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185話、思い出して重なる、二人の人物像

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「アカシック殿、出してもらって悪いんだが。この箒の主導権を、私にくれないか?」

「箒の主導権を?」

「そうだ。動く何かに跨りながら弓を射った経験がないから、せめて立って戦いたいんだ。なので箒は、私が何かの拍子で落ちた時の保険にしたい」

「構わないけど……。箒に何をするつもりなんだ?」

「少しだけ手を加える。まあ見ててくれ」

 一度ノームが飛んでいた方向に横目を送ったウィザレナが、右手に細かな星屑を滴らせた白い矢を生成し。弓に構え、矢先を箒へ定めた。

『流れ星』

 願いを込めたら叶いそうな詠唱を唱え、白い矢で箒を射抜くウィザレナ。すると、射られた箒が柔らかく瞬いた光に包み込まれ。
 その瞬く光が収まると、箒の上に、流星の模様が散りばめられた薄くて透明な板状の物が、若干浮いた形で生成されていた。
 板の後ろだと思われる部分から、小さな星屑がいくつも生まれては、儚く散っていっている。それなりに大きい板だ。三人ぐらいなら余裕で乗れそうな広さがある。

「それに乗るのか?」

「ああ! 子供の頃は、よくこれに乗って森の中を駆けて遊んでたんだ」

 幼少期の頃を思い出したのか。凛とほくそ笑んだウィザレナが、単独で『流れ星』に立ち、感触を確かめるように踏みしめた。

「よし、強度は申し分無しだ。さあ、レナも乗ってくれ」

「わあ! 一度でいいから乗ってみたかったんだ、これ!」

 夢がようやく叶ったと言わんばかりに、笑顔ではしゃぎ出したレナも『流れ星』に立ち、ウィザレナの背後に付いて体を抱きしめた。
 そういえば、レナは元々ユニコーンだったな。あのはしゃぎ様から察するに、当時は四足で乗れず、羨ましそうに眺めていたのだろう。

「ウィザレナ。速度はどれぐらい出せるんだ?」

「そうだな。限界速度を出せた事がないから、どれだけ速く飛べるのか分からないが。アカシック殿と並飛は可能だと思うぞ」

「そうか。なら、ノームが飛んで行った方角へ向かいつつ、緩やかに上昇していこう。その間に私は、魔法を使って場を固めていく」

 次の行動をウィザレナ達に伝えながら、両手で指招きをし、手元に光と風の杖を招き寄せる。

「分かった! それじゃあ私達は、場が固まるまで周囲の索敵をしよう! だから、安心して魔法を使ってくれ」

「何か異変がありましたら、すぐに知らせますね」

「うん、ありがとう。それじゃあ行くぞ」

「了解だ!」
「はい!」

 二人の了承を耳にしてから、箒を握りしめて発進させる。それなりの速度を出して飛んでみたが、すぐ隣から二人分の気配がする。
 よし、ちゃんと付いてきているな。地面も遠くなってきたし、早速初めてしまおう。そう決めた私は箒の速度を落とし、右手で光の杖を掴み、手前にかざして横に倒した。

『天地万物に等しき光明を差す、闇と対を成す光に告ぐ。“天翔ける極光鳥”、“光柱の管理人”、“極光蟲”、天罰を下す刻が来た。差す光明を今一度閉じよ』

 周囲を警戒せず詠唱を始めると、私の上下左右を囲む形で、太陽の紋章が描かれた光の魔法陣が四つ出現。流石に四つにもなると、眠気を誘う心地よい暖かさがある。

『“天翔ける極光鳥”に告ぐ。私の指示があるまで、背後で待機を。“光柱の管理人”に告ぐ。周囲に降り注いでいる岩石を崩しつつ、敵のノームが現れたら、集中的に刻印の雨を降らせてくれ。“極光蟲”に告ぐ。飛来してくる岩石及び、攻撃の対処と反撃を頼む。契約者の名は“アカシック”』

 合図まで唱え終えると、左右の魔法陣から、鳥の形をした虹色の光が大量に飛び出し。上下の魔法陣から、拳大の光球が視覚を埋め尽くさんとばかりに溢れ出してきた。
 この眩い光球が『極光蟲』か。名前からして、蟲の姿をしているとばかり思っていたのに。初めて拝んだ印象は、光の球体そのもの。中に本体が居るのだろうか?
 それに、『光柱の管理人』も早速動き出してくれたようで。降り注ぐ岩石を的確に砕き、着実に数を減らしてくれていっている。よし。この調子で、次は風の召喚魔法をだ。

『色褪せぬ追憶を謳い、新たな生命へ叡智を繋ぐ風に告ぐ。“風壊砲”。たゆたう追憶の風を止め、今一度叡智を放棄せよ』

 未だに、『天翔ける極光鳥』と『極光蟲』の召喚が止まぬ中。塞がった四方には重ならず、空いた斜め左右に、風の渦をいくつも巻かせた模様が描かれた、若草色の魔法陣が出現。
 若草色をしているせいか、魔法陣から爽やかな草の匂いが漂ってきている。光の魔法陣と相まって、心安らぐ草原の中に居るような気さえしてきた。

『“風壊砲”に告ぐ。お前には索敵と反撃、攻撃の全てを頼みたい。飛来してくる物を、迷わず撃ち抜いてくれ。契約者の名は“アカシック”』

 こちらも詠唱を一気に唱え終えると、風の魔法陣を纏う光が、一度鼓動し。より一層強い若草色の光を帯び、緑色をしたふわふわな前髪により、目元まで隠れた妖精の姿をした約二十以上もの光が、魔法陣から飛び出してきた。
 体の大きさは、九十cm前後とやや小柄。どの妖精も、身の丈以上もあろう大砲の砲身を、両手で大事そうに抱えている。

「ものの数十秒で、周りがずいぶん賑やかになってきたな」

「大量に降ってた岩石が、ほとんど無くなっちゃった」

 『極光蟲』と『風壊砲』にも、岩石の露払いをお願いしようとしていたのだが。一番初めに動き出した『光柱の管理人』が、目に見える範囲の岩石を大体破壊してくれたようだ。
 これなら、警戒すべき方角をある程度絞れる。死角からの攻撃は一時的に無くなったと見て、奥の手も発動させてしまうか。
 一旦、手狭になってきた周囲に目を配り、大きく息を吸う。吸った以上に吐き、両手を大きく広げた。

『お初お目に掛かります、土の瞑想場。今から私達は、あなたの創造主であるノームと戦います。まずはそれを許していただきたい』

 一語り目、当然反応は無し。これから語る相手は、大精霊が作り出した異空間だ。ウンディーネが作り出した『水の瞑想場』が、私の『語り』に応えてくれたのに、何十分掛かったのかは分からないが……。
 最低でも、一時間前後は見ておいた方がいい。だが一番の理想は、正攻法でノームに打ち勝つ事なのだけれども。

「アカシック殿? とんでもない魔力が体全体から出始めてるが……。それが、例の『奥の手』とやつか?」

「そうだ。発動するタイミングが分からないけど、発動してしまえばこっちのものだ。発動した時点で、私の勝ちが確定する」

「確か、指定した場所や物を、アカシック様の魔法陣と似た物にしてしまうんですよね? 瞑想場を指定したという事は、この空間が全て、アカシック様の魔法陣と化する訳ですか?」

「大体それで合ってる。指示を出せば、各属性の魔法に制限を掛ける事も可能だ。そして、今回の相手は土を司る大精霊。なので土の魔法を制限してしまえば、ノームは魔法を使えなくなり、物理攻撃しか出来なくなる」

 これは全て、ウンディーネから貰った助言でもある。戦う前に魔法壁を張ったり、序盤から『奥の手』を使用しておく事も勧められていた。
 実際、先に魔法壁を張っていなかったら、ノームが白けた空気を黙らせると言った試しの攻撃で、私達の肉体は吹き飛んでいただろう。ウンディーネには、色々感謝をしておかないと。

「なるほど! まさに奥の手、常軌を逸したとんでもない魔法だな! しかし……、話は逸れてしまうが。アカシック殿? 光を司る大精霊様とは契約を交わしていないように見えるが、何故その『マナの結晶体』を持ってるんだ?」

「え?」

 あっけらかんと、不可思議な事を口にしたウィザレナが、とある方向へ指を差す。思わず釣られてしまい、視界を指が差し示す方へ移した。
 遥か遠くの景色で、『光柱の管理人』が岩石を打ち砕く場面が見える視界の先。そこには、光の杖に装着してある、かつてレムさんから貰った『マナの結晶体』があった。

「いや。このマナの結晶体は、孤児だった私とピースを拾ってくれて、大人になるまで育ててくれた神父様から貰った物―――」

 ……あれ? この『光のマナの結晶体』。よく見てみると、ウンディーネやシルフから貰った、各属性の『最上級のマナの結晶体』と、形が似ているような? 
 いや。同じ六角柱の形を成しているし、放っている魔力の強さもほぼ一緒だ。よくよく思えば、このマナの結晶体。レムさんから貰ったのは、私がまだ六歳の時だったじゃないか。
 少なくとも、あれから百年以上経っているというのに。魔力は枯渇していないし、未だ健在。上級のマナの結晶体でも、持って十五年かそこらだ。
 つまり、レムさんから貰った、この『光のマナの結晶体』は……。

「アカシック様! ウィザレナ! ノーム様が飛んで行った方角から、複数の飛行体が接近してきてます!」

「む」

 固まってきた推測を掻き消す、レナの慌てた報告に、『の光のマナの結晶体』と思われる結晶体に合わせていた焦点を、やや左へずらす。
 すると合わせた方角の空に、複数と言うよりも無数の黒点を視認。数にして、おおよそ三十弱。徐々に大きくなってきているが、まさかあの黒点……。

「あれ全部、『竜のくさび』じゃないだろうな?」

「竜の楔って。アカシック殿が言ってた、超長距離を自動追尾してくる召喚獣か?」

「それだ。けど、分かってれば対処はし易い。頭部さえ破壊してしまえば、魔力を失って自動追尾は無くなる。速度も凄まじく速いが、竜の楔だって急には曲がれない。ほぼ一直線で飛んで来る。なので、頭部を狙う事自体は簡単だ」

「なるほど、頭部だな。心得た。急所さえ分かれば、何の問題も無い」

 更に黒点を狙うかのように、『光柱の管理人』が集中的に攻撃を始めている。たぶん、どこかにノームも居るな。

「さて、本格的に始めるか。レナ、前方以外の索敵を頼む。何かあったら教えてくれ」

「了解です!」

「ウィザレナ。黒点の数は、約三十前後だが。向かっていく内に、たぶん増える。今まで培ってきた固定観念は全部捨てて、あらゆる事態を想定して挑んでくれ」

「分かった、やってみよう!」

 そう。大精霊相手に、名の知らぬ人間が勝手に決めつけた常識なんて通じない。敵は正面のみから向かって来ているが、死角を含めた全方位を警戒しておかなければ、命がいくつあっても足りやしない。
 これから呼吸すら惜しむ戦いが始まるので、限界まで息を吸い込み、緩く吐く。瞳を閉じて、全神経を戦いに集中させる。そして瞳を開け、全ての黒点を視界に捉えた。
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