上 下
228 / 288

223話、かけがえのない光を取り戻す君へ、どうしようもない絶望を

しおりを挟む
「───ビス。おい、アルビス。早く起きろ」

「んっ……。ハッ!?」

 意識が闇の中へ落ちていくも。すぐさま誰かに呼ばれ、出来立ての闇を振り払うべく、いつの間にか閉じていた瞼を開けてみれば。
 まだ理解が追い付いていない視界の先には、目をきょとんとさせたアカシック・ファーストレディが居て。余と目が合うと、柔らかくほくそ笑んだ。

「やっと起きたか。おはよう、アルビス。あとは、プネラとフローガンズだけだな」

 アカシック・ファーストレディが手を差し伸べてきたので、細くて華奢な手を掴み、上体を起こす。なんだ? この妙な胸騒ぎは。
 余より先に、アカシック・ファーストレディが起きていたという事は、手筈通りに動き、ウンディーネ様とシルフ様へ『伝心でんしん』をしてくれたはず。
 しかし、その御二方はどこにも居なければ。アカシック・ファーストレディの後ろで、シャドウに抱えられ、未だ眠りに就いているプネラの姿が見え。
 フローガンズの行方を捜してみると、余の背後に、横たわったフローガンズが居た。何故、この二人だけは、目を覚ましていないんだ?

「すまないね、アカシック君。どうやらプネラは、長期間に渡り治療をおこなっていたせいで、疲れ果てて眠りに就いてしまったらしい。なので、無理に起こさないでおくれ」

「分かってます。プネラには、あとでお礼を言っておかないと。ほら、シャドウ様! 見て下さい。凝りも解してくれたので、全身が嘘みたいに軽くなりました」

「クフフフフ。そうかい、それはよかったね」

 体の状態を嬉々と語り、両肩を大きく回すアカシック・ファーストレディ。本来なら、微笑ましいやり取りなのだが。胸騒ぎは止まるどころか、溢れんばかりに増幅していっている。

「では、アカシック君。君に話したい事がいくつかあるから、一旦外へ出よう」

「はい、分かりました。アルビス。そこで寝てるフローガンズを、背負ってきてくれないか?」

「ふ、フローガンズを……?」

「そうだ。頼んだぞ」

 そう素っ気なく頼み事をしてきたアカシック・ファーストレディは、一人入口へ向かうシャドウを追わず、余を監視するかの様に見据えたまま。
 違う、見据えているんじゃない。見下しているんだ。一秒が惜しいと、早くフローガンズを背負えと、冷めた眼差しで命令してきている。

「アカシック……、ファーストレディ? 貴様は、外に行かないのか?」

「お前を待ってるんだよ、悪いか?」

「い、いや。別に、悪くないが……」

「そうか。なら、早くそいつを背負え。どんくさいにも程があるぞ? 多忙のシャドウ様を待たせるな」

 普段のぶっきらぼう、とはあまりにも掛け離れた喋り方。苛立ちが目立つ言葉遣いは荒く、急かし方の棘も鋭い。この場合、何もしていない余に原因があるのだが。何か、何かおかしい。
 今のアカシック・ファーストレディに、変な違和感がある。表情、仕草、雰囲気、喋り方など、細部において本人らしからぬ印象がうかがえるんだ。
 本当に些細で、注視していないと見逃してしまいそうな、ほんの僅かな違和感。一回抱いてしまえば、違和感は言い知れぬ不安に変わり、あってはならない警告が心の中で鳴り響き始めた。
 抑え切れない胸騒ぎが、アカシック・ファーストレディに集約していく。本能が、ここは危険だと叫んでいる。垂れ下がっていた右手が、首飾りを目指して動き───。

「おい、アルビス。なに、シルフに『伝心でんしん』しようとしてるんだ?」

「え?」

「ノームを使って、彼らの意識を私達から外したというのに。ここで彼らを呼ばれたら、計画が全て台無しになってしまうじゃないか。これは忠告だ、。最悪の事態を招きたくなければ、そこで大人しくしていたまえ」

「……あ」

 わざわざ正体を明かしてくれたアカシック・ファーストレディが、口角を吊り上げて「クフフフフ」と笑った。
 心に抱いていた違和感が、不安が、どす黒い液体状に変化し。見出した希望を、見えてきた活路を、望んでいた終わりを塗り潰していく。

「……お願いです、シャドウ様。アカシックは、余の大事な、家族なんです。彼女に手を出すのだけは、やめて、下さい……。そ、それに、話が違うじゃ、ないですか。……あの約束は、嘘だったんです、か?」

「ああ、とても良い表情をしているねぇ。僕は、その歪んだ君の顔が見たかったんだ。それに君も、なかなかの薄情者だねぇ。アカシック君が無事ならば、他の者が犠牲になっても君はいとわないと?」

「ほ、他の……?」

 まさか、プネラとフローガンズがずっと起きないのは、そのせいだったのか?

「ああ。シルフ君とウンディーネ君を除いた、君、ノーム君、プネラ、フローガンズ君。沼地帯に居るサニー君、ヴェルイン君、カッシェ君、ファート君、ウィザレナ君、レナ君、ゴーレム君達、ゴブリン君達の事だよ」

 ……おい、待ってくれ。なんでシャドウは、余や関係の無い人達の名前まで挙げているんだ?

「クフフフフ。何故、プネラとフローガンズ君だけに留まっていないんだと、言いたげな顔をしているねぇ。よかろう。そろそろ、君にトドメを刺してあげようじゃないか。今挙げたのは、既に僕が体内へ侵入している者達の名だよ」

「は……?」

「それに君は、夢の中でプネラを通して、僕の動向を探っていたじゃないか。もちろん、君との無意味な約束は守っていたよ。元より破る必要が無かったからねぇ」

 闇の精霊は、頭まで侵入しないと夢には介入出来ないと、プネラは言っていた。しかしシャドウは、余とプネラが交わした会話の内容を把握している。
 つまり余らは、夢の中へ入る前から、体内にシャドウを宿していた事になる。いつ、どこで、どの瞬間で? ……いや。もうそれらは、いくら考えても遅い問題だ。
 夢の中での会話は、筒抜け状態。シルフ様に助け求めれば、沼地帯に居る者達が危険に晒される。シャドウの手に堕ちた皆が、殺されてしまう。

「……貴方様の目的は、一体なんなんですか?」

「僕の目的かい? そうだね、ここならからの監視も外れている。しかし、いずれかけがえのない光を取り戻す君に、話す道理なんてどこにもない」

「ひ、光?」

 問い返す事しか出来ないでいる中。アカシック・ファーストレディに憑りついたシャドウが、愉悦に浸った微笑面を近づけてきた。

「そうだ。後数百日もすれば、君はどれだけ濃い闇が襲い掛かって来ようとも、いとも容易く振り払ってしまう光を取り戻す。それはとても眩しくて、君にとっては暖かな希望に満ち溢れた光だ。僕は、それが心底つまらないと思ってねぇ。だから僕は、先に君へ、どうしようもない絶望を贈ろうと決めたんだ。クフフフフ、今から楽しみでしようがないよぉ。君がどんな風に鳴いてくれるのか、想像しただけでゾクゾクしてしまう。クフフフフ……」

 口で笑っていようとも、目が笑っていないアカシック・ファーストレディの顔が、ゆっくり遠ざかっていく。こいつの言っている事が、何一つとして理解出来ない。
 分かっている事は、ただ一つ。シャドウという大精霊は、吐き気を催す邪悪な存在という事だけ。……なんだか、意識が朦朧としてきた。
 体の体温が、急激に下がっていく様な感覚がする。手や足に、力が入らない。アカシック・ファーストレディの顔から、色という色が剥がれ落ちていく。

「さあ、アルビス君。時間が惜しい。そろそろ、アカシック君と交代しようじゃないか」

「こう、たぃ……?」

「そう。二回目の治療を行う為にね」

「にか……!? い、いや、だ……!」

「ああ、そうそう。君の主導権は全て僕が握らせてもらうけど、せめてもの慈悲だ。意識だけは奪わないでおくよ。何も出来ないまま僕の中で、泣き喚き続けていておくれ」

 事切れた様に、アカシック・ファーストレディが膝から崩れ、地面に倒れた。口が開かなければ、体も動かせない。
 色を失った視界が、倒れ込んだアカシック・ファーストレディを拡大していく。感覚の無い余の物だった右手が、アカシック・ファーストレディの肩に触れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。

夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。 陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。 「お父様!助けてください! 私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません! お父様ッ!!!!!」 ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。 ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。 しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…? 娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)

大好きな母と縁を切りました。

むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。 領地争いで父が戦死。 それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。 けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。 毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。 けれどこの婚約はとても酷いものだった。 そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。 そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

虐げられた令嬢、ペネロペの場合

キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。 幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。 父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。 まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。 可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。 1話完結のショートショートです。 虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい…… という願望から生まれたお話です。 ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。 R15は念のため。

処理中です...