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旅立ち編

第56話 新たなる邂逅。

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2年後。


アラズマ・ミスーサ国境沿い白銀山中腹にて。


「もう!……なんで人の世界に……こんなに強い魔物がいるのよ!!」


碌に整備もされていない山道を駆け上がりながら、一人の少女が悪態をつく。
その少女の見た目は10代半ばといったところだろうか。
黒を基調としたドレスアーマーを身にまとっており、その両手には2本の金属の棒が握られている。
美しいオレンジに輝いた長髪が特徴的で、彼女の動きと共に揺れていた。
その顔はまだ若干の幼さを残してはいるが整った顔つきをしており、街中を歩けば人目を引くだろう。

だが……ここは伝説の白銀竜が居るとされる山の奥だ。
ここを歩く人などいない。
居るのは彼女と……彼女を追う3匹の犬型の魔物。


「やっとの思いで兵士を振り切ったと思ったのに!」


そう呟く彼女に魔物の牙が迫る。
彼女は必至の思い出棒を振りぬくのだが……その棒はむなしく空を切った。
だが回避に手間取ったのか魔物との距離は開いている。


「ここで……死んでたまるもんですか!」


これは好機と判断した彼女は走る速度を上げる。

きっと……もうすぐ!

森の奥が明るくなる。
開けたところに出そうだ。
きっとあそこに……あの人が!

そう思いながら彼女は森を抜ける。

そして気づく。


……ここが崖の上だということに。


「あ、あれぇ……?」


自身の足が宙を掻く。
甲高い悲鳴と共に彼女は真っ逆さまに崖下へと落ちていく。
そして……彼女の意識はそこで途切れるのだった。


------------------------

どこかの山にポツンとある家にて。


俺は集中していた。
お玉を持つ手が震える。
ここで……少しでもこの層を削りすぎてしまうと……。
慎重に、慎重に。

目の前には一つのビン。
その中には赤色、それから黒色の液体が入っており、上下に分かれている。
俺は息を殺しながらゆっくりとお玉でその液体の上積み部分、赤色の液体部分を別のビンへと掬っては入れていく。
2つの層を分かつはキダンの実の層。ここを傷つけてしまうと瞬く間にこの2つの層は混ざり合ってしまうだろう。

それだけは絶対に許されない。

この液体の元になった薬草は希少だ。そして極めて高い。

贔屓にしてもらってる薬屋の店員に何度もお願いすることでようやく手に入ったものだ。

俺はあと一掬いでキダンの実の層に達しようかというところで手が止まる。
普通の人であれば安全マージンを取ってここで止めるだろう。
だが俺は……。


「男は……度胸!」


一人そう呟くとお玉に力を籠める。
あとわずかだが……もったいないだろう?
俺の固有スキルである貧乏性が発動したのだ。

ゆっくりとお玉をビンへと近づけていき……そして。


「ワン!ワンワンワン!!」


扉の外から聞こえる声にびっくりし、身体を震わせる。
思わずお玉をビンの中へ突っ込みそうになったが、薬は何より大事と理解している俺の脳、身体、そして神経といったあらゆる器官が反射的に動き、ギリギリで避けることに成功した。
その結果激しい音を立てながら机の角に頭をぶつけたのはご愛敬である。


俺は痛む頭を押さえながら扉に手をかけ、外に出る。


するとそこには……。


「なんだまたお前らか……もしさっきの声で俺が薬を零してたら……間違いなく怒りの鉄拳制裁だったからな」


睨むその先には、申し訳なさそうに身体を縮める3匹の犬型の魔物が居た。
名をフロル、ベルム、プエルと言う。
まぁ名付け親は俺なんだけれども。


俺ことシリウス・フォーマルハウトはティアドラがいなくなった後もこの山で生活を続けている。
それはもちろん彼女の言いつけ通り、薬師として、そして戦士として修行をするためである。

最初は山を下りて当てもなく流浪の修行でもしようかと考えていたのだが、それは止めた。
何故ならこの山から様々な種類の素材が採れるようになり、またこの山に住む魔物の力が向上したため、山の外へ行く必要がなくなったからである。

恐らくだが……彼女が消える瞬間、解き放たれた多量の魔力がこの山全体を覆い、この山の植物、そして魔物に大きな影響を与えたのだろう。
だが俺は、これらは彼女が俺にくれたプレゼントだと思っている。
彼女が見守るこの山でしっかりと力をつけろと言っているような気がした。



この3匹の犬はそんな強化された魔物達である。
最初は敵対し、何度か互いにボロボロになるまで戦っていたのだが、いつしかこうして主従関係を結んでいる。
彼らは正に忠犬そのものといった様子で俺の指示を聞いてくれるようになったのだ。


そのため、彼らにはこの山の治安維持……専ら白銀竜が居なくなったこの山の財宝を求めてやってくる、冒険者達を追い払ってもらっている。。
その仕事ぶりも優秀なのだが……魔物としての本能なのかやりすぎてしまうことが多々ある。
最初、血だらけになった冒険者を引きずってきた時には正直ドン引きした。
その冒険者は回復薬を飲ませて麓の村まで送ったが……きっとトラウマになったことだろう。


ここにくる冒険者は月日が経つごとに増えてきているため、追っ払い業務は基本的に彼ら主体で行ってもらい、何かトラブルがあった際にはこうして俺の家まで来るようになっている。


「で?……今日は何をしでかしたんだ?」


やれやれと言った具合に腕を組み、ため息をつく。
3匹は互いに目配せをしあう。……どうやら誰が報告するかを押し付けあっているようだ。
そのしぐさは……なんだか人間っぽい。
やがて申し訳なさそうにおずおずとプエルが前に出る。


「ワン……ワン」


なるほど、分からん。
まぁ大体こういう時はついてきてくれと言っているのだろう。
お辞儀を一つするとくるりと反転する。
俺は頷くと家の中へと戻り、支度をする。どんなことでも油断は禁物だ。
毎日手入れをしている曲刀『ティアドラ』を手に取ると、自作の専用の鞘に納める。


「じゃあ、言ってくるよ」


家に向かってそう言い残す。
そして先導する彼らの後に付いていくことにした。




「ここは……」


プエル達に案内された俺はいつかの崖の上に立っていた。
遺跡への……入口があった場所。
彼らはここに何故俺を連れて来たのだろうか。


「ワンワン!」


フロルが崖下に向かって吠える。

ん?

吠えている方向を見てみると、鬱蒼と茂った森の中に少しだけ木々が折れたような跡が見えた。


「お前ら……まさかここから突き落としたんじゃないだろうな」


若干引いた目つきで彼らをみると彼らは全力で首を横に振っていた。
俺には正直な3匹だ。恐らく嘘ではあるまい。
もう一度崖下を見る。
角度的にもやはり、ここから人が落ちたのだろう。
そう判断すると懐から体重軽減の丸薬を取り出し、飲み込む。
そして効果を実感するなり俺は崖から身を投じる。


「ワン!?」


背後から俺を心配する声が聞こえるが……問題ない。
極限まで軽くなった俺は空気の抵抗により、ゆっくりと崖下まで降りていく。


「……よっと」


地に足をつけた俺は早速人が落ちたであろう場所に向かった。


「たしか……この辺り……あ」


数多くの木々が押し倒されている。
どうやら中々の衝撃だったようだ。
ここに落ちた人……死んでないよね?

恐る恐る俺は辺りを確かめる……すると。


「居た……」


折れた木の枝部分に人が隠れていた。
どうやら枝や葉がクッションの役割を果たしていたようで、中の人は無事の様だ。
だが頭を打ったのかそれとも落ちたショックだかで気絶している。


「まったく……世話の焼ける」


俺は愚痴をこぼしながら枝を折り、救助する。
その時になってようやく気付いたが、枝の中に居たのは女性だった。
それも相当な美人。


「美人でも……なぁ」


この山にくる冒険者のほとんどが、この山で一発当てたいといった欲にまみれた者ばかりだ。
そう言った者たちはいくらその身なりが美人だったとしても願い下げである。


「……あれ?」


彼女を抱えようとしたその瞬間、俺は気づく。
その頭には……小さいが2本の角が生えていたことに。


「コイツは……魔族?……でも、どうしてここに?」


こうして俺は、俺の人生を変える二人目の人物と邂逅するのだ。
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