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235話、いずれ対峙する、フローガンズの師匠

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 体温を感じ取れないサニーの体を、せめて私の体で温めてあげようとして、更に強く抱きしめた矢先。
 急にサニーが、私の抱擁を振り払い、涙と鼻水まみれの顔を合わせてきたかと思えば。
 第二に発した言葉は、ガラガラな大声での「おながずいだぁっ!!」。あまりに唐突な訴えだったので、圧倒されて一瞬呆けてしまったものの。
 私や周りに居た者達は、慌てふためきつつ、食事の準備に取り掛かった。しかし、サニーは約十日間以上もの間、ロクに食事や水分を取っていなかった。
 なのでまず、胃慣らしから始めるべく、サニーに秘薬を飲ませ。次に、ゴブリンの医療班による指導の下、粉末状にした滋養強壮効果のある薬草を溶け込ませた白湯を、二杯ほど飲ませた。

 すると泣きじゃくっていたサニーが、ようやく落ち着いてきてくれたのだが。
 いきなりガッツリ食べさせると、胃が受け付けてくれなく、全て吐いてしまうかもしれないと医療班に注意されたので。
 次は、お湯でクタクタになるまで煮た穀物を、私が冷ましながら食べさせてあげた。
 味付けは、塩味のある調味料を少々のみだったけど、サニーは笑顔で「おいしい」と言ってくれた。

 一応、時間を掛けて鍋一杯分食べさせたのだが、サニーの食欲は留まる事を知らず。どうしても固形物を食べたいというサニーの為に、食事班のゴブリン達が頭を悩ませた結果。
 油分がほとんど無く、口当たりの良いサッパリとした肉の赤身を焼き。食べやすいよう小さく切り分け、医療班に叱られつつ食べさせている最中。
 私が帰って来て安心したのか、はたまた緊張が途切れたのか。大判の赤身肉が二枚目に差し掛かった途端、サニーは私に寄り掛かって寝てしまった。

 その寝顔は、とても安らかでいて、柔らかく微笑んでいた。が、サニーはまだ、食事を食べてくれるようになっただけ。
 体調自体は万全に戻っていなく、見るからに栄養失調の疑いがあり。「ここからは、私に任せて下さい」とウンディーネが張り切り出し、眠りに就いたサニーに、『水の揺りかご』という治癒魔法をかけた。
 見た目は、宙に浮いた水の球体そのもの。しかし、この『水の揺りかご』なる治癒魔法。なんでも最上位魔法に当たり、生命維持に欠かせない栄養素がふんだんに含まれているらしい。
 なのでウンディーネいわく、寝ている間サニーを中に入れておけば、約三日間前後で全快するとの事。

 そしてついでにと、私とアルビスが全員にお礼を言って回った後。
 サニーを付きっきりで護衛してくれていた、ヴェルインとカッシェさん率いる一味、ウィザレナとレナ、ファートや全ゴブリン達も、『水の揺りかご』へ入り、眠りに就いていった。

 私とアルビスも、一日だけ『水の揺りかご』の中で眠りに就いた、次の日。
 現在起きているのは、私とアルビス。ウンディーネ、シルフ、起きて合流したノームとプネラ、フローガンズだけになる。
 さてと。ここからは、問題が山積みな情報を共有していかなければ。人間界と精霊界に関わる、未曾有たる問題を。









「どうだ? ウンディねぇ。アカシックの体に、時の魔力はあったか?」

 椅子に座って腕を組み、私の頭に両手を添えているウンディーネに向かい、シルフが言う。

「はい、かなり集中して探らないと分かりませんが。シャドウさんの言う通り、頭の中に微量の魔力を感じ取れました」

「……なるほど? ならシャドウにぃは、嘘をついてねえみたいだな」

 ウンディーネの報告に、やや落胆気味に肩を落としたシルフが、アルビスお気に入りのハーブティーをすする。

「あの野郎。よくも俺様を操って、こき使ってくれたなあ。ぜってえ許さねえぞお。あいつが戻って来たら、とっちめてやらあ」

「狼藉者を許せないのは、余も同じです。ですので、ノーム様。シャドウを滅する日が来ましたら、余も同行させて下さいませ」

「おお、龍の兄ちゃん! 話を聞いた限り、あんたも散々な目に遭ったらしいじゃねえかあ。よーし! 同盟を組んで、シャドウをとっちめてやろうぜえ!」

「仰せのままに」

 私の心臓を奪うという目的を完遂させる為に、利用されたアルビスとノームが同盟を組み、固い握手を交わした。
 片や、ニッと雄々しく笑うノーム。片や、鋭い眼光に剥き出しの殺意を宿したアルビス。私も、アルビスと共闘する約束をしているから、あの同盟に組み込まれそうだな。

「ちょ……。あ、あっ、アカシックぅ……?」

「ん?」

 不意に、着ているローブを軽く引っ張られたので、左側に顔を向けてみれば。
 蒼白色の顔がより青ざめていて、完全に委縮しているフローガンズが、涙目の同心円眼を私に合わせてきていた。

「お前が、そんなに震えるなんて珍しいな。一体どうしたんだ?」

「ど、どうしたって言いたいのは、こっちの方だよぉ……。大精霊様同士が、同じ場所に居る事自体、滅多に有り得ないってのにぃ……。なんで、水と風と土を司る大精様達が、あんたの家でくつろいでんのさぁ……。そ、それに、プネラ様まで、闇を司る大精霊様になっちゃったし……」

 弱々しく訴えかけてきたフローガンズが、助けを求めるように、私のローブを両手で握ってきた。言われてみれば、確かにそうだ。
 私達にとって、当たり前な光景になりつつあるけれども。大精霊とは、もしかしたら居るかもしれないという、未だ憶測の域で語られている伝説の存在。
 そんな、世界では幻とも謳われた大精霊達が、現在私の家に四人も居る。

「私はお父さんの代理をやってるだけなので、元はただの精霊です。なので、普通に話してきて下さい!」

 椅子に座っている私の太ももに座っていたプネラが、フローガンズに無邪気な笑顔を送る。

「ぷ、プネラ様、無茶を言わないで下さい……。たとえ代理であっても、あなた様は今、大精霊様なんです。とてもじゃないですが───」

「おうおう、フローガンズ。大層な師匠が居るクセに、なに今更ビビってんだよ」

「ふぉあっ!? し、シルフ様。師匠は、長年あたしの稽古をつけてくれてましたので、なんと言いますか……」

 あの破天荒なフローガンズが、気軽に話し掛けてきたシルフに畏怖し、両手をわたわたとさせながら弁解している。
 かなり珍しい光景だから、見ているのがだんだん面白くなってきた。

「よく弟子についてお話をされていましたけど、フローガンズさんだったのですね。あいつは努力の天才だとか、アタシを越すのはあいつしか居ねえと、いつも熱弁していましたよ」

「ふぇっ……、や、あのっ……。は、恥ずかしくて、溶けちゃいそぅ……」

 よかれと踏んだウンディーネの暴露話に、トドメを刺されて顔を真っ赤にさせたフローガンズが、煙が昇り出した顔を両手で覆い隠し、テーブルに塞ぎ込んだ。
 そういえばフローガンズは、夢の中で師匠とやらに助けを求めようと言っていたっけ。シルフやウンディーネと関りがありそうだし、……まさか?

「なあ、シルフ。フローガンズの師匠って、もしかして?」

「ここまで聞かれたら、流石に察しちまうよな。けど、お前と対峙すんのはもうちょい先だ。それまでの間、体を温めて待ってろ」

「……ああ。やっぱり、そういう事なんだな」

 シルフのお陰で、確信出来てしまった。つまり、フローガンズの師匠は、氷を司る大精霊になる。この人はノームと同じく、戦闘は避けられないだろう。
 さて、どうしたものか。フローガンズの師匠であれば、戦い方もきっと似ているだろう。なので、主な攻撃は近接格闘。魔法も使用してくるだろうし、中、長距離からの攻撃も飛んで来るはず。
 ノームと戦った時は、絶大な束縛力を発揮する『ふわふわ』があったので、私に近づけなかったものの。対策が無い今、氷を司る大精霊と私の相性は最悪だ。
 しかもフローガンズは、攻撃や魔法を回避するのが上手い。だからこそ、十日間前後戦っても、あいつに決定打を与えられなかった。

 ちょっとまずいな。距離を詰めて来るのが速いと、私は詠唱はすら唱えられなくなってしまう。
 魔法が使えなければ、私はただの非力な人間に過ぎない。シルフの言う通り、今の内に、何か対策を講じておかないとな。
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