魔王アリスは、正義の味方を殺したい。

ボヌ無音

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前編 第三章「動き出す歯車」

手合わせ1

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 ここは魔王城の設備のひとつ、格闘場。
普段はフィリベルトが訓練でよく使っているのだが、最近はベルによる魔族の強化でよく使われている。

「そういえば……前にも使ったけど、普段も活用してる?」
「もちろんです。魔族の強化訓練の際に使ってますよん」
「それは良かった」

 雑兵とは言えども力は高い方がいい。レベルの底上げとして、定期的に訓練を行っているのだ。
 ベルには国の管理も任されていないことと、魔王城でも仕事がなかったので、必然的に魔族の強化訓練はベルが引き受けることになった。
 もちろん軍に特化したハインツも、強化訓練を行っている。しかしハインツもハインツで仕事がある。
それに幹部であれば得手不得手はあろうとも、戦闘訓練は可能だ。
幹部内にも優劣はあるものの、誰もが〝闘える〟のだ。そのため、ハインツの手が空かないときは、ベルが代わりに行うことが多かった。

「それで、今日は何を?」
「剣術について教わりたくて」
「へぇー、剣術~!」

 アリスがニコニコ。ベルもそれに合わせてニコニコ。
ずっと笑いあっていた二人だったが一拍置いて、ベルが叫んだ。

「……って、はあぁあぁぁ!?」

 キィーン、と広い場内をベルの叫び声が反響している。
ビリビリと施設内が揺れて、地震でも起きたのかと思うくらいだ。
ハインツ並の大声を間近で受けたアリスは、なんの防御も出来なかったためか顔にシワを寄せている。

「お、お、お、おおお、教えることなんてないですヨ!?」
「……あ、あるでしょーに、うぅ……」
「ありませんとも! だってアリス様って、全部の知識があるんでしょ!?」

 あーだこーだと焦りながら身振り手振りも添えて、大袈裟に言う。
最高で最大で最上のアリスに、指導できる機会なんて滅多にないだろう。これこそ素晴らしいことだ。
だがそれをやりたいかと問われれば否である。
 所謂「素人質問で恐縮ですが」というやつで、全てを持った存在が指南を求めるのは、指南する側は酷く滑稽であり緊張するのだ。
 大声の影響がやっと抜けてきたアリスは、なんとか説明をする。

「あるけど、あるだけだよ。立ち回りとか、実際やってないから色々分からないし。経験に勝るものはないでしょ。それに聞きたいのは暗殺の方法じゃないからね」
「……と、いいますと?」
「普通の片手剣、両手剣の使い方さ」

 そう言いながら、アリスは適当な剣を二本生成した。
魔術付与もないただの金属でできたごく普通の当たり前の、その辺の鍛冶屋で格安で売ってそうな剣だ。
 スキルにて最高峰の武器を生成できるベルからすれば、笑いものなレベルだろう。
だがこの剣は真剣だ。木刀でも竹刀でもない。
切ったら切れるし刺したら刺さる。訓練をするには少々危険な代物である。

「はぁ、まあ……出来ますけど……」
「じゃあ、よろしく! ベル先生!」
「先生はやめてください!!」
「まあまあ、よろしくーよ」

 アリスは生成した剣を、ベルに渡した。
今回の手合わせで使う武器を、アリスが生み出してくれたのは感動的なことだ。
ベルはこれがどれだけ陳腐で簡素な剣だとしても、まるで賞状やトロフィー賜るかのように大切に受け取った。
 アリスはそんなベルに苦笑しながらも、手合わせの為に距離をとる。
数歩引けば、二人の間に少しばかり空間が生まれた。

 その間、ベルはふと考える。
この世界に来て、大した戦闘経験は積んでいない。あったとしても、この間のリーレイとのテストくらいだ。
 少々白熱して暴走してしまったが、元々この世界にいる魔族や人間とは比べ物にならないくらい丁度良かった。
 だがそれでも、機動力はベルの方が上。多少の手加減が必要だった。

(アリス様は全能力、フルカンスト。……ならあたしが全力で挑んでも、問題ないってことだよね……!)

 ベルがグッと力を込める。
格闘場の地面がジャリ、と音を立てた。
明らかに漏れ出ている雰囲気が違っていたのは、アリスも理解出来ていた。

「ん? あれ、ベルさん?」
「……アリス様」
「はい……?」
「全力で、参ります」

 ベルはそれだけ言うと、フッと消えた。あのリーレイ戦で何度か見せた、本気の動き。
この世界で実現可能な機動力の最高値を有しているベルは、常人では認識できない動きが可能である。
 勿論それはアリスも同じだ。だからあの時ベルとリーレイを止めることが出来た。
 とはいえ今回の手合わせは、本当に動き方を学べればよかった。
幹部レベルのような強者ではなく、一般兵士や魔族、冒険者などの。剣の振り方や持ち方、構え方。その程度で良かったのだ。

(はぁ!? やばい、目で追えるけど――体が間に合わないッ!)

 アリスが瞬きした瞬間には、もうベルが目の前に来ていた。
 殺す気はないはずの、ベルの持っている片手剣。だが狙いは真っ直ぐ――首へ向かっている。
握っている剣を、今から振るのでは遅すぎたのだ。

「……お見事です、アリス様!」
「ぐ、う、ぎぎぎ……」

 だがアリスの首が飛ぶことはなかった。
アリスは少しだけ体を引いて、体勢を落とした。その剣先を歯で咥えている。
 カタカタと震えるベルの剣。それはベルの手が震えているわけではない。今にも口の中に押し込もうとしているベルの剣先を、必死で止めているアリスの震えだ。

 最強と言わしめるほど、強く創られたアリスの体。
とはいえ口から剣を突き刺されば、流石に痛いというもの。
ここでそれだけの大きな怪我を負ってしまえば、手合わせが終了になることだってある。折角時間を割いてもらったのに、ものの数秒で終了だなんて滑稽過ぎる。

「剣術のついでに、近接戦闘も学びません、かッ!!」
「いっ!?」

 ベルは剣を持たない方の腕を振り上げた。威力と速度を伴うボディーブローが、容赦なくアリスを襲う。
このまま受けてしまえば、噛む力が緩んでしまう。そうなればやっとの思いで止めている剣を許し、アリスの頭部を突き抜けることになる。
 急いで口から剣を離し、後ろへと飛び退いた。
ベルが剣を押し込めることも考慮した、最高機動力を以って行った回避である。

 最初に空けた距離以上に離れたアリスは、完全にベルを警戒している。
普段であれば、ルーシーを諭したりエンプティにツッコミを入れたりと、比較的常識人の立ち位置であるベル。
 アリスとオタク的な会話も出来るよう設定された少女のはずだが、ここに来て〝本性〟が顕になってきた。
エンプティが長女気質の心配性だったように、ベルは戦いにおいて頭に血が昇りやすい戦闘狂だったのだ。

「……っ、はぁ、はぁ……ベル~?」
「楽しくなって来ましたね! さあ!」
「まずいなぁ……」
「よそ見していて良いのですか!?」
「うわっ!」

 手加減することなく、再びベルが一気に距離を詰める。
そのベルの目は完全に正気を失っているようにも見えた。あのテストのときとは違う、自分よりも勝る存在と戦えることへの興奮だ。
 蟲化しないだけまだマシとも言えるが、ただの訓練がしたかったアリスにとっては大誤算だった。

「またこのパターンか!」

 この状況になってしまえば、どちらかが戦闘不能――否、ベルが戦闘不能にならねば終わらない。
機動力に関してはをほぼほぼ互角とも言えるが、他の値はアリスが格段に上。
 アリスの体力を削るにも、値は膨大にある。
それに魔術耐性の低いベルならば、最悪距離を取りつつ魔術で潰せば良い。
だがそれは最終手段である。

(これも修行の一環! ……よっし!)

 アリスは己に縛りを設けた。折角〝近接最強〟を誇る部下が本気を出してくれたのだ。
これに応じるならば、己も近接で張り合うべきだろう。
肉体と剣のみでどこまでやり合えるか。
 この世界に来てから、まともな戦闘という戦闘を行って来なかった。勇者と対峙したときに、実際はどう戦うのかを想定出来ていない。
彼は両親が魔術師と剣士であるがゆえに、両方扱える。だから実践もそうなる可能性だってある。
今のうちに備えておいて問題はないのだ。

(まずあの速度をどうにかしないと――狙うとしたら、足!)
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