上 下
98 / 294

97話、たとえ大精霊だとしても、神だろうと関係ない

しおりを挟む
 なんだ、今のとんでもない質問は? 話が通じない相手が、もしウンディーネ様だとしたら? まるで意味が分からない。この場合は、なんと言えば正解になるんだ?
 普通の相手であれば、殺すと答えるのが正解なのだろうが……。相手は水を司る大精霊、ウンディーネ様だぞ? 口が裂けても言える訳がない。

「す、すみません……。質問の意味が分からないです」

「何故、分からぬのだ? 私がアルビスを殺すと言っているのだぞ? その場合、お前だったらどうすると言っているのだ。答えろ」

 清流のようにたゆたう殺気が混じる分かりやすい説明に、ただ唖然とする事しか出来ない私。ウンディーネ様が、アルビスを殺す? なんなんだよ、それ?
 私を試す質問なんだろうけども、意図と意味がまったく分からない。なんだ? あなたを殺しますと答えればいいのか? ふざけるなよ私、恐れ多いにも程がある。
 ただの一般庶民が、国王や神に対して言うようなものだぞ? 心や頭の中でも、決して思ってはいけない事だ。どうにかして、この質問をはぐらかさないと。

「ウンディーネ様、その質問はどうかお止めになって下さい。私には答えられません」

「この期に及んで忖度そんたくをするか。ずいぶんと慎重に物事を進めようとするじゃないか。その極まった能天気がはなはだしい」

 まるで話を聞いてくれないウンディーネ様が、氷のように凍てついた表情で一蹴した。まさかウンディーネ様は、話が通じない相手の役を演じている?
 それなら、態度が急変したのも頷ける。きっと、私を試す為の役作りに違いない。危なかった、場の張り詰めた空気に飲まれそうになっていた。
 ここは、無礼な返答は避けるべきだ。私がアルビスを殺す。なら、そのあなたを殺します。そんな安直な答えでは駄目だ。もっと別の答えがあるはず。まずは、それを見極めなければ。

「己の立場を理解していない、分からず屋め。なら、実際にやってやろう」

 私を見下す様に睨み付けているウンディーネ様が、垂らしていた右手を水平に上げる。すると、紺碧色に輝く細かな光の粒子が、手の平に集まり出していく。
 その光の粒子は、精霊の泉から湧き出している大粒の飛光体よりも大きくなり、ゆらゆらと不規則に揺れる球状にまでなった。
 訳も分からず紺碧色の球体を眺めていると、球体が突然眩く発光し出し、柔らかな破裂音と共に辺りへ弾け飛んだ。
 破裂音と弾ける様に驚いた私は、反射的に目を瞑る。すぐさま開けると、紺碧色の球体があったはずのウンディーネ様の手先に、腕を組んでいるアルビスが浮いていた。

「あいつは、穴に落ちたゴーレムを……、む? ここは……? なっ!?」

 召喚でもされたのだろうか。現状をまったく理解していなく、辺りを見渡して現在の場所を認めたアルビスの周りに、半透明の水色の球体みたいな膜が出現。

「な、なんだこれは……?」

 やたらとごもる、アルビスの困惑した声。やや上を向いているアルビスが、球体を押す仕草をする。が、見た目に反して硬いのか、いくら押し込んでもビクともしない。

「あ、アルビス?」

「む? アカシック・ファーストレディじゃないか。という事は……」

 蹴る構えを取っていたアルビスが、私に顔を合わせると、すぐに左側へ移した。

「やはり、ウンディーネ様も。おい、アカシック・ファーストレディ。これは一体どういう―――」

「さあアカシックよ、場を整えたぞ。先の質問に答えろ」

 落ち着きを取り戻したアルビスの問い掛けに、ウンディーネ様が割って入る。場を整えたという事は、もしかしてウンディーネ様は、本当にアルビスを殺すつもりでいるのか?
 私の考えの中に、ウンディーネ様を殺すという選択肢は無い。けれども、このままだとアルビスが殺されてしまう。……いや、そうだ。この質問に答えなければいいんだ。
 口を閉じて黙り続けていれば、その内ウンディーネ様も諦め、アルビスを殺すのをやめるはず。そう、軽率に答えを出してはならないんだ。
 これは、命が懸かっている質問だ。きっと、放っている殺意も演技で出しているんだろう。本当にアルビスを殺すだなんて、そんな真似をする訳がないじゃないか。

「何故、答えない?」

 痺れを切らし始めたウンディーネ様の、二度目の催促。しかし、私はまだ喋らないぞ。

「答えろ。大精霊である私を、いつまで待たせるつもりだ? それとも、私がアルビスを殺さないとでも思っているのか?」

「う、ウンディーネ様? 今、余を殺すとおっしゃったのですか……?」

 感付かれた。アルビスも己の置かれている立場をようやく理解したせいで、動揺し出してしまった。この返しは、黙り続けていたらまずい気がする。ひとまず、何か喋らないと。

「まさか、本当に殺すつもりでは、ありませんよね?」

「まずは、質問に答えろ」

 口を開いてみれば、一方的な催促が飛んでくる。もうこれは、ただの質問なんかじゃない。人質を取り、一つしかないような答えをせがむ尋問みたいなものだ。
 ウンディーネ様はどうしても、私の口から『あなたを殺す』と言わせたいらしい。そして言わなければ、アルビスは殺されてしまうだろう。とうとう答えが、元からあった一択にまで絞られてしまった。

「……答えれば、アルビスを解放してくれるんですか?」

「答えるだけなら、言葉を覚えたばかりの赤子でも出来る。アルビスを殺されたくない理由も添えろ」

 ここに来て、注文が更に増えただと? アルビスを殺されたくない理由? ウンディーネ様は……、いや、は、私の夢を潰すつもりでいるのか?
 ここで理由を添えるとなると、アルビスに私の夢がバレてしまう。あいつにバレてしまったら、意味が無いというのに。ウンディーネめ、最初からこれが目的だったのか!?
 敬うべき者に、私の恩人に、湧いてはいけない負の感情が、苛立ちが募り始めた。私の視野が、だんだんと狭まっていく。

「なんだ、その目は? 私を蔑むように睨み付けるとは、大した度胸だな」

「ウンディーネ様、あなたの目的と意図が分かりません。一方的にふざけた質問攻めをする前に、何が目的なのか言って下さい」

「ふ、二人共! 一回落ちつ、むおっ!?」

 不穏なアルビスの叫びに、ウンディーネに向けていた視野が、瞬時にアルビスの元へ移る。

「球体が、小さくなってる?」

 先ほどまでは、アルビスが立っていても余裕な広さがあったのに対し。今は立ち膝をしていても、かなり窮屈そうになっていた。球体が明らかに縮んでいる。

「言い忘れていたが。アルビスを捕えているこの水牢は、私の手の動きと連動していてな。こう、手の平を閉じようとすると―――」

 視界の左端にあるウンディーネの開いた手が、徐々に閉じていく。それと共に、アルビスを囲っている球体が更に小さくなっていった。

「グッ!?」

「アルビス!」

「アカシックよ。いや、この地では『アカシック・ファーストレディ』だったな。私はもう、待つのに飽きた。なので、十秒数えた後に手の平を閉じ切り、アルビスを圧殺する。十」

「……は?」

 おい、なんだよこの秒読み……。十秒後、アルビスを圧殺する?

「九」

 こいつ、アルビスを本当に殺すつもりでいるのか? いや違う。つもりじゃない、殺そうとしているんだ。

「八、七」

 アルビスは、もはや身動きが取れないほど縮こまっている。水牢とやらに無理やり押し込まれているような状態だ。

「六、五」

 あと五秒で、アルビスが死んでしまう。頭で理解したけども、ずいぶんと心が落ち着いているじゃないか、私は。私って、こんなに薄情な奴だったんだな。

「四、三」

 私の視界に、中指に親指を添えている私の震えた手が、ふと映り込んだ。

「二」

 親指が滑り、パチンと音が鳴った。

「一……ッ!?」

 視界の左端に映っているウンディーネの手が、詠唱を省いた氷魔法により、分厚い氷に覆われた。

「……ウンディーネ様。いや、そこのお前。そのふざけた手を、それ以上閉じるなよ?」

 私の視界が左へ動き出し、凍り付いた右手を抑えているウンディーネの姿が、視界の中央まで来た。

「確かに、お前を忖度してた。深く敬ってたし、多大なる恩人だと思って勝手に尊敬してた。底無しの恐怖も感じてたし、震えるほど戦慄もしてたよ」

 私とウンディーネの間に火の杖が現れて、右へ流れていく。

「答え? そんなのはなから出てたさ。でも、頑なに答えたくなかった。言える訳がないだろ? 大精霊であるお前に、そんな恐れ多い事をな」

 風の杖が目の前に現れて、右へ流れる。

「だが、もういい。やめだ、完全に吹っ切れたよ。言ってやるさ、全てをな」

 呼んでもいない水の杖が視界内に現れ、右へ流れていく。

「私には三つの夢がある。一つは、最愛なるピースを生き返らせる事。もう一つは、サニーを生涯幸せにし続ける事。そして最後に、アルビスが平和な日常を送れるよう、私が影から全面的に協力する事だ。サニーもそうだが、アルビス。こいつには、今まで手にする事が出来なかった、約五百年分の幸せを与えてやりたいと切に思ってる」

 土の杖が突然目先に現れ、ウンディーネの全体像を隠した後、右へ流れていく。
 土の杖が視界から消えると、ウンディーネの手に纏っている氷に亀裂が入り、氷だけが砕け散った。

「だから私は、アルビスを殺そうとする奴を決して許さない。たとえそれが国王であれども。お前みたいな大精霊だとしても。数多の民衆に敬われ、崇拝されてる神だろうとな」

 殺意の篭った氷の杖が、己の出番だと言わんばかりに現れては、右へ流れていく。

「そして、ウンディーネ。お前は今、アルビスに明確な殺意を向けて殺そうとしたよな?」

 視線の先に、淡い光の粒子が点々と現れ始め、音も無く集まり出す。全てが重なった瞬間に眩い光を放っては弾け飛び、光の杖が姿を現した。

「アルビスは絶対に殺させはしないし、指一本でも触れさせはしない。お前がアルビスを殺す前に、私がお前を殺してやる」

 殺されたくない理由と、長々と溜めていた答えを口から放ったと同時に、視界に映っている火、光、氷の杖先がウンディーネを差した。
 先ほどまで凍っていた右手を雑に振り、腕を組んだウンディーネが、ずいぶんと冷めた眼差しで私を見下し、鼻で嘲笑う。

「ようやく言ったか。遅い、答えるのがあまりにも遅すぎる。アルビスを召喚してからお前が言うまでの間に、百回以上は殺せたぞ?」

「ああ、そうかもしれないな。私の頭がお前を敵だと認識するのに、だいぶ時間が掛かってしまったよ。もしこんな事態にならなかったら、未だに言えてなかっただろう」

「その判断の遅さ、命取りになるぞ?」

「そうだな。でも、私はもう迷わない。私の夢に、仲間達に殺意の刃を向けられる前に、全部根こそぎへし折ってやる」

「よろしい。では、次に移ろう」

 質問を全て答えたのに、まだ話の主導権を握っているウンディーネが、私に重厚な紺碧色の三叉槍を向ける。

「アカシック・ファーストレディ。私と戦え」

 泉から湧き上がる飛光体が、紺碧の三叉槍の先に触れ、吸い込まれていく。ウンディーネめ、最初からこの流れに持ってくるつもりだったな?
 アルビスを出しに使い、私に明確な殺意を持たせるべく、答えが決まっている質問攻めを執拗に続けた。流石に、戦いたい理由までは分からないけども。

「いいだろう。だがその前に、私の質問に答えろ」

「なんだ?」

「お前はどうして、アルビスを殺そうとしたんだ?」

 私の最期の質問に対し、ウンディーネは私に向けていた紺碧の三叉槍を縦に立たせる。すると、三叉槍の先が、目を瞑りたくなる程の強烈な白い光を放ち出した。

「アカシック・ファーストレディ、お前の為を想ってだ」

 ウンディーネの全身が白い光に包まれ、その光が辺りを巻き込む勢いで膨張していく。私の事を想ってアルビスを殺す、か。
 どうやらウンディーネは、是が非でも私を世界に旅立たせたいらしい。だから、邪魔なアルビスを殺そうとした訳か。
 私の一つの夢を潰し、己の提案を通す為だけに。とち狂ってる。本当に話が通じない奴だったとはな。

「最後の質問に答えてくれてありがとう。どうやら私とお前は、一生分かり合えない関係にあるようだ。残念だよ、ウンディーネ」

「なら、あえてもう一度言ってやる。この、分からず屋め」

 白い光の先に居るウンディーネが、そことなく悲し気そうでいる捨て台詞を吐く。そのまま目に映る視界が全て、色の無い純白に染まっていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

大好きなおねえさまが死んだ

Ruhuna
ファンタジー
大好きなエステルおねえさまが死んでしまった まだ18歳という若さで

処理中です...