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71話、それは、全ての始まりの悪夢

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 沼地帯にある私の家に帰って来るまでの間、ずっと月の下を眺めていたけれど。例の白い光達は一向に消えず、その姿を保っていたものの。
 家の中へ入り、火の魔法でランプに灯りを点けた後。窓から再び月の下を確認してみたら、白い光は三つ共居なくなっていた。タイミング的にも色々とおかしい。
 まるで、私を見ていたかの様な消え方だ。やはり二つの光は、エリィさんと夫さんで間違いない。が、もう一つの光の正体が未だに分からない。一体何なのだろうか?

 そしてエリィさんと夫さんに、何をしでかしたんだ? ……しばらくの間は、この不可解な出来事が頭から離れそうにない。
 二人に身に、何か悪い事が起きていなければいいのだが……。












「サニー、今日は絵本を読まなくてもいいのか?」

「そんなのはいいからっ! ほら、お母さんも早く入ってきて!」

 既にベッドの中に入り込んでいるサニーが、布団を捲り、空いている部分を手でポンポンと叩いている。
 今まで毎日の様に催促されてきたので、読み聞かせていたのに対し、今日は『そんなのはいいから』と一蹴されてしまった。
 そこまでして、私の体をギュッとしたいのか。とは言っても、私も早くサニーの体を抱きしめて寝たいから、今日はもう寝てしまうか。

「じゃあ、ランプの火を消すぞ」

 そう言って、天井にぶら下がっているランプに向かい、指を鳴らす私。ランプに灯っていた火が消え、辺りが一瞬だけ真っ暗になる。
 数秒後。窓から差し込んでいる青白い月明かりが、部屋内を纏っている闇夜を薄明るく照らしていった。

「よし、寝るか」

「早く、早くっ!」

「分かった分かった、今行く」

 太陽を起こしかねない声で催促されたので、早足でベッドへ向かう。そのままベッドの中に潜り込み、中央部分まで移動した直後。腹部にポフッと柔らかい感触がした。
 確認しなくても分かるが、一応視線を下へ持っていく。そこには、私の胸元に顔をうずめながら頬ずりをしていて、「ぷはぁっ」と息を吸い、私に幸せそうな顔を合わせてきたサニーが居た。

「やっとお母さんをギュッて出来たっ!」

「すまないな、待たせてしまって」

「ほんとだよ。これからは当分の間、こうやって寝ちゃうもんね」

「当分じゃなくて、ずっとそうしてくれ」

「わかったっ!」

 快諾し、再び私の胸元に顔を埋めるサニー。そのまま満足するまで頬ずりをするのかと思いきや、だんだんと勢いは弱まっていき、三十秒もしない内に眠りに落ちてしまった。

「早いな……。もう少しやっててほしかったんだが」

 もう何を言っても独り言になってしまうので、私も寝てしまおう。そう決めて、寝息を立てているサニーの体を覆う様に抱きしめ、瞼をそっと閉じた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 漆黒に染まっていた世界に、一本の光の線が横に入り、闇が縦に裂ける。色付いた世界に立っているのは、幼少期の頃のピース。場所は教会の裏にある広場。

『ピース聞いて! 私ね、一つ決めた事があるんだ』

 どこからともなく私の幼い声が聞こえてくる。その幼い言葉に、ピースは柔らかな笑みで応えた。

『決めた事? なんだい?』

『ふふんっ。ほら、私って魔女でしょ? だから、私達と同じような人達が少しでも幸せになれるように、私が作った薬や魔法で、みんなを幸せにしてあげたいんだ。いやっ、絶対にしてみせるんだ!』

『へえ。アカシックらしい、とても素敵な考えじゃないか。ねえ、アカシック』

『なに?』

『邪魔になるかもしれないけど、僕も何かお手伝いをしてもいいかな?』

『手伝ってくれるの!? うんっ、お願いっ!』

 視界が一瞬暗くなり、場面が切り替わる。場所は、蝋燭の火が周りを淡く照らしている教会の内部。
 その教会の入口には、ピースと神父様のレムさんが立っている。視界が大きく上下に揺れて、二人との距離がだんだんと狭まっていった。

『ピース! レムさん! おかえりなさい!』

 私の若い声が前に飛んでいく。二人の前まで来ると、レムさんが『ただいま帰りましたよ』と優しい声で言ってきた。

『ただいま、アカシック。一人で寂しくなかったかい?』

 ピースも後に続いて微笑み、視界の上に手を伸ばしてきた。視界が小刻みに左右に揺れる。

『うん! 魔法の練習をずっとしてたから、ぜんぜん寂しくなかったよ!』

『なるほど、それならよかった。そうだアカシック、これを見てよ。質の良い薬草を見つけたんだ。量もそれなりに採れたし、これなら三日分は作れるかもしれない』

 ピースの左手にあるは、滑らかな艶があり、みずみずしい大量の薬草。その薬草を認めた視界が、温かな笑みをしているピースへ移る。

『すごいすごい! こんなにどこで見つけたの!?』

『ちょっと山の奥まで入り込んでみたんだ。人に荒らされた形跡が無かったから、そこらかしこで群生していたよ』

『へぇ~、そうなんだ! ねえピース、レムさん、今度私も連れてってよ!』

 視界がひっきりなしに動き、ピースとレムさんを見返していく。レムさんの方で止まると、レムさんは良い案だと言わんばかりの表情をした。

『なるほど。それでは明日にでも昼食を持参して、三人で行きましょう。素晴らしい景色を拝める場所があるんですよ。そこで食べる昼食は、間違いなく美味しいでしょう』

『本当!? 楽しみだなぁ! 早く明日にならないかな~』

 視界が瞬きをして、場面がまた変わった。場所は再び教会。二十列ある教会椅子には、参拝客が点々と座っていて、全員がこちらに顔を合わせてきていた。

『―――あまねく癒しの光は、汝の飢えた心の穢れを祓い。讃歌さんかの調べを謳う妖精は、印された体の爪痕を撫で潤す。汝を癒す妖精の光が、正しき道を往く道標にならんことを。『フェアリーヒーリング』』

 詠唱が終わった途端。視界の下が眩く光り出し、幾何学模様の魔法陣が教会内に広がっていく。
 ふちが壁の外まで広がっていくと、呪文が発動し、魔法陣全体から虹色の光が現れ、教会内を満たしていった。
 視界がやや動き、参拝客の様子を捉える。全員が全員、天井をキョロキョロと仰ぎ、口をポカンとさせていた。

『はあ~、すごいねアカシックちゃん。ずっと悩まされてた腰痛が治っちゃったよ』
『すげえな。左手にあった古傷が無くなっちまってらあ』
『私、目が見えるようになってる! アカシックさん、本当にありがとう!』

『この魔法を習得出来たのも、皆さんのお陰です。感謝をするのは私の方ですよ』

 驚いている常連のギーニおばさん。手をまじまじと眺めているランリックさん。最近、この教会へ頻繁に訪れて来る、涙を流して感謝してきているマレイナちゃん。
 その後に大人びた私の声が聞こえてきて、視界が床へ移ると、右肩からふんわりと叩かれた様な感触が走った。視界が右へ行くと、そこにはほくそ笑んでいるレムさんが居た。

『すごいじゃないですか、アカシックさん。『フェアリーヒーリング』は、最上位の光魔法ですよ? いつの間に覚えたんですか?』

『ふふっ。レムさんやピースを驚かせたくて、長年に掛けてこっそりと練習してたんですよ。昨日やっと覚えたんですが、無事に発動してよかったです』

『いやはや。一端の魔法使いや魔女が覚えるには、寿命が足りないと言われている魔法ですのに。アカシックさんの努力の賜物には、毎回驚かされてばかりですよ』

『あっ、今驚きましたね? やった! 覚えた甲斐がありました』

 弾けた私の声に、微笑みの混じった苦笑いをするレムさん。

『こらこら、主旨が変わっていますよ?』

『あっはははは、すみません。嬉しくて、つい。後でピースにも見せてやろっと』

『フェアリーヒーリングを、何回も使えるんですか?』

『はい。あと三、四回は使えると思います。やはり最上位ともあってか、膨大な魔力を消費しますね』

『ふむ。普通の人だと、一回目の途中で魔力が枯渇してしまうんですがね。アカシックさんが有する魔力量は、賢者様と同等程度か、やや上回っていると言った所でしょうか』

『何を言ってるんですか? レムさんがくれた、光のマナの結晶体のお陰ですよ。あれが無かったら、何秒も使えてないと思います』

『ああ、なるほどです。そのマナの結晶体は、最―――』

 理由を明かすと、レムさんが何かを言いかけている最中に、視界が瞬きをする。三度みたび場面が切り替わり、目の前には夕日の色が移っている鮮やかな大海原。
 そして視界が左へ流れて、後ろに回している両手を砂浜に突いて座り込み、神妙な面立ちで夕日を眺めているピースが映り込んだ。

『レムさんってば……。教会ごと居なくなっちゃったけど、一体どこへ行っちゃったんだろう?』

『流石に、私にも分からないな。せっかく『タート』の街で家を購入して、結婚式は教会でやろうと決めたばかりだったのに……』

『まるで、私の役目は終わりましたと言わんばかりのタイミングだよね。僕達が教会から自立したのがいけなかったのかな?』

 視界が困り果てているピースから、前にある夕日に戻っていく。

『それを知ってたら、教会から一生自立しなかっただろうな。けれども、いつまでもレムさんのお世話になってる訳にいかないし……。せめて、いきなり消えた理由ぐらいは知りたかった。レムさんは、私達二人のお父さん、家族だっていうのに。こんな呆気ない別れ方、悲しいにも程がある……』

『そう、だ、ね……』

 途切れ途切れなピースの声に、視界が狭まり、素早く左へ流れる。そこには横たわっているピースが居て、視界が素早くピースに近づいていった。

『ピース? ピース? ……ねえ、どうし、た……』

 視界が力無く下がり、砂浜しか見えなくなる。やがて視界は弱々しく瞬きをして、目の前が真っ暗になった。
 数秒後。暗闇が薄っすらと明るくなり、視界が開けていく。映ったのは、依然として夕日色に染まっている海。

『離せ! 一体何が目的なんだ!?』

『だぁーっはっはっはっはっはっ! てめえがめでてぇ千人目だ! ここは単純に、首を綺麗に刎ねてやっか!』

 ピースの叫び声に、しゃがれた野太くて汚い声が追う。視界がバッと右に流れると、十字架の板に磔られたピース。
 その前に、だらしなく膨らんだ腹を出している、もじゃもじゃの黒髭を生やした大男が一人。周りには、山賊を思わせる恰好した男女が数人居て、下品な声を出して笑っている。
 そして視界の右側には、縄でぐるぐる巻きにされている腕と、腕に張り付いているように伸びている板が一枚。

『……なんだよ、これ? おい、そこのヒゲもじゃ! お前『アンブラッシュ・アンカー』だろ!? ピースに何をするつもりだ!?』

 アンブラッシュ・アンカーと呼ばれた男が、視界に顔を合わせるや否や。口角をいやらしく上げて、がたがたに傾いている歯並びを見せつけた。

『安心しろ、てめえは千一人目にしてやる。その前に、この優男の首をだ』

 背中に手を回したアンブラッシュ・アンカーが、鉄板の様に分厚く、クレイモアを彷彿とさせる重そうな剣を取り出し、後ろに構える。

『千人目ッ、行くぜぇぇええーーッッ!!』

『や、やめろ! やっ―――』

 ピースが命乞いを言い切る前に、剣は横を一閃。ピースの首が真上に吹っ飛び、砂浜に落ちていった。
 遅れて斬られた断面から、噴水の如く血が噴き出し、ピースの足元に血溜まりが出来始める。視界がそれを眺めた後、砂浜に落ちているピースの首に移っていく。
 開いたままの黒い瞳には輝きが無く、一点を朧気に見据えたまま。『ボッ』という音と共に、視界がストンと落ち、ピースの首に近づいていった。
 目の前まで来ると、左右から震えている腕が現れ、ピースの首を持ち上げる。視界がボヤけて、急激に赤みを帯びていき、ガクガクと震え出した視界が、大男を捉えた。

『……よくも、よくもピースを……! ……許さない。お前ら全員、殺してやる!!』

 私の怒号を合図に、突如として砂浜一面に赤い魔法陣が出現。詠唱を唱える事なく、業火の火柱が上がり、視界が一気に真っ赤に染まっていた。
 その原色の赤に染まる視界が、ゆっくりと黒ずんでいく。暫くすると両脇には、煙を昇らせている漆黒を突いている両腕。下部分には、水滴がポタポタと落ちていっていた。

『……みんな、みんな居なくなっちゃった……。レムさんも、ピースも……。なんだよ、この状況? ……教えてくれよ? なあ? 誰か、誰でもいいからっ……。なあ、なあっ!?』

 視界がずぶ濡れになり、両脇にある腕が歪んでいく。聞こえるのは、さざ波の音だけ。

『……イヤだ、イヤだよぉ……。……何なんだよ、何なんだよこれ!? ふざけやがって……!! クソッ、クソッ!! ウワァァァアアアアアアーーーーーーッッ!!』

 さざ波の音をも掻き消す、私の断末魔染みた大絶叫。そのままむせび泣く声は、徐々に遠ざかっていき、目の前には濃霧の様な黒いモヤがかかっていった。
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