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99話、死角から迫る波状攻撃

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 漆黒色の箒に掴まり直し、空に向かって上昇してから三秒後。私が元々飛んでいた真下を、山肌に軽々と穴を開けてしまいそうな水柱が横切っていった。
 嫌な予感がするので、左手に氷の杖を握り、右から左に振り抜き、私を追ってきた水柱全体を凍らせた。

「……いや、たぶん意味が無いな。もし凍らせるとしたら」

 一番最初に現れた魔法陣は、私の足元。普通であれば、まずありえない現れ方だ。そう、普通であれば。魔法陣は本来、杖先か、かざした手の先、それと術者の周りに展開する。
 となると……。ウンディーネは地面に張っている水面に溶け込み、私の足元へ移動して魔法を使った。そして、最初に出した水柱の中に潜り、次の魔法を放った。
 たぶんこれだ。これなら水柱から魔法陣が現れたのも頷ける。初めて見た戦法なので、一度は錯乱してしまったものの。種さえ分かれば怖くない。
 気を付けるのは、ウンディーネが籠城している巨大な水柱のみ。そこから放たれる新たな水柱を避けつつ、お前を引き摺り出してやる。
 そう決めた私は、真上に向けてした箒を消す。空へかざしていた右手を水柱に向け、箒を再召喚。前方に集中しながら発進をする。

「……む?」

 発進した直後。背後から鳴るはずのない、水同士が激しくぶつかり合った様な音が聞こえた。虚を突かれて開いた視野を、慌てて後ろへ持っていく。
 視線の先、私が先ほどまで居た場所。その場所に、下から湧いてきたであろう三本の細い水柱が、鋭い螺旋を描きながら交差していた。その交差している箇所から、例の魔法陣が―――。

「チィッ……!」

 ほぼ反射的に氷の杖を振り、魔法陣ごと三本の水柱を凍らせる。水柱の発生源を探るべく、視線を地面に落とす。発生源は、三本とも地面を張っている水面。
 私を追って来た水柱の中に潜み、ここまで移動してきたのか? それしかありえない。なら、ここ一帯をまとめて凍らせて―――。

「ハッ!?」

 視界の後ろから、荒波をも飲み込まんとする轟音。音は、すぐ近く。前を向いて確認している暇はない。私は進行方向を斜め上にしてから箒を消し、体を捻りつつ、音が迫ってきている方に目掛けて氷の杖を下から振り上げた。
 一秒後、目前に迫る水の壁を視認。二秒後、水の壁が左斜め下から凍りついていき、氷の壁と化す。三秒後、なのにまだ轟音は鳴り止まない。それどころか増えている気がする。
 五秒後、氷の壁を蹴り、真上に向かって箒を召喚。なりふり構わずその場から退避。九秒後、蹴った氷の壁に顔を移す。移した視界の中に、氷柱を囲むように四本の水柱が通り過ぎていった。

「もしかして……」

 答えを口にする前に、新たに飛んで来た四本の水柱と、水面から多数の魔法陣が出現。数にして、約五十以上。
 確信を得たいので、ジグザクに蛇行しながら、ウンディーネが潜んでいると踏んだ水柱に顔をやる。そこにも既に、大量の魔法陣が浮かび上がっていた。

「やっぱりな……。地面を張ってる水全てが、ウンディーネと一体化してる訳か!」

 私の答え合わせを合図に、あちらこちらにある魔法陣が一斉に輝き出し、魔法を発動。点々と迫り来る水柱を適当に凍らせ、更に上を目指す。
 なるほど、事態はかなり深刻じゃないか。瞑想場にある水が全てウンディーネになっているのであれば、水しぶきの一滴すら脅威になりかねない。体のどこかに付着でもしたら、そこから魔法を出されて一巻の終わりだ。
 これじゃあまるで、私が水面に『奥の手』を使っている様な状態じゃないか。敵には初めてやられたけども、ここまで厄介だとは!
 私の『奥の手』から逃れる術は、範囲外まで逃げるしかない。なら、ウンディーネも然り。水柱が届かない空高くまで逃げ切れば、体制を整えられるはず。活路を見出すも、背後から風を裂く土石流みたいな音が聞こえてきた。

「まずい! 光の加護よ!」

 音の正体を新たな水柱だと直感し、詠唱を省いた光の魔法壁を展開。ほぼ同時、淡い薄紫色の空しか見えなかった視界に、二本の水柱が私の先を行く。
 ご丁寧に二本共、全体からわざとらしく水しぶきを撒き散らしている。魔法壁を展開したばかりなのに、薄い水の膜に覆われてしまい、幾重のいびつな波紋が後ろに流れていっている。
 魔法壁を覆う水ごと水柱を凍らせようとし、氷の杖を後ろに構えた直後。今まで直線で伸び続けていた二本の水柱が、突然しなるように仰け反っていく。
 予想していなかった水柱の動きに、氷の杖を握っている左手が呆けて硬直。その左手の呆けが全身まで巡り、思考までも蝕み、次に来る攻撃の反応を遅らせた。

「あ、まず―――」

 心よりも先に弱音を吐いた唇を噛み、罰を与える私。まだ呆けていない右手で握っていた箒を消し、手首だけ九十度前に曲げ、箒を召喚。初速から限界速度で水柱の間を掻い潜る。
 体に衝撃が来ない事を頭で理解してから、横目を背後に流す。風圧で揺れる視界の中に、数秒前の過去の私を叩き殺したかの様に、項垂れている二本の水柱が映り込んだ。

「クソッ、ここの水は全てウンディーネなんだ。不規則な動きをしても、なんらおかしくはないっていうのに……!」

 死に直結しかねない固定観念を杖先に集め、まとめて振り払うが如く杖を振り抜き、魔法壁にこびりついている水ごと、項垂れている水柱を氷殺。
 が、轟音は未だに止まない。音源は地面がある真下。指を鳴らして魔法壁を覆っている氷を割ってから、地面を見下す。
 やや離れた距離に、先端に手の形を成した水柱を複数確認。その下にも、地面が見えない程に埋め尽くされた水柱の存在。まるで、大陸の一部が隆起しているような光景だ。
 あれを放置したらまずい。唯一の逃げ場である空まで来られて、増殖でもされたら手の打ちようが無くなる。そうなる前に、まとめて掃除をせねば。

「風の杖!」

 氷の杖を地面へかざし、私の周囲を飛んでいた風の杖を呼び、氷の杖の隣に付ける。別に、杖を握っていなくとも魔法は出せる。
 なので六属性の杖を事前に召喚させていれば、ほぼ無詠唱で六属性の魔法を放つ事が可能。呼び寄せた風の杖先も地面にかざし、うねりが強く、範囲の広い竜巻を召喚。
 その竜巻に強烈な冷気を巻き込ませ、私を捕らえようとしている水の手の平を一掃。抑止力になるので竜巻を維持させつつ、次なる準備を進める。

「風、火、土の加護よ!」

 自滅だけは避けたいので、光の魔法壁の他に、追加で風、火、土の魔法壁も召喚。私の周りに、薄緑、赤、茶色の球体が順番に重なっていく。
 これでも足りないかもしれないけど、一帯を黙らせるにはこの召喚魔法が適任だ。耐え切ってくれよ、魔法壁と私の体よ。

いにしえの流動を封ずる基部にして、意思ある者に惨苦さんくの試練を与える絶対零度。その流動を赦さぬ形無き者に告ぐ。“気まぐれな中立者”。二度と動かぬ流動を、今一度放棄せよ!』

 詠唱を唱えると、杖先から目が痛くなってくる銀白の風が吹き、六芒星を描いた蒼白の魔法壁が出現。
 目が痛いというのであれば、きっとこの銀白の風は身震いするほど冷たいのだろう。

『“気まぐれな中立者”に告ぐ。地面を蔓延る意思を持つ流動に、絶対零度の裁きを!』

 六芒星の魔法陣に、儚さが垣間見える光を帯び、魔法陣のふちから雪の結晶に似た粒子が生まれては、すぐに寿命を終えて姿を消していく。

『契約者の名は“アカシック”!』

 詠唱を叫び終えると、魔法陣から、煙を閉じ込めたような球体が出現。中で揺らめく煙は、漆黒の闇すら塗り潰してしまいそうなほど濃い純白。
 その球体が流動を見つけたようで。まるで雪を彷彿とさせる速度で、音も無く落ちていく。そのまま風の杖から出続けている竜巻に巻き込まれ、右往左往しながら加速していった。

「よし、周りに水柱は無いな」

 “気まぐれな中立者”の行く末を眺めた後。辺りを見渡して新たな敵が居ない事を確認し、左手から氷の杖を手放した私は、その手に二本目の箒を召喚。椅子に座る形で腰を下ろし、右手に握っていた箒を消した。

「念には念を入れておかないと」

 一息入れつつ、懐から一つの指輪を取り出す。真ん中に水色と朱色の宝石が装飾されているこの指輪は、過去にアルビスから貰った、水と火の精霊の加護が施されている指輪だ。
 どうやら身に付けると、熱と冷気から守ってくれる効果があるらしい。冷たさも肌で感じ取れないものの、気が付かぬまま全身が凍りつき、死んでしまっては元も子もない。
 どれほどの効果があるかは未知数であるが、無いよりかは遥かにマシだ。ありがたく使わせてもらおう。右手の人差し指に指輪をはめ、再び周囲に目を配った。

「後は“気まぐれな中立者”の範囲外に逃げて、瞑想場全体に『奥の手』を―――」

 悠長に顔を仰ぎ、空へ昇り出すと、下から空気袋が炸裂した様な破裂音が木霊した。“気まぐれな中立者”が破裂した証拠だ。
 思ったより早いな。竜巻を掻い潜っている水柱と接触でもしたのだろう。氷煙がここまで広がってくる前に、さっさと範囲外へ―――。

「なっ!?」

 箒の速度を出し始めた途端。薄紫色で佇んでいる空が、瞬く間に濃い白に染まった。この白い闇は、間違いなく“気まぐれな中立者”の氷煙だ!

「おい! いつもはこんなに早く広がらなかっただろ!? 気まぐれにも程があるぞ!」

 普段より仕事が早い“気まぐれな中立者”に、理不尽な捨て台詞を吐く。方向感覚が狂う前に、なんとかして抜け出さねば!
 予定を変更。座っていた箒を消し、再び右手に箒を再召喚する私。そのまま引っ張られる形で、空だと思われる方角に限界速度で飛び出した。
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