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270話、生けるおとぎ話

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 サニーが開けっ放しにした扉を抜けて、外に出る。昼下がりの眩しさに目が眩み、ゆっくりと色付き出した視界の先。
 胸の高まりが収まらず、ソワソワしているサニーの背中。そのサニーの隣に付き添う、落ち着いたイフリート様の背中。
 二人から離れた、やや前方。威風堂々と仁王立ちをして、雄々しい笑みを浮かべたベルラザさんが見えた。

「ベルラザさんっ! 珍しい物って、何を見せてくれるんですか!?」

「その前にだ! サニー、お前の口は堅いか?」

「口ですか? 柔らかいです!」

「そうだな。見るからにプニプニしてて柔らかそうだ。私も触ってみたいぞ! けど、そうじゃない。お前は、私との約束を守れるか?」

「はい、守れますっ!」

 すごいな、ベルラザさん。サニーの食い違いな返答を気持ち良く肯定してから、話の筋を戻している。私も見習うべき、母親らしい理想で大人の対応だ───。

「……あ、アカシック殿? ちょっと、こっちに来てくれ」

「ん? おっと」

 不意に、後ろからウィザレナの呼ぶ声が聞こえたので、振り向こうとした直後。先に右手を引っ張られ、体勢を少しだけ崩す私。
 遅れて振り返ると、見るからに緊張していて、口を一文字に噤むウィザレナとレナ。動揺を隠せず、ベルラザさんとイフリート様を見返しているフローガンズが居り。
 ヴェルイン達の聴力でも届かない距離まで連れて行かれると、三人は立ち止まり。私の手を引っ張っていたウィザレナが、険しい表情をしながら私の両肩に手をバンッと置いた。

「……そ、率直に聞くぞ。あのベルラザ様とイフリート様は、もしかして……?」

 たぶん、ウィザレナなりに言葉を選び、他の人に聞かれないよう配慮しているのだろう。大精霊と言わず、例の二人を指定したのがいい証拠だ。

「ああ、お前の予想は合ってるぞ」

「やっぱり! しかし、色々おかしくないか? イフリート様は、全身が焼かれそうな凄まじい魔力で、察しは付いたが……。アルビス殿のあるじと言ってたベルラザ様からも、イフリート様と同じ魔力を感じるぞ?」

「つまり火を司る大精霊様は、御二方居るって事でしょうか?」

「それも合ってるっちゃ合ってるんだが……。説明すると長くなりそうだから、ベルラザさんとアルビスから許可を取れたら、あとで全部話してやる」

「ねえ、アカシックぅ……? せめて、少しでもいいから魔力を抑えて下さいと、御二方にお願いしてくんな~い……? 灼熱の魔力に当てられて、溶けちゃいそうなんだけどぉ……」

 私に詰め寄るウィザレナとレナの背後から、明らかに消耗していて、気だるそうな顔をしたフローガンズが、擦り切れたか細い声で懇願してきた。本当だ。顔に汗みたいな雫がぽつぽつと滴っている。

「わ、分かった。落ち着いたら二人にお願いしとくよ」

「ありがとぉ、よろしくぅ……」

 そう絞り出したような感謝を述べたフローガンズは、立っているのもやっとな状態だ。やはり、属性の相性が悪いと、そこまで辛くなってしまうんだな。なら……。

「なあ、フローガンズ。生死に関わるんだったら、一旦雪原地帯に帰った方がいいんじゃないか?」

「……いや。あたしの師匠とアルビス師匠に、これも修業の一環だって言われるだろうから、頑張ってここに居るよぉ……」

「そ、そうか。何かあったら、我慢しないで私に言えよ?」

「……うん、分かったぁ」

 確かに。フローガンズの師匠については、まだ何も知らないけれども。師匠の立場に回ったアルビスだったら、間違いなく言いそうだな。
 しかし、アルビスのことだ。フローガンズを気遣って、最初は私と同じように、一旦雪原地帯に帰る事を勧めると思う。

「よし、それじゃあ最後の質問だ! サニー。お前は不死鳥フェニックスを見た事はあるか?」

「不死鳥……。絵本の中で、いっぱい見たことがあります!」

「……まさか」

 私の立てた一つの予想が当たりそうな会話に、視界が自然とサニー達が居る方へ移っていく。ベルラザさん、本当に正体を明かすつもりらしい。
 けど、かつて渓谷地帯で、時の穢れに侵された『メリューゼさん』を、サニーも遠目から見ていたはずなのだが。
 全身は黒ずんでいたし、凶暴性が増した表情は魔物そのものだったから、たぶん巨大な怪鳥や何かと思ったのかな?

「なら、話は早い。サニー。絵本の中に閉じ込められたおとぎ話より、生けるおとぎ話を見てみたいと思わないか?」

「生けるおとぎ話って……、どういう意味ですか!?」

「つまり、こういう事だ!!」

 不言実行と言わんばかりに咆哮を上げたベルラザさんの周囲に、高速で吹き荒れる炎の旋風が出現し、ベルラザさんの全身を覆い隠した。

「わっ!?」

「ベルラザ様が、炎の竜巻に飲み込まれたぞ!?」

「アカシック様! 大丈夫なのですか、あれ!?」

「まあ、見てれば分かるさ」

 突然の出来事に、サニーは右腕で顔を覆い。ウィザレナとレナも慌てふためき出し、静観している私の体を揺らし始めた。
 数秒すると、ベルラザさんの姿を隠した炎の旋風は弾け飛び。その中から、聖火のように美しく燃え盛る羽を纏った不死鳥フェニックスが現れ、両翼をおおらかに開いた。

「……えっ? ……わ、わあっ、わあーーーーーっっ!! 不死鳥さんだぁーーーーっっ!!」

 ほんの一瞬だけ呆けた後。目の前に現れた生ける伝説を認めたサニーが、色棒や画用紙を放り投げつつ、大きくバンザイをしながら何度もその場に飛び跳ねていく。
 あのサニーが、色棒と画用紙を放り投げてしまうほど、心が舞い上がっている。私が見てきた中で、一番興奮していそうだ。

 ───サニー、改めて自己紹介するぞ! 不死鳥のベルラザおばさんだ、よろしくな!

「わっ!? ベルラザさんの声が、頭の中から聞こえてきたっ!」

 ───はっはっはっ! この姿だと、口がくちばしになっちまって喋れねえからな。どうだ? 面白いだろう?

「は、はいっ! あのっ! ど、どうやって喋ってるんですかっ!?」

 そうか。私やアルビス、ウィザレナ達は大精霊と契約をしているから、口を動かさずとも会話が可能な『伝心でんしん』とやらを使えるものの。サニーは、今日が初体験になるはず。
 実際の所。どうやって話せているのか、私も原理自体は分かっていないし。未だに、体中を走るゾワゾワ感に慣れていない。

「……べ、ベルラザ様って、不死鳥、だったのか。それにしても、なんて美しい姿なんだ……」

「すごく綺麗……」

「うん。目を奪われてしまうぐらい、煌びやかで綺麗だな」

 ヴェルイン達も、ベルラザさんの正体に驚愕した目を大きく見開いていて。ファートに至っては、口をだらしなく開けている。
 ベルラザさん、何をしてもみんなに強烈で鮮烈な印象を与えてしまうな。けど、いずれそれも、時間が経てば日常として受け入れられていくだろう。しかも、最も身近な日常としてな。
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