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151話、今まで分からなかった新薬の材料
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アルビスやベルラザの過去に少し触れて、赤い流星群に沢山の願いを託した後。あいつと共に家へ戻ると、ちゃっかりと起きていたサニー達も、流星群を見ていたようで。数枚の絵を私達に見せてくれた。
アルビス達と家へ出る前は、サニーも疲れていて、すぐに寝てしまったというのに。夜が更けるまで、鼻をふんふんと鳴らし、興奮しながら赤い流星群についてずっと話していた。
そして、少し寝不足気味になった次の日。本当はこれから、一人でハルピュイアの集落へ行こうとしたのだが。
アルビス曰く、ウンディーネ様に、ウィザレナとレナを連れて来てほしいと言われているらしいので、サニーと一緒に行く事となった。
だが今日は、ハルピュイアの絵を描かせないで、すぐに帰宅する。一応、ハルピュイア達全員に秘薬を飲ませたものの、気疲れ自体は癒えていないはずだ。
ゆっくり休ませてあげたいので、ピピラダに会って状況を聞き、大丈夫だと判断したら帰ってしまおう。家を出る前、サニーにその旨を伝えたら、笑顔で了承してくれた。
しかし、二回も空ぶってしまったんだ。表情だけでは分からないけども、きっと落ち込んでいるに違いない。だから今日の夕食は、うんと豪勢にしてやらないとな。
「うわぁ~っ。お母さん、見て見て! ハルピュイアさんが、いっぱい空を飛んでるよ!」
「本当だ。すごい数だな」
サニーと共に家を飛び立ち、焼け野原が点在する渓谷地帯へ入り、約十分前後が経った頃。睡眠の邪魔にならぬよう、静かにハルピュイアの集落へ近づこうとしたのだが。
その気遣いは無用だったようで。集落周辺の空には、昨日の寂れ具合が嘘のように、大勢のハルピュイアが飛んで遊んでいた。
その数は圧巻で。最早、色付いた霧がかかっているようにしか見えない。確か昔は、あんな風に活気が溢れていたっけ。なんだか懐かしい景色だな。
「なら速度を上げて、ピピラダの元へ行ってしまうか」
「そうだね! ハルピュイアさん達、またギュッてしてくれないかなー」
「あ、私もやってほしい」
昨日、全てを終えて集落へ帰った時。私とアルビスは、集落を救った英雄になってしまい。秘薬を飲んで元気を取り戻したハルピュイア達全員から、順番に抱き締められていった。
ちょっとクセになりそうな固さがあったり。時には布団よりも柔らかく。同じ感触は二つと無い、心地よい眠気を誘う祝福の抱擁攻めよ。あれは本当に最高だった。是非とも、またやってほしい。
「……サニー。ハルピュイア達が大勢飛んでる場所を、あえて通ってからピピラダの所に行かないか?」
「わあっ、楽しそう! 行こう行こうっ!」
「よし、行くぞ」
あの瞬間を再び味わいたいが為だけに、欲を抑えず全面に押し出し、速度を出しながら進行方向を変える私。
少し近づけば、目の良いハルピュイアが私達の存在に気付き。更に距離を詰めていけば、半数以上との視線が合い。間近に迫れば、ハルピュイア達は眩しい笑顔で、私達の元へ飛んで来てくれた。
そして、その場に滞空してみると。瞬く間に百を超えるハルピュイア達に囲まれ、空路を全て塞がれてしまった。
「英雄様! また来てくれたんですね!」
私の視線先に居たハルピュイアが、今にも抱きついてきそうな勢いで詰め寄り、嬉しそうな顔をしながら言う。
「その、英雄呼ばわりは恥ずかしいから、せめて名前で呼んでくれ」
「あっ、すみません! それで、アカシックさん。今日は、何をしにここへ来たのですか?」
「お前達の様子を見にと、ピピラダに状況を聞きにだ。一見、みんな元気そうにしてるが、調子の方は大丈夫か?」
「はい! アカシックさんがくれた薬のお陰で、皆こうして空を飛べるまでに回復しました! 本当にありがとうございます!」
倦怠感を一切見せつけず、大きな声でハキハキとお礼を叫ぶと、周りに居た大人数のハルピュイア達も、一斉にお礼を言い出した。
四方八方から全身を押してくる声量の圧よ。まるで声の壁に挟まれた気分にさえなってきた。これならば、私が心配する必要は無さそうだな。
「大丈夫そうで何よりだ。それじゃあ、ピピラダの所へ行ってくる」
「なら、私達が案内します! 付いてきて下さい!」
ピピラダが居る壁穴は、目視出来る距離にあるのだが。喉元まで上がってきた『いや』が、口から出る前に、ハルピュイア達は一つの壁穴を目指して飛んで行ってしまった。
ピピラダが居る場所は、それなりに広いけど……。まさか、あいつら全員入り込んでくるつもりか? それだけはまずい。二度と抜け出せない天国になってしまう。
「お母さん、早く行こうよ! みんな、こっちを見て待ってるよ」
「行ったら、夜まで帰れなくなりそうだな」
確信すら持てる自信の無さを漏らし、ハルピュイアが群がっている壁穴に向かって発進する。百人以上のハルピュイアに抱き締められてしまうんだ。絶対に帰りたくなくなる。
だが、あいつらを休ませてあげたい気持ちがあるのも事実。なんとも複雑な心境だ。あまり待たせ過ぎるのも悪いので、そそくさと壁穴に入り、地面に足を付ける。
サニーが箒から降りている最中。待っていましたと言わんばかりに、一人のハルピュイアが私に抱きついてきた。……ああ、とてもいい抱擁感だ。
私も箒を降りて消すと、更に二人増え。苦笑いしているピピラダに顔を合わせた頃には、サニーもハルピュイアまみれになっていた。
「いきなり大勢入ってきたから何かと思えばー、アカシックとサニーちゃんじゃんかー。……二人共、羽玉みたいになっちゃってるけどー、迷惑じゃなーい?」
「いや、迷惑だなんてとんでもない。最高のもてなしだ」
「こんにちは、ピピラダさん。とても温かくて気持ちいいですぅ……」
そう、苦笑いに深みが増していくピピラダに伝えている間にも、ハルピュイアの数は容赦無く増えていく。
なんとかして、ピピラダの近くまで行けて座れたが。露出している顔以外から、ふわふわな羽毛の感触がする。もう一歩も動けない。いや、動きたくない。
「二人共ー、みんなに相当気に入られちゃったねー。まあ、無理もないかー。アカシックー。昨日は集落を救ってくれて、本当にありがとうー」
喋り方や態度は普段通りだけども、気持ちを抑えられないでいるのか。若緑色の瞳には涙が滲んでいて、その落としたくなさそうな涙を誤魔化すかのように、柔らかく微笑んだ。
「困った時はお互い様だ。お前らが無事ならそれでいい。で、ピピラダ。お前の容態や、折れた翼は大丈夫か?」
「うん、問題無く空を飛べてるよー。今朝、みんなで水浴びをして、さっきまで日向ぼっこもしてたしー。体調もすこぶるいいよー」
「そうか。なら、よかった」
水浴びが出来るほどの元気があれば、狩りも今まで通り行えるだろう。心配要素が全て無くなり、胸を撫で下ろした矢先。ピピラダが「あ、そうだー」と口にした。
「む? どうした?」
「水浴びをしてた時にさー、こんな物を見つけてねー」
おもむろに立ち上がったピピラダが、部屋の左隅まで歩き出し。右足の屈強な鉤爪で何かを掴むと、翼を広げて羽ばたき、私の元まで飛んできた。
「これこれー」
右足を私の元まで伸ばしてくると、鉤爪で掴んでいた物を目の前に落とした。
陽の光を浴び、鈍い光沢を走らせている、くすんだ色をしていて滑らかな曲線を描いた何かの欠片。……この欠片、どこか見覚えがあるぞ。
確か、氷魔法で自身の右足を凍らせたアルビスが、不死鳥の顔を蹴り上げた時の事だ。血飛沫の中に、これが一緒に混じっていたはず。つまり、この欠片は……。
「……まさか、これ。不死鳥のくちばしの欠片か?」
「そうそうー。川底にたくさん沈んでたから、一番大きいのを選んで拾ってきたんだー」
「はあ、本体から離れても消えないのか。なら、羽とかもどこかにありそうだな。……ん、待てよ?」
違う。私は、このくちばしの欠片を、もっと遥か昔に見た覚えがある。いつだ? サニーと出会っていない時なのは確実だ。けど、そう近い過去でもない。
必死に思い出そうとしてしまい、全意識がくちばしの欠片に集中していき、体全体を覆っている柔らかな感触が遠ざかっていく。
十年前、二十年前……。いや、もっと前だ。そうなると、五十年以上前? 何かのくちばしの欠片……。そういえば、そんな話を、ヴェルインやアルビスにもした記憶が―――。
「あっ、思い出した」
「え、急にどうしたのー?」
「へ? ああ、いや。個人的な話だ。気にしないでくれ」
「うーん?」
間違いない。私の体の成長を止め、不老にしてしまった材料の一つだ。もう一つの材料は、ファートから貰った『女王の包帯』。
今までずっと、何のくちばしかは分からなかったのに。まさか、不死鳥のくちばしだったとは。私の体が不死にならなかったという事は、効果は不老と考えるのが妥当。そして、『女王の包帯』の効果は束縛。
……何か違うな。束縛というよりも、効果を永続させると思った方がいい。この二つを調合した薬を飲んだのは、八十年以上も前だ。
が、しかし、私の体は未だに老いていない。効果がずっと続いている。まるで、時が止まってしまったかのように。
「時、か……」
「時? ああ、時間ー? 大体昼過ぎぐらいだよー」
「……ふぇ? あ、そうか。ありがとう」
もしかすると、『時の魔法』を開発する手掛かりになるかもしれない。あと、赤ん坊だった頃のサニーを育て始めてから、ほとんどやっていないけども、新薬の開発にも使えそうだ。
……欲しい。この『不死鳥のくちばしの欠片』が、喉から手が出るほどに欲しい。この欲求、かなり久々に湧いてきたな。
が、ここで暴走しては駄目だ。もう、心にまるで余裕が無かった昔の私ではない。ピピラダ曰く、まだ川底に沢山沈んでいるんだし。慌てずゆっくり拾っていけばいいさ。
「ちなみに、ピピラダ。これを何かに使う予定はあるのか?」
「ううん、無いよー。欲しかったらあげるー」
「えっ、いいのか?」
「うん。固いから食べられないだろうし、あたし達が持ってても意味がないからねー。でも、アカシックは魔女でしょー? きっと何かに使えるだろうし、あげるよー」
「そ、そうか! 恩に着る。ありがとう、ピピラダ」
自分でも分かってしまうほど高ぶった感謝の声に、ピピラダは陽気な笑顔を見せつける。
「そんなに喜んでくれると、あたしも嬉しいよー。まだまだたくさんあるし、後でくちばしの欠片が沈んでる場所に案内してあげるねー」
「それもありがたいな。それじゃあ、落ち着いたら―――」
……目先の欲にくらんでしまい、忘れかけていたが。このくちばし、アルビスも知っている人物であり。ベルラザの仲間であろう、メリューゼのくちばしだったな。
とどのつまり、これは遺品になってしまう。そんな大事な物を、新薬の開発に使ってしまってもいいのだろうか? いや、考えるまでもない。使ってしまっては駄目―――。
―――おいおい。そいつは『時の穢れ』に冒され切った代物だぜ? そう無闇やたらと触るんじゃねえ。
「……む?」
「え? 誰ー?」
「……なに? 今の声?」
やはり、受け取るのはやめようとした途端。突然、頭の中からワンパクな少年を彷彿とさせる、やや高めの声が響いてきた。
その声は、ピピラダやサニー達にも聞こえていたのか。私の視界の中で、何も無い天井を仰ぎ、目を丸くさせながら辺りを見渡していた。
「お前達にも、今の声が聞こえたのか?」
「うん、聞こえたー。『時の穢れ』ーとか、無闇にーとか言ってたー」
「私も、そう聞こえた。頭の中から声が聞こえてきたから、なんだか不思議な感じがするや」
―――それに、てめえらだってそうだぜ? 先の戦いのせいで、かなり冒されてやがる。払ってやるから、ちょいと眠ってもらうぜ。
「は? ……グッ!?」
再び、謎の声が響いてきた直後。ハルピュイアの翼に何重も抑えられている腹部から、背中が反るほどの衝撃が走った。
同時に、抗う事が出来ない強烈な睡魔が襲い始め。視界が勝手に瞬き、大きくふらつく景色の中に見えたのは、床に倒れ込んでいるピピラダの姿。
視界が急激に動き、下半分が床に埋め尽くされた後。同じく床に倒れているも、だんだんと体が沈んでいっているサニーの姿が映った。
アルビス達と家へ出る前は、サニーも疲れていて、すぐに寝てしまったというのに。夜が更けるまで、鼻をふんふんと鳴らし、興奮しながら赤い流星群についてずっと話していた。
そして、少し寝不足気味になった次の日。本当はこれから、一人でハルピュイアの集落へ行こうとしたのだが。
アルビス曰く、ウンディーネ様に、ウィザレナとレナを連れて来てほしいと言われているらしいので、サニーと一緒に行く事となった。
だが今日は、ハルピュイアの絵を描かせないで、すぐに帰宅する。一応、ハルピュイア達全員に秘薬を飲ませたものの、気疲れ自体は癒えていないはずだ。
ゆっくり休ませてあげたいので、ピピラダに会って状況を聞き、大丈夫だと判断したら帰ってしまおう。家を出る前、サニーにその旨を伝えたら、笑顔で了承してくれた。
しかし、二回も空ぶってしまったんだ。表情だけでは分からないけども、きっと落ち込んでいるに違いない。だから今日の夕食は、うんと豪勢にしてやらないとな。
「うわぁ~っ。お母さん、見て見て! ハルピュイアさんが、いっぱい空を飛んでるよ!」
「本当だ。すごい数だな」
サニーと共に家を飛び立ち、焼け野原が点在する渓谷地帯へ入り、約十分前後が経った頃。睡眠の邪魔にならぬよう、静かにハルピュイアの集落へ近づこうとしたのだが。
その気遣いは無用だったようで。集落周辺の空には、昨日の寂れ具合が嘘のように、大勢のハルピュイアが飛んで遊んでいた。
その数は圧巻で。最早、色付いた霧がかかっているようにしか見えない。確か昔は、あんな風に活気が溢れていたっけ。なんだか懐かしい景色だな。
「なら速度を上げて、ピピラダの元へ行ってしまうか」
「そうだね! ハルピュイアさん達、またギュッてしてくれないかなー」
「あ、私もやってほしい」
昨日、全てを終えて集落へ帰った時。私とアルビスは、集落を救った英雄になってしまい。秘薬を飲んで元気を取り戻したハルピュイア達全員から、順番に抱き締められていった。
ちょっとクセになりそうな固さがあったり。時には布団よりも柔らかく。同じ感触は二つと無い、心地よい眠気を誘う祝福の抱擁攻めよ。あれは本当に最高だった。是非とも、またやってほしい。
「……サニー。ハルピュイア達が大勢飛んでる場所を、あえて通ってからピピラダの所に行かないか?」
「わあっ、楽しそう! 行こう行こうっ!」
「よし、行くぞ」
あの瞬間を再び味わいたいが為だけに、欲を抑えず全面に押し出し、速度を出しながら進行方向を変える私。
少し近づけば、目の良いハルピュイアが私達の存在に気付き。更に距離を詰めていけば、半数以上との視線が合い。間近に迫れば、ハルピュイア達は眩しい笑顔で、私達の元へ飛んで来てくれた。
そして、その場に滞空してみると。瞬く間に百を超えるハルピュイア達に囲まれ、空路を全て塞がれてしまった。
「英雄様! また来てくれたんですね!」
私の視線先に居たハルピュイアが、今にも抱きついてきそうな勢いで詰め寄り、嬉しそうな顔をしながら言う。
「その、英雄呼ばわりは恥ずかしいから、せめて名前で呼んでくれ」
「あっ、すみません! それで、アカシックさん。今日は、何をしにここへ来たのですか?」
「お前達の様子を見にと、ピピラダに状況を聞きにだ。一見、みんな元気そうにしてるが、調子の方は大丈夫か?」
「はい! アカシックさんがくれた薬のお陰で、皆こうして空を飛べるまでに回復しました! 本当にありがとうございます!」
倦怠感を一切見せつけず、大きな声でハキハキとお礼を叫ぶと、周りに居た大人数のハルピュイア達も、一斉にお礼を言い出した。
四方八方から全身を押してくる声量の圧よ。まるで声の壁に挟まれた気分にさえなってきた。これならば、私が心配する必要は無さそうだな。
「大丈夫そうで何よりだ。それじゃあ、ピピラダの所へ行ってくる」
「なら、私達が案内します! 付いてきて下さい!」
ピピラダが居る壁穴は、目視出来る距離にあるのだが。喉元まで上がってきた『いや』が、口から出る前に、ハルピュイア達は一つの壁穴を目指して飛んで行ってしまった。
ピピラダが居る場所は、それなりに広いけど……。まさか、あいつら全員入り込んでくるつもりか? それだけはまずい。二度と抜け出せない天国になってしまう。
「お母さん、早く行こうよ! みんな、こっちを見て待ってるよ」
「行ったら、夜まで帰れなくなりそうだな」
確信すら持てる自信の無さを漏らし、ハルピュイアが群がっている壁穴に向かって発進する。百人以上のハルピュイアに抱き締められてしまうんだ。絶対に帰りたくなくなる。
だが、あいつらを休ませてあげたい気持ちがあるのも事実。なんとも複雑な心境だ。あまり待たせ過ぎるのも悪いので、そそくさと壁穴に入り、地面に足を付ける。
サニーが箒から降りている最中。待っていましたと言わんばかりに、一人のハルピュイアが私に抱きついてきた。……ああ、とてもいい抱擁感だ。
私も箒を降りて消すと、更に二人増え。苦笑いしているピピラダに顔を合わせた頃には、サニーもハルピュイアまみれになっていた。
「いきなり大勢入ってきたから何かと思えばー、アカシックとサニーちゃんじゃんかー。……二人共、羽玉みたいになっちゃってるけどー、迷惑じゃなーい?」
「いや、迷惑だなんてとんでもない。最高のもてなしだ」
「こんにちは、ピピラダさん。とても温かくて気持ちいいですぅ……」
そう、苦笑いに深みが増していくピピラダに伝えている間にも、ハルピュイアの数は容赦無く増えていく。
なんとかして、ピピラダの近くまで行けて座れたが。露出している顔以外から、ふわふわな羽毛の感触がする。もう一歩も動けない。いや、動きたくない。
「二人共ー、みんなに相当気に入られちゃったねー。まあ、無理もないかー。アカシックー。昨日は集落を救ってくれて、本当にありがとうー」
喋り方や態度は普段通りだけども、気持ちを抑えられないでいるのか。若緑色の瞳には涙が滲んでいて、その落としたくなさそうな涙を誤魔化すかのように、柔らかく微笑んだ。
「困った時はお互い様だ。お前らが無事ならそれでいい。で、ピピラダ。お前の容態や、折れた翼は大丈夫か?」
「うん、問題無く空を飛べてるよー。今朝、みんなで水浴びをして、さっきまで日向ぼっこもしてたしー。体調もすこぶるいいよー」
「そうか。なら、よかった」
水浴びが出来るほどの元気があれば、狩りも今まで通り行えるだろう。心配要素が全て無くなり、胸を撫で下ろした矢先。ピピラダが「あ、そうだー」と口にした。
「む? どうした?」
「水浴びをしてた時にさー、こんな物を見つけてねー」
おもむろに立ち上がったピピラダが、部屋の左隅まで歩き出し。右足の屈強な鉤爪で何かを掴むと、翼を広げて羽ばたき、私の元まで飛んできた。
「これこれー」
右足を私の元まで伸ばしてくると、鉤爪で掴んでいた物を目の前に落とした。
陽の光を浴び、鈍い光沢を走らせている、くすんだ色をしていて滑らかな曲線を描いた何かの欠片。……この欠片、どこか見覚えがあるぞ。
確か、氷魔法で自身の右足を凍らせたアルビスが、不死鳥の顔を蹴り上げた時の事だ。血飛沫の中に、これが一緒に混じっていたはず。つまり、この欠片は……。
「……まさか、これ。不死鳥のくちばしの欠片か?」
「そうそうー。川底にたくさん沈んでたから、一番大きいのを選んで拾ってきたんだー」
「はあ、本体から離れても消えないのか。なら、羽とかもどこかにありそうだな。……ん、待てよ?」
違う。私は、このくちばしの欠片を、もっと遥か昔に見た覚えがある。いつだ? サニーと出会っていない時なのは確実だ。けど、そう近い過去でもない。
必死に思い出そうとしてしまい、全意識がくちばしの欠片に集中していき、体全体を覆っている柔らかな感触が遠ざかっていく。
十年前、二十年前……。いや、もっと前だ。そうなると、五十年以上前? 何かのくちばしの欠片……。そういえば、そんな話を、ヴェルインやアルビスにもした記憶が―――。
「あっ、思い出した」
「え、急にどうしたのー?」
「へ? ああ、いや。個人的な話だ。気にしないでくれ」
「うーん?」
間違いない。私の体の成長を止め、不老にしてしまった材料の一つだ。もう一つの材料は、ファートから貰った『女王の包帯』。
今までずっと、何のくちばしかは分からなかったのに。まさか、不死鳥のくちばしだったとは。私の体が不死にならなかったという事は、効果は不老と考えるのが妥当。そして、『女王の包帯』の効果は束縛。
……何か違うな。束縛というよりも、効果を永続させると思った方がいい。この二つを調合した薬を飲んだのは、八十年以上も前だ。
が、しかし、私の体は未だに老いていない。効果がずっと続いている。まるで、時が止まってしまったかのように。
「時、か……」
「時? ああ、時間ー? 大体昼過ぎぐらいだよー」
「……ふぇ? あ、そうか。ありがとう」
もしかすると、『時の魔法』を開発する手掛かりになるかもしれない。あと、赤ん坊だった頃のサニーを育て始めてから、ほとんどやっていないけども、新薬の開発にも使えそうだ。
……欲しい。この『不死鳥のくちばしの欠片』が、喉から手が出るほどに欲しい。この欲求、かなり久々に湧いてきたな。
が、ここで暴走しては駄目だ。もう、心にまるで余裕が無かった昔の私ではない。ピピラダ曰く、まだ川底に沢山沈んでいるんだし。慌てずゆっくり拾っていけばいいさ。
「ちなみに、ピピラダ。これを何かに使う予定はあるのか?」
「ううん、無いよー。欲しかったらあげるー」
「えっ、いいのか?」
「うん。固いから食べられないだろうし、あたし達が持ってても意味がないからねー。でも、アカシックは魔女でしょー? きっと何かに使えるだろうし、あげるよー」
「そ、そうか! 恩に着る。ありがとう、ピピラダ」
自分でも分かってしまうほど高ぶった感謝の声に、ピピラダは陽気な笑顔を見せつける。
「そんなに喜んでくれると、あたしも嬉しいよー。まだまだたくさんあるし、後でくちばしの欠片が沈んでる場所に案内してあげるねー」
「それもありがたいな。それじゃあ、落ち着いたら―――」
……目先の欲にくらんでしまい、忘れかけていたが。このくちばし、アルビスも知っている人物であり。ベルラザの仲間であろう、メリューゼのくちばしだったな。
とどのつまり、これは遺品になってしまう。そんな大事な物を、新薬の開発に使ってしまってもいいのだろうか? いや、考えるまでもない。使ってしまっては駄目―――。
―――おいおい。そいつは『時の穢れ』に冒され切った代物だぜ? そう無闇やたらと触るんじゃねえ。
「……む?」
「え? 誰ー?」
「……なに? 今の声?」
やはり、受け取るのはやめようとした途端。突然、頭の中からワンパクな少年を彷彿とさせる、やや高めの声が響いてきた。
その声は、ピピラダやサニー達にも聞こえていたのか。私の視界の中で、何も無い天井を仰ぎ、目を丸くさせながら辺りを見渡していた。
「お前達にも、今の声が聞こえたのか?」
「うん、聞こえたー。『時の穢れ』ーとか、無闇にーとか言ってたー」
「私も、そう聞こえた。頭の中から声が聞こえてきたから、なんだか不思議な感じがするや」
―――それに、てめえらだってそうだぜ? 先の戦いのせいで、かなり冒されてやがる。払ってやるから、ちょいと眠ってもらうぜ。
「は? ……グッ!?」
再び、謎の声が響いてきた直後。ハルピュイアの翼に何重も抑えられている腹部から、背中が反るほどの衝撃が走った。
同時に、抗う事が出来ない強烈な睡魔が襲い始め。視界が勝手に瞬き、大きくふらつく景色の中に見えたのは、床に倒れ込んでいるピピラダの姿。
視界が急激に動き、下半分が床に埋め尽くされた後。同じく床に倒れているも、だんだんと体が沈んでいっているサニーの姿が映った。
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