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80話、愛娘との共闘戦?
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サニーに、家の中に入っててと言われた時は焦ったが……。強引に言い包める事が出来て、なんとか共闘戦にまで持ってこれた。
視界に映っているのは、魔王ルービスに怖気づく事無く、的確な判断で私を助け出してくれて、今まさに、魔王ルービスと対峙しているサニーの小さくも大きな背中。
その勇敢な背中の遥か前方に、驚愕した様子で、わなわなと震え続けている魔王ルービスの姿。ずっとああしていたが、迫真の演技をしていた割には、時間稼ぎの方はかなり下手だな。
「なッ……!? ば、バカなッ! 吾輩が倒したはずの魔女がピンピンしてるだとッ!? 貴様ァ! 一体何をしたァッ!」
「べーっだ! 絶対に教えないもんねっ!」
ああ、可愛さが隠し切れていないサニーの挑発よ。サニーには申し訳ないと思っているけども、本当に可愛い。今すぐにでも後ろから抱きしめてやりたい。
だが今から、私はその可愛い愛娘と共闘戦をする。共闘戦は、私の人生において一度たりともした事がない。正真正銘これが初めてになる。
初めての共闘線が、愛娘のサニーとだなんてっ。改めて頭で理解してしまったせいか、私の鼻が勝手にふんふんと鳴り出してきた。
なんとか止めようとするも、まるで止まる気配がない。間違いなく私は興奮している。
駄目だ、柄にもないぞ私よ。いつものように平常心を保つんだ。……まずい。深呼吸をして落ち着こうとしても、鼻の呼吸が震えに震えている。もういい、口で呼吸をしよう。
「サニー、手筈はさっき言った通りだ。私があいつの攻撃を全て打ち消すから、サニーはただ前へ走り、あいつを倒せ」
「わかってる! ……でも、お母さん」
「む、なんだ?」
木の剣をしっかりと握っているサニーが、一度は気合の入っている返事をしたものの。私に合わせてきた表情は、ほころんでいる苦笑いだった。
「これだと私とお母さん、お互いに守り合ってる形になっちゃってるね」
「いいじゃないか、互いに守り合うのも。守る勇者と守られる姫の関係も悪くはないが、勇者の背中を守る姫が居ると、なにかと安心しないか?」
「背中を守る姫? それって、お母さんのこと?」
「そうだ、お前は何者にも恐れず立ち向かう勇者。私は守られる身でありながらも、勇者の背中を守る姫だ。こういう関係、絵本には無かっただろ? いいと思わないか?」
先ほどまで不格好な姿で倒れていた姫が、格好つけて言い放つ台詞ではないのだが……。何の恥ずかし気もなく言ってみると、かなり気持ちがいい。クセになりそうだ。
今の私達の関係を例えに出すと、真顔になっていたサニーの顔が、嬉しそうな笑顔に変わり、魔王ルービスにその顔を戻した。
「いいねっ! すごくいい!」
「だろう?」
けれども、この関係はこれで最初で最後だ。本来であれば、姫もとい母親である私が、子であるサニーを守らなければならないのだから。
これだけは何度でも己に言い聞かせるし、もう絶対に甘えたりはしない。……たぶん。
私も視線をサニーの背中から、魔王ルービスに移すや否や。ずっと待っていてくれた魔王ルービスは、持っていた杖を宙に浮かし、中身の無さそうな拍手を送ってきた。
「いやぁ、実に愚かで、滑稽で、救いようがない微笑ましいやり取りだった。片や、威勢が良いだけの少女。片や、自意識過剰で自分に酔ってる瀕死の魔女。その、片手で簡単にへし折れてしまいそうな少女と魔女が、魔王である吾輩に立ち向かうと? フッフッフッフッ……。あまりにもふざけてるもんだから、笑いが止まらんよ。フッフッフッフッフッ」
ここぞとばかりに挑発を重ねてくる魔王ルービス。私への挑発だけ、やたらと的確で辛辣じゃないか? なんだか、一昔前のアルビスを思い出すな。
「やってみれば分かるさ。なあ、サニー」
「うんっ!」
元気よく返事をしてきたが、サニーは前を見据えたまま。相手に集中している証拠だ。よし、そろそろ戦闘に入ろう。
魔王ルービスも、私の心の内を汲み取ってくれたようで。肩を竦めながら首を横に振り、浮いていた杖を左手に持ち、「よかろう」と口にした。
「そんなに死に急ぎたいのであれば、吾輩が手助けをしてやろう。だが、あの世へ逝けると思うなよ?」
いかにも最終局面らしい台詞を言い始めた途端。魔王ルービスの足元から、けたたましく燃え盛る渦が出現。
辺りに咲き誇っている純白の花々に、その炎の色が宿り、赤く照らされていく。
「骨をも溶かさん灼熱の業火で、魂ごと燃やし尽くし、貴様という存在そのものを消し去ってくれるわッ!」
怒号に近い台詞を合図に、灼熱の渦が四散。辺りの色が思い出したかのように戻っていく中。
灼熱の渦の中から現れたのは、深緑色のローブを身に纏っている魔王ルービスの面影は無く、随分といかつい魔物染みた人物だった。
半裸になった上半身は、持っている杖を握力で砕きそうな程、張り裂けんばかりに鍛え上げられた筋肉。
肩、胸、腹、腕には、所々に黒くて滑らかな曲線の刺繍が施されている。腹に一際大きな古傷があるけども、切り傷のようにも見える。
吊り上がっている口角の中には、鋭利に尖ったギザギザの歯。面立ちは野性的な男で、野望と憎しみを抱えていそうな紅色の眼差し。
髪型は風に揺らめているせいで、炎そのものだ。そして極め付けは、額にある全てを見透かしていそうな第三の眼。
アルビスめ。かなりいかつくなったが、再度変身するなんて聞いてないぞ? しかし、背後に依然として魔法陣が浮いている所を察するに、攻撃方法まで変えるつもりはないようだな。
「貴様らよ、絶望しろ。これが吾輩の真の姿だ。どうだ? 恐れ慄き、声すら出せんだろう? ……む?」
意気揚々に語り出すも、何かに気付いた魔王ルービスの顔が、下に向く。そのまま空いている右手を腹に添え、怒りを含んだような舌打ちをした。
「忌々しい勇者に刻まれた傷は、未だに健在か。しかも、勇者に封印された時の力がまだ残ってる。ここを剣か何かで攻撃でもされたら、また封印が発動してしまう可能性があるな」
説明口調で弱点をわざわざ明かしてきた魔王ルービスが、私に上目遣いを数度チラつかせ、勇者に刻まれたという古傷を擦る。
なるほど、そこを攻撃しろと言うんだな? 気持ちは伝わったが、やる前に言ってほしかった。
「サニー」
「わかってる、あの傷を狙えばいいんだよね?」
「むっ。そ、そうだ」
まだ名前しか口にしていないのに、サニーは私が求めていた理想の返事をしてきた。
サニーは、本当に六歳児なのか? あまりにも察しが良すぎる。もしかしたらサニーの前世は、歴戦の勇者なのかもしれない。
多少の変則はあったものの、これで全ての準備が整った。私はこれから、愛娘であるサニーと共闘戦が出来る。改めて思うと、胸がだんだんと高まってきた。
心臓が大きく脈打っているのを、左胸に手を添えなくとも分かる。この昂る気持ちよ。私はこの瞬間を、大いに楽しんでいる。さあ、始めようじゃないか。魔王ルービス。
「吾輩の弱点が分かってしまったか……。まあいい。どうせ貴様らは、吾輩に近づける事なく灰と化してしまうのだからなあ」
自ら弱点を明かした魔王ルービスの足元が、円状の炎に薄っすらと包まれる。
「さあ、魔王である吾輩に抗いし弱者共よ。今まで生きてきた事さえも後悔さ―――」
「あ、アルビス様! こんにちはです!」
「―――は?」
「む?」
一点。集中して一点を見据え続けていたせいで、不意に聞こえてきた緊迫した空気をものともしない健気な声に、呆気に取られる私。
集中が途切れてしまったので、狭まっていた視野を声がした方へ向けてみる。場所は、口をポカンとさせて固まっている魔王ルービスのすぐ左側。
視線の先には、杖を両手で女々しく持っている、アルビスの狂信者であるファートが、嬉々としている黄色の眼光でアルビスを捉えていた。
あいつも思考が吹っ飛んでいるのか。何も言わぬまま呆けていた魔王ルービスの顔が、ぎこちなくファートの方へ向いていく。
「そ、そこの通りすがりの骸骨よ……。吾輩は、アルビスという者ではない。人違いだ」
「またまたぁ~、ご冗談を。狂信者である我の眼は誤魔化せませんよ?」
……最悪のタイミングで現れてしまった。何も知らないファートに罪は無いけれども、アルビスの前で大罪を犯してしまったな。
しかし、これはアルビスにとっても想定外だったのだろう。もう言葉すら発さず、顔が地面に向かって項垂れている。
「お母さん……? 魔王ルービスって、アルビスさんなの?」
「むっ……!?」
視界の外から聞こえてきた、サニーの疑心が宿る質問に、あからさまに怪しい甲高い声が出てしまった……。
慌てた私は、すぐさまその場にしゃがみ込み、いつの間にかこっちを向いていたサニーの両肩に手を置き、力強く何度も首を横に振った。
「いや、違うぞサニー。あいつは、世界を滅ぼそうとしてる悪い魔王、ルービスだ。決してアルビスなんかじゃ―――」
「おー、お嬢さんとファーストレディじゃねーかー」
名前を呼ばれてしまったので、視界の中央に置いている真顔のサニーから、先の景色を覗いてみる。そこには、白骨の腕を大きく振っているファートの姿があった。
「なーんで、ローブに変身魔法をかけてボロボロにしてんだー? そういう遊びでもしてんのかー?」
「ゔっ……!」
ああ、今のファートが怖い。指摘されたら非常にまずい箇所を、何の悪気もなく正確に突いては暴いてくる……。もう誤魔化し切れないじゃないか……。
「変身魔法? 変身魔法って、色んな姿になれる魔法だったっけ?」
サニーの興味が、魔王ルービスから変身魔法に向いてしまい、顔がファートの方へといった。
魔法の効果もちゃんと知っている。そりゃそうだ、幾度となく絵本にも出てきていたからな。
「そうそう。よく知ってるねえ、お嬢さん」
「じゃあやっぱり……。その人は、アルビスさんなの?」
「そうだよー。不気味でいかつい姿になってるけど、この人は間違いなくお嬢さんも知ってるアルビス様だよー」
……終わった。アルビスの、二十日間に掛けて練った設定も。私の、愛娘との共闘戦も。全ての準備も、水の泡と化してしまった……。
この空気を元に戻す事が出来る妙案が浮かばず、何もかも諦める私。そして、私の方へ戻ってきたサニーの顔は、トドメを刺さんとするしかめっ面であった。
「お母さん。これって、どういうこと?」
「……少しだけ、私に時間をくれ」
私が今からやるべき事。それは一番の被害者であり、本当の魔王になりかねないアルビスをなだめる事だ。
長いため息を吐いた私は、上げたくない重すぎる腰を上げ、サニーと共にアルビスの元へ向かっていった。
視界に映っているのは、魔王ルービスに怖気づく事無く、的確な判断で私を助け出してくれて、今まさに、魔王ルービスと対峙しているサニーの小さくも大きな背中。
その勇敢な背中の遥か前方に、驚愕した様子で、わなわなと震え続けている魔王ルービスの姿。ずっとああしていたが、迫真の演技をしていた割には、時間稼ぎの方はかなり下手だな。
「なッ……!? ば、バカなッ! 吾輩が倒したはずの魔女がピンピンしてるだとッ!? 貴様ァ! 一体何をしたァッ!」
「べーっだ! 絶対に教えないもんねっ!」
ああ、可愛さが隠し切れていないサニーの挑発よ。サニーには申し訳ないと思っているけども、本当に可愛い。今すぐにでも後ろから抱きしめてやりたい。
だが今から、私はその可愛い愛娘と共闘戦をする。共闘戦は、私の人生において一度たりともした事がない。正真正銘これが初めてになる。
初めての共闘線が、愛娘のサニーとだなんてっ。改めて頭で理解してしまったせいか、私の鼻が勝手にふんふんと鳴り出してきた。
なんとか止めようとするも、まるで止まる気配がない。間違いなく私は興奮している。
駄目だ、柄にもないぞ私よ。いつものように平常心を保つんだ。……まずい。深呼吸をして落ち着こうとしても、鼻の呼吸が震えに震えている。もういい、口で呼吸をしよう。
「サニー、手筈はさっき言った通りだ。私があいつの攻撃を全て打ち消すから、サニーはただ前へ走り、あいつを倒せ」
「わかってる! ……でも、お母さん」
「む、なんだ?」
木の剣をしっかりと握っているサニーが、一度は気合の入っている返事をしたものの。私に合わせてきた表情は、ほころんでいる苦笑いだった。
「これだと私とお母さん、お互いに守り合ってる形になっちゃってるね」
「いいじゃないか、互いに守り合うのも。守る勇者と守られる姫の関係も悪くはないが、勇者の背中を守る姫が居ると、なにかと安心しないか?」
「背中を守る姫? それって、お母さんのこと?」
「そうだ、お前は何者にも恐れず立ち向かう勇者。私は守られる身でありながらも、勇者の背中を守る姫だ。こういう関係、絵本には無かっただろ? いいと思わないか?」
先ほどまで不格好な姿で倒れていた姫が、格好つけて言い放つ台詞ではないのだが……。何の恥ずかし気もなく言ってみると、かなり気持ちがいい。クセになりそうだ。
今の私達の関係を例えに出すと、真顔になっていたサニーの顔が、嬉しそうな笑顔に変わり、魔王ルービスにその顔を戻した。
「いいねっ! すごくいい!」
「だろう?」
けれども、この関係はこれで最初で最後だ。本来であれば、姫もとい母親である私が、子であるサニーを守らなければならないのだから。
これだけは何度でも己に言い聞かせるし、もう絶対に甘えたりはしない。……たぶん。
私も視線をサニーの背中から、魔王ルービスに移すや否や。ずっと待っていてくれた魔王ルービスは、持っていた杖を宙に浮かし、中身の無さそうな拍手を送ってきた。
「いやぁ、実に愚かで、滑稽で、救いようがない微笑ましいやり取りだった。片や、威勢が良いだけの少女。片や、自意識過剰で自分に酔ってる瀕死の魔女。その、片手で簡単にへし折れてしまいそうな少女と魔女が、魔王である吾輩に立ち向かうと? フッフッフッフッ……。あまりにもふざけてるもんだから、笑いが止まらんよ。フッフッフッフッフッ」
ここぞとばかりに挑発を重ねてくる魔王ルービス。私への挑発だけ、やたらと的確で辛辣じゃないか? なんだか、一昔前のアルビスを思い出すな。
「やってみれば分かるさ。なあ、サニー」
「うんっ!」
元気よく返事をしてきたが、サニーは前を見据えたまま。相手に集中している証拠だ。よし、そろそろ戦闘に入ろう。
魔王ルービスも、私の心の内を汲み取ってくれたようで。肩を竦めながら首を横に振り、浮いていた杖を左手に持ち、「よかろう」と口にした。
「そんなに死に急ぎたいのであれば、吾輩が手助けをしてやろう。だが、あの世へ逝けると思うなよ?」
いかにも最終局面らしい台詞を言い始めた途端。魔王ルービスの足元から、けたたましく燃え盛る渦が出現。
辺りに咲き誇っている純白の花々に、その炎の色が宿り、赤く照らされていく。
「骨をも溶かさん灼熱の業火で、魂ごと燃やし尽くし、貴様という存在そのものを消し去ってくれるわッ!」
怒号に近い台詞を合図に、灼熱の渦が四散。辺りの色が思い出したかのように戻っていく中。
灼熱の渦の中から現れたのは、深緑色のローブを身に纏っている魔王ルービスの面影は無く、随分といかつい魔物染みた人物だった。
半裸になった上半身は、持っている杖を握力で砕きそうな程、張り裂けんばかりに鍛え上げられた筋肉。
肩、胸、腹、腕には、所々に黒くて滑らかな曲線の刺繍が施されている。腹に一際大きな古傷があるけども、切り傷のようにも見える。
吊り上がっている口角の中には、鋭利に尖ったギザギザの歯。面立ちは野性的な男で、野望と憎しみを抱えていそうな紅色の眼差し。
髪型は風に揺らめているせいで、炎そのものだ。そして極め付けは、額にある全てを見透かしていそうな第三の眼。
アルビスめ。かなりいかつくなったが、再度変身するなんて聞いてないぞ? しかし、背後に依然として魔法陣が浮いている所を察するに、攻撃方法まで変えるつもりはないようだな。
「貴様らよ、絶望しろ。これが吾輩の真の姿だ。どうだ? 恐れ慄き、声すら出せんだろう? ……む?」
意気揚々に語り出すも、何かに気付いた魔王ルービスの顔が、下に向く。そのまま空いている右手を腹に添え、怒りを含んだような舌打ちをした。
「忌々しい勇者に刻まれた傷は、未だに健在か。しかも、勇者に封印された時の力がまだ残ってる。ここを剣か何かで攻撃でもされたら、また封印が発動してしまう可能性があるな」
説明口調で弱点をわざわざ明かしてきた魔王ルービスが、私に上目遣いを数度チラつかせ、勇者に刻まれたという古傷を擦る。
なるほど、そこを攻撃しろと言うんだな? 気持ちは伝わったが、やる前に言ってほしかった。
「サニー」
「わかってる、あの傷を狙えばいいんだよね?」
「むっ。そ、そうだ」
まだ名前しか口にしていないのに、サニーは私が求めていた理想の返事をしてきた。
サニーは、本当に六歳児なのか? あまりにも察しが良すぎる。もしかしたらサニーの前世は、歴戦の勇者なのかもしれない。
多少の変則はあったものの、これで全ての準備が整った。私はこれから、愛娘であるサニーと共闘戦が出来る。改めて思うと、胸がだんだんと高まってきた。
心臓が大きく脈打っているのを、左胸に手を添えなくとも分かる。この昂る気持ちよ。私はこの瞬間を、大いに楽しんでいる。さあ、始めようじゃないか。魔王ルービス。
「吾輩の弱点が分かってしまったか……。まあいい。どうせ貴様らは、吾輩に近づける事なく灰と化してしまうのだからなあ」
自ら弱点を明かした魔王ルービスの足元が、円状の炎に薄っすらと包まれる。
「さあ、魔王である吾輩に抗いし弱者共よ。今まで生きてきた事さえも後悔さ―――」
「あ、アルビス様! こんにちはです!」
「―――は?」
「む?」
一点。集中して一点を見据え続けていたせいで、不意に聞こえてきた緊迫した空気をものともしない健気な声に、呆気に取られる私。
集中が途切れてしまったので、狭まっていた視野を声がした方へ向けてみる。場所は、口をポカンとさせて固まっている魔王ルービスのすぐ左側。
視線の先には、杖を両手で女々しく持っている、アルビスの狂信者であるファートが、嬉々としている黄色の眼光でアルビスを捉えていた。
あいつも思考が吹っ飛んでいるのか。何も言わぬまま呆けていた魔王ルービスの顔が、ぎこちなくファートの方へ向いていく。
「そ、そこの通りすがりの骸骨よ……。吾輩は、アルビスという者ではない。人違いだ」
「またまたぁ~、ご冗談を。狂信者である我の眼は誤魔化せませんよ?」
……最悪のタイミングで現れてしまった。何も知らないファートに罪は無いけれども、アルビスの前で大罪を犯してしまったな。
しかし、これはアルビスにとっても想定外だったのだろう。もう言葉すら発さず、顔が地面に向かって項垂れている。
「お母さん……? 魔王ルービスって、アルビスさんなの?」
「むっ……!?」
視界の外から聞こえてきた、サニーの疑心が宿る質問に、あからさまに怪しい甲高い声が出てしまった……。
慌てた私は、すぐさまその場にしゃがみ込み、いつの間にかこっちを向いていたサニーの両肩に手を置き、力強く何度も首を横に振った。
「いや、違うぞサニー。あいつは、世界を滅ぼそうとしてる悪い魔王、ルービスだ。決してアルビスなんかじゃ―――」
「おー、お嬢さんとファーストレディじゃねーかー」
名前を呼ばれてしまったので、視界の中央に置いている真顔のサニーから、先の景色を覗いてみる。そこには、白骨の腕を大きく振っているファートの姿があった。
「なーんで、ローブに変身魔法をかけてボロボロにしてんだー? そういう遊びでもしてんのかー?」
「ゔっ……!」
ああ、今のファートが怖い。指摘されたら非常にまずい箇所を、何の悪気もなく正確に突いては暴いてくる……。もう誤魔化し切れないじゃないか……。
「変身魔法? 変身魔法って、色んな姿になれる魔法だったっけ?」
サニーの興味が、魔王ルービスから変身魔法に向いてしまい、顔がファートの方へといった。
魔法の効果もちゃんと知っている。そりゃそうだ、幾度となく絵本にも出てきていたからな。
「そうそう。よく知ってるねえ、お嬢さん」
「じゃあやっぱり……。その人は、アルビスさんなの?」
「そうだよー。不気味でいかつい姿になってるけど、この人は間違いなくお嬢さんも知ってるアルビス様だよー」
……終わった。アルビスの、二十日間に掛けて練った設定も。私の、愛娘との共闘戦も。全ての準備も、水の泡と化してしまった……。
この空気を元に戻す事が出来る妙案が浮かばず、何もかも諦める私。そして、私の方へ戻ってきたサニーの顔は、トドメを刺さんとするしかめっ面であった。
「お母さん。これって、どういうこと?」
「……少しだけ、私に時間をくれ」
私が今からやるべき事。それは一番の被害者であり、本当の魔王になりかねないアルビスをなだめる事だ。
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