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220話、光を宿した闇の警告

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「アルビス師匠~、いつまで寝てんの? ほら、早く起きなって」

「むぅ……」

 まどろむ明るい闇の中。騒々しい声が遠くから響いてきて、闇に一閃の亀裂が入り、上下へ広がっていく。
 眩しく開けた視界の先に、蒼白色でぽやっとした真顔のフローガンズが映り込んだ。

「フローガンズぅ……?」

「おっ! やっと起きたー。夢の中だってのに、いくら何でも寝過ぎだよ」

「夢の、中ぁ?」

 こいつは、寝起き様に何を言っているんだ? まあいい、とにかく一旦起きるとしよう。
 勝手に開く口を無視しつつ、やたらと重く感じる状態を起こし、眠気がこびりついた瞼を擦る。
 体に居座る眠気も振り払う為、上体を限界まで伸ばし、辺りの様子を確かめてみた。

「ここは、余らの家じゃないか」

 しかし、なんだか妙な違和感を覚える光景だ。一見、何の変哲も無さそうな部屋だが、細部に注目すると、余の記憶に無い変な歪みがあり。
 部屋の間取りや棚の配置も、微妙に異なっている。極め付けは、匂いと感触。共に、まったくと言っていいほど感じ取れない。これが一番おかしいんだ。
 鼻は詰まっていないし、体調も良好。しかし、嗅ぎ慣れた部屋の匂いがしなければ、肌と服が擦れ合う感触さえ分からない。
 一体どうしてなんだ? ここは、確かにアカシック・ファーストレディの家で間違いない。故に余は、沼地帯に居るはず。が、感覚的に、まるで『常闇地帯』に居るような───。

「待てよ? なんで余は、沼地帯に居るんだ?」

 常闇地帯という単語を思い浮かべたら、記憶に一瞬だけ砂嵐が走った。そうだ。まず、ここに余らが居る事自体がおかしい。
 思い出せ。寝る前に余は、どこに居た? 沼地帯だけじゃないのは確かだ。山岳地帯の寝床は、とうの昔に破棄したので除外。当然、他の地帯も違う。

「もしかして、意識が夢に囚われる感じ? はっは~ん」

「夢? ……あ」

 夢に囚われている。なるほど? どうやら夢の中に入ると、記憶があやふやに書き換えられるらしい。だからこそ、夢を夢だと気付けなかったのか。

「ねえ、アルビス師匠~。昨日、あたしと熱い一夜を過ごしたのも、全部忘れちゃったのぉ~?」

「余を騙そうなぞ、百年早いぞ? 熱い夜を過ごしたいなら、夜空とまとめてブレスで焼き払ってやろうか?」

「げっ……、意識が覚醒してんじゃん。クソぅ、焦り倒すアルビス師匠が見れると思ったのにぃ」

 企みを暴露したフローガンズが、悔しそうに指を鳴らした。危ない。意識が覚醒していなかったら、真に受けて激しく動揺していただろう。

「ふっ、一歩遅かったな。それよりも、アカシック・ファーストレディに何か言いたかったんじゃないのか?」

「そうだ! でもさ、どこに居るんだろうね?」

「さあな。ここには居ないから、とりあえず外へ出てみよう」

「そうだね」

 そう提案すると、フローガンズが扉に向かい歩き出した。余もベッドから降り、華奢な背中を追おうとした矢先。扉を開けたフローガンズが、「あっ!」と声を上げた。

「居たぁぁぁっーーー!! アカシックぅぅ……」

「なんだ、もう見つけたのか」

 余も扉に近づき、日差しの明るさに慣れていない目を眩ませながら、フローガンズが駆けていった方角へ顔をやる。
 そこには、倒れたアカシック・ファーストレディに跨り、満面の笑顔で再会を喜ぶフローガンズの姿。その二人の横に、苦笑いをしているプネラが居た。

「アカシックぅ~、久しぶりー! 元気にしてたー!?」

「ちょ、ちょっと待て! まだ頭の整理が、まったく追い付いてない状態なんだ! お前が居ると余計に混乱するから、一回離れてくれ!」

「やだっ! もう絶対離さないもんねー! ふんっ!」

「ぐおっ!?」

 絶対に逃がさまいと、慌てふためくアカシック・ファーストレディの体に抱きつくフローガンズ。
 早速戦いを申し込むとばかり思っていたが、普通に仲が良いじゃないか。

「よかった、元気そうでなによりだ」

 ここが現実世界ではないものの。普段と変わりないアカシック・ファーストレディの姿を見られたのが、何よりも嬉しい。最高の瞬間だ。
 っと、こうしちゃいられない。余も、あいつらと合流して、一刻も早く『闇ぶ谷』から脱出せねば。

「あっ、アルビスお兄ちゃん!」

「やあ、プネラ」

 騒がしく小競り合いをしている二人に、早足で近づくや否や。余の気配に気付いたプネラが、屈託の無い笑みを向けてきた。
 プネラは、幼少期のアカシック・ファーストレディの姿を借りているのだが。幼少期の頃のあいつは、こんな笑顔を皆に振る舞っていたんだな。見ているだけで、心に不思議と暖かい活力が漲ってくる。

「まずは、万謝を申し上げたい。アカシック・ファーストレディに治療を施してくれて、誠に感謝する」

「いいよ、そんなに畏まらなくても。私がやりたくてやった事だし、とりあえず楽にしてちょうだい」

「そ、そうか。なら、言葉に甘えさせてもらおう」

 しかし、プネラは余やサニーの恩人とも言える存在。なるべく粗相をおかさないよう心掛けねば。そう決めた余は、プネラからやや離れた距離で正座をした。

「そういやさ、アカシック! あたしと別れてから、もう七十年以上経ってるのに、なんでおばあちゃんになってないの? 別人じゃないよね?」

「……い、色々訳があって、今は不老の体になってるんだ。だから私は、永遠に二十四歳の、まま、なんだ……」

「えっ、そうなの!? だったら、ずっとあたしと戦ってられるじゃん! やったー!」

「ぐおっ……!」

 かなり力を込めているのか。フローガンズに抱きしめられたアカシック・ファーストレディの体から、『ギリギリ』と鈍いを音を発し始めた。
 一応ここは、夢の中なのだが。アカシック・ファーストレディは苦しそうな表情をしているし、やはり痛いのだろうか?
 試しに自分の頬を抓ってみたが、痛みがまったく伝わってこない。じゃあ、アカシック・ファーストレディは、なんであんなに苦しんでいるんだ?

「そうだ。なあ、プネラ。一つ聞きたい事があるんだが」

「聞きたい事? うん、いいよ! なんでも言って!」

「ありがとう。その、あまり大きな声で言えないんだが。外の方は、どうなってる?」

「外? ……ああ! 現実世界の方だね。心配しなくても大丈夫だよ。闇の精霊は、脳まで侵入しないと夢に介入出来ないんだ。で、お父さんは今、アルビスお兄ちゃんの約束をちゃんと守ってて、みんなの護衛をしてくれてるよ」

「そうか。それを聞けて安心した」

 現在、現実世界の余らは眠っているので、完全なる無防備状態。一応シャドウは、余との約束は守ってくれているらしい。
 そして、たとえ闇の精霊と言えど、離れていれば夢への介入は不可能。ならば、シャドウに監視されているかもしれないという懸念も払える。
 プネラは、決して嘘をついてなんかいない。この子も闇の精霊だが、他に例えるなら純粋無垢の光。で、シャドウは何色にも染まらない生粋の闇と言えよう。

「でさでさ! アルビスお兄ちゃん。アカシックお姉ちゃんの治療、あと五分もすれば完全に終わるよ」

「おお、そうか! すまない、プネラ。貴様には、なんとお礼をすればいいやら」

「ふふんっ。お礼の方は、アカシックお姉ちゃんにも言ったけど。私の頭をいっぱい撫でたり、いっぱい遊んでくれればいいからね!」

「ははっ、分かった。沼地帯へ行ったら、余らと色んな思い出を作りながら遊ぼうじゃないか。きっとサニーも、貴様を歓迎してくれるだろう」

「うっ……」

 サニーの名前を出した途端。プネラの体にばつの悪そうな小波が立ち、表情がしょぼくれていく。

「……その、サニーお姉ちゃんなんだけどさ。私が、アカシックお姉ちゃんをここへ連れて来たその日から、ずっとふさぎ込んじゃってるんだよね」

「む……。や、やはりか」

「うん。誰とも話そうとしないし、朝から家の扉の前で座って、夜遅くまでずっとそうしてるんだよね。それで、そのまま寝落ちしちゃったら、ヴェルインお兄ちゃんやウィザレナお姉ちゃん達が、家の中へ運んでるんだ。食事やお水をろくに取ってないから、すごく心配なんだよね……」

「なるほど……」

 当然だ。サニーにも、ある程度の事情は説明したものの。母親であるアカシック・ファーストレディと、もう十日間も離れ離れのままなんだ。
 その強烈な孤独感は、余ですら計り知れん。プネラの言っている事が本当であれば、サニーはかなり衰弱しているだろう。早く、一秒でも早く帰ってやらねば。

「プネラ。夢の外へ出たら、すぐに帰るぞ」

「そうだね。でも、気を付けてね。アルビスお兄ちゃん」

「シャドウ様にか?」

 即座に言葉を返してみれば、プネラもすぐにうなずいてみせた。

「今日のお父さん、ちょっと様子が変なんだよね。どこか浮かれ気味で、はしゃいでるというか。なんだか、すごく楽しそうにしてるんだ。まるで、新しい玩具を見つけたような感じでね」

「余が玩具、ねぇ」

「うん。だから、また何かしてくるかもしれないから、片眼鏡みたいに壊されないよう気を付けてね」

 余に、背筋が凍り付きかねない警告をしてきたプネラの表情は、感情が一切乗っていない真顔。……なんとも冷たく、気圧される警告だ。
 幼いアカシック・ファーストレディの顔で言われたせいもあり、余計に深い恐怖を感じてしまった。

「わ、分かってる。しかし、余だけでは何かと不安だ。貴様も、シャドウ様を説得してみてくれ」

「当たり前だよ! いの一番に起きて、みんなを守ってあげるからね!」

「ありがとう。貴様がこちら側へ付いてくれるのは、なんとも心強い。頼りにしてるからな」

「うん!」

 今度は、全ての闇を寄せ付けぬ笑顔で了承してくれた。さあ、時間はまだ少しだけある。アカシック・ファーストレディとフローガンズにも説明して、起きた時の対処に備えなければ。
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