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91話、六色の終焉を飲み込む、深淵の暴食王

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「む? 空に『奥の手』を使ったのか」

「ああ、懐かしい光だろ?」

「そうだな。この光は、余の寝床に貴様が来る合図でもあった。あの時は、大地、余の寝床、大気、空が一斉に光った途端、四方八方から魔法が飛んできたものだ」

 光が瞬いた空を懐かしむように見上げ、肩を小さく落とすアルビス。いま言われた戦い方は、当時の私の常套手段だった。
 アルビスの部位を狙うべく、視界に入る物全てに『奥の手』を使い、私の手中に収めてからアルビスに戦いを挑んでいた。
 それでもなお、私はアルビスに勝てず。アルビスも私を殺せなかった。十日間以上、休まず戦い続けても。四、五十年もの間、死闘を繰り広げ続けても。

「でだ、どうやって過去の貴様を殺す?」

「そうだな。私はとにかく全力を出して、魂ごとあいつを消し飛ばそうかと思ってる」

「ほう、全力。そういえば、貴様の全力とやらはどれぐらいのものだ? 余と戦ってた時は、全力を出してたのか?」

「全力を出せたのは、お前と接敵する前だけだった。戦ってる最中は、詠唱を唱える暇すらなかったからな」

 目に見える物を全て掌握し、空間を埋め尽くす程の魔法を放とうとも。アルビスは魔法を食らいながら合間を縫い、それ以上の攻撃で反撃してきていた。
 空は焼き焦げ、山が当たり前のように蒸発し、一回の瞬きが死に直結する動作よ。秒単位で互いに死が掠る戦いだった。

「なるほど。貴様も同じ立場に居たという訳か」

「その言い方だと、お前もか?」

「まあな。あんな一呼吸すら躊躇う波状攻撃よ、詠唱の最初すらまともに唱えられなかったわ」

 当時の熾烈を極めた戦いを思い出したのか。私に凛としている顔を合わせてきては、口角を緩く上げるアルビス。

「そうだったのか。なら、お前の全力も見てみたいな」

「余の全力、ねえ。となると、最上位の闇の召喚魔法か『奥の手』になるが……。奥の手は場面に合わんから、使うとしたら召喚魔法の方だな」

 最上位の闇の召喚魔法と、アルビスの『奥の手』。確かに。詠唱を省いた魔法は幾度となく見てきたけども、召喚魔法を拝んだ事は一度たりともない。
 それに『奥の手』も気になる。あのアルビスの『奥の手』だ、想像がまったくつかない。無理も承知で聞いてみたい所だが、生憎、大事な共闘中だ。目先の敵に集中しよう。
 久々の戦いで体が疼いてきたのか。腕を前に伸ばして交差させたアルビスが、笑みを浮かべながら腰を左に捻り出した。

「なら、あの召喚魔法にしよう。アカシック・ファーストレディよ、前にある景色を全て吹き飛ばしてしまえ」

「無論、そうするつもりだ。で、お前はどうするんだ?」

「余は、それすら飲み込んでやる」

 交差させている腕を逆にし、右側に腰を捻ったアルビスが、意気揚々としている顔を私に合わせてきた。

「貴様が、過去の貴様を滅ぼし。余が、過去の貴様を滅ぼした攻撃ごと消し去る。ようは、後処理みたいなものだな。これでいこう」

「それでいいのか?」

「ああ、構わん。派手にやってしまえッ」

 体をほぐし終えたアルビスが、蜘蛛の離れ小島に手をかざした。そのまま動かなくなった所を見ると、機をうかがっているな。
 なら、私も攻撃を開始しよう。息を細く吐いた私も、周りに浮かんでいる六属性の杖を全て前に並べ、両手を広げてから空を仰いだ。

『神々の終焉を告げる空よ、時は満ちた。だが、終わらせるのは神々の方じゃない。地獄でも罪を償い切れない愚かな先客が、地上に突き刺さってる。目印はあらかじめ付けておいた。さあ、終焉よ、地上で産声を上げろ』

 語り終えた直後。今まで気ままに流れていた風の音が、凍り付いたかようにピタリと止んだ。鼓膜が破れたのかと疑うような無音の中、雲の切れ間から終焉の刻が始まった。
 地上に向かい生える様に姿を現したのは、赤、水色、薄緑、茶、青翡翠、黄といった、帯状の形を成している半透明な六色。
 たぶん一つ一つの帯状に、それぞれの属性を宿しているのだろう。火、水、風、土、氷、光の属性を。

 その六色の帯状はバラバラに生まれたけども、地上へ向かうに連れ、半透明な身を近づけていく。残り半分にまで迫ると、螺旋を描きながら身を寄せ合っていくも、色は決して重ならない。
 帯状から螺旋状になった六色は、蜘蛛の離れ小島に標準を合わせたようで。先を捻じらせつつ細めていき、“竜のくさび”だった細長い岩を撫でながら降下していき、蜘蛛に触れる。

 瞬間、視界が音の無い純白の閃光に染まった。やや遅れ、分厚い風の壁が私の体に衝突。後に続き、立ち方さえ忘れてしまいそうなほどの目まぐるしく振動。
 なんとか持ち堪えると、純白だった視界が外側から色付いていく。空と山々があらわになるも、終焉は既に始まっていた。

 蜘蛛の離れ小島は消滅してそこには居らず、代わりに六色の帯を斜め右上に滑らせるように回り、稲妻のように枝分かした各色の線を辺りに走らせている、半球体の爆発物が居た。
 帯達に守られた永続的に爆発を繰り返す半球体は、膨らむどころか収縮を開始。それに合わせて、体を殴りつけてくる爆発音も小さくなっていく。
 殴るように、叩きつけるように、突っつくように、肌を触るように小さくなっていく爆発音。やがて、地上に瞬く一つの星になった頃。三度点滅をしたかと思えば、音を置き去りにして炸裂。再び白い閃光。
 閃光はすぐに無くなるも、星は地面を強烈な爆発で抉りながら突き進む、一色欠けた虹色の怒涛と化していた。
 脳を激しく揺さぶる振動。耳底を突き刺す爆発音。どうしようもない虹色の絶望が、私の目前にまで迫ってきた。

「アルビス、そろそろ私達も死ぬぞ」

「そうだな。流石にあれは、余の体も耐えらそうにない。終焉の名に相応しいじゃないか。では、次に余の全力を見せてやる」

 終焉を認めたアルビスが、浅く息を吐く。

『万物を拒絶する単一たんいつの基部にして、万物を無にす深淵。その深淵からも隔絶されし者へ告ぐ。“暴食王”、孤独を捨て、今一度深淵へせ』

 背後へ突き抜けていく空気すら淀んでいく詠唱が始まると、砂嵐が混じった漆黒の魔法陣が目の前に浮かび上がった。中心に描かれている紋章は、砂嵐を伴った闇深い眼。あれが、闇の魔法陣か?
 なんとも不気味な紋章だ。生きているかの様に、何度も瞬きをしている。眼は確かに、終焉に向いている。しかし、この四方から感じる禍々しい視線は、一体なんだ?
 まるで、私の全てを覗かれているような気分だ。気色が悪い。肌では感じないけども、心の中でゾクッとする悪寒を感じた。

『“暴食王”に告ぐ。産まれたばかりの終焉に、終焉の何たるかを教えてやれ』

 漆黒の魔法陣から、おどろおどろしい湯気やモヤとも言い難い煙状の何かが昇り出し、深淵の眼がカッと見開く。

『契約者の名は“アルビス”』

 詠唱を唱え終えるも、魔法陣からは何も出て来ない。が、代わりに一つの変化が訪れていた。今まで縦横無尽に広がっていた虹色の終焉が、いつの間にかその場に留まっている。
 そして、景色ごと歪みながら終焉に穴が開き始めた。いや、穴が開いているんじゃない。吸い込まれていくように、反対側がどこかに向かって尖っていっている。
 その場所を特定すべく、尖りの行く先を予想して目線を滑らせていく。―――見つけた。場所は、終焉が生まれた箇所。その箇所に、夜空が生温いほどの闇深い黒点がある。

「闇そのものみたいな黒さだな」

 いま発した言葉が、加速するように遠ざかっていく。その黒点に迫る終焉の尖りの先が、竜巻のように渦を巻いて捻れていき、黒点に接触。
 接触したけれども、尖りの先は黒点を撫でるように動き回っているだけ。いや、違う。触れた先から消滅していっているんだ。

「すごいな……。あれに狙われたら、為す術が無さそうだ」

「無さそうじゃない、無いんだよ。あれは万物を喰らう暴食王だぞ? 産まれたての終焉なぞ、小腹の足しにもならんだろうな」

 私の独り言を会話に変える、やや誇らしげに聞こえてきたアルビスの声。アルビスと戦っている時、事前に『奥の手』を使っておいてよかった。
 もし使っていなかったら、隙を突かれてアレに殺されていた可能性がある。あんなもの、魔法壁があろうとも関係ないじゃないか。万物をも喰らうだなんて。

 終焉の飲まれていく範囲が広がる毎に、尖りの数が増えていく度に、大気が大きく波を打っていく。これは、終焉の声にならない悲鳴だろうか?
 それとも、暴食王の腹の虫の音か。はたまた、まだまだ食い足りないと召喚者に文句でも言っている咆哮か。
 一向に前へ進めない終焉が、少しずつ後退を始める。とうとう暴食王に負け出した様だ。一m、二mと下がっては、脈の鼓動に似た音が辺りに木霊していく。
 一度負けてしまえば、最早、抗う術はない。そこら中に空いていた終焉の穴が、瞬く間に広がっては繋がり、全てが捻じれて尖りに変わった。

 そのまま全ての終焉を飲み込み、暴食王から一色欠けた虹色の輪が出現。約三秒後、『ブゥン』と耳に残る低い怪音を発し、消滅した。
 残ったのは、音のない世界だけ。まるで絵画の中に引きずり込まれた錯覚さえ起こすほどの、耳鳴りすらしない静寂。
 景色も動かないでいる中。名の無い絵の人物になりかけていた私の意識を呼び戻したのは、真っ先に凍り付いた風の音だった。

「……はあ、呼吸をするのを忘れてた」

「息が詰まる無音だったな。ふむ、過去の貴様を殺せてせいせいしたよ。今日は気持ちよく寝れそうだ」

「私もだよ。心が少しだけ晴れた気分だ」

 ようやく動かせる様になった顔を、アルビスの方へやる。アルビスも私に、清々しい顔を合わせてきた。

「少しだけ? 無表情ながらも、大きなしがらみが取れたような顔をしてるぞ」

「柵、か。確かに、そうかもしれないな。消したかった過去の私を殺せたんだ。私もせいせいしたよ。しかし……、お前と戦ってる時に、アレを出されなくて本当によかった。突破口がまるで思い付かない」

「すばしっこい貴様なんかに、アレを使えるものか。アレは殲滅力に特化してる分、相応の危うさがあるんだ」

「危うさ?」

「ああ、召喚魔法ごとに掟みたいな物があってな。それを破ると、召喚者の身が滅んでしまうんだよ。たとえば、さっき召喚した“暴食王”。あいつの掟は、対象者を魔法陣の眼と、召喚者の視界に捉え続ける事だ。それを破った途端、余が“暴食王”に殺されてしまう」

「と、とんでもない掟だな」

 召喚者が、召喚した物に殺されてしまうだと? 闇属性特有の縛りみたいなものなのだろうか? 他の属性の召喚魔法には、そんな物騒な掟なんて無いのに。

「ああ。だから、極力使いたくないというのが本音だ。貴様が一生棒立ちしてくれるのであれば、なんの気兼ねもなく使えるんだがな」

「それは、ちょっと……」

「冗談だ。さて」

 冗談を交えてこの話を終わらせてしまったアルビスが、両手を空にかざして体を伸ばす。

「アカシック・ファーストレディよ、仕切り直しだ。さっさと帰るぞ、シチューを食いっぱぐれてしまったからな」

「そういやそうだったな。その前に、サニーの様子だけ見させてくれ」

「よかろう。ついでだ、余もカッシェらに顔を合わせてくるか」

 そう言ったアルビスが、背後にある洞穴へ向かい始める。私も役目を終えた六属性の杖を消し、終焉と深淵の暴食王が居た場所を眺めた後、ヴェルイン達が居る洞穴に歩いていった。
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