146 / 288
143話、火の海には、本物の大海を
しおりを挟む
『“天翔ける極光鳥”達。不死鳥に感付かれぬよう、静かに死角へ散開してくれ』
すぐ隣に居るアルビスの耳に届くかさえ怪しい声量で、指示を呟いてみると。ギリギリ視認出来る距離で滞空していた煌きが、細かい粒となり散らばっていった。
数kmは離れていそうなのに、こんなに小さな声でも聞こえるとは。きっと何かで繋がっているのだろうけど、これは有益な情報だ。
「ほう。これだけ距離が離れてても、的確に指示を聞けて動けるのか。なんであれを、余と戦ってる時に使わなかったんだ?」
「なんでだろうな? 初めて攻撃目的で使ったのも、ウンディーネ様と戦った時だったし。たぶん、光属性の魔法自体をあまり使いたくなかったんだと思う」
そう。元々光属性の魔法は、孤児だった私やピースと同じ立場に居る人達を、少しでも幸せにする為に覚えた魔法だ。他者を傷付け、悲しませる為に覚えた訳じゃない。
私の心が闇に堕ちていた時でも、その想いだけは忘れていなかったのかもしれないな。そしてこれからも、攻撃目的で使用するのはなるべく控えたい。こういった有事以外は。
「あれを出してたら、余と貴様の均衡は完全に崩れてただろうに。……まあいい」
どこか負けを認めたようにほくそ笑んだアルビスが、「しかし」と続ける。
「不死鳥め、やけに大人しいな。余らから動かないと、奴も動かないつもりでいるのか?」
「それなら好都合だ。体力の回復が出来るし、『奥の手』の追加詠唱も始められる。……けど、何か嫌な予感がするな」
何度か深呼吸を繰り返して、息を整える事が出来た。視界は良好、気持ちも落ち着いている。けど、心がだんだんざわめき出してきた。危険な何かを見落としている気がする。
『渓谷地帯、空。かなり辛いだろうけど、まだ力尽きないでほしい。私が手を貸してやるから、頑張って立ち上がってはくれないか?』
不死鳥の大規模な火柱は、本体が完全に蘇生し切っているというのに、頂点は未だに黒雲を貫いたまま。
その黒雲は火柱と仲良く寄り添い合い、分厚い渦を巻いている。隙間はほとんど無く、ほぼ密着した状態。
不死鳥の様子を窺いつつ、そろそろ見飽きてきた空を仰ぐ。渓谷地帯を縦横無尽に殴り付けている、隕石染みた炎球。追い打ちをかけるように、大地に穴を空けていく稲妻。
『やられっぱなしも癪だろ? 全ての元凶である不死鳥を、共に倒さないか?』
ちらほらと、やや小さめの火球も混じり出してきた。それに光すら飲み込みそうな黒雲が、薄っすらと赤みを帯びてきている。
色が変わってきたという事は、何か変化が起きている証拠。まだ召喚を止めていないのに、“光柱の管理人”が落ちてこない。私の嫌な予感が、空へ集約していく。不死鳥が纏う火柱は、相変わらず空へ伸びている。
……もし、あの火柱が、黒雲に隠れて広がっているとしたら。もし、その火柱が、不死鳥の体の一部になっているとしたら。もし、混ざり始めた火球も、不死鳥の体の一部なのだとしたら―――。
「……アルビス、悪い知らせだ」
「不死鳥が空に広がってるんだろ?」
「やっぱり、お前も気付いてたか」
「当然だ。あいつも何か仕掛けるつもりで……」
不意に私の視界左から現れ、横切っていく一筋の赤い熱線。すぐに左側へ向くも、隕石や火球は無し。視線を下へ滑らせていけば、地面に着弾したばかりなのか、細い火柱が一本だけ上がっていた。
今の熱線は、あの火球から放たれた物に違いない。私達に当たらなかったという事は、精度は高くないらしい。それか、ただ試し撃ちをしたに過ぎないか。
どちらにせよ、今の一撃で仮説が確信に変わってしまった。早く不死鳥の気を散らさなければ!
「おい、アカシック・ファーストレディ。今の熱線、もしかして……」
『“天翔ける極光鳥”! 攻撃を始めてくれ!』
慌てて指示を出すも。“天翔ける極光鳥”達が光芒と化する前に、火柱の中で待機していた不死鳥の形を成した影が、上昇しながら溶け込むように消えていく。
しかし、“天翔ける極光鳥”には不死鳥の居場所が分かるのか。黒雲を目指して昇っていく中、火柱を中心にして左右に広がっていた大量の魔法陣群が、一斉に瞬き出した。
「クソッ! アルビス! 魔法陣の反対側まで逃げるぞ!」
「チィッ!」
アルビスの舌打ちを了解と取らえ、乗っていた箒を限界速度で急発進。それを待っていたかのように、放たれる無数の『不死鳥の息吹』。数が多すぎて、雑な網目状にしか見えない。
背後もそう。横目を送っている暇すら無いけど、耳がおかしくなってくる大量の爆発音と、重厚な何かが大地を貫いているような衝突音が、絶えまなく聞こえてきている。
予想するまでもなく、空からも『不死鳥の息吹』が放たれているに違いない。正面への突破口を目が回る勢いで探していると、すぐ右隣にアルビスの気配を感じ出した。
「アカシック・ファーストレディ! 不死鳥は火球からも魔法を放てるのか!?」
「そうだ! 火と一体化した不死鳥が、隕石や火球に混ざり込んでる! たぶん空も含めて、全方位から魔法や大熱線が飛んでくるぞ!」
「なるほど! 要は、不死鳥が貴様の『奥の手』を使ったような状態、かッ!」
話の途中でアルビスの声に力が入り、漆黒の十文字が私達の先を行き、正面から迫ってきていた大熱線と衝突。打ち負けた大熱線が四股に分かれていく。
やや前方、新たに降って来た四本の大熱線が、爆発を伴う壁となり行く手を阻んだ。右、前方に斬撃を飛ばしているアルビスの姿。左、直線的に飛べそうな空間を視認。
「アルビス! 左だ!」
乗っていた箒を消し、左手に再召喚。そのまま箒を握り締め、ほぼ直角的に左へ曲がる私。更に左側、私達が飛んで来た空路。
荒廃が進む渓谷地帯の大半が、頭上を通り過ぎていく大熱線と、空から降り注ぎ、大地から生え伸びている熱線のせいで拝めない。気が遠くなるような数だ。たった数本でも脅威だっていうのに。
一点に集中している暇は無いので、空、右側、地面に目を配る。右側、さほど変化は無し。魔法陣から放たれている大熱線だけ。
空、黒雲を覆い隠す程の集中砲火。けど、見当違いに降り注いでいる大熱線が大半だ。どうやら、私達を狙っているのではなく、ただ闇雲に放っているだけらしい。
地面、火球の残り火から、細い熱線が四、五本ずつ空に向かっていっている。さながら、敵を狙えない固定砲台と言った所か。
不死鳥が出した魔法陣の配置場所と方角は、大体覚えた。ならば、空と地面に注意していればいい。このまま突っ切り、魔法陣群の裏へ回ってしまおう。
「このまま空と地面から来る熱線に注意しながら、斜め前方へ飛び続けるぞ!」
「構わんが、その後はどうするんだ!?」
「大熱線を避けながら、魔法陣の裏手へ回る! その後は……」
“光柱の管理人”が空から降って来なくなったのは、きっと黒雲の先で広がりつつある、不死鳥と一体化した火の海に飲み込まれているせいだろう。
そもそも、火の弱点は光じゃない。水だ。しかし、燃える海に雨を降らせたとしても、何の意味も成さない。火の勢い負けて蒸発し続けるのがオチだ。
ならば、火の海に本物の大海を落としてやればいい。私は、そんな妄想紛いな攻撃を現実に出来る人物を、一人だけ知っている。
「ウンディーネ様を召喚する」
「ウンディーネ様……、なるほど! あの方なら、この天変地異とも渡り合えるな!」
「ああ。私の『奥の手』がいつ発動するか分からない今、対抗出来る手段はそれしかない」
『私の準備は万端です。いつでも召喚して下さいね』
『水の証』に魔力を流し込んでいないのに、頭の中からウンディーネ様の柔らかな声が響いてきた。どうやらウンディーネ様からでも、会話を始める事が出来るらしい。
「頼りにしていますよ、ウンディーネ様!」
『任せて下さい! アカシックさんの期待に応えるべく、必ずや戦況を覆してみせましょう』
普段通りの口調で、なんとも透き通ったおしとやかな声での返事であり。この人なら絶対に覆してくれるという、確たる安心感がある。思わず心が高揚してしまい、身震いしてしまった。
希望の水明が差してきたのも束の間。数百m先、進路を絶つ三本の大熱線。左、複雑入り組んだ隙間のみ。右、魔法陣は少なく、先ほどまで不死鳥が陣取っていた火柱へ続く空路。
「アルビス、今度は右だ!」
タイミングを見計らい、急停止しながら箒を消し。体を火柱が見える方へ強引に向け、跨る形で箒を再召喚。見上げる程に高い火柱を目指し、限界速度で飛行を再開した。
が、だんだん精度が上がってきたようで。新たに降ってきた一本の大熱線が、火柱を隠す。
「その様子だと、貴様も滾ってきたようだな!」
アルビスが右上から私を追い越し、剣を大きく振り上げ、円斬撃を縦に放つ。
「まあな。ウンディーネ様を召喚次第、反撃に移るぞ!」
「心得たッ!」
瞬く間に広がっていく円斬撃が、大熱線を八の字に裂き、爆発の空振を肌で感じながら掻い潜っていく。
開けた左右、大熱線を垂れ流し状態の魔法陣群。真正面、視界の大半を支配するは、螺旋を描きながら空へ昇っていく、まるで溶岩を彷彿とさせるドロドロの火柱。
その、螺旋を描く火柱の中には、不死鳥の一部がまだ残っていたのか。麓から山頂にかけ、大型の魔法陣が乱雑かつ大量に出現し始めた。
明後日の方向に向いている魔法陣は、相手をしても意味がないので無視。迂回をすると、余計な時間を食う。ここは、一直線で突っ切るのみ!
「アルビス! あの火柱をぶった斬ってくれ!」
「任せろォ!!」
指示を飛ばした矢先。アルビスは黒炎を纏う剣を両手で持ち、体を大きく反り、私に揺らめく刃先を見せつけた後。豪快に振り下ろす。
放たれるは、天地をなぞる一本の太い黒線。漆黒の斬撃を正面から見るのは、これで初めてだけども。心もとなく見える直線が、射線にある魔法陣を縦に裂き。先にある火柱が、斬撃に触れて無抵抗のまま二つに分かれていく。
分かれた火柱の幅、大体二、三m弱。私とアルビスなら、余裕を持って通り抜けられる幅だ。けれども、もう塞がり始めている。やはり不死鳥混じりだと再生も早いな。
「一旦どいてくれ!」
「分かった!」
体勢を直したアルビスが、体を左斜めに傾け、私の視界から消えていく。消え切る前に私は、氷の杖を右手に持ち、後ろへ構えた。
「芯まで凍れぇえッ!!」
ただ全力で、体全体を使い、氷の杖を振り上げる。勢い余って体が縦に回転するも、そのまま火の杖に持ち替え。三秒前まで灼熱の火柱だった、透き通った紺碧の氷山へ杖先をかざした。
『魂をも焼き尽くすは、不老不死の爆ぜる颶風! 生死の概念から解き放たれし者に、思考をも許されない永遠の眠りを! 『不死鳥の息吹』!』
溜まりに溜まっていた鬱憤を、紅蓮の大熱線に乗せ。杖先から感じる手応えが、私に『不死鳥の息吹』が氷山を貫通した事を教えてくれた。
「凍らせた火柱を、あえてそれで貫くか! 実に愉快だ!」
「このまま反対側まで突き進むぞ!」
反対側まで行けば、今の状態より幾分マシになる。多少の余裕が生まれれば、落ち着いてウンディーネ様を召喚出来る。そしてようやく、反撃の開始だ。
逸る気持を抑え、綺麗な円状を描いた氷山の大穴に突入。背後から迫り来る振動、爆音、赤く瞬く閃光を浴びながら大穴を抜け出していった。
すぐ隣に居るアルビスの耳に届くかさえ怪しい声量で、指示を呟いてみると。ギリギリ視認出来る距離で滞空していた煌きが、細かい粒となり散らばっていった。
数kmは離れていそうなのに、こんなに小さな声でも聞こえるとは。きっと何かで繋がっているのだろうけど、これは有益な情報だ。
「ほう。これだけ距離が離れてても、的確に指示を聞けて動けるのか。なんであれを、余と戦ってる時に使わなかったんだ?」
「なんでだろうな? 初めて攻撃目的で使ったのも、ウンディーネ様と戦った時だったし。たぶん、光属性の魔法自体をあまり使いたくなかったんだと思う」
そう。元々光属性の魔法は、孤児だった私やピースと同じ立場に居る人達を、少しでも幸せにする為に覚えた魔法だ。他者を傷付け、悲しませる為に覚えた訳じゃない。
私の心が闇に堕ちていた時でも、その想いだけは忘れていなかったのかもしれないな。そしてこれからも、攻撃目的で使用するのはなるべく控えたい。こういった有事以外は。
「あれを出してたら、余と貴様の均衡は完全に崩れてただろうに。……まあいい」
どこか負けを認めたようにほくそ笑んだアルビスが、「しかし」と続ける。
「不死鳥め、やけに大人しいな。余らから動かないと、奴も動かないつもりでいるのか?」
「それなら好都合だ。体力の回復が出来るし、『奥の手』の追加詠唱も始められる。……けど、何か嫌な予感がするな」
何度か深呼吸を繰り返して、息を整える事が出来た。視界は良好、気持ちも落ち着いている。けど、心がだんだんざわめき出してきた。危険な何かを見落としている気がする。
『渓谷地帯、空。かなり辛いだろうけど、まだ力尽きないでほしい。私が手を貸してやるから、頑張って立ち上がってはくれないか?』
不死鳥の大規模な火柱は、本体が完全に蘇生し切っているというのに、頂点は未だに黒雲を貫いたまま。
その黒雲は火柱と仲良く寄り添い合い、分厚い渦を巻いている。隙間はほとんど無く、ほぼ密着した状態。
不死鳥の様子を窺いつつ、そろそろ見飽きてきた空を仰ぐ。渓谷地帯を縦横無尽に殴り付けている、隕石染みた炎球。追い打ちをかけるように、大地に穴を空けていく稲妻。
『やられっぱなしも癪だろ? 全ての元凶である不死鳥を、共に倒さないか?』
ちらほらと、やや小さめの火球も混じり出してきた。それに光すら飲み込みそうな黒雲が、薄っすらと赤みを帯びてきている。
色が変わってきたという事は、何か変化が起きている証拠。まだ召喚を止めていないのに、“光柱の管理人”が落ちてこない。私の嫌な予感が、空へ集約していく。不死鳥が纏う火柱は、相変わらず空へ伸びている。
……もし、あの火柱が、黒雲に隠れて広がっているとしたら。もし、その火柱が、不死鳥の体の一部になっているとしたら。もし、混ざり始めた火球も、不死鳥の体の一部なのだとしたら―――。
「……アルビス、悪い知らせだ」
「不死鳥が空に広がってるんだろ?」
「やっぱり、お前も気付いてたか」
「当然だ。あいつも何か仕掛けるつもりで……」
不意に私の視界左から現れ、横切っていく一筋の赤い熱線。すぐに左側へ向くも、隕石や火球は無し。視線を下へ滑らせていけば、地面に着弾したばかりなのか、細い火柱が一本だけ上がっていた。
今の熱線は、あの火球から放たれた物に違いない。私達に当たらなかったという事は、精度は高くないらしい。それか、ただ試し撃ちをしたに過ぎないか。
どちらにせよ、今の一撃で仮説が確信に変わってしまった。早く不死鳥の気を散らさなければ!
「おい、アカシック・ファーストレディ。今の熱線、もしかして……」
『“天翔ける極光鳥”! 攻撃を始めてくれ!』
慌てて指示を出すも。“天翔ける極光鳥”達が光芒と化する前に、火柱の中で待機していた不死鳥の形を成した影が、上昇しながら溶け込むように消えていく。
しかし、“天翔ける極光鳥”には不死鳥の居場所が分かるのか。黒雲を目指して昇っていく中、火柱を中心にして左右に広がっていた大量の魔法陣群が、一斉に瞬き出した。
「クソッ! アルビス! 魔法陣の反対側まで逃げるぞ!」
「チィッ!」
アルビスの舌打ちを了解と取らえ、乗っていた箒を限界速度で急発進。それを待っていたかのように、放たれる無数の『不死鳥の息吹』。数が多すぎて、雑な網目状にしか見えない。
背後もそう。横目を送っている暇すら無いけど、耳がおかしくなってくる大量の爆発音と、重厚な何かが大地を貫いているような衝突音が、絶えまなく聞こえてきている。
予想するまでもなく、空からも『不死鳥の息吹』が放たれているに違いない。正面への突破口を目が回る勢いで探していると、すぐ右隣にアルビスの気配を感じ出した。
「アカシック・ファーストレディ! 不死鳥は火球からも魔法を放てるのか!?」
「そうだ! 火と一体化した不死鳥が、隕石や火球に混ざり込んでる! たぶん空も含めて、全方位から魔法や大熱線が飛んでくるぞ!」
「なるほど! 要は、不死鳥が貴様の『奥の手』を使ったような状態、かッ!」
話の途中でアルビスの声に力が入り、漆黒の十文字が私達の先を行き、正面から迫ってきていた大熱線と衝突。打ち負けた大熱線が四股に分かれていく。
やや前方、新たに降って来た四本の大熱線が、爆発を伴う壁となり行く手を阻んだ。右、前方に斬撃を飛ばしているアルビスの姿。左、直線的に飛べそうな空間を視認。
「アルビス! 左だ!」
乗っていた箒を消し、左手に再召喚。そのまま箒を握り締め、ほぼ直角的に左へ曲がる私。更に左側、私達が飛んで来た空路。
荒廃が進む渓谷地帯の大半が、頭上を通り過ぎていく大熱線と、空から降り注ぎ、大地から生え伸びている熱線のせいで拝めない。気が遠くなるような数だ。たった数本でも脅威だっていうのに。
一点に集中している暇は無いので、空、右側、地面に目を配る。右側、さほど変化は無し。魔法陣から放たれている大熱線だけ。
空、黒雲を覆い隠す程の集中砲火。けど、見当違いに降り注いでいる大熱線が大半だ。どうやら、私達を狙っているのではなく、ただ闇雲に放っているだけらしい。
地面、火球の残り火から、細い熱線が四、五本ずつ空に向かっていっている。さながら、敵を狙えない固定砲台と言った所か。
不死鳥が出した魔法陣の配置場所と方角は、大体覚えた。ならば、空と地面に注意していればいい。このまま突っ切り、魔法陣群の裏へ回ってしまおう。
「このまま空と地面から来る熱線に注意しながら、斜め前方へ飛び続けるぞ!」
「構わんが、その後はどうするんだ!?」
「大熱線を避けながら、魔法陣の裏手へ回る! その後は……」
“光柱の管理人”が空から降って来なくなったのは、きっと黒雲の先で広がりつつある、不死鳥と一体化した火の海に飲み込まれているせいだろう。
そもそも、火の弱点は光じゃない。水だ。しかし、燃える海に雨を降らせたとしても、何の意味も成さない。火の勢い負けて蒸発し続けるのがオチだ。
ならば、火の海に本物の大海を落としてやればいい。私は、そんな妄想紛いな攻撃を現実に出来る人物を、一人だけ知っている。
「ウンディーネ様を召喚する」
「ウンディーネ様……、なるほど! あの方なら、この天変地異とも渡り合えるな!」
「ああ。私の『奥の手』がいつ発動するか分からない今、対抗出来る手段はそれしかない」
『私の準備は万端です。いつでも召喚して下さいね』
『水の証』に魔力を流し込んでいないのに、頭の中からウンディーネ様の柔らかな声が響いてきた。どうやらウンディーネ様からでも、会話を始める事が出来るらしい。
「頼りにしていますよ、ウンディーネ様!」
『任せて下さい! アカシックさんの期待に応えるべく、必ずや戦況を覆してみせましょう』
普段通りの口調で、なんとも透き通ったおしとやかな声での返事であり。この人なら絶対に覆してくれるという、確たる安心感がある。思わず心が高揚してしまい、身震いしてしまった。
希望の水明が差してきたのも束の間。数百m先、進路を絶つ三本の大熱線。左、複雑入り組んだ隙間のみ。右、魔法陣は少なく、先ほどまで不死鳥が陣取っていた火柱へ続く空路。
「アルビス、今度は右だ!」
タイミングを見計らい、急停止しながら箒を消し。体を火柱が見える方へ強引に向け、跨る形で箒を再召喚。見上げる程に高い火柱を目指し、限界速度で飛行を再開した。
が、だんだん精度が上がってきたようで。新たに降ってきた一本の大熱線が、火柱を隠す。
「その様子だと、貴様も滾ってきたようだな!」
アルビスが右上から私を追い越し、剣を大きく振り上げ、円斬撃を縦に放つ。
「まあな。ウンディーネ様を召喚次第、反撃に移るぞ!」
「心得たッ!」
瞬く間に広がっていく円斬撃が、大熱線を八の字に裂き、爆発の空振を肌で感じながら掻い潜っていく。
開けた左右、大熱線を垂れ流し状態の魔法陣群。真正面、視界の大半を支配するは、螺旋を描きながら空へ昇っていく、まるで溶岩を彷彿とさせるドロドロの火柱。
その、螺旋を描く火柱の中には、不死鳥の一部がまだ残っていたのか。麓から山頂にかけ、大型の魔法陣が乱雑かつ大量に出現し始めた。
明後日の方向に向いている魔法陣は、相手をしても意味がないので無視。迂回をすると、余計な時間を食う。ここは、一直線で突っ切るのみ!
「アルビス! あの火柱をぶった斬ってくれ!」
「任せろォ!!」
指示を飛ばした矢先。アルビスは黒炎を纏う剣を両手で持ち、体を大きく反り、私に揺らめく刃先を見せつけた後。豪快に振り下ろす。
放たれるは、天地をなぞる一本の太い黒線。漆黒の斬撃を正面から見るのは、これで初めてだけども。心もとなく見える直線が、射線にある魔法陣を縦に裂き。先にある火柱が、斬撃に触れて無抵抗のまま二つに分かれていく。
分かれた火柱の幅、大体二、三m弱。私とアルビスなら、余裕を持って通り抜けられる幅だ。けれども、もう塞がり始めている。やはり不死鳥混じりだと再生も早いな。
「一旦どいてくれ!」
「分かった!」
体勢を直したアルビスが、体を左斜めに傾け、私の視界から消えていく。消え切る前に私は、氷の杖を右手に持ち、後ろへ構えた。
「芯まで凍れぇえッ!!」
ただ全力で、体全体を使い、氷の杖を振り上げる。勢い余って体が縦に回転するも、そのまま火の杖に持ち替え。三秒前まで灼熱の火柱だった、透き通った紺碧の氷山へ杖先をかざした。
『魂をも焼き尽くすは、不老不死の爆ぜる颶風! 生死の概念から解き放たれし者に、思考をも許されない永遠の眠りを! 『不死鳥の息吹』!』
溜まりに溜まっていた鬱憤を、紅蓮の大熱線に乗せ。杖先から感じる手応えが、私に『不死鳥の息吹』が氷山を貫通した事を教えてくれた。
「凍らせた火柱を、あえてそれで貫くか! 実に愉快だ!」
「このまま反対側まで突き進むぞ!」
反対側まで行けば、今の状態より幾分マシになる。多少の余裕が生まれれば、落ち着いてウンディーネ様を召喚出来る。そしてようやく、反撃の開始だ。
逸る気持を抑え、綺麗な円状を描いた氷山の大穴に突入。背後から迫り来る振動、爆音、赤く瞬く閃光を浴びながら大穴を抜け出していった。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。
他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。
それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。
友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。
レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。
そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。
レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。
夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。
陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。
「お父様!助けてください!
私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません!
お父様ッ!!!!!」
ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。
ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。
しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…?
娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)
大好きな母と縁を切りました。
むう子
ファンタジー
7歳までは家族円満愛情たっぷりの幸せな家庭で育ったナーシャ。
領地争いで父が戦死。
それを聞いたお母様は寝込み支えてくれたカルノス・シャンドラに親子共々心を開き再婚。
けれど妹が生まれて義父からの虐待を受けることに。
毎日母を想い部屋に閉じこもるナーシャに2年後の政略結婚が決定した。
けれどこの婚約はとても酷いものだった。
そんな時、ナーシャの生まれる前に亡くなった父方のおばあさまと契約していた精霊と出会う。
そこで今までずっと近くに居てくれたメイドの裏切りを知り……
義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。
克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位
11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位
11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位
11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる