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143話、火の海には、本物の大海を

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『“天翔ける極光鳥”達。不死鳥に感付かれぬよう、静かに死角へ散開してくれ』

 すぐ隣に居るアルビスの耳に届くかさえ怪しい声量で、指示を呟いてみると。ギリギリ視認出来る距離で滞空していた煌きが、細かい粒となり散らばっていった。
 数kmは離れていそうなのに、こんなに小さな声でも聞こえるとは。きっと何かで繋がっているのだろうけど、これは有益な情報だ。

「ほう。これだけ距離が離れてても、的確に指示を聞けて動けるのか。なんであれを、余と戦ってる時に使わなかったんだ?」

「なんでだろうな? 初めて攻撃目的で使ったのも、ウンディーネ様と戦った時だったし。たぶん、光属性の魔法自体をあまり使いたくなかったんだと思う」

 そう。元々光属性の魔法は、孤児だった私やピースと同じ立場に居る人達を、少しでも幸せにする為に覚えた魔法だ。他者を傷付け、悲しませる為に覚えた訳じゃない。
 私の心が闇に堕ちていた時でも、その想いだけは忘れていなかったのかもしれないな。そしてこれからも、攻撃目的で使用するのはなるべく控えたい。こういった有事以外は。

「あれを出してたら、余と貴様の均衡は完全に崩れてただろうに。……まあいい」

 どこか負けを認めたようにほくそ笑んだアルビスが、「しかし」と続ける。

「不死鳥め、やけに大人しいな。余らから動かないと、奴も動かないつもりでいるのか?」

「それなら好都合だ。体力の回復が出来るし、『奥の手』の追加詠唱も始められる。……けど、何か嫌な予感がするな」

 何度か深呼吸を繰り返して、息を整える事が出来た。視界は良好、気持ちも落ち着いている。けど、心がだんだんざわめき出してきた。危険な何かを見落としている気がする。

『渓谷地帯、空。かなり辛いだろうけど、まだ力尽きないでほしい。私が手を貸してやるから、頑張って立ち上がってはくれないか?』

 不死鳥の大規模な火柱は、本体が完全に蘇生し切っているというのに、頂点は未だに黒雲を貫いたまま。
 その黒雲は火柱と仲良く寄り添い合い、分厚い渦を巻いている。隙間はほとんど無く、ほぼ密着した状態。
 不死鳥の様子をうかがいつつ、そろそろ見飽きてきた空を仰ぐ。渓谷地帯を縦横無尽に殴り付けている、隕石染みた炎球。追い打ちをかけるように、大地に穴を空けていく稲妻。

『やられっぱなしも癪だろ? 全ての元凶である不死鳥を、共に倒さないか?』

 ちらほらと、やや小さめの火球も混じり出してきた。それに光すら飲み込みそうな黒雲が、薄っすらと赤みを帯びてきている。
 色が変わってきたという事は、何か変化が起きている証拠。まだ召喚を止めていないのに、“光柱の管理人”が落ちてこない。私の嫌な予感が、空へ集約していく。不死鳥が纏う火柱は、相変わらず空へ伸びている。
 ……もし、あの火柱が、黒雲に隠れて広がっているとしたら。もし、その火柱が、不死鳥の体の一部になっているとしたら。もし、混ざり始めた火球も、不死鳥の体の一部なのだとしたら―――。

「……アルビス、悪い知らせだ」

「不死鳥が空に広がってるんだろ?」

「やっぱり、お前も気付いてたか」

「当然だ。あいつも何か仕掛けるつもりで……」

 不意に私の視界左から現れ、横切っていく一筋の赤い熱線。すぐに左側へ向くも、隕石や火球は無し。視線を下へ滑らせていけば、地面に着弾したばかりなのか、細い火柱が一本だけ上がっていた。
 今の熱線は、あの火球から放たれた物に違いない。私達に当たらなかったという事は、精度は高くないらしい。それか、ただ試し撃ちをしたに過ぎないか。
 どちらにせよ、今の一撃で仮説が確信に変わってしまった。早く不死鳥の気を散らさなければ!

「おい、アカシック・ファーストレディ。今の熱線、もしかして……」

『“天翔ける極光鳥”! 攻撃を始めてくれ!』

 慌てて指示を出すも。“天翔ける極光鳥”達が光芒と化する前に、火柱の中で待機していた不死鳥の形を成した影が、上昇しながら溶け込むように消えていく。
 しかし、“天翔ける極光鳥”には不死鳥の居場所が分かるのか。黒雲を目指して昇っていく中、火柱を中心にして左右に広がっていた大量の魔法陣群が、一斉に瞬き出した。

「クソッ! アルビス! 魔法陣の反対側まで逃げるぞ!」

「チィッ!」

 アルビスの舌打ちを了解と取らえ、乗っていた箒を限界速度で急発進。それを待っていたかのように、放たれる無数の『不死鳥の息吹』。数が多すぎて、雑な網目状にしか見えない。
 背後もそう。横目を送っている暇すら無いけど、耳がおかしくなってくる大量の爆発音と、重厚な何かが大地を貫いているような衝突音が、絶えまなく聞こえてきている。
 予想するまでもなく、空からも『不死鳥の息吹』が放たれているに違いない。正面への突破口を目が回る勢いで探していると、すぐ右隣にアルビスの気配を感じ出した。

「アカシック・ファーストレディ! 不死鳥は火球からも魔法を放てるのか!?」

「そうだ! 火と一体化した不死鳥が、隕石や火球に混ざり込んでる! たぶん空も含めて、全方位から魔法や大熱線が飛んでくるぞ!」

「なるほど! 要は、不死鳥が貴様の『奥の手』を使ったような状態、かッ!」

 話の途中でアルビスの声に力が入り、漆黒の十文字が私達の先を行き、正面から迫ってきていた大熱線と衝突。打ち負けた大熱線が四股に分かれていく。
 やや前方、新たに降って来た四本の大熱線が、爆発を伴う壁となり行く手を阻んだ。右、前方に斬撃を飛ばしているアルビスの姿。左、直線的に飛べそうな空間を視認。

「アルビス! 左だ!」

 乗っていた箒を消し、左手に再召喚。そのまま箒を握り締め、ほぼ直角的に左へ曲がる私。更に左側、私達が飛んで来た空路。
 荒廃が進む渓谷地帯の大半が、頭上を通り過ぎていく大熱線と、空から降り注ぎ、大地から生え伸びている熱線のせいで拝めない。気が遠くなるような数だ。たった数本でも脅威だっていうのに。

 一点に集中している暇は無いので、空、右側、地面に目を配る。右側、さほど変化は無し。魔法陣から放たれている大熱線だけ。
 空、黒雲を覆い隠す程の集中砲火。けど、見当違いに降り注いでいる大熱線が大半だ。どうやら、私達を狙っているのではなく、ただ闇雲に放っているだけらしい。
 地面、火球の残り火から、細い熱線が四、五本ずつ空に向かっていっている。さながら、敵を狙えない固定砲台と言った所か。
 不死鳥が出した魔法陣の配置場所と方角は、大体覚えた。ならば、空と地面に注意していればいい。このまま突っ切り、魔法陣群の裏へ回ってしまおう。

「このまま空と地面から来る熱線に注意しながら、斜め前方へ飛び続けるぞ!」

「構わんが、その後はどうするんだ!?」

「大熱線を避けながら、魔法陣の裏手へ回る! その後は……」

 “光柱の管理人”が空から降って来なくなったのは、きっと黒雲の先で広がりつつある、不死鳥と一体化した火の海に飲み込まれているせいだろう。
 そもそも、火の弱点は光じゃない。水だ。しかし、燃える海に雨を降らせたとしても、何の意味も成さない。火の勢い負けて蒸発し続けるのがオチだ。
 ならば、火の海に本物の大海を落としてやればいい。私は、そんな妄想紛いな攻撃を現実に出来る人物を、一人だけ知っている。

「ウンディーネ様を召喚する」

「ウンディーネ様……、なるほど! あの方なら、この天変地異とも渡り合えるな!」

「ああ。私の『奥の手』がいつ発動するか分からない今、対抗出来る手段はそれしかない」

『私の準備は万端です。いつでも召喚して下さいね』

 『水の証』に魔力を流し込んでいないのに、頭の中からウンディーネ様の柔らかな声が響いてきた。どうやらウンディーネ様からでも、会話を始める事が出来るらしい。
 
「頼りにしていますよ、ウンディーネ様!」

『任せて下さい! アカシックさんの期待に応えるべく、必ずや戦況を覆してみせましょう』

 普段通りの口調で、なんとも透き通ったおしとやかな声での返事であり。この人なら絶対に覆してくれるという、確たる安心感がある。思わず心が高揚してしまい、身震いしてしまった。
 希望の水明が差してきたのも束の間。数百m先、進路を絶つ三本の大熱線。左、複雑入り組んだ隙間のみ。右、魔法陣は少なく、先ほどまで不死鳥が陣取っていた火柱へ続く空路。

「アルビス、今度は右だ!」

 タイミングを見計らい、急停止しながら箒を消し。体を火柱が見える方へ強引に向け、跨る形で箒を再召喚。見上げる程に高い火柱を目指し、限界速度で飛行を再開した。
 が、だんだん精度が上がってきたようで。新たに降ってきた一本の大熱線が、火柱を隠す。

「その様子だと、貴様も滾ってきたようだな!」

 アルビスが右上から私を追い越し、剣を大きく振り上げ、円斬撃を縦に放つ。

「まあな。ウンディーネ様を召喚次第、反撃に移るぞ!」

「心得たッ!」

 瞬く間に広がっていく円斬撃が、大熱線を八の字に裂き、爆発の空振を肌で感じながら掻い潜っていく。
 開けた左右、大熱線を垂れ流し状態の魔法陣群。真正面、視界の大半を支配するは、螺旋を描きながら空へ昇っていく、まるで溶岩を彷彿とさせるドロドロの火柱。
 その、螺旋を描く火柱の中には、不死鳥の一部がまだ残っていたのか。ふもとから山頂にかけ、大型の魔法陣が乱雑かつ大量に出現し始めた。
 明後日の方向に向いている魔法陣は、相手をしても意味がないので無視。迂回をすると、余計な時間を食う。ここは、一直線で突っ切るのみ!

「アルビス! あの火柱をぶった斬ってくれ!」

「任せろォ!!」

 指示を飛ばした矢先。アルビスは黒炎を纏う剣を両手で持ち、体を大きく反り、私に揺らめく刃先を見せつけた後。豪快に振り下ろす。
 放たれるは、天地をなぞる一本の太い黒線。漆黒の斬撃を正面から見るのは、これで初めてだけども。心もとなく見える直線が、射線にある魔法陣を縦に裂き。先にある火柱が、斬撃に触れて無抵抗のまま二つに分かれていく。
 分かれた火柱の幅、大体二、三m弱。私とアルビスなら、余裕を持って通り抜けられる幅だ。けれども、もう塞がり始めている。やはり不死鳥混じりだと再生も早いな。

「一旦どいてくれ!」

「分かった!」

 体勢を直したアルビスが、体を左斜めに傾け、私の視界から消えていく。消え切る前に私は、氷の杖を右手に持ち、後ろへ構えた。

「芯まで凍れぇえッ!!」

 ただ全力で、体全体を使い、氷の杖を振り上げる。勢い余って体が縦に回転するも、そのまま火の杖に持ち替え。三秒前まで灼熱の火柱だった、透き通った紺碧の氷山へ杖先をかざした。

『魂をも焼き尽くすは、不老不死の爆ぜる颶風ぐふう! 生死の概念から解き放たれし者に、思考をも許されない永遠の眠りを! 『不死鳥の息吹』!』

 溜まりに溜まっていた鬱憤を、紅蓮の大熱線に乗せ。杖先から感じる手応えが、私に『不死鳥の息吹』が氷山を貫通した事を教えてくれた。

「凍らせた火柱を、あえてそれで貫くか! 実に愉快だ!」

「このまま反対側まで突き進むぞ!」

 反対側まで行けば、今の状態より幾分マシになる。多少の余裕が生まれれば、落ち着いてウンディーネ様を召喚出来る。そしてようやく、反撃の開始だ。
 逸る気持を抑え、綺麗な円状を描いた氷山の大穴に突入。背後から迫り来る振動、爆音、赤く瞬く閃光を浴びながら大穴を抜け出していった。
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