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前編 第三章「動き出す歯車」
兵士団の帰還2
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「お疲れー」
「よう。あ、ルーシー様とパラケルスス様に会うのか」
――城内。
案内役の衛兵は、適当な同僚に声を掛けてつかまえた。
同僚が負傷しているホムンクルスを抱えているのにも関わらず、声を掛けられた衛兵は特に反応もない。
平和になってきているアベスカでは、よく酔っ払いが乱闘を始めたりする。元々アベスカで見られていた〝微笑ましい〟光景だ。
それに巻き込まれるホムンクルスも少なくない。あまりよろしくはないが、こうして負傷したホムンクルスが運び込まれるのは、アベスカの日常茶飯事なのである。
「あぁ。どこにいらっしゃる?」
「今なら会議室。ライニール国王といるよ」
「パラケルスス様もか?」
「多分向かわれてるはず。俺はついさっきパラケルスス様と話をしたが、もうすぐ休憩の時間らしいぞ」
「なるほど。ありがとな」
……などと衛兵達が会話しているのを、フィリップとカイヤはしっかりと聞いている。
城下町では驚きの連続でだまり気味だったが、城に入って人が減り静かな空間で頭も冷静になった。
しかしながら業務連絡を聞いても、どうも理解が及ばない。
(ライニールと会議室で何かを出来る人物だと? まさか他国からテコ入れが?)
そんなフィリップの憶測をよそに、衛兵達は会話を終えた。
再び案内役の衛兵について、今度は城内の会議室へと向かう。
会議室にはフィリップも何度か訪れたことがある。団長として、兵士団に関しての議論などに参加したことがあるからだ。
大抵は兵士団を管理しているルーラントがまとめ、フィリップがそれを実行する。だが稀に現場の声も聞きたいと、呼ばれることがあるのだ。
そしてその場で毎回ライニールの無能さを思い知り、彼に楯突いては面倒事を押し付けられる。
互いに、まるで子供だ。
「失礼致します」
広い会議室の中、長テーブルに二人が掛けている。一人はよく見知ったライニール・ニークヴィスト6世である。いつものように、他国の知らない衣装に身を包む若い男だ。
そしてもうひとりは、見たこともない少女。
金髪に、よくわからない衣服を着込んで、椅子にも座らずテーブルに直接座っている。
手元では城下町でも人気のカードゲームをしていた。
「流石はルーシー様、お強いですね」
「ライくんの教え方が上手いんだし! 超楽しい~」
「それは良かったです」
フィリップの立ち位置からでは手札は伺えなかったが、会話から察するにライニールが負けてこの謎の少女が勝っているのだと知った。
だがそれは、ライニールを知る人間であれば、有り得ない光景だった。
能力こそなく無能なものの、プライドだけは一丁前に高いライニール国王。
こんな自分よりも年下の少女に負けるなどと、絶対に許せないはずなのだ。
大人げもなく完勝を決めて、相手が泣こうが気にしない。自分が優位に立てればそれでいい。
――それが、フィリップの知っているライニール国王だった。
「……俺は、何を見ているんだ?」
「…………わかりません…………」
(あのライニールが負けを選んで、接待!? へりくだっている!? しかも怪しげな見たこともない服を着た少女相手に!?)
だからこの光景は異様だった。
どうにか頑張っても飲み込めず、脳は処理を拒否していた。
カイヤですら困惑している。いつもは不機嫌そうな表情だというのに、今回ばかりは焦りが滲み出ているのがよく分かる。
「あれ? ライくん、あの人達だれ?」
「あ、紹介します。おい、こっちへ」
「! あ、は、はい」
ボンヤリと入り口でずっと立ち尽くしていた二人は、そこでようやっと気付かれて側へと呼ばれる。
フィリップとカイヤには珍しく焦りながら足早に向かえば、やはりどう見ても見たこともない奇っ怪な衣服の少女がそこには居た。
あのライニールを前にして、堂々たる姿を見せる少女。椅子ではなくテーブルに座っているという、国王の前では行儀の悪い態度だというのに――お咎めすらない。
腰からぶら下がる杖を見て、魔術師なのだと理解できた。しかし流石に魔術の発展がないアベスカでも、ライニールの態度が180度変わるほどだろうか――と。
「遠征に出していた兵士団の、フィリップ・アルヴェーン団長とカイヤ・ニッカ副団長です」
「どうも……」
「よろしく」
「ん! よろよろ!」
どう見ても相手は自身よりも年下である少女なので、フィリップもカイヤも適当に挨拶をする。
これがルーシー以外の幹部であれば、きっと激怒していたことだろう。
だがルーシーは人間が基本的には大好きだ。誰もが友達だと思っている節もある。
だからこのような態度を取られても、特に激しく怒ることなどない。
代わりにブルブルと震え、声を張り上げたのはライニールだった。
様々な恐怖政治を目の前にしていれば、そうなるのも仕方がない。
「立場を弁えろ、馬鹿者が! ルーシー様相手にその態度はなんだ!?」
「!?」
「失礼致しました、ルーシー様ぁあ!!」
「だいじょぶ~。まぁ、アリス様に似たような態度を取るようなら――」
「い、いいいい、いえ! その点はしっかりと教育させていただきます!」
「よろぴー」
ゴツンという音がするほどテーブルに頭を擦りつけて、ライニールが謝罪する。
見たこともないライニールの態度に、フィリップ達は困惑している。
そしてここでようやく少女が、相当高い立場の存在であると分かったのだ。あのライニールが怯える程度には、地位や権力があるということ。
そんな空間に、一人が声を掛けた。
フィリップとカイヤの後ろで、ずっと待機していた衛兵だ。まだホムンクルスを抱えたままである。
「ルーシー様。お話し中、申し訳ありません」
「なに~?」
「パラケルスス様もいらっしゃると聞いたのですが……」
「もうすぐ来るし! どったの?」
「あ、えぇっと……。食堂にて給仕をしていたホムンクルスが負傷致しまして……」
「あぁ、その子か! おけまる。パラケルススの部屋に運んどいてくれる? あーしから言っとく~」
「ありがとうございます!」
衛兵とルーシーが会話している間、フィリップはライニールに詰め寄っていた。
この異様な光景について説明を求めていたのだ。
「ライニール国王陛下。ご説明頂きたい」
「……彼女は、魔王軍から派遣された魔術師様だ」
「……なんだって?」
短い説明だったが、フィリップの態度を変えるには十分だった。
自国に対してどれだけの被害を及ぼしたのかよく知っていれば、魔王軍への負の感情がたまるのは当然のこと。
フィリップはライニールが怯える理由を察して、一瞬でルーシーに対する対応を変えた。
「あーでもでもぉ、ヴァルくんとは違――」
「お前は黙っていろ、小娘!」
「…………むっ」
「もっ、申し訳ありません! ルーシー様……」
ペコペコと謝罪するライニールを一瞥して、ルーシーは静かにスキルを発動させた。
先日ヴァルデマルから魔術を盗んだ〈感応知覚・源〉だ。
本来はステータスを見る能力であり、こういった場でササッと盗み見るのに適している。
(〈感応知覚・源〉――ふむふむ、フィリップ・アルヴェーン。兵士団長。レベルは――96。ふーん、アベスカの人間にしては強い方じゃん。だからこんなに強気でいられるんだね)
人間の中でも強い方である96レベル。
大抵の存在は彼にはかなわないだろう。そのことをよく理解していることと、自身よりも強者という存在に滅多に出会わないことが今の状況を引き起こしている。
妙な空気に包まれた会議室に、ノックもなしに一人、入ってくる。
何だ何だと入り口を見れば、フィリップとカイヤは驚きのあまり目を見開いた。
「お待たせしましたぞ。ゲームの進捗は如何ですかな?」
「――ッ、アンデッド!? カイヤ!」
入ってきたのはパラケルススであった。
ただれた不健康な肌色ではあるものの、纏っている白衣もシャツもスラックスも清潔そのもの。
漂う香りだって気を遣っていて、アリスに言われた「臭い」という言葉を気にした結果である。
最近ではアベスカのオシャレな層の国民から、何の香水を使っているのかと尋ねられるほど。
フィリップ達はそんなパラケルススに対して、剣を抜いて臨戦態勢を取る。
おちゃらけたルーシーよりかは、魔王軍からの手下という言葉に現実味が帯びてきたのだ。
鋭い眼光はパラケルススを射抜きつつ、相手の動きを警戒している。
「おや?」
「おっそーい! もうあーしが勝ったし!」
「勝たせてもらった、の間違いではありませんかな。ライニールとは自分も一戦交えましたが、わざと負けているように感じましたぞ」
「うそぉ!?」
「…………あ、あはは……ご冗談を……」
一方パラケルススは、臨戦態勢の二人を完全に無視していた。
あれだけ敵意を向けられて警戒心を顕にされていようが、眼中にないと言った様子で触れてすらいない。
「クソ……魔王軍からの派遣というのは、本当だったのか……!」
「どうします、団長」
「どうもこうも、ライニール国王をなんとか守って――」
だがフィリップとカイヤはそうはいかない。まだ真実を告げられていないこともそうだが、ルーシーとパラケルススの実力を分かっていないこともある。
いくら人間にしては高レベルの彼らとは言えども、200レベルの二人にかなうはずがないのだ。
そんなこともつゆ知らず、二人はどう動けば最善かを必死に練っている。
二人がどう動いたところで、ルーシー達はライニールを今殺すつもりなどさらさらないのだが。
「あ、パラケルスス~。なんか給仕のホムンクルスが怪我したって。部屋に向かわせといた!」
「ほう。仕事が増えましたなぁ。……まぁ大方、そこの二人の仕業でしょうな」
「……っ!!」
ここに来てパラケルススがようやく、兵士団の二人を話題に上げた。
話に出して一瞥しただけだったが、フィリップ達は更に一層用心し始める。
「えぇ!? なんでわかるんだし!」
「人間を覚えるのは得意でしてな。見たことの無い兵士がいれば、怪しみますぞ」
「えー、意外ぃ」
「自分の仕事の素材ですから」
「なる!」
パラケルススはどちらかと言えばアリスの命令とは言えど、人間に献身的に寄り添うのは嫌であった。
だが時間というものはその気持ちを溶かすには丁度いいようで、今となっては愛玩動物程度には愛着を覚えている。
パラケルススに慣れた兵士達は彼に尽くしてくれるし、ホムンクルス生成にあたってのいい〝素材〟を提供してくれる。
何よりも国民が健康的で笑顔になっていくと、それに応じてアリスも喜んでくれるのだ。
「ふぅむ。アベスカの人間に比べると、相当強いようですな。まぁ我々には劣りますが」
「96レベルと~、横のロン毛さんは88レベルだよ」
「ほうほう。レベルからしても本当に高いのですな」
「何故……我々のレベルを……!?」
「くそっ……ライニール国王! 情報を渡したのか!」
「お前達……そんなわけないだろうが……」
さすがのライニールも呆れていた。
信用されていないのは知っていたが、兵士団の情報を売ってどうしろというのだろうか。
アリス率いる新たな魔王軍は兵士団程度の強さなど、アリを踏み潰すようにいともたやすく破壊する。
そんなアリス一行に、何の情報を渡すというのだろう。
パラケルススに「強い兵士がいる」といえば、まだ使いようがある。だが体液を貰えればそれでおしまいだ。
そんな中ふとルーシーが気付く。
ライニールは〝遠征〟の話をしたが、その話は今まで聞いたことがなかったからだ。
「そういやさぁ、ライくん遠征のこと言ってたっけ?」
「いっ!? 言っ、てま……せん……」
「ふぅーん?」
「色々! 手一杯でして! その、戻り次第っ、紹介がてら伝えよう、かと……」
「あの国王が……怯えている……?」
「なんなんだこの2人……」
ガタガタと怯えるライニールと、それを見るフィリップ達。
今まで見てきたのは、大臣にも横柄な態度を取ってきたわがままな君主。
気に入らないものは罰を与え、殺しこそしないものの視界からいなくなるよう、任務を与えるなどしていた。
そんな〝世界は自分を中心に回っている〟ような男が、たった一人の少女に怯えているのだ。
「そっか! まあいいよ。ねぇねぇ、あーしはルーシー・フェル。アリス様よりこの地の管理を賜ってる魔術師だよん」
「自分はパラケルススと申しますぞ。ホムンクルス制作と、たまに医者の真似事をしております」
「よう。あ、ルーシー様とパラケルスス様に会うのか」
――城内。
案内役の衛兵は、適当な同僚に声を掛けてつかまえた。
同僚が負傷しているホムンクルスを抱えているのにも関わらず、声を掛けられた衛兵は特に反応もない。
平和になってきているアベスカでは、よく酔っ払いが乱闘を始めたりする。元々アベスカで見られていた〝微笑ましい〟光景だ。
それに巻き込まれるホムンクルスも少なくない。あまりよろしくはないが、こうして負傷したホムンクルスが運び込まれるのは、アベスカの日常茶飯事なのである。
「あぁ。どこにいらっしゃる?」
「今なら会議室。ライニール国王といるよ」
「パラケルスス様もか?」
「多分向かわれてるはず。俺はついさっきパラケルスス様と話をしたが、もうすぐ休憩の時間らしいぞ」
「なるほど。ありがとな」
……などと衛兵達が会話しているのを、フィリップとカイヤはしっかりと聞いている。
城下町では驚きの連続でだまり気味だったが、城に入って人が減り静かな空間で頭も冷静になった。
しかしながら業務連絡を聞いても、どうも理解が及ばない。
(ライニールと会議室で何かを出来る人物だと? まさか他国からテコ入れが?)
そんなフィリップの憶測をよそに、衛兵達は会話を終えた。
再び案内役の衛兵について、今度は城内の会議室へと向かう。
会議室にはフィリップも何度か訪れたことがある。団長として、兵士団に関しての議論などに参加したことがあるからだ。
大抵は兵士団を管理しているルーラントがまとめ、フィリップがそれを実行する。だが稀に現場の声も聞きたいと、呼ばれることがあるのだ。
そしてその場で毎回ライニールの無能さを思い知り、彼に楯突いては面倒事を押し付けられる。
互いに、まるで子供だ。
「失礼致します」
広い会議室の中、長テーブルに二人が掛けている。一人はよく見知ったライニール・ニークヴィスト6世である。いつものように、他国の知らない衣装に身を包む若い男だ。
そしてもうひとりは、見たこともない少女。
金髪に、よくわからない衣服を着込んで、椅子にも座らずテーブルに直接座っている。
手元では城下町でも人気のカードゲームをしていた。
「流石はルーシー様、お強いですね」
「ライくんの教え方が上手いんだし! 超楽しい~」
「それは良かったです」
フィリップの立ち位置からでは手札は伺えなかったが、会話から察するにライニールが負けてこの謎の少女が勝っているのだと知った。
だがそれは、ライニールを知る人間であれば、有り得ない光景だった。
能力こそなく無能なものの、プライドだけは一丁前に高いライニール国王。
こんな自分よりも年下の少女に負けるなどと、絶対に許せないはずなのだ。
大人げもなく完勝を決めて、相手が泣こうが気にしない。自分が優位に立てればそれでいい。
――それが、フィリップの知っているライニール国王だった。
「……俺は、何を見ているんだ?」
「…………わかりません…………」
(あのライニールが負けを選んで、接待!? へりくだっている!? しかも怪しげな見たこともない服を着た少女相手に!?)
だからこの光景は異様だった。
どうにか頑張っても飲み込めず、脳は処理を拒否していた。
カイヤですら困惑している。いつもは不機嫌そうな表情だというのに、今回ばかりは焦りが滲み出ているのがよく分かる。
「あれ? ライくん、あの人達だれ?」
「あ、紹介します。おい、こっちへ」
「! あ、は、はい」
ボンヤリと入り口でずっと立ち尽くしていた二人は、そこでようやっと気付かれて側へと呼ばれる。
フィリップとカイヤには珍しく焦りながら足早に向かえば、やはりどう見ても見たこともない奇っ怪な衣服の少女がそこには居た。
あのライニールを前にして、堂々たる姿を見せる少女。椅子ではなくテーブルに座っているという、国王の前では行儀の悪い態度だというのに――お咎めすらない。
腰からぶら下がる杖を見て、魔術師なのだと理解できた。しかし流石に魔術の発展がないアベスカでも、ライニールの態度が180度変わるほどだろうか――と。
「遠征に出していた兵士団の、フィリップ・アルヴェーン団長とカイヤ・ニッカ副団長です」
「どうも……」
「よろしく」
「ん! よろよろ!」
どう見ても相手は自身よりも年下である少女なので、フィリップもカイヤも適当に挨拶をする。
これがルーシー以外の幹部であれば、きっと激怒していたことだろう。
だがルーシーは人間が基本的には大好きだ。誰もが友達だと思っている節もある。
だからこのような態度を取られても、特に激しく怒ることなどない。
代わりにブルブルと震え、声を張り上げたのはライニールだった。
様々な恐怖政治を目の前にしていれば、そうなるのも仕方がない。
「立場を弁えろ、馬鹿者が! ルーシー様相手にその態度はなんだ!?」
「!?」
「失礼致しました、ルーシー様ぁあ!!」
「だいじょぶ~。まぁ、アリス様に似たような態度を取るようなら――」
「い、いいいい、いえ! その点はしっかりと教育させていただきます!」
「よろぴー」
ゴツンという音がするほどテーブルに頭を擦りつけて、ライニールが謝罪する。
見たこともないライニールの態度に、フィリップ達は困惑している。
そしてここでようやく少女が、相当高い立場の存在であると分かったのだ。あのライニールが怯える程度には、地位や権力があるということ。
そんな空間に、一人が声を掛けた。
フィリップとカイヤの後ろで、ずっと待機していた衛兵だ。まだホムンクルスを抱えたままである。
「ルーシー様。お話し中、申し訳ありません」
「なに~?」
「パラケルスス様もいらっしゃると聞いたのですが……」
「もうすぐ来るし! どったの?」
「あ、えぇっと……。食堂にて給仕をしていたホムンクルスが負傷致しまして……」
「あぁ、その子か! おけまる。パラケルススの部屋に運んどいてくれる? あーしから言っとく~」
「ありがとうございます!」
衛兵とルーシーが会話している間、フィリップはライニールに詰め寄っていた。
この異様な光景について説明を求めていたのだ。
「ライニール国王陛下。ご説明頂きたい」
「……彼女は、魔王軍から派遣された魔術師様だ」
「……なんだって?」
短い説明だったが、フィリップの態度を変えるには十分だった。
自国に対してどれだけの被害を及ぼしたのかよく知っていれば、魔王軍への負の感情がたまるのは当然のこと。
フィリップはライニールが怯える理由を察して、一瞬でルーシーに対する対応を変えた。
「あーでもでもぉ、ヴァルくんとは違――」
「お前は黙っていろ、小娘!」
「…………むっ」
「もっ、申し訳ありません! ルーシー様……」
ペコペコと謝罪するライニールを一瞥して、ルーシーは静かにスキルを発動させた。
先日ヴァルデマルから魔術を盗んだ〈感応知覚・源〉だ。
本来はステータスを見る能力であり、こういった場でササッと盗み見るのに適している。
(〈感応知覚・源〉――ふむふむ、フィリップ・アルヴェーン。兵士団長。レベルは――96。ふーん、アベスカの人間にしては強い方じゃん。だからこんなに強気でいられるんだね)
人間の中でも強い方である96レベル。
大抵の存在は彼にはかなわないだろう。そのことをよく理解していることと、自身よりも強者という存在に滅多に出会わないことが今の状況を引き起こしている。
妙な空気に包まれた会議室に、ノックもなしに一人、入ってくる。
何だ何だと入り口を見れば、フィリップとカイヤは驚きのあまり目を見開いた。
「お待たせしましたぞ。ゲームの進捗は如何ですかな?」
「――ッ、アンデッド!? カイヤ!」
入ってきたのはパラケルススであった。
ただれた不健康な肌色ではあるものの、纏っている白衣もシャツもスラックスも清潔そのもの。
漂う香りだって気を遣っていて、アリスに言われた「臭い」という言葉を気にした結果である。
最近ではアベスカのオシャレな層の国民から、何の香水を使っているのかと尋ねられるほど。
フィリップ達はそんなパラケルススに対して、剣を抜いて臨戦態勢を取る。
おちゃらけたルーシーよりかは、魔王軍からの手下という言葉に現実味が帯びてきたのだ。
鋭い眼光はパラケルススを射抜きつつ、相手の動きを警戒している。
「おや?」
「おっそーい! もうあーしが勝ったし!」
「勝たせてもらった、の間違いではありませんかな。ライニールとは自分も一戦交えましたが、わざと負けているように感じましたぞ」
「うそぉ!?」
「…………あ、あはは……ご冗談を……」
一方パラケルススは、臨戦態勢の二人を完全に無視していた。
あれだけ敵意を向けられて警戒心を顕にされていようが、眼中にないと言った様子で触れてすらいない。
「クソ……魔王軍からの派遣というのは、本当だったのか……!」
「どうします、団長」
「どうもこうも、ライニール国王をなんとか守って――」
だがフィリップとカイヤはそうはいかない。まだ真実を告げられていないこともそうだが、ルーシーとパラケルススの実力を分かっていないこともある。
いくら人間にしては高レベルの彼らとは言えども、200レベルの二人にかなうはずがないのだ。
そんなこともつゆ知らず、二人はどう動けば最善かを必死に練っている。
二人がどう動いたところで、ルーシー達はライニールを今殺すつもりなどさらさらないのだが。
「あ、パラケルスス~。なんか給仕のホムンクルスが怪我したって。部屋に向かわせといた!」
「ほう。仕事が増えましたなぁ。……まぁ大方、そこの二人の仕業でしょうな」
「……っ!!」
ここに来てパラケルススがようやく、兵士団の二人を話題に上げた。
話に出して一瞥しただけだったが、フィリップ達は更に一層用心し始める。
「えぇ!? なんでわかるんだし!」
「人間を覚えるのは得意でしてな。見たことの無い兵士がいれば、怪しみますぞ」
「えー、意外ぃ」
「自分の仕事の素材ですから」
「なる!」
パラケルススはどちらかと言えばアリスの命令とは言えど、人間に献身的に寄り添うのは嫌であった。
だが時間というものはその気持ちを溶かすには丁度いいようで、今となっては愛玩動物程度には愛着を覚えている。
パラケルススに慣れた兵士達は彼に尽くしてくれるし、ホムンクルス生成にあたってのいい〝素材〟を提供してくれる。
何よりも国民が健康的で笑顔になっていくと、それに応じてアリスも喜んでくれるのだ。
「ふぅむ。アベスカの人間に比べると、相当強いようですな。まぁ我々には劣りますが」
「96レベルと~、横のロン毛さんは88レベルだよ」
「ほうほう。レベルからしても本当に高いのですな」
「何故……我々のレベルを……!?」
「くそっ……ライニール国王! 情報を渡したのか!」
「お前達……そんなわけないだろうが……」
さすがのライニールも呆れていた。
信用されていないのは知っていたが、兵士団の情報を売ってどうしろというのだろうか。
アリス率いる新たな魔王軍は兵士団程度の強さなど、アリを踏み潰すようにいともたやすく破壊する。
そんなアリス一行に、何の情報を渡すというのだろう。
パラケルススに「強い兵士がいる」といえば、まだ使いようがある。だが体液を貰えればそれでおしまいだ。
そんな中ふとルーシーが気付く。
ライニールは〝遠征〟の話をしたが、その話は今まで聞いたことがなかったからだ。
「そういやさぁ、ライくん遠征のこと言ってたっけ?」
「いっ!? 言っ、てま……せん……」
「ふぅーん?」
「色々! 手一杯でして! その、戻り次第っ、紹介がてら伝えよう、かと……」
「あの国王が……怯えている……?」
「なんなんだこの2人……」
ガタガタと怯えるライニールと、それを見るフィリップ達。
今まで見てきたのは、大臣にも横柄な態度を取ってきたわがままな君主。
気に入らないものは罰を与え、殺しこそしないものの視界からいなくなるよう、任務を与えるなどしていた。
そんな〝世界は自分を中心に回っている〟ような男が、たった一人の少女に怯えているのだ。
「そっか! まあいいよ。ねぇねぇ、あーしはルーシー・フェル。アリス様よりこの地の管理を賜ってる魔術師だよん」
「自分はパラケルススと申しますぞ。ホムンクルス制作と、たまに医者の真似事をしております」
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