上 下
56 / 105
前編 第二章「アリスの旅行」

呼び出し

しおりを挟む
 アリスにとっては、久方ぶりにやってきた場所だった。
まるで天国を思わせる心地のいい草原。頬を撫でる風が優しく、母が我が子をあやす様に柔らかだ。
 あの時と違うのは、草原にポツンとベッドが置いてあるのではなく、白く綺麗な東屋があったことだ。
そしてそこには、見たことのあるふざけた格好の〝神〟とやらが佇んでいた。その横には、見たことのない男も。

(やっとか……。向こうからの連絡を待たなきゃいけないってこと? めんどくさいなぁ……)

 この瞬間が訪れたのは、ベッドでゴロゴロしているときだった。
突然、あの見覚えのある草原に呼び出されたのだ。

 歩く度に足元の草が、サクサクと心地の良い音を鳴らす。草独特の青臭さもありつつも、くどくないそのにおい。麻子――アリスは東屋へと歩く。
 時々視界に映る体の一部は、麻子のものではなかった。
転生してからの体、見慣れた鱗に白い髪。
 だからここには、アリスとして呼ばれたのだ。魔物を統べるものとして招かれた。いい予感はしない。

「おっ、来たな~! 魔王っ!」
「お呼び立てして申し訳ございません」
「……ども。久しぶり、なんですかね」

 相変わらずふざけたテンションで話しかける。横に立っていた男は、〝神〟とは違って冷静にアリスを見下ろしていた。
 パリッとしたスーツに、黒縁のメガネ。きちんと整えられたオールバック。衣服こそ違うが、その様子は部下のハインツを思わせる真面目さがあった。
まあ、ハインツはもっとガタイが良いのだが。

「紹介するよ。こいつは君の今行っている世界を、管理してる子だよ」
「はあ」
「まだ会わせてなかったよね? ワシってば忙しい身だからさぁ~」
「あ、はい。ども……」
「はじめまして、園――あぁいえ、アリス様とお呼びするべきでしょうか?」
「いえ……別にお好きに呼んでください」

 神があんな対応をとっているものだから、部下も同じような態度なのかと思っていたアリスは拍子抜けした。
まるで日本人のように礼儀正しく話す男に、酷く困惑している。
 このまま名刺を取り出してきて、日本人のように丁寧に渡してきてもおかしくはない様子だった。

「ではせっかくなので、園様と呼ばせて頂きます」
「あ、はい。えっと……」
「私はフルスと申します。お好きにお呼びください」
「フルスさん、よろしくお願いします」
「こちらこそお願い致します」

 お互いに名乗り終えると、フルスは深々と頭を下げた。
そして振り絞るような申し訳ない声色で、謝罪を連ねていくではないか。

「この度は我々の上司がご迷惑を……」
「えっ、いえ! 全然……。上が駄目だと苦労しますね」
「本当にその通りです……」
「ねー、それワシのいない時にやってよ!」

 アリスも麻子だった頃を思い出して同情した。
こんな上司が上に立っていたら、胃が痛くなるどころじゃない。
今回はたまたま〝間違えて殺してしまった人〟と〝勇者を殺してくれる人を探していた世界〟という、利害が一致したものの。
 この自称神は部下や弟子の世界に、間違えて殺した人間を押し付けていると思えば、相当迷惑な上司だろう。

 それはさておき神様がアリスを呼ぶだなんて、それだけの理由じゃないはずだ。今の今まで勇者とあまり関係ない国を制圧しても、勇者に出くわしても何も言わなかった彼だ。

「本題。あるんですよね」

 アリスが切り出すと、少し申し訳無さそうに神は喋りだした。
彼の中にも罪悪感や申し訳ないという感情が存在するのだな、とアリスは感心した。

「いやぁ、それがね。ジョルネイダ公国が、勇者の召喚に成功しちゃって」
「でしょうねぇ」

 聞けば勇者の召喚は、まるでサイコロよろしく、ソーシャルゲームのガチャシステムよろしく、確率で決まるらしい。
 そしてあろうことか、ジョルネイダはそれを成功してみせたのだ。これがゲームならば、排出率があまりにも低すぎて、すぐにサービス終了してしまいそうな低確率を。彼らは幸運にも強運にも引き当ててしまった。
 さすがの神も気まずくなるわけである。詫びとして送り出した世界に、更に追加で敵がやって来るのだ。
当初の予定も、転生者のやりたいこともあったもんじゃない。

(というか、そんなシステムやめろよ……!)

 そう言ったところでもう既に、済んでしまったことはとり払えない。
 さて、神はそんなことを告げるためだけに、ここに呼んだのではない。ここは麻子が死んでアリスになった場所であって、部下を生み出した場所。
そして今さっき告げられた追加の勇者。
アリスは段々と、彼らが言わんとしていることを理解し始めた。

「追加キャラ、か」

 ソーシャルゲームの運営が不具合で配布するお詫びの報酬――〝詫び石〟ならぬ〝詫び部下〟である。

「ごめいとー! そんなわけで、一名追加してくださーい!」
「……勇者は何人ですか?」
「レベル199が三人だよ♡」
「おい! バランス取れないだろ!」

 怒りのままに叫ぶアリス。神が言うには――向こうは最初の勇者よろしくレベル199だ。
それだというのに、アリスが追加を許可されたキャラクターのレベルは200。永遠に上がれない、1というレベル差は圧倒的なのだろう。
これで我慢してくれということなのだ。
 文句があるからといって、断るわけには行かない。一人とてアリスにとっては、大事な戦力だ。この誘いはしっかりと受けねばならない。

「レベル200じゃなくて良いからさ、もう1人だめ?」
「えぇ~……いいよん」
「いいのかよ!」
「レベルは180ね」
「じゅーぶんです!」

 一度目は酷く時間が掛かった記憶があったが、それはアリス自身を含めて七人分のキャラクター作成があったからだ。
今回は人数が少ないのもあり、慣れというのもあって作業はすぐに終わった。
 しかしすぐに終わったというのは、雑に作ったというわけではない。
今回もアリスの好み通りで、幹部に相応しいキャラクターを作り上げた。期待通りの働きをしてくれることを祈るだけだ。

「えぇ? そんなんでいいの?」
「いいんですぅ。今までで十分に強いっていう統計は取れてるから」
「それじゃあ約束通り、ちゃんと勇者を殺してね」

 ニコニコと意味ありげに笑う神を不気味に思いながら、アリスは生まれたての我が子を引き連れて世界へと戻っていった。











「今回も告げなくて良かったのですか」

 フルスは、上司である〝神〟に向けてそう問うた。
その場にはもう既にアリスはおらず、あの世界に戻っていた。
 この空間に来るには、アリスだけの力では不可能である。この二人のどちらかに呼ばれなければ、降り立つことは出来ないのだ。
だからこの会話も、アリスが聞けることなど有り得ない。

「まあいいでしょ!」
「それですから、変な勇者や英雄が生まれるんですよ」
「厳しいなぁ! もう!」

 頬を膨らませて、プンプンとわざとらしく怒ってみせる。その様子にフルスは、少しだけ不機嫌になった。
スキンヘッドの年寄りが可愛い子ぶるのは、見ていて辛いものがある。

「〝そのお姿〟でぶりっ子は……やめて頂けますか」
「も~」

 〝神〟が指を鳴らすとをすると、ポンッという軽快な音とともに煙が立ち込める。
その煙が晴れた先にいたのは、見慣れた怪しげな神ではなかった。

 そこにいたのは、まさに紳士と形容するべきな洗練された男だった。
白髪交じりのグレーの頭髪は、サイドを刈り上げて、ナチュラルオールバックにセットしてある。
しかしながら瞳は紫色に怪しく輝いている。何か強大な力を持っていそうな、そんな怪しさがあった。
 漆黒のスリーピーススーツはクールさを引き立てていて、ワンポイントとしてゴールドのネクタイが中央で煌めいている。

「いつもそちらで居られたらいいんですけど」
「面白い方が良くないか? ただのオッサンが失敗して殺したって言うのと、おちゃらけた爺さんとじゃ違うだろ?」
「今の見た目でしたら、少なくとも園様はお許しくださるのでは……」

 いわゆる〝イケてるおじさん〟というもので、オタク気質なアリスであれば許容する範囲だろう。
系統は違えど部下であるハインツも、似たようなものなのだから。

「そうか?」
「……あのTシャツよりはマシです」

 こればかりはフルスの言うとおりである。
白いハーフパンツに白いTシャツの神様よりかは、話を信じてみようかなという気持ちになるのだ。

「ごほん。話を戻しますけど……園様には、この世界――〝トラッシュ〟の役割を伝えても良かったと思います」
「……あー、前に呼べばいいさ。どうせ向こうからは、連絡出来ないんだから」
「承知しました。ではこれからも、ほぼ園様のやりたい通りにさせておきます」
「俺は地球に戻るから、また何かあれば呼んでくれ」
「了解です」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

放置された公爵令嬢が幸せになるまで

こうじ
ファンタジー
アイネス・カンラダは物心ついた時から家族に放置されていた。両親の顔も知らないし兄や妹がいる事は知っているが顔も話した事もない。ずっと離れで暮らし自分の事は自分でやっている。そんな日々を過ごしていた彼女が幸せになる話。

婚約破棄ですね。これでざまぁが出来るのね

いくみ
ファンタジー
パトリシアは卒業パーティーで婚約者の王子から婚約破棄を言い渡される。 しかし、これは、本人が待ちに待った結果である。さぁこれからどうやって私の13年を返して貰いましょうか。 覚悟して下さいませ王子様! 転生者嘗めないで下さいね。 追記 すみません短編予定でしたが、長くなりそうなので長編に変更させて頂きます。 モフモフも、追加させて頂きます。 よろしくお願いいたします。 カクヨム様でも連載を始めました。

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

処理中です...