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前編 第二章「アリスの旅行」

ヨース領2

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「荷物は彼らに預けてくれ。部屋まで運んでくれるから」
「はーい」
「あ、ありがとうございましゅ!」
「ユリアナ、動揺しすぎ……ね」

 オリヴァーの仲間たちが続々と荷物を預けていく中、アリスは立ち尽くしていた。
横にいるガブリエラも困惑して棒立ちしている。

(……困った。この中は空っぽだ)

 一応旅行者として手ぶらで旅行するのは怪しまれるということで、背負うタイプのかばんを用意していた。
しかしながら膨らみはあるものの中には何も入っていない。実際は魔術空間に全てを収容しているのだ。
取り出す際もかばんに手を突っ込んで探すフリまでして、さもかばんから取り出したように見せているほど。
 アリスにとって重量というのは、さほど問題にはならない事柄だ。
だがかさばったり邪魔だったりというのは、最強の身であっても存在する。煩わしいという感情とともに旅行するのは、少々気が引けた。
だから今の形態をとっていたのだが、こんなところで躓くとは思わなかったのだ。

「あのぉー、すみません。荷物を他人に触られたくないので……。自分で運びます」
「そうか!」
(ほっ……)

 素直に告げれば、特に疑われること無く話は済んだ。
 そのままパーティーメンバーと一緒に部屋に案内された。
部屋分けは、コゼットとマイラ、ユリアナとオリヴァー。アンゼルムは領地内に実家があるので部屋を借りることなどない。
そしてアリスとガブリエラだ。

「夕飯は……」
「あのぉ~、街に食事処とかはあります?」
「もちろんあるぞ」
「じゃあ私達はそこで食べますのでぇ……」
「遠慮しないでくれ。マリーナの料理を食べていけばいい」
「そうだよ。母さんの料理は絶品だから」

 純粋な善意からのお誘いだとよく分かった。だがアリスはそろそろこの、つまらないグループから外れたかったのだ。
 正直言えばガブリエラもそろそろが必要な頃だろう。
港について以降、まともに食事をしていないはずだ。
ガブリエラはアリスと違って、食事が要らないわけではない。人間のような食べ物からの摂取ではなく、別の方法ではあるものの栄養を摂取する必要があるのだ。

「いえ。家族の時間に水を差したくありませんし――」
「あたしアリスさんと二人食べたいぃ……」
「こう言ってるので。申し訳ないですけど」
「あぁ、いいんだ。それなら仕方ない。それに領内のお店はどこも美味いからな!」
「すみません」



 なんとかガブリエラの協力もあって、理由を生み出して逃げるように屋敷を出た。
日もくれて賑わう街の中に、アリスたちが溶け込む。
人間用の食事は不要とは言えども、アリバイを作る必要があった。適当な店に入って食事をして出ていく。
 後は影武者を生成して、適当に街を歩いているように見せかければいい。その間にガブリエラの食事用の狩りをするのだ。

「どこでもいっか。賑わってるし、あそこにしよう」
「はい!」

 街に入って一番最初に目についた場所に入店する。ちょうど夕飯時のようで、店内はとても賑わっている。
運良く座れる場所を見つけて、二人分雑に注文する。
 二人共人間向けの食事からは栄養は取れないため、この際内容なんてどうでもいいのだ。

「食べたらホムンクルスを出して擬態させる。一旦港に戻るよ。ここじゃ勇者の目があるから、ガブリエラの力じゃバレると思うし」
「ごめんなさい……」
「気にしないで。すぐ終わりそう?」
「相手の早さ次第です♡」
「あ、そう……」

 そんな会話をしていれば、すぐに料理が運ばれてきた。値段もそこそこ安かったゆえに、簡単な料理だったのだろう。
パンとスープ、明らかに鶏や牛豚系ではない焼いた肉に添えた野菜。鼻をくすぐる匂いは不味そうには感じない。
少なくとも野営の際に食べた――マイラの薬草入りスープよりは十二分にマシだろう。有名貴族の領地内で出している料理だ、そうでなくてはならない。

「わぁー! 美味しそう!」
「だね」

 アリスもガブリエラも、パクパクと口に頬張っていく。匂い同様味も十分に美味しい。
アリスの前世の現代とは違って、パンもボソボソしているし肉も硬いが、この世界の発展具合を見れば納得の行く程度だ。

(栄養は取れないけど……たまに食べ歩くのも良いかもなぁ)

 たまの遊び。娯楽として食事という行為を取り入れるのも良いかも知れない、とアリスは思った。
だがそれも本当にたまに、だろう。彼女の主な目的である〝勇者殺し〟は壮大な目標だ。
途中途中で休んでも良いだろうが、あまり遊びにかまけていると存在が知られて逆襲されかねない。

「ふぅー、お腹いっぱいです!」
「急かしちゃった?」
「いーえ! もありますから、自分で勝手に急いだだけですよーう」
「そう。じゃあ行こっか」

 二人は食事を平らげると、チップ分もテーブルに一緒に置いて店を出た。

 人気のない裏路地に回り込んで、辺りを探知して本当に人がいないかも確認する。
もしも誰かに見られていたら一大事だ。ある意味この領地に住んでいる人間は、全て敵のようなもの。
 見慣れない不審者が路地裏で何かやっていたと領主に報告されれば、オリヴァーやヴァジムから受けていた疑いの目が確信へと変わってしまう。

「念の為、隠密を掛けるか」

 そう言って隠密化の魔術を展開する。解除するまではアリスとガブリエラの存在は、誰にも見聞きされないだろう。
 そして流れるように、アリスはホムンクルスを二体創造した。
真っ白なホムンクルスは、生み出されるとウゾウゾと肉体が変形して、数秒後にはアリスとガブリエラになっていた。

「うわぁ、すごいです……。錬金術師様もホムンクルスを作れましたけど、アリス様も作れるんですねぇ」
「そりゃね。幹部の持ってるスキルは全部使えるよ」
「えぇ!?」

 幹部たちにはスキルを数個付与してある。各々の使命に合わせた、得意分野を活かすようなスキルたちだ。
 だがアリスには、それらがない。
アリスがこのキャラクターを作成する際に、全ての幹部を凌駕出来るようなスキルが無かったからだ。
どのスキルも幹部達と比べても、同等の力かそれ以下しか発揮出来ない。そんなようなもので、長を務められるのだろうかと思ったのだ。

 しかしその代わりにアリスは、幹部達のスキルを全て使える。
エンプティのスキルも、竜人であるハインツや錬金術師のパラケルススも、幹部最高位魔術師であるルーシーのスキルも、最高の暗殺者ベルのスキルや絶対防御を誇るエキドナのスキルも、全部。
 これがあの化け物達の頂点に立つ、アリス・ヴェル・トレラントなのだ。

「我が主、アリス様。ご命令を」
「アリス様、ご命令を」
「はいこれ、お金ね。適当にお土産物色してきて。管理がめんどくさいし、食べ物は禁止ね! なるべくお店、人のいるところに行ってアリバイを作ること。愛想よくして戦闘行為はだめっ」
「畏まりました」
「承知いたしました」

 堅苦しい返答をするホムンクルス二人をみて、アリスはムッとする。

「そうじゃないでしょ。私達が戻るまであなたたちが、アリスとガブリエラなんだから。ほら!」
「わ、わかりました」
「はぁーい!」
「よし! ではいってらっしゃ~い」

 アリスはトントンと肩をたたいて送り出す。ホムンクルス二人がきちんと大通りに戻ったのを確認すると、まだ隠密は解かぬまま次の魔術を展開する。
それはアリスが一番使うと言っても過言ではない、〈転移門〉。
 ホムンクルスがアリバイを作ってくれているとは言え、流石に何日も掛かった道のりを徒歩で戻るわけにはいかないのだ。
アリスの足であれば可能だろうが、ガブリエラが――ガブリエラの肉体がついてこれないだろう。
防御魔術を張ったとしても、途中でその風圧に耐えられず肉体がちぎれてしまう。

「ほら、宿が集まってるとこだよ。ここでいい?」
「じゅーぶんです! いってきますね!」
「待ってるね~」

 ガブリエラはパタパタと軽快に走っていく。通行人をチラチラと見ながら、男達を見定めている。
種族の固有能力なのだろう。
アリスを待たせないための〝早い人〟を探しているのだ。
 見つけてしまえば後は簡単だ。誘ってそういう話に持ち込むのは、もはや専売特許なのだから。

 とは言えどれだけ早かろうが、ホテルに向かう道のりとチェックインなどの処理も考えれば数分は暇になる。
アリスは適当な路地に入ると、通信を始めた。
今夜分の定期連絡だ。

「ハインツ」
『はい、アリス様! ご無事でしたか!』
「うん、無事。元気。今ちょっとガブリエラの食事もあって、領地に影武者置いてきた感じだけど……」
『左様で! こちらはパラケルススから、進捗を聞きました!』

 その言葉にアリスはパァっと喜んだ。進捗を報告出来るということは、それなりに誇れる進度だということ。
もちろん滞っていればそれはそれで報告するだろうが、それであればハインツも直接「遅れている」と伝えるだろう。

「おぉ、どれくらい進んだの?」
『大方終わったとのことでしたッ! 割合からして八割程度かと!』
「えぇ? 早いね」
『ヴァルデマルと勇者による、人口減少が理由でしょう!』

 驚いたアリスだったが、理由を聞けば納得する。
それになんと言っても、アベスカの城下町と同じ規模の貴族の領地を見てしまった以上、あの人口程度であればすぐ終わってしまうか……と納得せざるを得ない。
 とは言え発展させる気はないが――初めて侵略した土地であるがゆえに、少し気にかけるくらいしてもいいかなぁ、という気持ちにもなったのだった。

『それで不躾とは分かっているのですが!』
「うん?」
『デスクワークには飽きてきた、とも申しておりますッッ!』
「あー……」

 別段パラケルススは、肉体派やらアウトドア派やらではない。だがずっと机に向かって、好きでもないしもっと言えば嫌いな下等生物である人間と、馴れ合っているなどもってのほか。
外に出て世界の空気を吸って、一息つきたいのだろう。
 なんと言っても現状、幹部の中ではトップクラスで働き詰めなのが……パラケルススだ。
気分転換も兼ねて別の仕事をしたい、という意味だった。

「オッケー。じゃあ戻ったらそれも含めて、また会議しよっか」
『寛大なお心遣い、有り難く存じますッッ! それと……エンプティがアリス様の健康を案じております!』
「……うん」
『お早い帰宅を、お待ちしておりますッ!』

 本当に最初の頃にエンプティと約束した健康管理。アベスカへの進出から、離れていった魔族の管理。
エンプティが仕事に追われ、アリスとの時間が割けなくなっていた。そしてアリスの長期外出。
それもあってエンプティは長いこと、アリスの体調を確認出来ていない。
 いくら信じると言おうが、敬愛する主が遠く離れた勇者の故郷で旅行しているなどということを、不安に思えない部下がいるだろうか。

 エンプティが少々度の過ぎた過保護で、アリスに対する異常な愛を持っていたとしても――アリスが好みのまま生み出した一人。
その不安を無下にすることなど、出来るはずがない。

「アリスさーん!」
「ごめん、ハインツまた今度。パラケルススとエンプティに関しても」
『では失礼致しますッッッ!!!』

 十分に食事を終えたようで、ガブリエラはツヤツヤとしていた。
満面の笑みでアリスの方へ向かってくる。
最初の場所から移動していたが――すぐに突き止められたのは、やはりアリスが強大な力を持っていることからだろう。
そしてそれを隠しているのにも関わらず分かったのは、この旅で長いこと一緒にいたからだ。

「もう済んだの? 早くない?」
「はい! 外でしました! 室内じゃないから余計興奮してたみたいで、すーごく早かったですよぉ」
「オゥ……」

 早く戻りたいアリスとガブリエラからすれば、その男はある意味で優良物件だったのだ。
だが美少女に影でこんなことを言われていると知れば、どんな男であろうとも傷つくに違いない。
ただの〝食事〟のために利用されたのだとわかれば、もっと落ち込むだろう。
 人間相手に同情などすることないとは思っていたアリスだったが、この時ばかりは名も顔も知らない男に対して静かに祈ったのだった。
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