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前編 第二章 幕間「アベスカの裏事情」

裏組織2

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 活気のない街には似合わない、少し高級そうな建物。入り口を守るガードマンこそいないものの、その場には誰も近付こうとしない。
それはもちろん、どんな建物かこの国の全員は知っているからだ。

 アベスカの中でも最も力のある裏組織・ディープブルー。
主な仕事は闇金融から、娼婦斡旋、そして人身売買までやってみせる。裏で国を回しているのは彼らだと言われるほど恐れられている。
盗賊や犯罪者の多くはこの組織に属していることが多く、盗賊に逆らった場合ディープブルーから〝お叱り〟を受けることがある。
それを恐れて、小さな犯罪組織でさえ野放しにされている。
 本来であれば国がそれらを潰すはずなのだが、それを黙認しているのだ。というより、国王・ライニールがディープブルーとの繋がりがあるのだ。
大臣達は知ってか知らないでか、それともそれすら許容しているのか。
 どちらにせよ国をまとめるために、自分のために。ライニール国王がディープブルーと繋がっているのは、組員であれば誰もが知ることだった。

 さて、そんな活気のあったディープブルーではあるものの、あの戦争以降力を落としていた。
顧客が死んでしまって減ったからだ。
 徴収するべき人間が死んでしまい、金を貸しただけの優良組織になってしまった。それだけではない。娼婦として使っていた女共も巻き添えで多数死んだ。これでまた稼ぐための手段が減っていた。
 人身売買用の奴隷たちは対して損害にもならなかったが、財政難で食糧難の現在、奴隷を食わせていく金もない。
 結論から言えば、ディープブルーは相当な赤字を被っていたのだ。

「自殺しただぁ?」
「はい。払えないとかで」

 そんな数少ないも、こうして徐々に減っていく。戦後まもなくでただでさえ稼ぎが悪い。
唯一と言っていいほどの金を作るための畑作は、魔王とやらに荒らされてしまっている。未だに魔物が蔓延る、郊外や僻地に立地する畑に戻ろうとするものは居ない。
 ごく少数の生き残ったアベスカ国民は、城下町へと逃げてきた。たいして大きくもないこの城内で収まるほどの人数だ。そんな中からディープブルーの資金を奪えるかと問われればNOである。
 それでも彼らはやらねばならない。彼らもコレが仕事なのだ。

「そんじゃあ、家族に支払わせろ」
「もう伝えときました」
「ハッ、流石だな。ったくこんな時代に、ギャンブルにハマって負けるやつが悪いんだよ」

 元々賭博グセがあるのか、それともすべてを失ったことによるはけ口なのか。それはその人間にしかわからないことだ。
だが分かったところで彼らの興味にはならない。ディープブルーの興味がそそられることは、金を借りる人間か、売春を行う女か、人さらいくらいだ。

「それにしても最近ヘンじゃないか?」
「変ですか?」
「街の様子だよ。妙に活気があるというか」
「そうでしょうか?」

 言われた部下が外をちらりと見る。相変わらず人通りは良いと言えない往来だったが、道行く人間はこころなしか顔が明るく見えた。
しかも戦争直後から今の今まで、一人で歩いていることも多かった国民。スリや強盗のいいカモだ、と組織内でも囁かれていた。
 だが見れば大抵は二人ないしは三人と、恋人友人家族と一緒にいるではないか。

 彼らディープブルーは、国――城で行われている政策について、全くもって知識がなかった。
もちろん、その策というのはパラケルススの行っている〝ホムンクルスによる失った家族の穴埋め〟である。
 ディープブルーとライニールは繋がっているとは言え、そこまで大々的に密接にしているわけではない。何よりもわがままお坊ちゃんが、そのまま王様に成り上がったようなライニールだ。
隠し事などうまく出来るはずもない為、特にお互いの関係には注意を払っていた。
 ディープブルーもディープブルーで、ライニールとの関係がバレた場合、国から捜査が入る可能性がある。
だから必要最低限の接触しかしなかった。
 それ故に彼らは、国で起こっている出来事にノータッチ。何も知らないことも多かった。

 しかもなんといっても、パラケルススのもとに来る〝患者〟は患者同士の紹介で成り立っている。魔術を用いた契約書で固く秘密は守られているため、患者同士もしくは紹介者同士ではないと会話に出ることはない。
 ディープブルーの人間は戦争で失ったものと言えば、社員や娼婦、金を搾り取る客だ。元々こんな稼業をやるだけあって、家族なんてあってないようなもの。
だからパラケルススにすがりついて、失った大切な誰かを再現してもらうことなどなかったのだ。

「そういやぁ、森に住んでる盗賊一行は? 最近連絡取ったか」
「先月に上納金をもらって何もなしでしたね。そろそろ貰わないとですねぇ」
「ギリギリ国内で悪行働いてんだ。俺らの目の届く範囲じゃ、勝手にさせられねぇからな」

 アベスカが魔王との戦争で多くの国民を失って、ディープブルーは更に犯罪組織の管理がしやすくなったため、盗賊などの細々とした組織すら管理していた。
盗賊側からしたら、今まで野放しだったのに上納金やら監視やらで身動きが取りにくくなって面倒極まりない。
しかしここで逆らえば待っているのは恐怖。黙ってディープブルーに金を収めるしかなかったのだった。

「た、たいへんです!」
「あん?」
「騒がしいですね」

 ドタドタとドアを破壊する勢いで入室してきたのは、ディープブルーの下っ端だった。
明らかに焦燥しきったその表情と、汗だく泥まみれの格好。普段であればこんなに騒々しく入ってくる下っ端を許しはしないが、この時ばかりは違和感を感じいつもよりも厳しく言うことは無かった。

 男は下っ端が息を整えるのを待とうとしたが、当の本人はそんなことしている暇もないようで。
深呼吸を交えつつ、荒い呼吸のまま必死に伝言を言おうとしている。

「と、とにか、く! 逃げてください! 早く!」

 切羽詰まった様子で言葉を紡ぐ。
男は、きっと国が本腰を入れてディープブルーの捜査に入ったのだと思った。
最近のライニールは特に信頼が落ち込んでいて、ここで一発支持を回復させられるような何かを起こさなければ、国や国民からの彼を見る目が悪くなる一方だ。
 元々深い関係を持っていたわけでもない。お互いに利用し利用されの関係だ。ウィン・ウィンというほどでもない。
だからそういった意味では、今回は〝ライニールの信頼度回復のために利用された〟のだろうと推測した。

「なんだ? ガサ入れか?」
「ちっ、が、いえ、そうなのかな……? とにかく、早く逃げてください! 死にます!」
「死ぬゥ?」
「落ち着いて。詳しく説明してください」

 牢屋に入れられるならともかく、死ぬとはなんだ、と。男達の中で疑問が湧き出る。
アベスカに死刑制度がないわけではない。必要とあれば殺すだろう。
だが今まで利用してきた、ある意味で仲間でもある存在をそうも簡単に殺すだろうか。――いや、口封じという意味では殺すのもありなのだろう。

 ――しかし今回は、ライニールの手先でも、今まで利用してきた組織が邪魔になったから潰すのでも、国の捜査でもなんでもない。
そう理解出来たのは、一体どれだけの人間なのだろう。

「そんな暇はありっ、――ごふっ……!」
「おい?」

 切羽詰まって急ぐように言う彼だったが、その言葉も阻まれてしまう。
部屋にやってきた下っ端の腹部には、鋭利な武器が貫かれていた。

 武器の刃は冷凍包丁のようにギザギザとしていて、身体に確実な損傷を与えんとしている。ビチャビチャと垂れた血液が、ディープブルーの建物の床を汚す。
目の前で鮮血がこぼれたというのに、未だに男達の頭は追いつていない。
 つい先程聞いたばかりの「死にますから逃げてください」という言葉。ものの数秒でそれが実行された下っ端。思考が出来ない。
廊下からただならぬ雰囲気が漂っているのを、微かに感じた。それは強者などという言葉で片付けるには、少々――いや、至極滑稽なほどに。

 そこに佇んでいたのは、紛れもない死だった。

 男らが動揺していると、そのナイフは勢いよく引き抜かれた。
前のめりに倒れていく下っ端と、倒れたことによって現れる少女。……いや、少女と形容していいものか悩ましいほどの、化け物。
 見たこともない漆黒の衣装に身を包んだその少女でも人間でもない存在は、ナイフにこびりついていた血液を振って落とす。

「こんにちはー」
「は……?」
「え?」

 気さくそうな声で、軽やかにつぶやかれたはずなのに、男達の頭には入ってこない。
 目の前で殺されて倒れた部下は、当然ながら動くことなく床に突っ伏している。
自分達に逃げるすべなど、戦う術などなく、建物を守っていたガードマンも他の部下達も、気配どころか声すら聞こえない。
ここまでこの化け物が到達出来たということは、それらは目の前の下っ端同様死んだ――殺されたということだ。

「ひ……」
「ば、化け物……!」

 そして何よりも目の前の化け物、醜悪な怪物。
こんな存在に勝てる部下なんて、男は持ち合わせていない。

 人間で言う〝顔〟とされる部分に、本来あるべきではない数の瞳。それはさながら虫――蜘蛛のような目。
人のように白目などなく、つややかなその蜘蛛の瞳は規則的に並んでいる。一体どこを見ているのか。きっと目の前にいる男達二人は見つめられているのだろうが、見つめられている側からはそれを判断出来る材料などあるはずもない。
 並ぶ黒目はつぶらな瞳といえば聞こえは良いが、人ではない目が幾つも並ぶ姿は不気味であった。

「!」

 廊下から、一人。彼女を襲う。
傷ついた体で必死にここまで来たようで、逃げれば良いものを、立ち向かってしまうのは組織による忠誠心によるものなのか。それともこの化け物を野放しにはしていられないという、人間的な防衛本能なのか。
 だが完全なる背後から襲いかかったのにも関わらず、決死の覚悟で叫び声すらなく静かによってきたのにも関わらず。
先程血振りしたばかりのナイフを、間違えることなくその男の心臓に深々と突き刺した。
その間少女はそちら側に見向きすらしない。

「がっ……あ、」
「手負いでやって来るには、上手な奇襲だったね。でもごめん。私は後ろにも目があるんだ」

 顔に六つの瞳を持ち、後頭部に二つの瞳を有する。彼女に死角など、元より存在しない。
最も、目で見ずとも――暗殺を得意とする彼女にとって、素人同然の悪者たちの忍び足など見つけることなど容易いのだ。
 少女が更に襲撃してくる人間が居ないことを確認すると、今度は見慣れた男とまたも別の少女を招き入れた。
 そちらの少女は虫のような顔をしているわけでもなく、奇っ怪な衣服に身を包んでいるものの、この化け物じみた少女よりも恐ろしさは感じられなかった。

「プロスペロ。ここが組織のトップの場所で合ってる?」
「は、はい」

 出てきた見慣れた男は、あのプロスペロであった。元々気の強い男ではなかったが、少女に怯えて出てくるさまは滑稽である。
これで普段であれば笑われていたものだが、今目の前にある恐怖があって笑えるほど図太い精神の持ち主などこの世にいないだろう。

「て、てめえ! 森の……裏切ったか!」
「ひっ! すみません!」

 ボスである男が責め立てると、当然ながらプロスペロは怯えた。所属していた賊の中でも下っ端のプロスペロは、ボスに脅されれば怖がるのは必然。
 だが男も考えるべきだったのだ。

あの無慈悲な化け物虫女は、たった一人で全ての組織員を屠ってきた。そしてそんな少女に、へりくだること無く佇む奇っ怪な服の少女。
本当に怯えるべき対象はどちらなのか。

「ちょっとお、何謝ってるの。今はそんな人間の下じゃなくて、アリス様の庇護下にあるんだから」
「そ、そうですね……」

 プロスペロは改めて来た道、廊下を見た。
その場に充満している血液の臭いは、むせ返りそうなほど気色が悪い。トラウマになりそうなほど、鼻にこびりついてきている鉄の臭いだ。
元々薄暗かった廊下は、飛び散った血液が色を変え始めている。壁や床、天井をも濡らしていた。
 それだけではない。あの細腕からどうやってこんな力を出したのだと、問いたくなるほどだった。
男の肉を切り裂き、腕をもぎ取り、足を切断した。廊下に散らばるものは血液だけではなく、様々な組織員だった肉塊もの
しばらくは肉料理を食べたくないほどには、その場所に肉片が溢れていた。
 プロスペロはせり上がってくる吐き気を我慢した。案内が終われば彼は仕事が終わる。借金もなくなるのだから。

 始めにこの少女らが「組織を潰す」といったときは何事かと思ったが、今となっては信じる他なかった。
それは人間などではなく化け物の所業。
それでなければこんなにいとも簡単に、人間を玩具のように扱えることなど出来るはずがない。

 プロスペロがアリスの本当の姿を知ることになるのはもっと先のことなのだが、それを知らぬ案内役の今は、ただただ恐ろしい集団がいるのだと怯えるだけであった。
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