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58話、どうせ、また会うのだから
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「しゃ、シャニィっ……。ま、まだ、なの、かっ……?」
「も、もうちょっと!」
あれから一体、何十分経っただろうか……? 三十分? 四十分? いや……。もう時間の流れの感覚は、限界をとうに超え、痺れすら感じなくなった手と足と共に忘れて、どうでもよくなってきた。
意識して動かず、体勢を維持し続ける事が、これ程まで辛いだなんて……。久々にアルビスと会った時、あいつは首の痺れで自我が崩壊しかけていたが、今ならそれが痛いほど分かる。
だが、サニーは『もうちょっと』と言ってくれた。サニーのもうちょっとは、遅くても三分以内には終わるはず。終わりが見えてきただけでも、気がだいぶ楽になってきた……。
「……うん、よしっ。ママ、描けたよ!」
―――描けた。今確かに、終わりを告げるサニーの宣言が、私の耳に届いた。同時に私の頭の中でプツンという、何かが切れた音がし、全身の力がふっと消えた。
目の前が一瞬真っ白になり、数秒後。ドスンと軽い音が鳴ったかと思えば、体の前面から鈍痛を感じ……。視界が徐々に色付いていくと、気が付いたら私は、埃臭い床に寝そべっていた。
そして完全に色付いた景色の中に、小さな足が映り込み、心配そうにしているサニーの表情が、私の視界に入り込んできた。
「ママ、そのまま倒れちゃったけど……、大丈夫?」
「い、いみゃは、わたひのきゃらだに、しゃわらにゃいで、くりぇ……。しょ、しょれが、トドメに、にゃる……」
「いや~。全身が終始プルプル震えてるファーストレディの後ろ姿よ、見てて愉快だったぜ~」
背後から、ファートの嬉々とした挑発が聞こえてきたが、今はそれどころじゃない。全身は痙攣しているかの様にピクピクしていて、少しでも動かそうもならば、その箇所からくすぐったい大きな痺れが走る。
駄目だ、数分は動かない方がいい。過度の疲労からか腰から下がだんだん痛くなってきたし、これ以上情けない声は出したくない……。
「ママ、秘薬飲む?」
心配してくれているサニーが、内懐から秘薬入りの容器を取り出し、両手を添えて私に見せてきた。
「……ありがとう。でもいい、自然に癒えるのを待つ……」
先の恥ずかしい恰好と、体中を襲っている痺れと痛みは、一つの戒めだと自己解釈しておこう。なので、比較的楽に癒える方法を選んではいけないんだ。
まずはこの軽すぎる戒めを身に刻み、二度と過ちを犯さぬよう、心に留めておかねば……。
「そうだ。お嬢さん、描いた絵を我に見せてくれないかい?」
「えっ? えっとぉ~……」
ファートに催促されたサニーが、一旦視線を私から外すも、青い瞳をゆっくり私の方へ戻してきた。その眼差しには、心遣いと思いやりが含まれている様にも見える。本当に優しい娘だ。
「サニー、私は大丈夫だ。ファートに絵を見せてやってこい」
「……ほんとっ?」
「ああ、体がちょっと痺れてるだけだ。すぐによくなる」
安心させる為に説得してやれば、サニーは口を尖らせるも、「わかったっ」と微笑み、ファートの方へ歩んで行った。
今動かせるのは眼球だけなので、視線を二人の方へ持っていく。ギリギリ見える先の光景は、サニーがファートへ、絵を差し出している最中の場面だった。
「どうぞっ」
「ありがとう、お嬢さん」
サニーに対し、紳士的な振る舞いでいるファートが、描き終えたばかりの絵を受け取る。
空いているを手を顎に添えて絵を眺めていると、眼光がいやらしくニヤけ、肩が小刻みに震え出した。
「ぷっ……、ぷぷぷっ。いや~、実に素晴らしい絵だ。一生見てられる」
「わーいっ! ありがとうございますっ」
表情は窺えないものの、サニーが両手をバンザイさせた。たぶん満面の笑みだろう。
ファートが言った『素晴らしい絵』という言葉には、いくつ以上の意味が込められているのだろうか? 少なくとも二つ以上はありそうだ。
一つは、単純に絵を褒めている事。もう一つは、私の恰好と表情について。どうせなら、私がどんな顔をしているのか見てみたいな……。
「これを宝物庫の最奥へ」
私の願いは叶わず、ファートは一体のアンデッドに絵を渡してしまった。同時に、石同士を激しく擦り合わせた様な音が鳴り出したが、たぶん宝物庫へ続く道が開いたな。
最奥と言っていたから、あの絵は一生物にされそうだ。ファートは保存技術に長けているので、未来永劫残るだろう……。
体の痺れがやや薄れてきたので、指先から少しずつ動かし、上体を起こす。そのままファート達が居る方へ体を向け、地べたに座り直した。
「おっ、踏ん張り面がやっと起きたな。ほれ、これやるよ」
私の動きに気付いたファートが、ローブの袖に手を突っ込み、取り出した何かを雑に投げてきた。その何かが私の着ているローブの上に落ちたので、視線を下へ滑らせていく。
砂まみれで白っぽくなっているローブの上には、淡い桃色をした包帯が乗っていた。
「……これは、『女王の包帯』じゃないか。いいのか? かなり貴重な物だろ?」
「今日は数年振りに笑わせてもらったからなあ。気分も良いし、くれてやる」
アンデットに巻き付けた包帯が、特殊な条件が重なり合い、低確率で変異すると過去にファートから説明された、『女王の包帯』。
過去、新薬を作っている際、副作用で私の体の成長を止めた代わりに、中途半端な不老の体にしてくれた材料の一つだ。効果からして、あらゆる物の束縛。
この副作用のお陰で、私は八十年間という長い月日を、二十四歳の若さを保ったまま生きてこれた。この副作用が無ければ、今頃私は寿命を迎えて死んでいただろう。……ある意味、助かったかもしれない。
「ありがとう。それじゃあ貰っておく」
「ああ。それと、もう一つだったな。ほーれ」
話を続けたファートが、気だるげに杖をかざす。杖の先にある髑髏の無い眼が赤く発光した途端、私の背後から、カラカラと軽い何かが地面に落ちる音が連続で聞こえてきた。
後ろを振り向くと、そこには、サニーの家族と予想した例の骸骨が、バラバラになって辺りに散乱していた。もしかして、この骸骨に使用していた術を解いてくれたのだろうか?
正しき状態に戻った骸骨を認めた後、ファートに顔を戻す。そのファートは空中でふて寝をしていて、無い耳をほじくる仕草をしていた。
「こいつも、いいのか?」
「お前の願いに乗っかっちまったからなあ。すげえ必死になってたし、なんかとんでもねえ理由があんだろ? じゃなきゃ、『特定』の骸骨なんて欲しがらねえしな」
不機嫌そうに理由を明かしたファートが、鼻を「ふんっ」と鳴らす。確かに、骨ならそこら辺に沢山落ちている。なんなら針葉樹林地帯に行けば、腐るほど手に入る。
ファートには申し訳ないが、これでようやくあの骸骨を埋葬できる。よかった……。安堵してため息を吐くと、私は静かに立ち上がり、ファートに顔を向けた。
「ファート、すまない。本当にありがとう」
そう心を込めて感謝し、深々と礼をする私。
「礼はいらねえよ。どうせまた針葉樹林に行けば、山ほどあるしな。久々に行くか~。それとよ、ファーストレディ」
不意に呼ばれたので頭を上げ、「なんだ?」と返す。
「もう包帯を盗らねえなら、ここに来る用事もねえよな。あ~あ、お前ともこれで『さよなら』か。またつまんなくなるぜ」
さよなら。それは、二度会う事も無い決別の言葉。そう。私はもう、包帯を盗る事を止めたので、ここへ来る理由は一切ない。
だが逆に言ってしまえば、理由が無くともここへ訪れてもいい事にもなる。あえて理由を付けるとすれば、そうだな。ファートに会いに来る為だけに。
「ファート、その別れの言葉は間違ってるぞ」
「あ? なんで? 合ってんだろ?」
「いや、どうせまたここへ来るんだ。『また来いよ』とか『またな』で、いいんじゃないか?」
「へっ?」
私が訂正するも、ファートは訳が分かっていない様子で、口をポカンと開けたまま。数秒してから意味が分かったのか、そのだらしなく開いていた口がだんだんとすぼまっていく。
「……お、おおっ、おおっ! ふーん、ふんふーん! そう、そうっ! へえー、来るんだ! またここに来るんだ、へえーっ! そうっ!」
反応があまりにも分かりやすい。とても嬉しそうに狼狽えている。またここに来てほしいと、素直に言ってしまえばいいのに。
親しい仲の奴が、全員魚の魔物に食われてしまったんだ。反応を見るからに、途方にもない孤独に蝕まれていて、相当寂しかったに違いない。
「ああ、前と同じぐらいの頻度で来るさ。もちろん、サニーと一緒にな」
「ほうほうほうっ! 前と同じっつう事は、七日か十日に一回だな! あんだよっ、最初っからそう言ってくれりゃあいいのに、もうっ!」
本当に嬉しいようだな。感情の抑制が効かなくなっていて、にやけ面のまま体を滑らかにクネらせたり、杖先にある髑髏を頬ずりしている。
そう言えば、こいつは針葉樹林地帯に行くとも言っていたな。どうせだ、私の家の在り方も教えておこう。
「ファート。針葉樹林地帯には、いつ行くんだ?」
「ぬっふふふふ……、あ? まあ、明日か明後日には行くと思うぜ。なんでだ?」
「その隣に白い花まみれになってる沼地帯があるんだが、私達はそこで住んでるんだ。針葉樹林地帯からあまり遠くもないし、たまにはお前が私の家に来い」
家の在処を教え、招待した直後。ファートの体がピタッと止まり、にやけ面が真顔にすり替わった。
「えっ……? 我が行っても、いいの?」
「別に構わない。ただし、早朝と真夜中は寝てる思うからやめてくれ」
「ほ~ん……。お前って結構、人当たりがいいんだな。驚いたぞ」
「前がガサツ過ぎただけだ。本来の私は、大体こんな感じだ」
とは言ったものの。本来の私からは、まだだいぶかけ離れている。昔の私は、こいつのように分かりやすい反応を示せていた。その内、そんな風に戻れるといいのだが。
「なるほどなあ。それじゃあ、これからは退屈しないで済みそうだぜ。なら、別れの言葉は『さよなら』じゃねえな。『また会おうぜ、ファーストレディ』」
「ああ、また会おう」
「またね、ファートさんっ」
一時的な別れの言葉を交わし、いつの間にか私の足元に来ていたサニーが、ファートに向かって大きく手を振る。
家にまで誘ってしまったんだ。これから更に賑やかになるだろう。そう近い未来を思い描いた私は、貰った骸骨を持ち帰るべく、布袋にしまっていた一枚の大きな布を取り出した。
「も、もうちょっと!」
あれから一体、何十分経っただろうか……? 三十分? 四十分? いや……。もう時間の流れの感覚は、限界をとうに超え、痺れすら感じなくなった手と足と共に忘れて、どうでもよくなってきた。
意識して動かず、体勢を維持し続ける事が、これ程まで辛いだなんて……。久々にアルビスと会った時、あいつは首の痺れで自我が崩壊しかけていたが、今ならそれが痛いほど分かる。
だが、サニーは『もうちょっと』と言ってくれた。サニーのもうちょっとは、遅くても三分以内には終わるはず。終わりが見えてきただけでも、気がだいぶ楽になってきた……。
「……うん、よしっ。ママ、描けたよ!」
―――描けた。今確かに、終わりを告げるサニーの宣言が、私の耳に届いた。同時に私の頭の中でプツンという、何かが切れた音がし、全身の力がふっと消えた。
目の前が一瞬真っ白になり、数秒後。ドスンと軽い音が鳴ったかと思えば、体の前面から鈍痛を感じ……。視界が徐々に色付いていくと、気が付いたら私は、埃臭い床に寝そべっていた。
そして完全に色付いた景色の中に、小さな足が映り込み、心配そうにしているサニーの表情が、私の視界に入り込んできた。
「ママ、そのまま倒れちゃったけど……、大丈夫?」
「い、いみゃは、わたひのきゃらだに、しゃわらにゃいで、くりぇ……。しょ、しょれが、トドメに、にゃる……」
「いや~。全身が終始プルプル震えてるファーストレディの後ろ姿よ、見てて愉快だったぜ~」
背後から、ファートの嬉々とした挑発が聞こえてきたが、今はそれどころじゃない。全身は痙攣しているかの様にピクピクしていて、少しでも動かそうもならば、その箇所からくすぐったい大きな痺れが走る。
駄目だ、数分は動かない方がいい。過度の疲労からか腰から下がだんだん痛くなってきたし、これ以上情けない声は出したくない……。
「ママ、秘薬飲む?」
心配してくれているサニーが、内懐から秘薬入りの容器を取り出し、両手を添えて私に見せてきた。
「……ありがとう。でもいい、自然に癒えるのを待つ……」
先の恥ずかしい恰好と、体中を襲っている痺れと痛みは、一つの戒めだと自己解釈しておこう。なので、比較的楽に癒える方法を選んではいけないんだ。
まずはこの軽すぎる戒めを身に刻み、二度と過ちを犯さぬよう、心に留めておかねば……。
「そうだ。お嬢さん、描いた絵を我に見せてくれないかい?」
「えっ? えっとぉ~……」
ファートに催促されたサニーが、一旦視線を私から外すも、青い瞳をゆっくり私の方へ戻してきた。その眼差しには、心遣いと思いやりが含まれている様にも見える。本当に優しい娘だ。
「サニー、私は大丈夫だ。ファートに絵を見せてやってこい」
「……ほんとっ?」
「ああ、体がちょっと痺れてるだけだ。すぐによくなる」
安心させる為に説得してやれば、サニーは口を尖らせるも、「わかったっ」と微笑み、ファートの方へ歩んで行った。
今動かせるのは眼球だけなので、視線を二人の方へ持っていく。ギリギリ見える先の光景は、サニーがファートへ、絵を差し出している最中の場面だった。
「どうぞっ」
「ありがとう、お嬢さん」
サニーに対し、紳士的な振る舞いでいるファートが、描き終えたばかりの絵を受け取る。
空いているを手を顎に添えて絵を眺めていると、眼光がいやらしくニヤけ、肩が小刻みに震え出した。
「ぷっ……、ぷぷぷっ。いや~、実に素晴らしい絵だ。一生見てられる」
「わーいっ! ありがとうございますっ」
表情は窺えないものの、サニーが両手をバンザイさせた。たぶん満面の笑みだろう。
ファートが言った『素晴らしい絵』という言葉には、いくつ以上の意味が込められているのだろうか? 少なくとも二つ以上はありそうだ。
一つは、単純に絵を褒めている事。もう一つは、私の恰好と表情について。どうせなら、私がどんな顔をしているのか見てみたいな……。
「これを宝物庫の最奥へ」
私の願いは叶わず、ファートは一体のアンデッドに絵を渡してしまった。同時に、石同士を激しく擦り合わせた様な音が鳴り出したが、たぶん宝物庫へ続く道が開いたな。
最奥と言っていたから、あの絵は一生物にされそうだ。ファートは保存技術に長けているので、未来永劫残るだろう……。
体の痺れがやや薄れてきたので、指先から少しずつ動かし、上体を起こす。そのままファート達が居る方へ体を向け、地べたに座り直した。
「おっ、踏ん張り面がやっと起きたな。ほれ、これやるよ」
私の動きに気付いたファートが、ローブの袖に手を突っ込み、取り出した何かを雑に投げてきた。その何かが私の着ているローブの上に落ちたので、視線を下へ滑らせていく。
砂まみれで白っぽくなっているローブの上には、淡い桃色をした包帯が乗っていた。
「……これは、『女王の包帯』じゃないか。いいのか? かなり貴重な物だろ?」
「今日は数年振りに笑わせてもらったからなあ。気分も良いし、くれてやる」
アンデットに巻き付けた包帯が、特殊な条件が重なり合い、低確率で変異すると過去にファートから説明された、『女王の包帯』。
過去、新薬を作っている際、副作用で私の体の成長を止めた代わりに、中途半端な不老の体にしてくれた材料の一つだ。効果からして、あらゆる物の束縛。
この副作用のお陰で、私は八十年間という長い月日を、二十四歳の若さを保ったまま生きてこれた。この副作用が無ければ、今頃私は寿命を迎えて死んでいただろう。……ある意味、助かったかもしれない。
「ありがとう。それじゃあ貰っておく」
「ああ。それと、もう一つだったな。ほーれ」
話を続けたファートが、気だるげに杖をかざす。杖の先にある髑髏の無い眼が赤く発光した途端、私の背後から、カラカラと軽い何かが地面に落ちる音が連続で聞こえてきた。
後ろを振り向くと、そこには、サニーの家族と予想した例の骸骨が、バラバラになって辺りに散乱していた。もしかして、この骸骨に使用していた術を解いてくれたのだろうか?
正しき状態に戻った骸骨を認めた後、ファートに顔を戻す。そのファートは空中でふて寝をしていて、無い耳をほじくる仕草をしていた。
「こいつも、いいのか?」
「お前の願いに乗っかっちまったからなあ。すげえ必死になってたし、なんかとんでもねえ理由があんだろ? じゃなきゃ、『特定』の骸骨なんて欲しがらねえしな」
不機嫌そうに理由を明かしたファートが、鼻を「ふんっ」と鳴らす。確かに、骨ならそこら辺に沢山落ちている。なんなら針葉樹林地帯に行けば、腐るほど手に入る。
ファートには申し訳ないが、これでようやくあの骸骨を埋葬できる。よかった……。安堵してため息を吐くと、私は静かに立ち上がり、ファートに顔を向けた。
「ファート、すまない。本当にありがとう」
そう心を込めて感謝し、深々と礼をする私。
「礼はいらねえよ。どうせまた針葉樹林に行けば、山ほどあるしな。久々に行くか~。それとよ、ファーストレディ」
不意に呼ばれたので頭を上げ、「なんだ?」と返す。
「もう包帯を盗らねえなら、ここに来る用事もねえよな。あ~あ、お前ともこれで『さよなら』か。またつまんなくなるぜ」
さよなら。それは、二度会う事も無い決別の言葉。そう。私はもう、包帯を盗る事を止めたので、ここへ来る理由は一切ない。
だが逆に言ってしまえば、理由が無くともここへ訪れてもいい事にもなる。あえて理由を付けるとすれば、そうだな。ファートに会いに来る為だけに。
「ファート、その別れの言葉は間違ってるぞ」
「あ? なんで? 合ってんだろ?」
「いや、どうせまたここへ来るんだ。『また来いよ』とか『またな』で、いいんじゃないか?」
「へっ?」
私が訂正するも、ファートは訳が分かっていない様子で、口をポカンと開けたまま。数秒してから意味が分かったのか、そのだらしなく開いていた口がだんだんとすぼまっていく。
「……お、おおっ、おおっ! ふーん、ふんふーん! そう、そうっ! へえー、来るんだ! またここに来るんだ、へえーっ! そうっ!」
反応があまりにも分かりやすい。とても嬉しそうに狼狽えている。またここに来てほしいと、素直に言ってしまえばいいのに。
親しい仲の奴が、全員魚の魔物に食われてしまったんだ。反応を見るからに、途方にもない孤独に蝕まれていて、相当寂しかったに違いない。
「ああ、前と同じぐらいの頻度で来るさ。もちろん、サニーと一緒にな」
「ほうほうほうっ! 前と同じっつう事は、七日か十日に一回だな! あんだよっ、最初っからそう言ってくれりゃあいいのに、もうっ!」
本当に嬉しいようだな。感情の抑制が効かなくなっていて、にやけ面のまま体を滑らかにクネらせたり、杖先にある髑髏を頬ずりしている。
そう言えば、こいつは針葉樹林地帯に行くとも言っていたな。どうせだ、私の家の在り方も教えておこう。
「ファート。針葉樹林地帯には、いつ行くんだ?」
「ぬっふふふふ……、あ? まあ、明日か明後日には行くと思うぜ。なんでだ?」
「その隣に白い花まみれになってる沼地帯があるんだが、私達はそこで住んでるんだ。針葉樹林地帯からあまり遠くもないし、たまにはお前が私の家に来い」
家の在処を教え、招待した直後。ファートの体がピタッと止まり、にやけ面が真顔にすり替わった。
「えっ……? 我が行っても、いいの?」
「別に構わない。ただし、早朝と真夜中は寝てる思うからやめてくれ」
「ほ~ん……。お前って結構、人当たりがいいんだな。驚いたぞ」
「前がガサツ過ぎただけだ。本来の私は、大体こんな感じだ」
とは言ったものの。本来の私からは、まだだいぶかけ離れている。昔の私は、こいつのように分かりやすい反応を示せていた。その内、そんな風に戻れるといいのだが。
「なるほどなあ。それじゃあ、これからは退屈しないで済みそうだぜ。なら、別れの言葉は『さよなら』じゃねえな。『また会おうぜ、ファーストレディ』」
「ああ、また会おう」
「またね、ファートさんっ」
一時的な別れの言葉を交わし、いつの間にか私の足元に来ていたサニーが、ファートに向かって大きく手を振る。
家にまで誘ってしまったんだ。これから更に賑やかになるだろう。そう近い未来を思い描いた私は、貰った骸骨を持ち帰るべく、布袋にしまっていた一枚の大きな布を取り出した。
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