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135話、その一心同体、興奮が止まず
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結局あの後。アカシック・ファーストレディの過去語りは、空が茜色に染まり出した頃まで続いた。しかし、余によってもあいつにとっても、ここ最近で一番有意義な時間だったと思う。
そう思ったのは、あいつへの贈り物が決まったからではない。あいつが嬉しそうに語っていたから、余も釣られて嬉しくなっていたからだ。
アカシック・ファーストレディは、九十年以上離れ離れになっていても、ピース殿やレム殿の事を忘れずに想っている。その色褪せぬ想いの強さは、たぶん当時のままだ。
あんな嬉しそうに語っていたあいつは、そう拝めるものではない。サニーの目を盗み、また聞いてやりたいな。
それはもう、あいつが語り尽くせるほどに。あいつが過去を語れて嬉しくなるのであれば、たとえ余の耳が潰れようとも聞き明かしてやろうじゃないか。
が、あまり掘り返し過ぎるのもよろしくない。あいつの過去の行く着く先は、レム殿との突然の別れ。そして、ピース殿の死だ。アカシック・ファーストレディの人生は、そこから狂い出している。
その話だけは、あいつの口から決して出させてはいけない。いずれ、この話は区切りよく終わらせよう。あいつが嬉しそうに語れている内に。
「なんとか夕方の内に帰って来れたか」
夕日色に染まる家へボヤキを飛ばしたアカシック・ファーストレディが、余らが乗っていた二本の箒を消し、「ふう」とため息をつく。
持っていた布袋を肩に掛けると、そそくさと歩き出したので。余も購入した物を『ふわふわ』で引き連れつつ、あいつの横に付いた。
「やけに速度を出して帰って来たが、何かやりたい事でもあるのか?」
「ほら。お前、昨日シチューが食えなかっただろ? だから早く作って、お前に食わせてやろうと思ってな」
「シチュー? ああ、そういえばそうだな」
昨日は血湧き肉踊るほど楽しみにしていたが、すっかり忘れていた。思い出してしまったから、だんだんと食いたくなってきたけれども……。
暫くの間は、まともに食事を取る事すらままならなかった、ウィザレナとユニコーンを優先してやりたい。幸せに肥えた余のわがままなぞ、当分後回しでいい。
「アカシック・ファーストレディ、余の事はいい。ウィザレナとユニコーンの食事を優先してやれ」
「え? いいのか?」
「ああ。あいつらに、貴様なりの幸せを与えてやってほしいんだ。もちろん、余も全力を尽くして手伝おう」
本心を伝えてやれば、夕日色の無表情が、やや気持ち的に柔らかくなっていく。
「分かった。食べたくなったら、いつでも言ってく―――」
「アカシック殿ォ!!」
「アルビス様っ!!」
「ふぉあっ!?」
「む?」
アカシック・ファーストレディが、余を見据えたまま扉を開けた矢先。突如として余らにぶつかってきたのは、ウィザレナとユニコーンの大声。
顔を前に向けてみると、色変わりしない視界の先には、持っている画用紙で口元が隠れているユニコーンの姿。そしてアカシック・ファーストレディの前に、ユニコーンと同じ状態のウィザレナが居た。
画用紙から覗かせている頬は、夕日よりも赤く紅潮している。二人共、かなり興奮していそうだ。
「アカシック殿! これを見てくれ、サニー殿が私の絵を描いてくれたんだ!」
「アルビス様! 私も描いてもらったんです! 元の姿と、今の姿を一枚ずつ!」
「あ、ああ、絵を描いてもらったんだな。うん、凛々しくて素敵な絵じゃないか」
状況をすぐに把握し、ウィザレナの持っている絵をまじまじと眺め、素直な感想を口にするアカシック・ファーストレディ。
その忙しそうな姿を認めてから、余も目前に迫る二枚の絵に注目してみる。片や、ウィザレナと瓜二つながらも、どこかユニコーン独特の妖々しさが残っているエルフの絵。
片や、額から伸びている雄々しい角が特徴的だが、全体的に見ると繊麗で、純白の毛並みが映える妖艶しさも兼ね揃えたユニコーンの絵。
すごいな。サニーの絵に対する上達具合は、日々驚かされてばかりだ。まるで鏡を見ているかのように洗練されているし、二人がここまで喜ぶのも無理はないか。
「ほう、素晴らしい絵だな。どちらの絵も、貴様らしい神々しさが宿ってる。思わず見惚れてしまいそうだ」
「わあっ、本当ですか!? ありがとうございます! ねえ、ウィザレナ! 私の絵、アルビス様にすごく褒められちゃった!」
「おお、よかったじゃないか! 私も嬉しいぞ!」
なんとも喜ばしい報告を共有し合い、夕日よりも眩く笑うウィザレナとユニコーン。こいつらにとって、笑い合える時間は奇跡に近い。
だがこれからは、この微笑ましいやり取りが当たり前の日常になる。何気ない出来事で笑い転げ、平和で暇を持て余せるような日常が。
「ウィザレナ! この絵を、お家に飾ろうよ!」
「いいな。それじゃあ、一番目立つ場所に―――」
「飾るのか、それならいい物がある。二人共、ちょっとこっちに来い」
二人の嬉々たる会話に割り込んだアカシック・ファーストレディが、間を通り過ぎて家の中へ入り、サニーとヴェルインに「ただいま」と挨拶を交わす。
荷物を置きながら奥まで歩んで行くと、こちらに振り向き、右手で小さく手招きをしてきた。
「ほら、早く来い」
二度目の催促に、顔を見合わせては首を傾げるウィザレナとユニコーン。そのまま二人が歩き出したので、余も背中を追って中へ入った。
サニーに手を振りつつ、アカシック・ファーストレディの元まで行くと、解体した三つの額縁を綺麗な布で拭いていた。
「アカシック殿、それは?」
「額縁だ。これに入れて飾れば、見栄えが良くなるだろ? 二人にやるから絵を貸してくれ」
「えっ!? その額縁、一見高そうに見えるのだが……。本当にいいのか?」
「流石に悪いと思うのですが……」
何かと思えば。なるほど、あいつらしい良い案だ。額縁に入れておくと、画用紙が劣化しにくくなり、長期の保存も可能になる。
まあ、画用紙の劣化速度は案外遅い。実際、四年以上前に初めて描いてもらった余の絵も、まだまだ健在だ。が、折りたたんで懐に入れてあるので、所々ボロボロになってしまっている。
「まだ三十枚以上あるし、気にするな。ほら、ウィザレナから貸してくれ」
額縁を乾拭きしてから手を伸ばすと、もう断れないと察したであろうウィザレナは、遠慮しがちに絵を渡した。
その絵を受け取ると、アカシック・ファーストレディは額縁に絵を置き、慣れた手つきで組み直していく。
「よし、出来た。ズレはないけど、一応確認してみてくれ」
「おおっ……」
額縁に入れられて返ってきた絵を、目にした途端。ウィザレナの口から、感銘に満ちたような声が漏れ出した。
幾度となく入れてきたせいか、絵は寸分の狂いもなく中央へ収まっている。それにしても、額縁に入れただけで、ここまで見栄えが向上するのか。余の絵も入れてほしいな。
「すごい……! もうこの絵は、一生の宝物だ! 感謝するぞ、アカシック殿!」
「あ、アカシック様! 私の絵も、額縁に収めて下さい!」
「ええ、もちろんです」
あんなにおどおどと遠慮していたユニコーンも、ウィザレナの絵を見て、羨ましさの方が上回ったようだ。即座に絵を渡してしまった。
期待に満ちているような、不安を隠し切れていない表情で見守っている中。二つの額縁が返ってくれば、ユニコーンの表情は、無垢な笑顔に変わっていった。
「わぁっ……! ありがとうございます! アカシック様っ!」
無上の喜びを浴びたアカシック・ファーストレディが、静かに頷く。
「その絵、大事にして下さいね」
「はい! ウィザレナと一緒に、この絵をずっと大事に致します! ねっ、ウィザレナ!」
「ああ! この素晴らしい絵は、私達に活力を与えてくれる! 一生大事にするぞ!」
「そこまで言われると、サニーも嬉しいだろうな。それじゃあ、家に飾ってこい」
「分かった。では、そうさせてもらう。行くぞ『レナ』!」
「うん!」
「レナ?」
不意に出てきた名前を復唱すると。扉へ駆け出した二人のエルフが、「おっと!」と言いながら足に踏ん張りをきかせて止まり、余らの方へと振り向いてきた。
「そうだった! アカシック殿、アルビス殿。今日からこの子の名は『レナ』だ。よろしくやってくれ!」
「『レナ』です! 名前は、ウィザレナから分けてもらいました! 改めまして、よろしくお願い致します!」
誇らしげに『レナ』と自己紹介したユニコーンが、頬を赤らめている笑顔で、深々と頭を下げた。
「『レナ』か、いい名前じゃないですか」
「ウィザレナから名前を分けてもらったんだな。よかったじゃないか、良い名前を分けてもらって」
アカシック・ファーストレディの後を追い、余も新しい名を褒めてやれば。体をもじもじとさせてはにかんでいるレナの頭の上に、ウィザレナが手を置いた。
「この子が、急に名前が欲しいと言い出してな。私とこの子は一心同体だから、考え抜いた末に、私の名前の一部をあげたんだ」
「あの時は本当に嬉しかったよ! ありがとう、名前の一部を私にくれて!」
「感極まって、ちょっと泣いてたもんな。レナが喜んでくれて、私も嬉しい限りだ」
名前の一部を与え、その喜びを分かち合える仲か。言葉を交わせないまま九百年以上も信頼し続け、決して解けない固い絆で結ばれているからこそ、なれる仲なのだろう。
その絆の固さは、余ですら計り知れん。この世の全てを探しても、こいつらの絆の固さを上回る者は、たぶん居ない。たとえそれが、血を分け合った家族の間柄だとしてもだ。
「そうだ、ウィザレナ。早く絵を飾りにいこうよ!」
「おお、そうだったな。アカシック殿! 額縁、恩に着る! それにサニー殿も! さっきも言ったが、この絵はレナと共に一生大事にする! 本当に感謝するぞ!」
「えへへっ……」
清々しいウィザレナの曇りなき真情は、サニーまでも照れ笑いさせるか。あそこまで真っ直ぐに言われてしまうと、心が気持ちよくなってしまうんだよな。
そんなウィザレナ達が、余ら全員に頭を下げ終えると、扉に向かって駆け出していく。そのまま外へ出て行くかと思いきや、ウィザレナが「あっ!」と声を上げた。
「レナ、あそこにクロフライム殿が居るぞ!」
「本当だ! ねえ、ウィザレナ。私達の絵を見せに行こうよ!」
「そうしよう! おーーい! クロフライム殿ーー!!」
「クロフライム様ーー!!」
茜色の逆光を浴びている二つの影が、家とは反対方向へ走り出し、息の合った叫び声が遠ざかっていった。
扉が風の力を借りてひとりでに閉じると、懐かしさまで覚えるような、なんとも物寂しい静寂が部屋内を包み込んだ。
「まるで姉妹だな」
出来立ての静寂を破る、どこか羨ましそうなアカシック・ファーストレディの声。
「そうだな。あとで二人に言ってやったらどうだ?」
「言ったらきっと、ウィザレナが姉で、レナが妹になるんじゃないか?」
「ふっ、間違いないな」
余とこいつも、今日から仮初の兄妹になったものの。あの姉妹には、色々な面で負けてしまうな。
さてと、これからサニーとヴェルイン達を巻き込み、アカシック・ファーストレディの誕生日に向けて準備を始めなければ―――。
っと、そうだ。近い内に、ウィザレナとレナの誕生日も聞いておこう。待っていろよ、エルフの姉妹よ。温かな笑みが絶えない、そんな誕生日会を盛大に開いてやるからな。ああ、実に楽しみだ。
そう思ったのは、あいつへの贈り物が決まったからではない。あいつが嬉しそうに語っていたから、余も釣られて嬉しくなっていたからだ。
アカシック・ファーストレディは、九十年以上離れ離れになっていても、ピース殿やレム殿の事を忘れずに想っている。その色褪せぬ想いの強さは、たぶん当時のままだ。
あんな嬉しそうに語っていたあいつは、そう拝めるものではない。サニーの目を盗み、また聞いてやりたいな。
それはもう、あいつが語り尽くせるほどに。あいつが過去を語れて嬉しくなるのであれば、たとえ余の耳が潰れようとも聞き明かしてやろうじゃないか。
が、あまり掘り返し過ぎるのもよろしくない。あいつの過去の行く着く先は、レム殿との突然の別れ。そして、ピース殿の死だ。アカシック・ファーストレディの人生は、そこから狂い出している。
その話だけは、あいつの口から決して出させてはいけない。いずれ、この話は区切りよく終わらせよう。あいつが嬉しそうに語れている内に。
「なんとか夕方の内に帰って来れたか」
夕日色に染まる家へボヤキを飛ばしたアカシック・ファーストレディが、余らが乗っていた二本の箒を消し、「ふう」とため息をつく。
持っていた布袋を肩に掛けると、そそくさと歩き出したので。余も購入した物を『ふわふわ』で引き連れつつ、あいつの横に付いた。
「やけに速度を出して帰って来たが、何かやりたい事でもあるのか?」
「ほら。お前、昨日シチューが食えなかっただろ? だから早く作って、お前に食わせてやろうと思ってな」
「シチュー? ああ、そういえばそうだな」
昨日は血湧き肉踊るほど楽しみにしていたが、すっかり忘れていた。思い出してしまったから、だんだんと食いたくなってきたけれども……。
暫くの間は、まともに食事を取る事すらままならなかった、ウィザレナとユニコーンを優先してやりたい。幸せに肥えた余のわがままなぞ、当分後回しでいい。
「アカシック・ファーストレディ、余の事はいい。ウィザレナとユニコーンの食事を優先してやれ」
「え? いいのか?」
「ああ。あいつらに、貴様なりの幸せを与えてやってほしいんだ。もちろん、余も全力を尽くして手伝おう」
本心を伝えてやれば、夕日色の無表情が、やや気持ち的に柔らかくなっていく。
「分かった。食べたくなったら、いつでも言ってく―――」
「アカシック殿ォ!!」
「アルビス様っ!!」
「ふぉあっ!?」
「む?」
アカシック・ファーストレディが、余を見据えたまま扉を開けた矢先。突如として余らにぶつかってきたのは、ウィザレナとユニコーンの大声。
顔を前に向けてみると、色変わりしない視界の先には、持っている画用紙で口元が隠れているユニコーンの姿。そしてアカシック・ファーストレディの前に、ユニコーンと同じ状態のウィザレナが居た。
画用紙から覗かせている頬は、夕日よりも赤く紅潮している。二人共、かなり興奮していそうだ。
「アカシック殿! これを見てくれ、サニー殿が私の絵を描いてくれたんだ!」
「アルビス様! 私も描いてもらったんです! 元の姿と、今の姿を一枚ずつ!」
「あ、ああ、絵を描いてもらったんだな。うん、凛々しくて素敵な絵じゃないか」
状況をすぐに把握し、ウィザレナの持っている絵をまじまじと眺め、素直な感想を口にするアカシック・ファーストレディ。
その忙しそうな姿を認めてから、余も目前に迫る二枚の絵に注目してみる。片や、ウィザレナと瓜二つながらも、どこかユニコーン独特の妖々しさが残っているエルフの絵。
片や、額から伸びている雄々しい角が特徴的だが、全体的に見ると繊麗で、純白の毛並みが映える妖艶しさも兼ね揃えたユニコーンの絵。
すごいな。サニーの絵に対する上達具合は、日々驚かされてばかりだ。まるで鏡を見ているかのように洗練されているし、二人がここまで喜ぶのも無理はないか。
「ほう、素晴らしい絵だな。どちらの絵も、貴様らしい神々しさが宿ってる。思わず見惚れてしまいそうだ」
「わあっ、本当ですか!? ありがとうございます! ねえ、ウィザレナ! 私の絵、アルビス様にすごく褒められちゃった!」
「おお、よかったじゃないか! 私も嬉しいぞ!」
なんとも喜ばしい報告を共有し合い、夕日よりも眩く笑うウィザレナとユニコーン。こいつらにとって、笑い合える時間は奇跡に近い。
だがこれからは、この微笑ましいやり取りが当たり前の日常になる。何気ない出来事で笑い転げ、平和で暇を持て余せるような日常が。
「ウィザレナ! この絵を、お家に飾ろうよ!」
「いいな。それじゃあ、一番目立つ場所に―――」
「飾るのか、それならいい物がある。二人共、ちょっとこっちに来い」
二人の嬉々たる会話に割り込んだアカシック・ファーストレディが、間を通り過ぎて家の中へ入り、サニーとヴェルインに「ただいま」と挨拶を交わす。
荷物を置きながら奥まで歩んで行くと、こちらに振り向き、右手で小さく手招きをしてきた。
「ほら、早く来い」
二度目の催促に、顔を見合わせては首を傾げるウィザレナとユニコーン。そのまま二人が歩き出したので、余も背中を追って中へ入った。
サニーに手を振りつつ、アカシック・ファーストレディの元まで行くと、解体した三つの額縁を綺麗な布で拭いていた。
「アカシック殿、それは?」
「額縁だ。これに入れて飾れば、見栄えが良くなるだろ? 二人にやるから絵を貸してくれ」
「えっ!? その額縁、一見高そうに見えるのだが……。本当にいいのか?」
「流石に悪いと思うのですが……」
何かと思えば。なるほど、あいつらしい良い案だ。額縁に入れておくと、画用紙が劣化しにくくなり、長期の保存も可能になる。
まあ、画用紙の劣化速度は案外遅い。実際、四年以上前に初めて描いてもらった余の絵も、まだまだ健在だ。が、折りたたんで懐に入れてあるので、所々ボロボロになってしまっている。
「まだ三十枚以上あるし、気にするな。ほら、ウィザレナから貸してくれ」
額縁を乾拭きしてから手を伸ばすと、もう断れないと察したであろうウィザレナは、遠慮しがちに絵を渡した。
その絵を受け取ると、アカシック・ファーストレディは額縁に絵を置き、慣れた手つきで組み直していく。
「よし、出来た。ズレはないけど、一応確認してみてくれ」
「おおっ……」
額縁に入れられて返ってきた絵を、目にした途端。ウィザレナの口から、感銘に満ちたような声が漏れ出した。
幾度となく入れてきたせいか、絵は寸分の狂いもなく中央へ収まっている。それにしても、額縁に入れただけで、ここまで見栄えが向上するのか。余の絵も入れてほしいな。
「すごい……! もうこの絵は、一生の宝物だ! 感謝するぞ、アカシック殿!」
「あ、アカシック様! 私の絵も、額縁に収めて下さい!」
「ええ、もちろんです」
あんなにおどおどと遠慮していたユニコーンも、ウィザレナの絵を見て、羨ましさの方が上回ったようだ。即座に絵を渡してしまった。
期待に満ちているような、不安を隠し切れていない表情で見守っている中。二つの額縁が返ってくれば、ユニコーンの表情は、無垢な笑顔に変わっていった。
「わぁっ……! ありがとうございます! アカシック様っ!」
無上の喜びを浴びたアカシック・ファーストレディが、静かに頷く。
「その絵、大事にして下さいね」
「はい! ウィザレナと一緒に、この絵をずっと大事に致します! ねっ、ウィザレナ!」
「ああ! この素晴らしい絵は、私達に活力を与えてくれる! 一生大事にするぞ!」
「そこまで言われると、サニーも嬉しいだろうな。それじゃあ、家に飾ってこい」
「分かった。では、そうさせてもらう。行くぞ『レナ』!」
「うん!」
「レナ?」
不意に出てきた名前を復唱すると。扉へ駆け出した二人のエルフが、「おっと!」と言いながら足に踏ん張りをきかせて止まり、余らの方へと振り向いてきた。
「そうだった! アカシック殿、アルビス殿。今日からこの子の名は『レナ』だ。よろしくやってくれ!」
「『レナ』です! 名前は、ウィザレナから分けてもらいました! 改めまして、よろしくお願い致します!」
誇らしげに『レナ』と自己紹介したユニコーンが、頬を赤らめている笑顔で、深々と頭を下げた。
「『レナ』か、いい名前じゃないですか」
「ウィザレナから名前を分けてもらったんだな。よかったじゃないか、良い名前を分けてもらって」
アカシック・ファーストレディの後を追い、余も新しい名を褒めてやれば。体をもじもじとさせてはにかんでいるレナの頭の上に、ウィザレナが手を置いた。
「この子が、急に名前が欲しいと言い出してな。私とこの子は一心同体だから、考え抜いた末に、私の名前の一部をあげたんだ」
「あの時は本当に嬉しかったよ! ありがとう、名前の一部を私にくれて!」
「感極まって、ちょっと泣いてたもんな。レナが喜んでくれて、私も嬉しい限りだ」
名前の一部を与え、その喜びを分かち合える仲か。言葉を交わせないまま九百年以上も信頼し続け、決して解けない固い絆で結ばれているからこそ、なれる仲なのだろう。
その絆の固さは、余ですら計り知れん。この世の全てを探しても、こいつらの絆の固さを上回る者は、たぶん居ない。たとえそれが、血を分け合った家族の間柄だとしてもだ。
「そうだ、ウィザレナ。早く絵を飾りにいこうよ!」
「おお、そうだったな。アカシック殿! 額縁、恩に着る! それにサニー殿も! さっきも言ったが、この絵はレナと共に一生大事にする! 本当に感謝するぞ!」
「えへへっ……」
清々しいウィザレナの曇りなき真情は、サニーまでも照れ笑いさせるか。あそこまで真っ直ぐに言われてしまうと、心が気持ちよくなってしまうんだよな。
そんなウィザレナ達が、余ら全員に頭を下げ終えると、扉に向かって駆け出していく。そのまま外へ出て行くかと思いきや、ウィザレナが「あっ!」と声を上げた。
「レナ、あそこにクロフライム殿が居るぞ!」
「本当だ! ねえ、ウィザレナ。私達の絵を見せに行こうよ!」
「そうしよう! おーーい! クロフライム殿ーー!!」
「クロフライム様ーー!!」
茜色の逆光を浴びている二つの影が、家とは反対方向へ走り出し、息の合った叫び声が遠ざかっていった。
扉が風の力を借りてひとりでに閉じると、懐かしさまで覚えるような、なんとも物寂しい静寂が部屋内を包み込んだ。
「まるで姉妹だな」
出来立ての静寂を破る、どこか羨ましそうなアカシック・ファーストレディの声。
「そうだな。あとで二人に言ってやったらどうだ?」
「言ったらきっと、ウィザレナが姉で、レナが妹になるんじゃないか?」
「ふっ、間違いないな」
余とこいつも、今日から仮初の兄妹になったものの。あの姉妹には、色々な面で負けてしまうな。
さてと、これからサニーとヴェルイン達を巻き込み、アカシック・ファーストレディの誕生日に向けて準備を始めなければ―――。
っと、そうだ。近い内に、ウィザレナとレナの誕生日も聞いておこう。待っていろよ、エルフの姉妹よ。温かな笑みが絶えない、そんな誕生日会を盛大に開いてやるからな。ああ、実に楽しみだ。
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