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241話、嘘をつけない者達

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 プネラをここへ呼ぶべく、家の前でこちらの様子を眺め、ディーネの後ろにこそこそと隠れているプネラに手招きをするも。
 気付いたプネラの顔がハッとして、顔まで半分以上隠れてしまった。

『……私、そっちに行っても大丈夫?』

 と、思いきや。私の頭の中から、怯えたようにも聞こえるプネラの声が響いてきた。今のは、プネラからの『伝心でんしん』か。
 先の出来事があったせいで、サニーを怖がっているようだ。私もレムさんに叱られた時は、プネラと同じく物陰に隠れて、ビクビクしていたっけ。
 しかし、幼少期の私は、両頬を抓られながら怒られた経験は無い。だからきっと、プネラはサニーに対して相当怖がっているだろう。まずは、その恐怖心を取り除いてやらないと。

『ああ、大丈夫だ。さっきみたいな事は、もうしないだろう』

『ほ、本当?』

『うん。サニーにある程度の経緯を説明したから、だいぶ落ち着いてくれた。たぶん、話しぐらいは聞いてくれると思うぞ』

『そう、なんだ。ねえ、アカシックお姉ちゃん。一つだけ質問してもいい?』

『なんだ?』

『子供の頃のアカシックお姉ちゃんって、嘘をつくのは得意だった?』

『む……』

 なるほど? これは少々まずいな。プネラをここに呼ぶと、流石に手は出ないだろうけれども。私が説明した内容の真偽を、プネラに問う可能性がある。
 そして、幼少期の私は、嘘をつくのがとんでもなく下手だった。すぐ顔に出てしまうし、態度や素振りも露骨に怪しくなる。
 なので私は、嘘をまったくつけず、全て正直に話して謝っていた。もちろん、泣くのを我慢しながらな。

『……いや、下手以前の問題だ。顔や態度に分かりやすく出てたから、嘘をついてもすぐバレる』

『ええっ? そんなぁ……。それじゃあ、ずっとアカシックお姉ちゃんになってた私も、嘘をつけなくなっちゃうよ』

『だ、大丈夫だ! 私が話を上手く合わせる! だからお前は、何も言わずに頷いてくれるだけでいい。そうすれば、罪悪感も覚えないだろう』

 そう。私は嘘つくのがド下手だし、ちゃんと罪悪感も抱いていた。……いや、今でもそうか。サニーに嘘をつく度に、左胸に痛みを伴うのがいい証拠だ。

『ちゃんと話してって言われたら、どうすればいいの?』

『そう言われた時は、私の後ろに隠れてくれ。あとは全部私が話す』

『う~ん……、分かった。今行くね』

 なんとか了承してくれたプネラが、ディーネの背後から姿を現し、恐る恐るこちらへ近づいて来た。サニーはというと、未だ私の胸元に顔をうずめたままでいる。
 よし。プネラは、ソワソワしていながらも勇気を出してくれて、サニーの後ろまで来てくれた。次は、サニーの番だな。

「ほら、サニー。プネラが来てくれたぞ」

 背中を優しくポンポンと叩きつつ、喋らなくなったサニーに言ってみる。
 すると、どこか不服そうな細まった青い瞳をしていて、唇もツンと尖っている顔を私に合わせてきた。

「サニー、お姉ちゃん……」

 あまりにもか細く震えた声で、プネラが呼ぶと、サニーの青い瞳が右に逸れて、すぐ私の方へ戻ってきた。やっぱり、まだ怒っていそうだな。

「サニー。私は刑を執行されてるから、抱きついたままでいる。だから、そのまま後ろに振り向いてくれないか?」

 プネラとの対談を求めるも、サニーは何も言い返してはくれず、頬をプクッと膨らませるばかり。これは、嫌だという無言の訴えと見た方がいいよな?
 が、数秒後。サニーの視線が、再び右へ逸れていき、今度は体全体が動き出し、プネラが居る方へ回っていった。

「プネラさん。お母さんが言ってたのは、全部本当なの?」

 あまりにもぶっきらぼうで素っ気ない声だけど、サニーはプネラに真偽を問い始めた。プネラは、やはりサニーを怖がっていそうだ。
 しょぼくれた顔が地面に向いているし、握っている手と体は小刻み震えている。
 そんなプネラが、黙ったままコクンと小さく頷くや否や。弁解を求めていそうなサニーの鋭い切れ目が、私の方へ移ってきた。
 ……ここまで凍てついたサニーの目、初めて見たぞ。これじゃあ、プネラが怖がるのも無理はない。私だって、少し慄いてしまったのだからな。

「分からない事や聞きたい事があったら、私が包み隠さず全部話す」

「じゃあ、アルビスさんはなんで、私を連れてってくれなかったの?」

「えっと……。私が連れて行かれてる間に、アルビスは何を言ってたんだ?」

「なんかね? お母さんは、治療に適した場所に連れて行かれたって話してくれたんだ。それで、治療期間が十日間以上掛かるらしくて、アルビスさんがお母さんを迎えに行くって言ったの。なら、私も一緒に行くって言ったんだけど、危険だから駄目だって断られちゃった」

「ああ、なるほど……」

 つまりアルビスは、私が『闇ぶ谷』へ連れて行かれた辺りで、情報を手に入れていた事になる。そういえば、アルビスの動向は、プネラが常々把握していたっけ。
 いつ、プネラとアルビスが合流したのかはさておき。果たして『闇産ぶ谷』の存在は、サニーに明かしていいものなのだろうか?

「プネラ。あの場所は、サニーに言ってもいいのか?」

「人類未踏の地だから、他の人に言わない約束をしてくれるなら、いいと思うよ」

『本当は駄目なんだけどな』

『シルフさんの言う通りなんですが。とても良い子なサニーさんになら、言っても問題無いでしょう』

 プネラの許可と重なる、シルフとウンディーネの『伝心』。ああ、本当は駄目なんだな。なら、プネラの許可は独断になる。
 確かに、タートの記録や地図には、『闇産ぶ谷』の情報なんて一切載っていなかった。
 それ以前に、『常闇地帯』の存在だって、プネラと出会ってから初めて知ったんだ。
 なので『闇産ぶ谷』とは、意図的に隠された精霊界側の場所だと言っても過言じゃない。けど、三大精霊の許可を得られたんだ。包み隠さず話させてもらおう。

「そうか、ありがとう。えっと、なんて言えばいいかな? 私が連れて行かれた場所は、闇の精霊が生まれる総本山的な所だったな。名前は『闇産ぶ谷』で、ずっと暗くて渓谷地帯みたいな見た目をしてたぞ」

「闇の精霊さんが、生まれる場所……? なんだかすごそう!」

 久々に聞いたようにも感じる、サニーの嬉々と弾けた声や反応よ。ほんの少しだけ、機嫌を取り戻してくれたかな?

「とってもすごくて、かなり異質な場所だ。しかもだぞ? 『闇産ぶ谷』とは誰にも知られてない、秘密の地なんだ。だから、この世界で知ってる人間は、私や私の仲間達と、お前だけになる」

「えっ、そうなの!? ……そんなすごい所に、お母さんはすごく偉い闇の精霊さんに言われて、連れて行かれちゃったんだ」

「そう、プネラを通してな。だから、プネラと闇の精霊達は、私の偉大な恩人になる。いずれ、恩返しをしなくちゃだな」

「……はぇ~」

 内容が壮大過ぎて、いまいち受け止め切れていないらしく。切れ目だったサニーの瞳は、呆けたように丸くなり、口をポカンと開けてしまった。
 幻想色が濃く、絵本にすら描かれていない内容だからな。しかも、私を連れて行った相手は、今まで目撃情報が無かった闇の精霊だ。
 街中でこんな話をしても、誰一人として信じてはくれないだろう。

「どうだ? サニー。まだ質問があれば、いくつでも受け付けるぞ」

「いや、今日はもういいや……。お母さんとプネラさんがすごすぎて、いまいち分かってないかも……」

「ああ、そっか。分かった」

 一つ目の疑問から、脳の許容を優に超える情報を与えてしまったようで、好奇心の塊であるサニーですら、困惑してしまった。
 去年辺りから、大精霊達が身近に居る生活を当たり前の様にしていて、その日常に慣れつつあるけれども。
 やはり私って、誰しもが目を疑う、奇想天外を極めた生活を送っているんだな。

「……でもやっぱり、今日だけはプネラさんを許せそうにないや」

「え?」

 唐突に明かしてきた、話が降り出しに戻りかねないサニーの発言に、私の視界が狭まった。

「だからね! アルビスさんみたいに、今日だけは大嫌いなままでいる!」

「アルビス、みたいに?」

「うん! それでね、明日からプネラさんを大好きになる!」

「あ、ああ、なるほど……?」

 どこか決心を固めたサニーの瞳は、鋭い切れ目や呆けた丸い目ではなく。私がいつも見ていた、青空のように眩しく、どこまでも澄んだ青い瞳に戻っていた。
 事の経緯を知って、プネラに抱いていた怒りが少しずつ薄れてきたが。内心、私を連れて行ったという行為を許し切れておらず、今日は踏ん切りがつけられなかったって感じかな。
 でも、明日になればサニーは、プネラを許してくれる。そこまでの大決断を、一人で出来るようになれたんだな。

「そうか。ありがとう、プネラを許してくれて。プネラも、それでいいか?」

「うん、いいよ。明日になるのを、楽しみにしてるね」

 即了承してくれたプネラも、暖かな笑みを浮かべてくれた。波乱な日々が始まると覚悟していたけど、一件落着してくれて本当によかった。
 さてと。なら今日は、どうしようか。サニーに刑を執行されたままなので、一日中抱きしめているのも悪くないな。

「それじゃあ、この話は終わり! お母さん、魔法を見せて!」

「へ? ……魔法?」

「へ? じゃなくて! プネラさんが呪いを解いてくれたから、魔法をいっぱい使えるようになったんでしょ! だから見せてっ!」

「おっ、おぉ……」

 私に合わせていたサニーの瞳は、いつの間にか熱い太陽を宿していて、発光しかねないほどギンギンに輝いていた。
 あまりにも素早い切り替えに、心底驚いてしまったが……。これこそが、普段通りのサニーだ。
 私が振ってしまった話だし、仕方ない。全身全霊を込めて応えてやらねば!

「そうか、分かった。なら、とびっきりにすごい魔法を沢山見せてやる。けど、本当に危ないから、少しだけ離れるぞ」

「本当っ!? やったー! ねえ、お母さん! 早く見せてっ!」

「そう焦るな。今準備するから、ちょっとだけ待っててくれ」

 はち切れんばかりに興奮し出したサニーへ断りを入れ、静かに立ち上がる。距離は、そうだな。念の為、二十mぐらい離れておこう。
 なんていったって、これからサニーに披露する魔法は、全て最上位級になるのだから。
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