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192話、絶望するだなんて、性に合わない

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『なぁ~んちゃって』

「……は?」

 限界速度で発進した矢先。今まで悲痛な絶叫を上げていたノームの声が、やたらと軽快な物に変わった。

「な、何故だ……? 『星雲瀑布』の攻撃は止んでないのに、何故そんな平然としてられる!?」

『残念だったなあ、エルフの嬢ちゃん。頭部だけじゃなくて、全身満遍なくやってりゃあよお。『大地の覇者』を放棄してたっていうのにい』

「放棄? ……おい、まさか?」

 ノームめ、最初は頭部に居たのだろうけど。『星雲瀑布』が落下し始めた時点で、体のどこかへ移動したな? でなければ、放棄という言葉に矛盾が生まれる。
 『大地の覇者』の頭部自体は、貫かれ放題のまま。最早、原型すら留めていない。しかし、その頭部に核の役割を果たすノームが居なければ、いくら攻撃しようとも意味がない。
 即座に再生する岩を、ただ破壊し続けるだけの無駄な作業と化す。……そんなのありかよ? ふざけやがって。絶望だけが、より濃く増していくだけじゃないか。

「そのまさかさ、魔女の嬢ちゃん。嬢ちゃんだって、身の危険を感じたらさっさと逃げるだろお? 俺様だってそうさ。流石の俺様も、あれをまともに食らったらやべえなって感じたぜえ」

 『星雲瀑布』の攻撃が届いていない箇所は、両足のみ。ならば、ノームはどちらかの足に逃げ込んでいるはず。
 『天翔ける極光鳥』は、十分以上の数が召喚されている。この数だったら、四肢の二つぐらいなら切断が可能だ!

『“天翔ける極光鳥”告ぐ! 狙いを両足の付け根に変更だ! 出来る限りに並び、光芒の刃で一刀両断して―――』

『させるかよおッ!!』

 逃げ場所は、そこで正解だと言わんばかりに遮るノームの怒号。割って入ってくるという事は、やっぱりそこに居るんだな。

『生命を宿す者の基部にして、生命の残した証を慈悲なる心で抱擁せし台地! その証を護る絶対暴君に告ぐ! “竜のくさび”、“覇者の右腕”、“覇者の左腕”、“覇者の右脚”、“覇者の左脚”、“土棘の庭園”、慈悲なる心を今一度捨てよォッ!!』

「なっ……!?」

 聞き親しんだ召喚獣から、聞き慣れぬ召喚獣の名前を含んだ詠唱が始まると、『大地の覇者』自体が眩く輝き出した。魔法陣を破壊されないよう、『大地の覇者』自身が魔法陣と化したか。
 私が好んで召喚する、『竜の楔』や『覇者の右腕』『覇者の左腕』。おまけに覚えていない右脚と左脚まで。それに『土棘の庭園』なんて、聞いた事すらない召喚魔法だ。

『全“天翔ける極光鳥”に告ぐ! 現在ノームは、両足のどちらかに潜んでいる! 取り返しがつかなくなる前に、ノームを貫いてくれ!』

『“竜の楔”に告ぐ! お前達は、目標物のアカシック、ウィザレナ、レナを攻撃せず、出来る限り近づくだけでいい! “覇者の右腕”、“覇者の左腕”、“覇者の右脚”、“覇者の左脚”に告ぐ! お前らは“竜の楔”の中に潜み、攻撃範囲内に入った瞬間発動し、目標物を叩き潰せえ! “土棘の庭園”に告ぐ! お前も“竜の楔”に引っ付き、目標物を叩き落とせえッ!』

「あいつ、なんて指示を!?  私達を完全に殺すつもりじゃないか!」

 召喚獣に別の召喚獣を潜ませるなんて、なんて無茶苦茶な指示をするんだ! 即死級の拳と脚を繰り出す、高速で自動追尾してくる大量の飛来物を処理しつつ。
 周りから迫って来るゴーレムの巨壁がここへ到着する前に、ノームを倒さなければならない。『星雲瀑布』の効果は切れてきたのか、勢いが弱まってきている。
 『竜の禊』は、『天翔ける極光鳥』で防ぐとして。そこから、どうする……? なんとか合間を縫って、ウィザレナにもう一度『星雲瀑布』を―――。

『契約者の名は“ノォォーームッ”!!』

 私のおぼつかない思考を吹き飛ばす合図に、『大地の覇者』が一際眩く輝き。あらゆる箇所から、全身に土色の長い触手を大量に生やした『竜の禊』が、一斉に飛び出してきた。
 ……なんておぞましい数だ。群がり過ぎて、霧状になっている。けど『土棘の庭園』は、さほど脅威じゃなさそうだ。
 一見、滑らかにしなる土の鞭。多少伸びるだろうと仮定しても、私達に近づけさせなければ問題無い。距離は、まだ十分ある。焦るな、対処の優先順位を見極めろ!

『全“天翔ける極光鳥”に告ぐ! 攻撃対象を『竜の禊』に変更! 頭を貫くだけでいい! ただ確実に撃ち落としてくれ!』

『まだまだぁぁーーッ!! 『吼え乱れろ世界! 舞い狂え空! 蒼天に轟然たる霹靂を埋め尽くし、万雷挽歌を大地に刻めえ!』

「この詠唱、『双臥龍狂宴』か!?」

「まだ、重ねてくるの……?」

「……クッソ!」

 召喚を終えて光を失った『大地の覇者』の全身と、敗戦の足踏みを鳴らす荒野に、輝かしい無情の光が帯びていく。
 これから、荒野からも『竜の禊』が湧いて来る。それだけなら、まだいい。問題は、本体が出現してからだ。双頭竜の相手をする暇も無ければ、高圧の汚泥ブレスを避けられる自信も無い。

『双臥龍狂宴ッ!』

 いずれ、完全に詰む時が来る。ゴーレムの巨壁に圧殺されるか、双頭竜のブレスによって肉塊と化すか、ノームの手によって叩き潰されるか。
 直土葬か直水葬。殺され方は三種類あるが、墓場は二種類。まあ、どれで直葬されようとも、肉体はまともな形を保っていない―――。

「……いや、なんだ。いつもとなんら変わりないじゃないか」

 集結せし見慣れぬ絶望に、心が飲まれかけていた。よくよく思えば、ここ最近、より絶望的な戦いを連戦でしていただろうに。
 それに命を懸けた戦いなんて、アルビスと五十年以上もやっていた。そうだ。この私が絶望するだなんて、性に合わない。絶望するのは、心臓の鼓動が止まる刹那だけでいい。
 今やるべき事は、この詰みかけた状況に抗い、立ち向かう事。周りをよく見ろ、判断を誤るな。『竜の禊』は『天翔ける極光鳥』のお陰で、私達に近づけない。
 まだ居ない敵を警戒する必要は無いので、『双臥龍狂宴』の本体は無視。警戒すべきは、空から降り注ぐ他の召喚獣を含んだ瓦礫と、『大地の覇者』のみ。そして瓦礫の方は、あれだけで対処が可能だ。

 ほら見ろ。限りなく広い大空が、私とノームの召喚獣で狭くなり。現状は、ただ周りが騒がしくなっただけ。『大地の覇者』が召喚された時から、場はさほど変わっていない。
 ノームと戦う前。私はウィザレナに、『あの大空を、私の魔法で狭くしてやる』と言った。ならば、次は……。

「さあ、ウィザレナ、レナ」

「む?」
「は、はい?」

 二人の返事が耳に届き、すっかり絶望色が薄れた景色を眺めていた視界を、ウィザレナ達が居る方へ移す。

「少し変なのが混ざってるが。宣言通り、空を狭くしたぞ。次は、お前達の番だ」

 心の焚き付けを兼ねて、場違いな挑発を口走ってみれば、唖然とした二人の切れ目が丸くなり。数秒の間を置いて、強張っていたウィザレナの口角が緩く上がった。

「今日のアカシック殿は、意地が悪いな。先の一撃では、また足りないと?」

「あれ以上の星降る景観が作れないなら、妥協してやってもいいぞ。けど、見てみたかったなぁ。明るい空から、幾千万の星が降り注いでくる光景を」

 最果ての先まで付き合うと言い合った仲間に、向けるべきではない挑発まで重ねると。ウィザレナの切れ目がより研ぎ澄まされ、口角が面白いと代弁するように、更に吊り上がっていく。

「……ははっ。貴様、言ったな?」

 私達のやり取りを、ただの罵り合いだと思っているのか。困惑したレナの顔が、私とウィザレナを交互に見返していく。

「貴様の目は節穴か? 大口を叩く暇があったら、周りをよく見ろ。どこの空が狭くなったって? まだまだ全然だだっ広いじゃないか。貴様の力は、そんなものだったのか? 期待して損したぞ」

「お前に言われなくても、もっと狭くしてやるさ。逃走経路が埋もれる前に、とっとと別の空へ逃げとくんだな」

「ふ、二人共? そろそろノーム様が動くよ? だから喧嘩はやめようよ、ねっ?」

 焦り出したレナの震えた制止に、ウィザレナが思わず「ふふっ」と笑う。

「なるほど。絶望に対して、こういう払い方もあるんだな。また一つ賢くなったぞ」

「他にも吹っ切れたり、他の絶望と重ねる方法もあるけどな。百戦錬磨のお前だったら、罵り合いが一番合ってるだろ?」

「だな! 心が猛火で焚き付けられたし、今なら容易く限界を超えられそうだぞ!」

「え? ……えっ?」

 未だに状況を理解しておらず、困惑が増していくレナを視界に入れながら、指招きで風と光の杖を呼び寄せる。

「レナ。暴れる前に、一つだけ新たな魔法壁を張る。出てきたら『白月はくげつ』で、その魔法壁を強化してくれ」

「へっ? あ、は、はいっ!」

 強化された『風護陣』なら、『大地の覇者』だって削れるかもしれない。最悪、内部への侵入も考えて、二重に張っておこう。

「よし。さて、総力戦の時間だ。二人共、ノームを倒すぞ」

「おうッ!」
「は、はいっ!」

 現在、ノームを穿つ可能性があるのは『天翔ける極光鳥』だけ。だったら、ノームが呆れるほど出してやる。この空を、光芒で埋め尽くしてやろうじゃないか。
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