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175話、我が子を自慢するかのように

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「っと、そうだ。レム、これからどうすんだ? アカシックまで、お前がフォスグリア爺さんを脅そうとした時に使おうとした、禁断の召喚魔法を覚えちまったぞ? あれ、相当まずい召喚魔法なんだろ?」

「ええ。『天照らす極楽鳥』は、禁断の召喚魔法の中でも上位の威力、殲滅力、破壊力があります。ですが、先にも言った通りです。アカシックさんであれば、なんの問題もありません」

「やっぱり、めちゃくちゃ信頼してんだな。それを聞けて安心したぜ。あと、やたらと緩そうだったけど、『天照らす極楽鳥』の『昇華条件』って一体なんなんだ?」

「傍から見れば緩そうですが。実は、人間という枠に収まっている限り、普通では絶対に習得出来ない召喚魔法なんですよ」

「え、そうなのか?」

 抜けた俺の返事に、うなずで返すレム。

「ええ。ちなみに、条件は四つあります」

 話を進めるレムが、手前に持ってきた右手の人差し指を立てる。

「一つ目。『天照らす極楽鳥』を召喚出来る魔力量を保持しているかどうか。魔力の量は、そうですね。ちまたで大賢者と謳われている方ですら、まったく足りません。人間であれば、『最上級のマナの結晶体』を三つ保有して、初めて足りる量になるでしょう」

「げっ……! つー事は、俺がアカシックと契約した時点で、条件の一つを満たしちまった、ワケ?」

「そうなります。現在アカシックさんは、水、風。そして私が渡した『最上級の光のマナの結晶体』を持っています。ですが、アカシックさん本人は忘れているようですがね」

 ああ、なるほど? それじゃあ、俺もこの一件に絡んでいるって事か。しかし、レムも大概ズルくねえか?
 アカシックが初めて光属性の魔法を覚えて、教会へ参拝しに来た人を回復魔法で癒しただけで、『最上級の光のマナの結晶体』を渡すなんてよ。……いや、俺が言えた口じゃねえな。
 どこか楽しそうにほくそ笑んでいるレムが、説明を続けると言わんばかりに、中指を立てた。

「そして二つ目。これは、シルフさんとウンディーネさんが目にした通り、『天翔ける極光鳥』を『フェアリーヒーリング』で三十秒以上癒す事です」

「や、やはりですか……。それも、私達のせいに、なってしまいますよね?」

「遠回しに、そうなってしまいますかね。しかし『天翔ける極光鳥』と『フェアリーヒーリング』も、習得には困難を極める魔法です。更に、習得出来たとしても、この二つの魔法は莫大な魔力を消費します。ですので、常人が二つの魔法を同時に扱うのは、まず不可能。詠唱段階で魔力が枯渇するか、発動しても二秒と持ちません」

「けどアカシックは、最上級のマナの結晶体を三つ持ってたから、難なく発動出来たと。……あ? ちょっと待て」

 『天翔ける極光鳥』と『フェアリーヒーリング』。この二つの魔法は、光属性の魔法の中でも、最上位に属する魔法だ。それは、風を司る俺でも知っている。
 『フェアリーヒーリング』は、アカシックが幼少の頃から努力を積み重ねて勉学し、大人になる手前でようやく習得出来た魔法だ。経緯を見てきたので、俺もよーく覚えているけど……。
 アカシックの奴、『天翔ける極光鳥』はいつ習得したんだ? そもそも、あいつは大人になるまでの間、攻撃魔法なんか一切覚えてねえぞ。たとえそれが、光属性の魔法であってもだ。

「おい、レム? アカシックは、いつ『天翔ける極光鳥』を習得したんだ?」

「『天翔ける極光鳥』をですか? あれは、私がこっそりお譲りしました」

「へ……? 譲った?」

「ええ。アカシックさんが『フェアリーヒーリング』を自力で習得されたのが、つい嬉しくなってしまいまして。その次の日、継承という形で『天翔ける極光鳥』、『光柱の管理人』、『極光蟲』をアカシックさんにお譲りしました」

 我が子を自慢するかのように嬉々とし出したレムが、子煩悩を垣間見せる無垢な笑みを浮かべた。
 まさか、三つも召喚魔法を継承していただなんて……。俺の目まで盗んで、いつやったんだ?
 それに『極光蟲』ってなんだ? 初めて聞いたぞ。アカシックが使っている場面なんて見た事がねえから、効果も威力も分からねえ。『天照らす極楽鳥』以前に、大丈夫なんだろうな?
 言い知れぬ不安が増してきた中。俺が追加の質問を投げかけようとするも、それを拒否せんと、先にレムの薬指が立った。

「三つ目。これは、アカシックさんだからこそ成せた条件です」

「アカシックさん、だからこそ?」

 とうとう我慢出来なくなったのか。隣で蚊帳の外に追いやられていたエリィが、ポツリと反応する。

「はい、そうです。三つ目の条件。それは、万人を回復魔法で癒す事です」

「万人を、回復魔法で癒す……」

「ああ、確かに。アカシックみてえな決心を持ってなけりゃあ、相当厳しい条件だな」

 万人を差すのであれば、同じ人間に回復魔法を使用しても無意味だ。総計には入らねえ。
 それに、普通の人間は『最上級のマナの結晶体』を三つ持っていなければ、他の条件を満たす事すら不可能。
 とどのつまり、最低でも三人の大精霊と契約を交わすか、認められなければならない事を意味する。そう思うと『天照らす極楽鳥』の『昇華条件』は、どの昇華条件よりも無理難題に近えな。

「シルフさん。私達が思っていたより、ずっと厳しい『昇華条件』ですね……」

「そうだな。まず、普通の人間は絶対に無理だ。寿命がいくつあっても足りねえ」

「それに『最上級のマナの結晶体』を三つ持った人は、アカシックさんが初めてですものね。一つだけしたら、何人かいらっしゃるのですが」

「だな」

 しかし『天照らす極楽鳥』の昇華条件は、もう一つある。先の三つだけですら、あらかじめ昇華条件を知っていたとしても到底満たす事は叶わねえ条件だってのに。
 やっぱり、腐っても禁断の召喚魔法。何かの間違いで世に広まろうとも、習得出来る奴なんざ現れねえだろう。俺とウンディ姉の会話に区切りが付くと、レムの小指が立った。

「それで、最後の四つ目なんですが。これだけは、他の条件に比べますと緩いものになります」

「ほーん、で? 条件はなんだ?」

「四つ目の条件。闇の魔力を完全に無保有かつ、闇属性の魔法を一つも習得していない事です」

「闇の魔力を完全に無保持ぃ? 後者は、相性や得手不得手うんぬんで可能だろうけどよお。前者は、そもそも魔力の無保持自体が、ほとんどありえねえじゃねえか」

 そう、魔法を使えるか否かは別にして。魔力とは、この世に生まれた時点で、誰しもが保有している物だ。もちろん水、風、火、土、氷、光、闇の七属性をな。
 まあ確かに、魔力の量に個々の差はある。火の魔力量を多く保有し、逆に水の魔力量が少ないなんてな。しかし、無保有となれば話が違ってくる。普通ならば、ほぼありえねえ。
 ……いや。光を司る大精霊『レム』の傍に二十年以上も居た、異例中の異例であるアカシックとピースなら、ありえるのか?

「そうですね。普通では、ほぼありません。私もアカシックさんと出会った時は、少々驚きました」

「アカシックと出会った時って……。その口振りだとよ、まさか?」

「ええ。アカシックさんは赤ん坊の時から、闇の魔力をまったく持っていなかったんです。そして逆に、光の魔力を多く持っていました。それはもう、深き闇が消滅せんばかりの量をです」

「は、はぁ……」

 深き闇が消滅せんばかりの、光の魔力をねえ。となると、光の魔力量が多すぎて、闇の魔力が消滅しちまったのか?
 レムが関わっていないのであれば、後はアカシックの父と母の血統か。生まれた時から欠落していたか、はたまた。

「そうなりますと。私とシルフさんが、夜通し考えていたアカシックさんの設定の一つに、『光の申し子』なる呼び名があるのですが。あながち間違いではなかったようですね」

「ウンディーネさん、その通りです。正に『光の申し子』と言っても差し支えはありません。そして、比類なき無垢な眩しい笑顔の持ち主でもあります。アカシックさんをいつも見ていたシルフさんなら、ご理解頂けるかと」

「お、おう。そうだな」

 まずい。ウンディ姉の一言により、眠っていたレムの子煩悩に炎が灯っちまった。
 聞いていて楽しいから、俺もつい賛同しちまうんだけど。アカシックやピースの話になると、とんでもなく長くなるんだよなあ。

「ですよね。そうだ、エリィさんも居る事ですし。アカシックさんとピースさんについて、少し昔話を聞かせてあげましょうか?」

「本当ですか? 是非ともお願いします!」

 『レムの少しは、三日三晩以上掛かるぞ』という野暮な言葉を飲み込み、鼻からため息を零す。
 まあ、いいか。あそこまで楽しそうにしているレムを見るのは、数年振りだしな。

「レムー、遠慮はいらねえぞー。満足するまで語り明かしてやれ」

「ええ、そのつもりでいます」

 ついでだ。ウンディ姉も巻き込んで、付き合ってやるか。久々だな、このほがらな空気。
 アカシックも昔のあいつに戻れた様に、レムもまた、昔のあいつが戻って来たようだ。嬉しい限りだぜ。
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