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101話、多勢には更なる多勢を

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 開戦と同時。四方から聞こえてくるけたたましい激流音の中に、微かな異音がした。異音の出所を探るべく、跨り直した箒を右回転させ、周囲の索敵を開始。
 視界に映っている前方の紺碧の壁に、異変は無し。下もそう。光を奪われた底無しの闇に、激流が飲まれていっているだけ。ならば、上しかない。
 下に向けていた顔を空へ仰ぐと、異変を認めた視界が狭まった。場所は遥か上空。一部の壁が剥がれ出している。
 その剥がれた壁が僅かな空を覆い隠すと、更に別の壁が同じ様に剥がれ始めた。数にして五枚。そして一番最初に剥がれた壁が、私に目掛けて降り注いできた。

「“風の杖”! “氷の杖”!」

 空へ手をかざし、二つの杖を呼ぶ。今回は杖を握らない。どちらかの手を開けておかないと、魔法壁に付着した水を凍らせる事ができないから。
 杖先を紺碧の薄い天井に向け、一点に集中させた竜巻を召喚し、竜巻に氷魔法を織り交ぜる。何者をも凍てつかせる竜巻が、紺碧の天井に衝突。衝突した部分から周りが凍りついていく。
 そして、一枚目を貫通したようで。割れた氷の天井が、不規則に回りながら大量に落ちてきた。

「“土の杖”!」

 三本目の杖を風、氷の杖に並べ、向かって来る氷の天井に岩石を飛ばして応戦。細かく砕けたのは、魔法壁でも防げるので無視。お構い無しに崩壊し始めている天井を目指し、魔法陣を警戒しつつ飛んで行く。
 氷の断片が火の魔法壁に何度もぶつかっては、下へ落ちていく。大きな氷の天井を、土魔法で出した岩石で砕きながら一枚目を突破。細かく砕けた氷の粒がモヤとなり、視界を白に染め上げていった。

 が、飛ぶ速度は緩めない。関係無しに上を目指す。まずは、紺碧の天井を突破しないと話にならない。一瞬、下へ持っていかれそうな風圧を二度感じ取ったので、たぶん二枚目と三枚目も突破した。
 あと二枚。視界が悪いので、竜巻の範囲を大幅に広げ、真上に岩石を断続的に飛ばして突破する方法に変更。凍てつく竜巻がうねりを上げ、周りの白いモヤを吹き飛ばしていく。
 晴れた視界の先に、凍りついた巨大な魔法陣と天井が現れた。すかざす岩石を飛ばし、魔法陣ごと四枚目の天井を破壊。五枚目の天井が行動を起こす前に、見える範囲を凍らせた。

「チィッ……!」

 短い舌打ちを岩石に乗せて飛ばし、五枚目の天井を粉砕。今から私に向かって来るのは、全てが形の違うウンディーネだ。その一つ一つから魔法が放たれようとも、なんら不思議ではない。
 だが、一枚目の天井から魔法を放っていれば、逃げ場が失われて、まだ効果的だったものの。もしかしたら、天井の先に新たな罠を張っていそうだ。だから、行動が遅れたのかもしれない。
 速度をやや落とし、五枚目の天井を突破。直後、仰いでいた視界に、逆光を浴びた二つの黒い影を視認。

「やっぱりな!」

 跨っていた箒を消し、真上に再召喚。その箒を土台にして蹴り飛ばしてから箒を消し、体を急降下させる。その間にも視界に入れ続けていた二つの影が、何かを振り下ろす動作をした。振りかざした物は、三叉槍みたいな形をしている。
 嫌な予感がして、凍てつく竜巻で二つの影を素早くなぞった。ピクリと動かなくなった影が、重力に囚われて落下し始める。
 私の左右を横切っていく影を目で追うと、それは氷像と化したウンディーネだった。二体居たという事は、つまり―――。

「……この数をさばくのは、骨が折れそうだな」

 箒を召喚してぶら下がり、再び狭い空を仰いでみれば。その空は群生している黒い点のせいで、更に狭まっていた。あの黒い点が全部、ウンディーネの分身みたいなものか。
 何体居るんだ? 百や二百じゃ利かないぞ。あれ全部が自由に動き回り、私に襲い掛かってくる訳か。しかも、発生源は紺碧の壁からだろうし、いくら薙ぎ払おうとも意味がない。無限に湧いてくるだろう。
 下に視線を落としてみるも、映ったのは薄っすらと見える天井だった物だけ。ウンディーネが上を陣取っているのであれば、今の逃げ場は下のみ。どうせその内、下もウンディーネの分身で埋め尽くされるかもしれないが。
 まずは散っているウンディーネの分身を、なるべく一箇所に集めなければ。次の行動を決めた私は、体に反動をつけて左右に揺らし、ぶら下がっていた箒に跨った。

「来いよ、追いかけっこの時間だ」

 虚勢の挑発を空へ放ち、限界速度で紺碧の壁に飛んで行く私。壁との距離を測りつつ、横目を後ろへ送る。見えた視界の先に、虫の大群を彷彿とさせる分身の群れ。
 その中には、既に行動を起こし始めている者も居る。魔法を使い、水の槍みたいな物を飛ばしてきている者。見当違いな方向へ指を差し、先回りを促している者。様子をうがかい、空中で佇んでいる者。
 あいつらめ、個々で意思を持っているのか? 全部が全部、ウンディーネ本体が操っていると予想していて、大半が私に付いてくると思っていたのに。
 まずいな。高い知能と知性も宿していたら、各個撃破も出来なくなりそうだ。いや、難しく考えるな。各個撃破が出来ないなら、まとめて倒してしまえばいい。

 ようやく紺碧の壁が近づいて来るも、視界一杯に巨大な魔法陣が浮かび上がった。

「“氷の杖”! “風の杖”!」

 紺碧の壁から魔法が放たれる前に、広範囲に荒れ狂う風に氷魔法を混ぜ込み、魔法陣の半分以上を凍らせて無力化。
 その暴氷風を紺碧の壁に当てつつ、箒の進行方向を緩やかに変更。斜め下を走る氷壁の道を沿うように降りていく。そのまま、氷壁を作ってくれている氷と風の杖を空中に固定し、背後の状況を把握するべく、顔を後ろへやった。
 ご丁寧に私の後ろを付いてきている分身が、おおよそ五十体以上。飛ぶ速度は私の方が速いらしく、徐々に距離が離れていっている。
 右前方、先回りしようとしている分身の大群。まるで鳥の群みたいな数だ。が、ある程度まとまっているなら、それでいい。そっちの方が断然やりやすい。

 後ろの一行いっこうとの距離を充分に離すと、私は氷壁に箒を限界まで寄せて急停止。氷壁を両足で蹴り上げて右前方に方向転換し、限界速度で飛行を再開。

「まとめて凍れ!」

 未だに紺碧の壁沿いを飛んでいる分身達に手をかざし、暴氷風を放出し続けている氷と風の杖を呼び寄せる。急に止まれなかった分身達は、自ら暴氷風の中へ飛び込んでいき、奈落の闇に次々と落ちていった。
 取りこぼしが数体いるものの、そいつらに固執している暇はない。紺碧の壁に向けていた顔を、前方に持っていく。移った視界内の先、こちらに向かって突進してきている、先回りを企てていた分身の群れ。

「お前らもだ!」

 今や背後にある右手を頭上に掲げ、一気に振り下ろす。すると振りかざした軌跡を追い、暴氷風が分身達を縦断じゅうだん。前を飛んでいた数十体を氷像に変える。
 しかし、攻撃が届かず無傷のままでいる分身達が反撃を開始。飛来してくるは、大量の細い水柱や三叉槍、剣や斧の形を成した有象無象の横雨。
 直線的な攻撃なので、全ての飛来物を見極めながら合間を縫い、私のすぐ横を追いかけて来ている火の杖を掴み、前へかざした。

『不死鳥の息吹!』

 詠唱を省いたけれども、視界一杯が紅蓮の大熱線に埋まる。暴風が燃え盛るような轟音の中に混じる、数多にも重なる爆発音。
 数秒経っても有象無象の飛来物、横切っていく分身が少ない所を見ると、かなりの数が蒸発したようだ。分身も蒸発させる事が出来るのであれば心強い。火の杖にも暴れてもらおう。

 箒の速度を一旦緩め、周囲に目を配る。真上、依然として悠々と群がっている分身達。さっき見た時よりも数が増えている。最初の奴らの相手をしている隙を突き、また新たに生み出したな?
 真後ろは、先ほど取りこぼした数体と、私を横切っていった複数体のみ。すかさず空いていた右手をかざし、氷と風の杖を呼び寄せ、暴氷風で一掃。そして―――。

「予想通りだが……、またおぞましい数だな」

 真下、真上の空域を陣取っている分身達よりも、倍以上の数はあろう分身達。
 私がこいつらを倒す早さよりも、こいつらが生まれてくる早さの方が勝っていそうだ。真下の方なんて、合間を縫う隙間すら無い。

「多勢に無勢か。ここは“気まぐれな中立者”を二体出して、……いや」

 下にやっていた顔を、私の傍を飛んでいる光の杖に移す。この包囲網は“気まぐれな中立者”を上下に一体ずつ出せば、一網打尽に出来るはず。だがやはり、自滅が怖い。視界も極端に悪くなり、先の展開が読めなくなってくる。
 だとすると、数の優位を効率的に崩すには、最上位の光の召喚魔法が有効だろう。……光の魔法か。本当は使いたくないというのが本音なんだが、そんな事を言っている暇も余裕も無いな。

「すまない、光の杖。今日だけは、お前も戦闘に参加してくれ」

 詫びを入れ、立った状態でいる光の杖を掴み、手首を回して横に倒す。召喚物を巻き込みたくないので、暴氷風と『不死鳥の息吹』を止めて、息を浅く吸い込み、深く吐いた。

『天地万物に等しき光明を差す、闇と対を成す光に告ぐ。“天翔ける極光鳥”、“光柱の管理人”、天罰を下す刻が来た。差す光明を今一度閉じよ』

 天地を警戒しつつ詠唱を唱え終えると、私を挟む形で、太陽の紋章が描かれた光の魔法陣が二つ出現。肌で温度を感じ取れたとしたら、きっとこの魔法陣は温かいのだろうな。

『“天翔ける極光鳥”に告ぐ。敵は、大精霊の形を成した水。視界に入り次第、光芒の裁きを。“光柱の管理人”に告ぐ。浮かんでいる魔力を含んだ水に、光柱の刻印を』

 光の魔法陣が視覚的に温かな光を放ち、太陽の紋章の周りにある光芒に、妖しくも神秘的な光が増していく。

『契約者の名は“アカシック”』

 合図と共に、私を挟んでいる魔法陣から、鳥の形をした虹色の光が大量に飛び出してきた。その鳥は止まる事を知らず、見事な統率力でいくつもの群れを成していく。
 私の戦力が整っていく中。人知れず遥か上空で発動した“光柱の管理人”が、攻撃を開始したようで。上から両端が鋭利に尖った長柱を彷彿とさせる光が、豪雨のように激しく降り始めてきた。
 空を仰いでみれば、無表情で私を睨みつけている分身達が、光の豪雨に巻き込まれては弾け飛び、本当の雨となる前に蒸発していっている。
 しかし、私と“天翔ける極光鳥”は微動だにせずとも、その豪雨に当たる事はない。“気まぐれな中立者”とは違い、敵味方の判別がちゃんと出来るからな。たとえ私達が動こうとも、向こうから避けてくれるので、当たる事はまずない。
 仰いでいた顔を下へやり、右往左往している分身達を認めた後、顔を左右へ移す。依然として出続けている“天翔ける極光鳥”は、私を起点として、まるで巨大な天使の翼を思わせる隊列を作って並んでいた。

「あくまで私が隊長という訳か。なら」

 無言の圧力で隊長に任命された私は、部下達に命令を下すべく、光の杖を空にかざす。

『右の翼は空を、左の翼は地を。私は戦況を見極めつつ両方に付く。さあ、自由気ままに飛んでいけ!』

 簡単な指示を出すと、光の翼が一度優雅に羽ばたき、風を切りながら散開していった。ここからは、ウンディーネの攻撃に熾烈さが増していくだろう。
 数の優劣を無くしたけれども、気を緩ませてはいけない。慢心を持つなんて以ての外だ。私も攻撃に参加して、紺碧の壁から無限に湧いて出てくる分身達の数を、確実に減らしていこう。
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