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60話、勘違いしていた憶測と真意の訴え

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「出て来い、“光”」

 はっきりとした発音で杖を呼ぶと、私の手の先に光が集まり出し、その光が杖の形を成していき、余った光が辺りに弾け飛んでいった。
 光輝く二本の木の根を、交互に捻じらせた様な見た目で、二股の杖先には、六角柱の形に整った光のマナの結晶体が浮いている。
 この光のマナの結晶体は、私が初めて光属性の魔法を覚えた時に、神父様である『レム』さんから貰った結晶体だ。

 貰ったのは、もう九十年以上も前になるはずなのだが……。魔力は未だに衰えていない。結晶体の位は教えてもらってないけれども、たぶん上級物だろう。
 かざした手の先に、立った状態で浮いている光の杖を掴み、両手を広げる。よし、詠唱を唱えるぞ。久々に唱えるから、噛まずに言えるといいのだが……。

『―――あまねく癒しの光は、汝の飢えた心の穢れを祓い。讃歌さんかの調べを謳う妖精は、印された体の爪痕を撫で潤す。汝を癒す妖精の光が、正しき道を往く道標にならんことを。『フェアリーヒーリング』』

 滑らかに詠唱を唱えた直後。私を中心として、足元に光の魔法陣が浮かび上がり、勢いよく広範囲に広がっていく。
 広がりが収まると呪文の効果が発動し、魔法陣のふちから淡い光の壁が空へと昇っていき、魔法陣全体から虹色の光が現れ始め、魔法陣内を満たしていった。
 フェアリーヒーリングは範囲型回復魔法なので、魔法陣内に入っていれば、そこに居る全員が癒しの効果を得られる。
 範囲にして、約三十m前後。これは、昔私が住んでいた教会内を全て覆う事が出来る程の大きさだ。

 無事にフェアリーヒーリングが発動したので、広げていた両手を垂らし、力を入れていた肩を下ろす。小さくをため息をつき、あの人が眠った墓に顔をやる。
 その墓からは、ドス黒い髑髏状のモヤが滲み出しては、虹色の光に溶け込んで浄化されていた。……なんだ、この禍々しい黒いモヤは?
 まさか、呪い? それとも、ファートの術が解け切っていなかったのだろうか? もしくは、私に向けられていた恨みが具現化された物? 専門的な知識を有していないで、いくら考えても分からない。

 断末魔すら幻聴しそうな程、歪んだ大口を開けている無数の黒いモヤが出なくなると、骸骨を埋葬した墓に虹色の光が移っていく。
 全てが虹色に染まった途端、墓全体が一際強い光を放つ。思わず目を瞑り、顔を左側に逸らす。数秒すると、瞼の先にある光が薄くなっていったので、瞼を開いてから視界を墓に戻した。

「……え?」

 目線の先に、有り得ない物が映り込んだせいで、呆気に取られた声を漏らす私。墓の上に立っているのは、向こう側の景色が薄っすらと見える半透明の女性。
 腰まで伸びている、サラサラとした金色の髪の毛。晴天の青空を彷彿とさせる、青が濃い瞳。そよ風にたなびいている、上下が一体になった白い衣服。
 そしてその半透明の女性は、私が骸骨の腹部に添えたサニーの自画像を、両手で大事そうに持っていた。

「……サニー?」

 ほぼ無意識だった問い掛けに、私は娘の名前を呼んでからハッとした。この半透明の女性は、そことなくサニーの面影があるような気がする。もしかしてこの人は、サニーの本当の母親なのか?
 その問い掛けに対し、女性も「えっ?」と声を漏らした後。自分の体を確かめる様に眺め、見開いている目を私に合わせてきた。

「……もしかして、私が見えるんですか?」

「は、はい。見えますし、声も聞こえます」

 透き通った声の質問に答えると、女性は驚いた表情をし、口元を手で覆い隠した。そのまま青い瞳が潤い出して、右目から大粒の涙が零れ、頬を伝っていく。

「やった、奇跡だわっ……! これでようやく、アカシックさんに本当の想いが伝えられる!」

「本当の、想い?」

「はいっ! 私の名前は『エリィ』。私はアカシックさんの事を、恨んだ事なんて一度たりともございません!」

 『エリィ』と名乗った女性の必死な弁解に、私は言葉を失い、視野が一気に広がっていく。そして、同時に確信した。このエリィという人は、間違いなくサニーの本当の母親だという事を。

「……し、しかし、神殿内でずっと私の事を睨んでいた―――」

「誤解です! あれは、あなたにどうしてもお礼が言いたくて、その想いを伝えたくて、ずっと感謝していたんです!」

 私が思っていた事を明かそうとするも、エリィさんの真意が割り込んできて、視線を下へ落としていく。

「神殿内であなた達を目にした時、私は本当に驚いて、出ない涙が出るほど嬉しくなりました。あの子が生きていて、アカシックさんが育ててくれていたんだと! ですが、私はファートに操られていたし、喋る事も出来なかったので、苦肉の策で、あなたの事をずっと見ていたんですが……。逆に誤解を招いてしまったみたいですね、本当にすみませんでした」

「いえっ、それは私が勝手に勘違いをしていたまでの事です。エリィさんは謝らないで下さい」

 そう。エリィさんの言っている事が正しければ、私は最初から間違った予想を立てていて、今の今まで思い通してきた勘違いだ。
 焦った私がそう言うと、エリィさんは顔を上げて、太陽を彷彿とさせる明るい笑みを送ってきた。

「アカシックさんは、本当に優しい御方なんですね。まるで天使様のようです」

「私が天使、ですか」

 そのあまりにも勿体ない言葉を否定するように、私は首を横に振る。

「私は、そんな大それた存在ではありません」

「いえ、そんなご謙遜をなさらないで下さい。アカシックさんは、私にとっての天使様です。私のわがままが篭った願いを全て叶えてくれたのにも関わらず、こんな素敵なお墓まで用意してくれたのですから……。もう、言葉で何度感謝しようとも、一生掛かってもし切れません」

 わがままが篭った願い。たぶんそれは、サニーを拾った事だろう。そういえば、エリィさんはなぜ、サニーを手放したのだろうか?
 ここまで喜んでくれているんだ。やはり、それ相応の理由があるに違いない。……知りたい。サニーを手放した理由を、エリィさんから聞き出してみたい。

「あの、酷だと思うんですが、エリィさんに一つだけ質問をしてもいいでしょうか?」

「なんでしょうか?」

「エリィさんほどの人がなぜ、赤ん坊を手放してしまったんでしょうか? その理由が知りたいんです。差し支えがなければ、教えてくれないでしょうか?」

 本当であれば、湧いてはいけない興味本位だ。エリィさんの心の傷を抉りかねない。やはり言い辛い内容なのか、エリィさんの視線が斜め下へ動き、表情がだんだんと曇っていく。
 しかし少しすると、覚悟を決めてくれた様な真剣な青い眼差しを私に戻してきた。

「分かりました、全ての経緯を話しましょう。少々長くなるかもしれませんが、よろしいでしょうか?」

「はい、是非ともお願いします」

 ……断られるかと思ったが、よかった。教えてくれるからには、一言たりとも聞き逃してはいけない。ここからは全神経を集中させて聞かないと。
 そう聞く姿勢を決めた私は、一度目を瞑ってから長い深呼吸をして精神を統一させ、目を開いて視界の中央にエリィさんを置いた。
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