 問題ありませんが……」
「そうか。私の管理しているアベスカというヒトの国がある。土地は広い故、共に栽培するのは問題ないか?」
「! そ、それは……」

 アリスは良い提案だと思って発したが、やはり相手が悪かった。エルフはエルフ。人間を見下しているのか、嫌っているのか。
どちらにせよすぐさま答えが出なかったあたり、好印象を抱いていないのは確かである。

「……まぁいい。期待はしていない。……では次をいただこうか」

 野菜ソテーを下げてもらい、改めてテーブルに目を移せば――明らかにフルコースがある。
前菜、スープ、メインディッシュ、甘味。こんなものを用意する種族なんて、この場には一人だけだろう。
もちろんハイエルフである。

(えぇー、マナーとか分からないよ……。なんか見下してきそうなエルフだしなぁ。でも食べなきゃだし……笑われてもしょうがない)
「アリス様、こちらの前菜からどうぞ」
「! ……ありがとう、エンプティ」

 ここでようやくエンプティからの助け舟だ。
流石は〝アリスが元人間だから〟と、心配に心配を重ねた幹部なだけある。
 アリスは昔の記憶を引っ張り出して、なけなしのフルコースマナーを用いた。
それでももし誰かが文句を言うようなものならば、威嚇でもして誤魔化すつもりだった。

「……うむ。美味であった」

 アリスは最後の甘味を食べて、スプーンを置いた。
脳みそが〝美味しい〟と感じ取っていたが、味がさして理解できなかった。
アリスは元はと言えば庶民だし、死ぬ直前なんてコンビニの食事で〝豪遊〟だと言っていた程度だ。
 オシャレなスープや、一口で食べられそうな小さなメインディッシュ。
きっとハイエルフの腕利き料理人が用意したのだろうが、アリスからすれば合わなかった。

(ここで休憩! 一番人間っぽいこれを食べて、休まなきゃ……)

 手に取ったのは、ハーフエルフの野菜のスープ。ゴロリとした腸詰めソーセージが入ったポトフだ。
魔術による保温なのか、二品食べた後だというのにまだ湯気が立っている。
やはり入っている野菜は見慣れぬものだったが、ソテーの味が素晴らしかったので抵抗などなかった。
 パクリと口に放り込めば、ほろほろと崩れそうな柔らかくも温かい芋。ソーセージをぶつりと噛み切ると、肉汁がたっぷりと滴る。
他にも入っている色とりどりの野菜達は、スープがしっかりと染みている。
パクパクと食べれば、あっという間に器の底が見えた。

「はぁ……美味しかった……」
「アリス様」
「はっ! び、美味だ!」
「もう……」

 ついつい〝王たる振る舞い〟が抜けてしまったアリスを、エンプティが横から注意する。
ハイエルフのフルコースのせいでガチガチに緊張したアリスを、ハーフエルフのポトフが癒やしたことで、緊張とともに王たる振る舞いまで剥がれ落ちていたのだった。
 咳払いをして、残りの一品に目を向けた。

「最後……ダークエルフのものか」

 これこそ一番残しては駄目なものだったのかもしれない。
圧倒的に色がおかしいのだ。何かの焼き料理……だというのは理解できるが――その色がなんと紫なのである。
 焦げてしまって黒くなるのは分かる。だが紫。パープル。スミレやフジのような、そんな色。絵の具の赤と青を混ぜたような色。
どう考えても料理の色ではない。
 もちろん、アリスの前世の現代でも紫色の食材はある。が、焼いた状態でここまで鮮やかさを保てるものだろうか。
 しかし美味しそうな匂いはしている。
ここで食べねば部族を拒否することとなる。アリスは覚悟を決めた。

「……いただこう」

 まず一口、口に含む。フルコースとは別の緊張が、アリスの中には走っていた。
味は――普通だ。味わったことのない風味だったが、決して不味いというわけではない。
 だがそれ以前に、アリスは別の点に意識が行った。

「ん? これ……」

 アリスの口の中では、ピリリとした感触。香辛料というわけではなく、ほんの少しだけ体力が減る感覚がした。
それは本当にコンマ以下の値だったが、僅かだけでも体力が減ったのだ。
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