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57話、見覚えのある骸骨
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「っと、その前に。お嬢さん、絵を描く前に下準備をさせてくれ」
ついに、サニーをお嬢さんにまで昇格させたファートが、弾んだ声を出す。しかし、お嬢さんが自分の事だと分かっていないのか、座っているサニーの頭が右へ傾いた。
「おじょうさん?」
「サニー君、君の事を言ってるんだ。我の存在を引き立たせたいから、前にスケルトン達を並べてもいいかね?」
「あっ、いいですねっ! お願いしますっ」
なぜか喋り方を紳士的に変えてきたファートの提案に、即座に答えるサニー。拒まれるどころか、快く賛同してくれたのが嬉しかったようで、ファートが満足気に「うんうん」と頷く。
「いやはや、お嬢さんは分かってるねえ。では」
声質に渋みが増したファートが、ゆっくりと杖をかざす。杖の先端にある髑髏がカタカタと笑い出したと同時に、私は右側に横目を送る。
手前に居たスケルトンが五体、一斉にこちら側に向くと、一寸の狂いも無く足並みを綺麗に揃え、ファートの元へと歩み出した。
カチャカチャと乾いた足音を鳴らし、前を向いて私の横を通り過ぎていくスケルトン達。が、三番目に歩いているスケルトンだけが、私に顔を合わせていた。
そのスケルトンの無い眼差しには、どこか訴えかけているような、深い恨みを含んでいるような気がする。
それにあのスケルトン……。いや、骸骨には確証を得られないものの、どこか見覚えもあるような……? 見覚えがあるという事は、記憶の片隅に残っている証拠だ。はて……、一体どこで見たんだ?
未だに私を睨みつけているスケルトンが、台座に上がり、ファートの前まで行く。そのまま五体は直立し、持っていた剣を地面に立たせるも、やはり三番目に居るスケルトンだけは、私に顔を合わせたままだった。
「うわぁ~っ! ファートさん、すごくいいですっ!」
「ふっふっふっ。この構図の良さが分かるなんて、お嬢さん、将来大物になるだろう」
「大物? わたし、すごくおっきくなっちゃうんですか?」
「ちょっと意味が違う―――」
傍から見ると微笑ましいやり取りだが……。あのスケルトンが気になり過ぎて、それどころじゃなくなってきてしまった。
他の十一体と比べると、一番真新しいな。どこか欠けているとか、傷らしい傷は一切見当たらない。状態はとても良好だ。つい最近、手下に加えたのだろうか?
となると、私も最近目にし、記憶に残った骸骨になる。これはもう、記憶を掘り下げていくしかないな。
最近、目にした骸骨……。砂漠地帯は違う。骨すら食い漁る魚の魔物が居る。山岳地帯もそう。あそこにあるのは、バラバラに果てている魔物の骨だけだ。
当然、花畑地帯も違う。あそこに骨があったとしたら、ゴーレム達が墓を作り、ちゃんと埋葬するだろう。湿地、樹海でもない。
……となると、針葉樹林地帯か。針葉樹林地帯は、迫害の地の入口とも言える場所であり、別名は自他殺の穴場だ。
あそこなら人骨が山ほどある。その中で、特に記憶に残った骸骨。たぶん、最後に目にしたのだろう。
針葉樹林地帯で、最後に目にした骸骨といえば……。あれは確か、赤ん坊だった頃のサニーと出会った日。粉ミルクを購入するべく街へ行った、その帰り―――。
……まさかあの骸骨は、サニーを捨てたと私が予想した、本当の家族の骸骨か? いやしかし、そう思うのは早計だ。私の勘違いかもしれないし……。
ここはやはり、ファートに聞くべきだ。あの骸骨を何年前に見つけ、どこで調達したのかと。
「ファート、何個か質問してもいいか?」
「質問~? なんだ?」
サニーとは打って変わり、無愛想に返してきたファート。本当に分かりやすい奴だ。
「お前の前に、真新しいがいこ……、スケルトンが居るだろ?」
「ん? ああ、こいつか」
「そのスケルトンは何年前に見つけて、どこで拾ったんだ?」
「ああ~? すげえ難しい質問だなあ、おい。なんで、そんな事が知りてえんだ?」
「それは―――」
声をばつが悪そうに濁し、横目でサニーを捉える私。サニーの前で言える訳がない。『その骸骨は、もしかしたらサニーの本当の家族かもしれない』だなんて。
万が一にでも言った場合、私とサニーの関係は完全に崩壊する。サニーは、私の事を本当の母親だと思っているだろう。いや、そうに違いない。
なのに対し、そんな質問をしてしまったら―――。ダメだ、これ以上は想像したくもない……。
「……り、理由は明かせないんだが、とにかく知りたいんだ。教えてくれ」
「なんだあ、それ? あ~っと、そうだなあ……」
ファートが考え込むように、緑色の眼光を上に持っていく。よかった、思い出そうとはしてくれているようだ。
「確かこいつは、最近拾った奴だったよなあ~……」
「何年前に拾ったんだ?」
「何年前ぇ~? ん~っと……。この体になってから、時間の感覚が疎くなっちまったかんなあ」
「全てが重要な事なんだ。頑張って思い出してくれ」
真剣に考えてくれているのだろう。ファートの眉間部分にシワが寄り、瞼を瞑るが如く眼光が細くなった。
が、ファートが言ってる事も分かる。私も新薬の副作用のせいで、致命傷を負わなければ死なない体になっているから、つい六年程前は季節感すら喪失していた。
「……いち、にぃ、さん? いや、四、五年前ぐらい……。ああ、だんだん思い出してきたぞ。約五年前、針葉樹林地帯で拾ったんだ。見つけた時は新品同等、すげえ綺麗な状態だったぜ」
当時の記憶を思い出し、嬉々としたファートの声を耳にした途端。私の鼓動がドクンと大きな脈を打つ。
「し、針葉樹林地帯の、どこら辺で拾ったんだ?」
「おいおい、そこまで聞くのかよ?」
「いやっ、すまない。もしかして、入口付近で拾ったんじゃないか?」
「ああっ! そうそうそう! よく知ってんな。お陰で全部思い出せたぜ。あん時は、魔物に怯えながらコソコソと探しててよお―――」
大きな声でファートが語り出すも、その声は、だんだんと遠くなっていった。……間違いない、あの骸骨だ。
私が凍らせて砕いた狼に食われ、サニーを捨てたと予想し、とんでもない捨て台詞を吐いてしまった、サニーの本当の家族の骸骨だ。まさか、ファートに拾われていただなんて。
サニーを捨てた後。不本意に殺されてしまい、静かに眠る事すら出来ず、約五年間もの間、聞きたくもない主の命令に従い続け、この神殿に居たのだな……。
あの骸骨には、たぶん生前の魂が縛り付けられている。いや、私が縛ってしまったんだ。余計な捨て台詞を吐いてしまったせいで。
そうでなければ、私にあんな恨みの篭った顔を向け続けてはこないだろう。
……埋葬してやりたい。
いや、埋葬してやらなければいけないんだ。私が、自らこの手で。私が余計な事を言ってしまったばかりに、あの人の魂をこの世に、骸骨に縛り付けてしまったんだ。
毎度毎度私は、なんでこうも酷い事ばかりしてきたのだろうか……。償うべき罪が、あまりにも多すぎる……。
……しかし、ここで嘆いてる暇はない。心を折っている場合でもない。まずは先に、あの人をファートの手から逃してやらねば。
「ファート、お願いがある。聞いてくれ」
「お? 急に改まってきたなあ、今度はなんだよ?」
「そのスケルトンを、いや、骸骨を私に譲ってくれ」
まったく予想だにしていなかったのか。私が無茶なお願いを言うと、ファートの眼光がカッと見開いた。
「ほ、本当にどうしたんだ? 死霊使いにでも転職するのか?」
「いや、しない。理由も明かせないが、どうしてもその骸骨が欲しいんだ。頼む、譲ってくれ」
自分で言っといて何だが、かなりデタラメだ。サニーがこの場に居なければ、隠している理由も明かせただろう。
けれども、その後が怖い。後日、サニーと一緒にまたここに訪れた際、うっかりと喋られる可能性もある。なるべくなら、この理由はファートに教えたくない。
やはり無理があったのだろうか、ファートは「ふんっ」と鼻で笑い、肩を竦めた。
「欲しい理由は言えないけど、我の手下がほしい~? 駄目に決まってんだろうが。第一、こいつは我のお気に入りだぞ? そう易々とはあげられんなあ」
「やはり、そうだよな……。分かった」
ここで引き下がる訳にはいかない。私には、あの骸骨を手放したくなるような、捨て身の策がある。これを言ってしまえば、ファートは途端に浮かれるだろう。
そう確信した私は、早足で歩き出し、コツコツと音を立たせながら台座を上がっていき、ファートの前まで来ては、距離を詰めていく。
そのまま更に歩み寄り、私がファートを見上げ、ファートが私を見下げる距離まで迫ると、私は小さく両手を広げた。
「お前の願いを一つ叶えてやる」
サニーには決して聞こえない小声で言うと、ファートは抜けた面で、「はっ?」と呟く。
「本当に言ってんのか、それ?」
「ああ。ただ、サニーに危害が及ぶのと、私と他者を殺すのだけはやめてほしい。しかし、私を攻撃するのは全然構わない。死なない攻撃であれば、拷問、斬撃、打撃、魔法、何でも無抵抗で受け入れよう」
「……ほっほ~う? それら以外なら、なんでも、ねえ~」
破格の交渉をしてみれば、ファートはいやらしい手つきで顎を擦り、怪しい目つきへと変わった。願いの内容を考えているのだろう。
食いついてくれたはいいが、ファートは一体、どんな願いを言ってくるのか想像がつかない。場合によっては……。
いや、これ以上深く考えるのはやめておこう。何をされても受け入れる覚悟を決めたばかりなのに、躊躇いが生まれてしまう。
「……ふっふっふっ。ぃよ~し、決めた。ファーストレディ、お前が欲しがってるスケルトンを一旦どかすから、代わりにお前がそこに立て」
「私が代わりに? 分かった」
ファートの指示に従うべく、三番目に居るスケルトンの元へ向かう。そこに居たスケルトンは、やはり私の事を見据え続けているも、主の命令には逆らえずに場所を空けた。
代わりに私がそこに立つと、スケルトンは持っていた剣を両手に持ち、私に差し出してきた。
「その剣を持て」
「あ、ああ」
言われるがままに、剣を持つ私。薄汚れた柄の部分を持つと、見た目通り手入れはされておらず、ザラザラとしてる。
「次だ。剣を両手で持ち、頭の上に置け」
……だんだんとファートの意図が掴めなくなってきた。無言のまま立てた剣を両手に持ち、頭の上に置く。やや重いので、柄の先を頭に置いてしまおう。
「そのままお嬢さんの方へ向き、がに股で中腰になり、その体勢を維持してろ」
「サニーの方を向いて、がにま……、は?」
あまりの訳の分からなさに、抵抗のある声を発し、無意識の内に顔をファートの方へ向けてしまっていた。
「なんだあ? その呆れた様な眼差しは?」
「あいやっ、すまない。ふぁ、ファート、私は一体、これから何をされるんだ?」
「何って、これからその無様な恰好を、お嬢さんに描いてもらうんだよ」
「なっ……?」
なんて事だ……。頭の上に剣を置き、がに股で中腰姿の私の絵を、サニーに描かせるだと? こいつ、短い間にとんでもない事を考えついたな……。
普通だったら即座に拒否をする。絶対にやらない。しかし、今の私はファートに逆らえない。『やる』という選択肢しかないのだ。……よりによって、サニーの前でか。
「あれ? ママがいる」
「む」
余程、真剣に絵を描いていたのだろう。前に視線を戻すと、サニーが私にきょとんした眼差しを送っていた。
「あ~っと、お嬢さん、ちょっと待っててねえ~。ほれ、ファーストレディ、やれ」
「うっ……」
背後から、やたらと低くて圧のあるファートの命令が聞こえてきた。……やる、やってやるさ。全ては、サニーの本当の家族の骸骨を、埋葬する為だ。
無いに等しい覚悟を決め直した私は、剣を再び頭に置き、足を大きく広げ、腰を落とした。
「グッ……。か、かなり……、キツい体勢じゃ、ないか……」
「ママ、なにその恰好?」
「わ、私の事は、いいから……、は、早く、描いて、くれぇっ……」
「えっ? あ、えと、わ、わかったっ!」
私の悲痛なる訴え染みた催促に、慌てて絵を描き始めてくれたサニー。何分だ? 何分で描き終わるんだ……? もう既に、足と手が震え出してきた。
「よーしよーし。いい子だぜ、ファーストレディ」
「あ、あうっ……」
ファートが煩わしい挑発をしてきたが、もうそれどころじゃない。……無だ。心を無にしよう。何も考えず、何も聞かず、私の精神を無の空間へ押し込むんだ。
そうすればきっと、この苦痛にも耐えられるだろう……。そう悟った私は、大きく息を吸い込み、肺に溜まっている空気と共に、全ての意識を吐き出す。
そして、目を瞑る前に見た最後の光景は、剣を差し出してきた骸骨の、何を思っているのか判断がつかない顔だった。
ついに、サニーをお嬢さんにまで昇格させたファートが、弾んだ声を出す。しかし、お嬢さんが自分の事だと分かっていないのか、座っているサニーの頭が右へ傾いた。
「おじょうさん?」
「サニー君、君の事を言ってるんだ。我の存在を引き立たせたいから、前にスケルトン達を並べてもいいかね?」
「あっ、いいですねっ! お願いしますっ」
なぜか喋り方を紳士的に変えてきたファートの提案に、即座に答えるサニー。拒まれるどころか、快く賛同してくれたのが嬉しかったようで、ファートが満足気に「うんうん」と頷く。
「いやはや、お嬢さんは分かってるねえ。では」
声質に渋みが増したファートが、ゆっくりと杖をかざす。杖の先端にある髑髏がカタカタと笑い出したと同時に、私は右側に横目を送る。
手前に居たスケルトンが五体、一斉にこちら側に向くと、一寸の狂いも無く足並みを綺麗に揃え、ファートの元へと歩み出した。
カチャカチャと乾いた足音を鳴らし、前を向いて私の横を通り過ぎていくスケルトン達。が、三番目に歩いているスケルトンだけが、私に顔を合わせていた。
そのスケルトンの無い眼差しには、どこか訴えかけているような、深い恨みを含んでいるような気がする。
それにあのスケルトン……。いや、骸骨には確証を得られないものの、どこか見覚えもあるような……? 見覚えがあるという事は、記憶の片隅に残っている証拠だ。はて……、一体どこで見たんだ?
未だに私を睨みつけているスケルトンが、台座に上がり、ファートの前まで行く。そのまま五体は直立し、持っていた剣を地面に立たせるも、やはり三番目に居るスケルトンだけは、私に顔を合わせたままだった。
「うわぁ~っ! ファートさん、すごくいいですっ!」
「ふっふっふっ。この構図の良さが分かるなんて、お嬢さん、将来大物になるだろう」
「大物? わたし、すごくおっきくなっちゃうんですか?」
「ちょっと意味が違う―――」
傍から見ると微笑ましいやり取りだが……。あのスケルトンが気になり過ぎて、それどころじゃなくなってきてしまった。
他の十一体と比べると、一番真新しいな。どこか欠けているとか、傷らしい傷は一切見当たらない。状態はとても良好だ。つい最近、手下に加えたのだろうか?
となると、私も最近目にし、記憶に残った骸骨になる。これはもう、記憶を掘り下げていくしかないな。
最近、目にした骸骨……。砂漠地帯は違う。骨すら食い漁る魚の魔物が居る。山岳地帯もそう。あそこにあるのは、バラバラに果てている魔物の骨だけだ。
当然、花畑地帯も違う。あそこに骨があったとしたら、ゴーレム達が墓を作り、ちゃんと埋葬するだろう。湿地、樹海でもない。
……となると、針葉樹林地帯か。針葉樹林地帯は、迫害の地の入口とも言える場所であり、別名は自他殺の穴場だ。
あそこなら人骨が山ほどある。その中で、特に記憶に残った骸骨。たぶん、最後に目にしたのだろう。
針葉樹林地帯で、最後に目にした骸骨といえば……。あれは確か、赤ん坊だった頃のサニーと出会った日。粉ミルクを購入するべく街へ行った、その帰り―――。
……まさかあの骸骨は、サニーを捨てたと私が予想した、本当の家族の骸骨か? いやしかし、そう思うのは早計だ。私の勘違いかもしれないし……。
ここはやはり、ファートに聞くべきだ。あの骸骨を何年前に見つけ、どこで調達したのかと。
「ファート、何個か質問してもいいか?」
「質問~? なんだ?」
サニーとは打って変わり、無愛想に返してきたファート。本当に分かりやすい奴だ。
「お前の前に、真新しいがいこ……、スケルトンが居るだろ?」
「ん? ああ、こいつか」
「そのスケルトンは何年前に見つけて、どこで拾ったんだ?」
「ああ~? すげえ難しい質問だなあ、おい。なんで、そんな事が知りてえんだ?」
「それは―――」
声をばつが悪そうに濁し、横目でサニーを捉える私。サニーの前で言える訳がない。『その骸骨は、もしかしたらサニーの本当の家族かもしれない』だなんて。
万が一にでも言った場合、私とサニーの関係は完全に崩壊する。サニーは、私の事を本当の母親だと思っているだろう。いや、そうに違いない。
なのに対し、そんな質問をしてしまったら―――。ダメだ、これ以上は想像したくもない……。
「……り、理由は明かせないんだが、とにかく知りたいんだ。教えてくれ」
「なんだあ、それ? あ~っと、そうだなあ……」
ファートが考え込むように、緑色の眼光を上に持っていく。よかった、思い出そうとはしてくれているようだ。
「確かこいつは、最近拾った奴だったよなあ~……」
「何年前に拾ったんだ?」
「何年前ぇ~? ん~っと……。この体になってから、時間の感覚が疎くなっちまったかんなあ」
「全てが重要な事なんだ。頑張って思い出してくれ」
真剣に考えてくれているのだろう。ファートの眉間部分にシワが寄り、瞼を瞑るが如く眼光が細くなった。
が、ファートが言ってる事も分かる。私も新薬の副作用のせいで、致命傷を負わなければ死なない体になっているから、つい六年程前は季節感すら喪失していた。
「……いち、にぃ、さん? いや、四、五年前ぐらい……。ああ、だんだん思い出してきたぞ。約五年前、針葉樹林地帯で拾ったんだ。見つけた時は新品同等、すげえ綺麗な状態だったぜ」
当時の記憶を思い出し、嬉々としたファートの声を耳にした途端。私の鼓動がドクンと大きな脈を打つ。
「し、針葉樹林地帯の、どこら辺で拾ったんだ?」
「おいおい、そこまで聞くのかよ?」
「いやっ、すまない。もしかして、入口付近で拾ったんじゃないか?」
「ああっ! そうそうそう! よく知ってんな。お陰で全部思い出せたぜ。あん時は、魔物に怯えながらコソコソと探しててよお―――」
大きな声でファートが語り出すも、その声は、だんだんと遠くなっていった。……間違いない、あの骸骨だ。
私が凍らせて砕いた狼に食われ、サニーを捨てたと予想し、とんでもない捨て台詞を吐いてしまった、サニーの本当の家族の骸骨だ。まさか、ファートに拾われていただなんて。
サニーを捨てた後。不本意に殺されてしまい、静かに眠る事すら出来ず、約五年間もの間、聞きたくもない主の命令に従い続け、この神殿に居たのだな……。
あの骸骨には、たぶん生前の魂が縛り付けられている。いや、私が縛ってしまったんだ。余計な捨て台詞を吐いてしまったせいで。
そうでなければ、私にあんな恨みの篭った顔を向け続けてはこないだろう。
……埋葬してやりたい。
いや、埋葬してやらなければいけないんだ。私が、自らこの手で。私が余計な事を言ってしまったばかりに、あの人の魂をこの世に、骸骨に縛り付けてしまったんだ。
毎度毎度私は、なんでこうも酷い事ばかりしてきたのだろうか……。償うべき罪が、あまりにも多すぎる……。
……しかし、ここで嘆いてる暇はない。心を折っている場合でもない。まずは先に、あの人をファートの手から逃してやらねば。
「ファート、お願いがある。聞いてくれ」
「お? 急に改まってきたなあ、今度はなんだよ?」
「そのスケルトンを、いや、骸骨を私に譲ってくれ」
まったく予想だにしていなかったのか。私が無茶なお願いを言うと、ファートの眼光がカッと見開いた。
「ほ、本当にどうしたんだ? 死霊使いにでも転職するのか?」
「いや、しない。理由も明かせないが、どうしてもその骸骨が欲しいんだ。頼む、譲ってくれ」
自分で言っといて何だが、かなりデタラメだ。サニーがこの場に居なければ、隠している理由も明かせただろう。
けれども、その後が怖い。後日、サニーと一緒にまたここに訪れた際、うっかりと喋られる可能性もある。なるべくなら、この理由はファートに教えたくない。
やはり無理があったのだろうか、ファートは「ふんっ」と鼻で笑い、肩を竦めた。
「欲しい理由は言えないけど、我の手下がほしい~? 駄目に決まってんだろうが。第一、こいつは我のお気に入りだぞ? そう易々とはあげられんなあ」
「やはり、そうだよな……。分かった」
ここで引き下がる訳にはいかない。私には、あの骸骨を手放したくなるような、捨て身の策がある。これを言ってしまえば、ファートは途端に浮かれるだろう。
そう確信した私は、早足で歩き出し、コツコツと音を立たせながら台座を上がっていき、ファートの前まで来ては、距離を詰めていく。
そのまま更に歩み寄り、私がファートを見上げ、ファートが私を見下げる距離まで迫ると、私は小さく両手を広げた。
「お前の願いを一つ叶えてやる」
サニーには決して聞こえない小声で言うと、ファートは抜けた面で、「はっ?」と呟く。
「本当に言ってんのか、それ?」
「ああ。ただ、サニーに危害が及ぶのと、私と他者を殺すのだけはやめてほしい。しかし、私を攻撃するのは全然構わない。死なない攻撃であれば、拷問、斬撃、打撃、魔法、何でも無抵抗で受け入れよう」
「……ほっほ~う? それら以外なら、なんでも、ねえ~」
破格の交渉をしてみれば、ファートはいやらしい手つきで顎を擦り、怪しい目つきへと変わった。願いの内容を考えているのだろう。
食いついてくれたはいいが、ファートは一体、どんな願いを言ってくるのか想像がつかない。場合によっては……。
いや、これ以上深く考えるのはやめておこう。何をされても受け入れる覚悟を決めたばかりなのに、躊躇いが生まれてしまう。
「……ふっふっふっ。ぃよ~し、決めた。ファーストレディ、お前が欲しがってるスケルトンを一旦どかすから、代わりにお前がそこに立て」
「私が代わりに? 分かった」
ファートの指示に従うべく、三番目に居るスケルトンの元へ向かう。そこに居たスケルトンは、やはり私の事を見据え続けているも、主の命令には逆らえずに場所を空けた。
代わりに私がそこに立つと、スケルトンは持っていた剣を両手に持ち、私に差し出してきた。
「その剣を持て」
「あ、ああ」
言われるがままに、剣を持つ私。薄汚れた柄の部分を持つと、見た目通り手入れはされておらず、ザラザラとしてる。
「次だ。剣を両手で持ち、頭の上に置け」
……だんだんとファートの意図が掴めなくなってきた。無言のまま立てた剣を両手に持ち、頭の上に置く。やや重いので、柄の先を頭に置いてしまおう。
「そのままお嬢さんの方へ向き、がに股で中腰になり、その体勢を維持してろ」
「サニーの方を向いて、がにま……、は?」
あまりの訳の分からなさに、抵抗のある声を発し、無意識の内に顔をファートの方へ向けてしまっていた。
「なんだあ? その呆れた様な眼差しは?」
「あいやっ、すまない。ふぁ、ファート、私は一体、これから何をされるんだ?」
「何って、これからその無様な恰好を、お嬢さんに描いてもらうんだよ」
「なっ……?」
なんて事だ……。頭の上に剣を置き、がに股で中腰姿の私の絵を、サニーに描かせるだと? こいつ、短い間にとんでもない事を考えついたな……。
普通だったら即座に拒否をする。絶対にやらない。しかし、今の私はファートに逆らえない。『やる』という選択肢しかないのだ。……よりによって、サニーの前でか。
「あれ? ママがいる」
「む」
余程、真剣に絵を描いていたのだろう。前に視線を戻すと、サニーが私にきょとんした眼差しを送っていた。
「あ~っと、お嬢さん、ちょっと待っててねえ~。ほれ、ファーストレディ、やれ」
「うっ……」
背後から、やたらと低くて圧のあるファートの命令が聞こえてきた。……やる、やってやるさ。全ては、サニーの本当の家族の骸骨を、埋葬する為だ。
無いに等しい覚悟を決め直した私は、剣を再び頭に置き、足を大きく広げ、腰を落とした。
「グッ……。か、かなり……、キツい体勢じゃ、ないか……」
「ママ、なにその恰好?」
「わ、私の事は、いいから……、は、早く、描いて、くれぇっ……」
「えっ? あ、えと、わ、わかったっ!」
私の悲痛なる訴え染みた催促に、慌てて絵を描き始めてくれたサニー。何分だ? 何分で描き終わるんだ……? もう既に、足と手が震え出してきた。
「よーしよーし。いい子だぜ、ファーストレディ」
「あ、あうっ……」
ファートが煩わしい挑発をしてきたが、もうそれどころじゃない。……無だ。心を無にしよう。何も考えず、何も聞かず、私の精神を無の空間へ押し込むんだ。
そうすればきっと、この苦痛にも耐えられるだろう……。そう悟った私は、大きく息を吸い込み、肺に溜まっている空気と共に、全ての意識を吐き出す。
そして、目を瞑る前に見た最後の光景は、剣を差し出してきた骸骨の、何を思っているのか判断がつかない顔だった。
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