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前編 第三章「動き出す歯車」
兵士団の帰還3
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「そっか! まあいいよ。ねぇねぇ、あーしはルーシー・フェル。アリス様よりこの地の管理を賜ってる魔術師だよん」
「自分はパラケルススと申しますぞ。ホムンクルス制作と、たまに医者の真似事をしております」
武器を構えたまま唖然としているフィリップとカイヤ。自己紹介も出来ないまま、立ち尽くしている。
まさか魔王軍の魔族が、当たり前のように自己紹介をしてくるとは思わなかったのだ。
フィリップ達が今まで対峙してきたのは、有無を言わさず人間を殺している魔物や魔族。
他人など、人間の心など考えもしないその蹂躙に、何度も耐えて凌いで戦ってきた。
フィリップほどの高レベルとなれば、前線で戦う頻度も高い。
そして今回の遠征でも悲惨な光景を目の当たりにしてきた。
だからこそ驚いたのだ。
「! はぁーい! あ、アリス様ぁ! あのですね、兵士団の人が戻ったみたいでぇ……よかったら、一緒にどーですか?」
「???」
「突然一人で何を?」
「はぁい! 迎えに行かせますっ」
ルーシーが突然一人で喋りだしたが、これはアリスからの通信を受けたからである。
それを知らないのはフィリップとカイヤだけで、少女が狂い出したと勘違いする。
「喜ぶといーよ! アリス様の護衛に加われるし!」
「はあ?」
「アルヴェーン、ニッカ! こっちへ来い!」
ライニールの顔には冷や汗が大量だった。これほどまでに動揺しているライニールは新鮮で、ある意味見ていて楽しいのだが――如何せん納得がいかない。
ライニールに呼ばれた二人は、ルーシー達と離れて部屋の隅にやって来た。
ヒソヒソと声のトーンを落として話す。
「……なんでしょう?」
「はい国王」
「頼む、いや命令だ。あの二人に逆らうな。そしてアリス・ヴェル・トレラント殿には、絶対に歯向かうな!」
「はあ、まあ……命令でしたら……」
「承りました」
そして一同は、アリスの待機している正門へとやって来ていた。
そこで見た光景は、目を疑う内容だった。
「なんだ……あれは……」
「きゃはは! アリスさま、もっともっとー!」
「おい、ずるいぞ! 次はぼくだって!」
「そうだよ~。みんなで遊びに来てるんだから。ほら交代するね」
「むぅー」
「わぁ! あはは! もっと高くしてー!」
「危ないからダメー」
くすんだ色の肌、所々見えるウロコのような模様。人の頭には生えているはずのない角。
おかしな色の瞳。
そんな女が、街の少年少女と遊んでいるのだ。浮遊する、布で。
レースのあしらわれた布は、少年たちを乗せるとフワフワと飛び始める。
危なくない高さで危なくない速度で飛び回るそれは、フィリップらには異様に映った。
しかしながら遊んでいる、子供達の顔は笑顔である。
まるで慣れた遊具で遊ぶように楽しんでいる。
「どう見ても魔族だろ……どうして国民と馴れ合っている?」
「わ、分かりません……」
アリスは少年を下ろすと、子供達に声を掛けた。
フィリップやルーシーの到着に気付いている以上、このまま遊んでいるわけにはいかないのだ。
「よしっ、私は仕事に戻るから解散!」
「えー!」
「やだやだー!」
「つぎは? つぎいつくるの?」
「んー、決めてないなぁ。でもあんまりアベスカに来れないと思うよ」
子供達が「行かないで」と駄々をこねて、アリスがそれを諭すように頭を撫でる。
城下町の子供達はとてもアリスに懐いているようで、撫でられるたびに笑顔を見せている。
「えー、なんでぇ?」
「あーっ、パパがいってたけど、国王様がアリスさまを〝きらってる〟からだって」
「えー!? ぼくたちと遊んでくれるのに? どうして?」
「うーんと、うーんと……むつかしいことだから、子どもには分からないんだって」
「ふーん」
今や国民の支持は、ライニールよりもアリスに向いている。
元より宗教国家だけあって、そういった〝洗脳〟は簡単に済んだのだろう。
何よりも国民の不安をすぐに拭ってくれた彼女が化け物だろうとも、縋って行かねばならないくらいには心身ともに疲弊していたのだった。
それにアリスの目的を邪魔しなければ、彼らの命は保証されている。
アリスの土地であるが故に、元ヴァルデマルの部下たちが攻めてくることもない。
もしもそんな輩が現れようものならば、アリスの怒りを買ってしまう。結末は――分かりきっているだろう。
「じゃあみんな、広場で遊んでおいで」
「はーい!」
「アリスさま、ばいばーい!」
「また来てね!」
まだ日が高い故に、子供達は元気である。アリスに対して大きく手を振り、広場の方へと駆け出して行った。
残されたアリスは、ずっと待機していた四人の方へと向き直る。
「お待たせー」
「アリス様~!!」
「アベスカへ御足労頂き、ありがとうございます。お待たせしてしまったようですかな?」
「子供達と遊んでたから大丈夫だよ~。そっちが兵士団の人?」
「ええ」
改めてフィリップとカイヤを見れば、酷く警戒心を持ったまま待機している。
剣を抜くことはなかったが、手は剣に触れてガタガタと震えているのだ。
一応これでも、ライニールの命令を守っているのだろう。
目の前にいるのが倒すべき邪悪な王だと分かっても、耐えているのだ。
「うん。アベスカにしてもヒトにしても高いレベルだ。私の実力をちゃんと把握出来ているということは、経験もしっかりあるんだな」
嬉しそうに笑顔で話しているアリスだったが、そこからは重圧ともいえるほどの力が漏れ出ていた。
その邪悪な力を間近で浴びて、フィリップ達は戦わなくてはならないはずなのに、体が強張って動こうとしない。無意識の内に体が抵抗しているのだ。
この女とは剣を交えたら最後、死んだと気付かされることもないまま命が絶たれる。
ヴァルデマルを易々と凌駕してみせる、全ての頂点に立ちしもの。そうであると理解できた。
(ぐっ……! ヴァルデマルとは比較にならない、強さ……!)
(これが……ライニールの恐れる――アリス・ヴェル・トレラント……!)
「はぁ~っ、すごい。これがアリス様の……っ」
「エンプティではありませんが、興奮してしまうほどの圧力ですな」
両者とも極端な反応を見せる。
ブルブルと震えているだけで何も喋れないフィリップとカイヤに対して、ルーシーとパラケルススはアリスの威圧を受けて喜んでいる。
その反応に気付いて、アリスは掛けていたプレッシャーを解いた。
元々怖がらせるつもりはなかったので、バツが悪そうな顔をしている。
「あぁ。驚かせるつもりはなかった、すまない。私はアリス・ヴェル・トレラント。現在の魔王だ。この二人の話は聞いたか?」
「……いえ」
「そうか。二人には街の復興を頼んでいる。些か非人道的だろうが――ホムンクルスを生成し、失った家族の穴を埋めているのだ。道中見ただろう?」
アリスに言われて、そこでようやく話が繋がる。あの食堂の、主人の妻。
城に向かうまで、そして城からこの正門に来るまでに何度も見てきた。死んだはずの家族が何故か生き返っている。
だが帰還してすぐに見つけたホムンクルスは見分けられたフィリップが、どうしてあの女性のホムンクルスに気付けなかったのか。
「……ホムンクルスにも種類があるのでしょうか?」
「おぉ、勘がいい。お手伝いとか使用人のホムンクルスは、少し簡素にしてある。家族向けに作ったのは、しっかりと魔術も組み込まれてる。人間に近くなるよう頼んであるのだ」
「魔術……」
「おっと、そう警戒しないでくれ。危険な魔術じゃないから。相手の感情や仕草を読み取って、本来の人間に近付けるよう思考させるものだ」
「そんなことが……可能なのですか?」
「可能って……説明するよりも、見ただろう? お前の知ってる誰かが、街にいて驚かなかったか?」
アリスは興味を持ち始めたフィリップに喜び、ペラペラと内容を喋っていく。
まだ怪訝そうな態度は拭えないが、アリス率いる魔王軍が成してきたことは偉大だ。認めたくないフィリップだったが、城下町の人間の瞳が明るいのは疑う余地もない。
「それと先日は、裏組織を全て殲滅させてもらった」
「……なんですって?」
「そこにいる彼女と、もう一人の別の部下の功績だ。覚えておくといい」
「…………は、はい」
裏組織に関する事柄は、兵士団でも手こずっていることだった。
元々ライニール国王がつながっていたということもあり、うまくかわされていたのだ。
潰したくとも潰せず、しかしながら国民から不満や心配の声が上がっている。
悩みのタネであった存在の始末を、いともたやすく終わらせたのだと言うのだ。
だから国民の顔も明るい。脅かす恐ろしい組織などないから。
毎晩酔っ払いが衛兵に迷惑を掛けるくらいには、安心しきっているのだ。
葛藤が二人の中を渦巻いている。
――この魔王は、あのヴァルデマルとは違う。だが結局は人間とは違う、信じてなるものか。
そんな思いが彼らの頭の中を巡っている。
ジレンマに陥っているフィリップを見ながら、アリスはふと笑いながら話しかけた。
「私の目的は勇者の殺害。それの邪魔をしなければ、土地を借りている義理としてアベスカの民には安全を保証しよう」
「それを、どう信じろと言うのですか……」
「うーむ。むしろ……尋ねるが、ここに来るまでの間に国民の顔を見たか?」
「え?」
フィリップはドキリとした。彼の感じ取った気持ちを見抜かれたようだった。
確かに街の人間の面持ちは違っていた。少しでも〝この新たな魔王はいいやつなのかも〟と思ってしまうほどには。
「私が初めて国に足を踏み入れた時は、みな絶望の淵に立つような顔をしていた。だが、かりそめとは言え、愛するものが戻ってきた彼らは……そのようには見えないがな。何より国に巣食っていた組織を潰したのだ。さらに安心するだろう?」
「…………」
「まあ無理に信じろとは言わないさ。ただし私の道の邪魔をするならば、相応に排除するというだけだ」
「心得て、おきます」
不服そうに答えるフィリップを、アリスは不敵に微笑んで見た。
その様子に少しだけ苛ついたフィリップは、やはりこの女は〝まだ〟好きになれないと感じたのであった。
「自分はパラケルススと申しますぞ。ホムンクルス制作と、たまに医者の真似事をしております」
武器を構えたまま唖然としているフィリップとカイヤ。自己紹介も出来ないまま、立ち尽くしている。
まさか魔王軍の魔族が、当たり前のように自己紹介をしてくるとは思わなかったのだ。
フィリップ達が今まで対峙してきたのは、有無を言わさず人間を殺している魔物や魔族。
他人など、人間の心など考えもしないその蹂躙に、何度も耐えて凌いで戦ってきた。
フィリップほどの高レベルとなれば、前線で戦う頻度も高い。
そして今回の遠征でも悲惨な光景を目の当たりにしてきた。
だからこそ驚いたのだ。
「! はぁーい! あ、アリス様ぁ! あのですね、兵士団の人が戻ったみたいでぇ……よかったら、一緒にどーですか?」
「???」
「突然一人で何を?」
「はぁい! 迎えに行かせますっ」
ルーシーが突然一人で喋りだしたが、これはアリスからの通信を受けたからである。
それを知らないのはフィリップとカイヤだけで、少女が狂い出したと勘違いする。
「喜ぶといーよ! アリス様の護衛に加われるし!」
「はあ?」
「アルヴェーン、ニッカ! こっちへ来い!」
ライニールの顔には冷や汗が大量だった。これほどまでに動揺しているライニールは新鮮で、ある意味見ていて楽しいのだが――如何せん納得がいかない。
ライニールに呼ばれた二人は、ルーシー達と離れて部屋の隅にやって来た。
ヒソヒソと声のトーンを落として話す。
「……なんでしょう?」
「はい国王」
「頼む、いや命令だ。あの二人に逆らうな。そしてアリス・ヴェル・トレラント殿には、絶対に歯向かうな!」
「はあ、まあ……命令でしたら……」
「承りました」
そして一同は、アリスの待機している正門へとやって来ていた。
そこで見た光景は、目を疑う内容だった。
「なんだ……あれは……」
「きゃはは! アリスさま、もっともっとー!」
「おい、ずるいぞ! 次はぼくだって!」
「そうだよ~。みんなで遊びに来てるんだから。ほら交代するね」
「むぅー」
「わぁ! あはは! もっと高くしてー!」
「危ないからダメー」
くすんだ色の肌、所々見えるウロコのような模様。人の頭には生えているはずのない角。
おかしな色の瞳。
そんな女が、街の少年少女と遊んでいるのだ。浮遊する、布で。
レースのあしらわれた布は、少年たちを乗せるとフワフワと飛び始める。
危なくない高さで危なくない速度で飛び回るそれは、フィリップらには異様に映った。
しかしながら遊んでいる、子供達の顔は笑顔である。
まるで慣れた遊具で遊ぶように楽しんでいる。
「どう見ても魔族だろ……どうして国民と馴れ合っている?」
「わ、分かりません……」
アリスは少年を下ろすと、子供達に声を掛けた。
フィリップやルーシーの到着に気付いている以上、このまま遊んでいるわけにはいかないのだ。
「よしっ、私は仕事に戻るから解散!」
「えー!」
「やだやだー!」
「つぎは? つぎいつくるの?」
「んー、決めてないなぁ。でもあんまりアベスカに来れないと思うよ」
子供達が「行かないで」と駄々をこねて、アリスがそれを諭すように頭を撫でる。
城下町の子供達はとてもアリスに懐いているようで、撫でられるたびに笑顔を見せている。
「えー、なんでぇ?」
「あーっ、パパがいってたけど、国王様がアリスさまを〝きらってる〟からだって」
「えー!? ぼくたちと遊んでくれるのに? どうして?」
「うーんと、うーんと……むつかしいことだから、子どもには分からないんだって」
「ふーん」
今や国民の支持は、ライニールよりもアリスに向いている。
元より宗教国家だけあって、そういった〝洗脳〟は簡単に済んだのだろう。
何よりも国民の不安をすぐに拭ってくれた彼女が化け物だろうとも、縋って行かねばならないくらいには心身ともに疲弊していたのだった。
それにアリスの目的を邪魔しなければ、彼らの命は保証されている。
アリスの土地であるが故に、元ヴァルデマルの部下たちが攻めてくることもない。
もしもそんな輩が現れようものならば、アリスの怒りを買ってしまう。結末は――分かりきっているだろう。
「じゃあみんな、広場で遊んでおいで」
「はーい!」
「アリスさま、ばいばーい!」
「また来てね!」
まだ日が高い故に、子供達は元気である。アリスに対して大きく手を振り、広場の方へと駆け出して行った。
残されたアリスは、ずっと待機していた四人の方へと向き直る。
「お待たせー」
「アリス様~!!」
「アベスカへ御足労頂き、ありがとうございます。お待たせしてしまったようですかな?」
「子供達と遊んでたから大丈夫だよ~。そっちが兵士団の人?」
「ええ」
改めてフィリップとカイヤを見れば、酷く警戒心を持ったまま待機している。
剣を抜くことはなかったが、手は剣に触れてガタガタと震えているのだ。
一応これでも、ライニールの命令を守っているのだろう。
目の前にいるのが倒すべき邪悪な王だと分かっても、耐えているのだ。
「うん。アベスカにしてもヒトにしても高いレベルだ。私の実力をちゃんと把握出来ているということは、経験もしっかりあるんだな」
嬉しそうに笑顔で話しているアリスだったが、そこからは重圧ともいえるほどの力が漏れ出ていた。
その邪悪な力を間近で浴びて、フィリップ達は戦わなくてはならないはずなのに、体が強張って動こうとしない。無意識の内に体が抵抗しているのだ。
この女とは剣を交えたら最後、死んだと気付かされることもないまま命が絶たれる。
ヴァルデマルを易々と凌駕してみせる、全ての頂点に立ちしもの。そうであると理解できた。
(ぐっ……! ヴァルデマルとは比較にならない、強さ……!)
(これが……ライニールの恐れる――アリス・ヴェル・トレラント……!)
「はぁ~っ、すごい。これがアリス様の……っ」
「エンプティではありませんが、興奮してしまうほどの圧力ですな」
両者とも極端な反応を見せる。
ブルブルと震えているだけで何も喋れないフィリップとカイヤに対して、ルーシーとパラケルススはアリスの威圧を受けて喜んでいる。
その反応に気付いて、アリスは掛けていたプレッシャーを解いた。
元々怖がらせるつもりはなかったので、バツが悪そうな顔をしている。
「あぁ。驚かせるつもりはなかった、すまない。私はアリス・ヴェル・トレラント。現在の魔王だ。この二人の話は聞いたか?」
「……いえ」
「そうか。二人には街の復興を頼んでいる。些か非人道的だろうが――ホムンクルスを生成し、失った家族の穴を埋めているのだ。道中見ただろう?」
アリスに言われて、そこでようやく話が繋がる。あの食堂の、主人の妻。
城に向かうまで、そして城からこの正門に来るまでに何度も見てきた。死んだはずの家族が何故か生き返っている。
だが帰還してすぐに見つけたホムンクルスは見分けられたフィリップが、どうしてあの女性のホムンクルスに気付けなかったのか。
「……ホムンクルスにも種類があるのでしょうか?」
「おぉ、勘がいい。お手伝いとか使用人のホムンクルスは、少し簡素にしてある。家族向けに作ったのは、しっかりと魔術も組み込まれてる。人間に近くなるよう頼んであるのだ」
「魔術……」
「おっと、そう警戒しないでくれ。危険な魔術じゃないから。相手の感情や仕草を読み取って、本来の人間に近付けるよう思考させるものだ」
「そんなことが……可能なのですか?」
「可能って……説明するよりも、見ただろう? お前の知ってる誰かが、街にいて驚かなかったか?」
アリスは興味を持ち始めたフィリップに喜び、ペラペラと内容を喋っていく。
まだ怪訝そうな態度は拭えないが、アリス率いる魔王軍が成してきたことは偉大だ。認めたくないフィリップだったが、城下町の人間の瞳が明るいのは疑う余地もない。
「それと先日は、裏組織を全て殲滅させてもらった」
「……なんですって?」
「そこにいる彼女と、もう一人の別の部下の功績だ。覚えておくといい」
「…………は、はい」
裏組織に関する事柄は、兵士団でも手こずっていることだった。
元々ライニール国王がつながっていたということもあり、うまくかわされていたのだ。
潰したくとも潰せず、しかしながら国民から不満や心配の声が上がっている。
悩みのタネであった存在の始末を、いともたやすく終わらせたのだと言うのだ。
だから国民の顔も明るい。脅かす恐ろしい組織などないから。
毎晩酔っ払いが衛兵に迷惑を掛けるくらいには、安心しきっているのだ。
葛藤が二人の中を渦巻いている。
――この魔王は、あのヴァルデマルとは違う。だが結局は人間とは違う、信じてなるものか。
そんな思いが彼らの頭の中を巡っている。
ジレンマに陥っているフィリップを見ながら、アリスはふと笑いながら話しかけた。
「私の目的は勇者の殺害。それの邪魔をしなければ、土地を借りている義理としてアベスカの民には安全を保証しよう」
「それを、どう信じろと言うのですか……」
「うーむ。むしろ……尋ねるが、ここに来るまでの間に国民の顔を見たか?」
「え?」
フィリップはドキリとした。彼の感じ取った気持ちを見抜かれたようだった。
確かに街の人間の面持ちは違っていた。少しでも〝この新たな魔王はいいやつなのかも〟と思ってしまうほどには。
「私が初めて国に足を踏み入れた時は、みな絶望の淵に立つような顔をしていた。だが、かりそめとは言え、愛するものが戻ってきた彼らは……そのようには見えないがな。何より国に巣食っていた組織を潰したのだ。さらに安心するだろう?」
「…………」
「まあ無理に信じろとは言わないさ。ただし私の道の邪魔をするならば、相応に排除するというだけだ」
「心得て、おきます」
不服そうに答えるフィリップを、アリスは不敵に微笑んで見た。
その様子に少しだけ苛ついたフィリップは、やはりこの女は〝まだ〟好きになれないと感じたのであった。
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