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49話、この有り余った金貨、二人の為に
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私の愛娘であるサニーは、何事も無く五歳になった。
アルビスにサニーを任せて買い出しに行った次の日に、とうとうアルビスとヴェルインが蜂合わせた。人間形態のアルビスを知らなかったヴェルインは、一度初めて会った体を装ったものの。
アルビスの追い打ちとも言える自己紹介に、ヴェルインは驚愕して絶叫し、私に向かって「れ、レディ様……!」と言いながら泣きついてきた。
理由は言わずもがな。あのアルビスが私の家に来てしまったのだ。相当焦っていたのだろう。ぎこちない敬語で命乞いまでしてきていた。
が、事情を説明すれば、その態度は一変。最終的に「俺様のお陰?」とまで言う始末。お調子者であるが、あながち間違ってはいない。
サニーが居なければ。そして、ヴェルインがアルビスにシチューの事を話していなければ、私とアルビスは友好的な関係を築けなかったのだから。
「ごっそーさーん。あ~、美味かった。ほらレディ、受け取れ」
「ふむ、今日も非常に美味だった。アカシック・ファーストレディよ、受け取れ」
アルビスとヴェルインが同時にシチューを食べ終えると、二人揃って当然のように一枚の金貨を私に差し出してきた。
二人共、私が用事で出払わない限り、毎日来ては食べ終える毎に金貨を渡してくるので、今ではものすごい量になっている。
その数、約二千枚前後。大きくて豪華な新築を購入したとしても、全然おつりが来る。いや、家具を全て揃えようとも、半分も使い切れないだろう。
最早、大富豪と言っても過言ではない。私が持つには、あまりにも額が多すぎる。一生掛かっても使い切れないので、もう貰うのは止めにせねば。
「二人共、金貨はもういらない。しまってくれ」
「あ? なんで?」
私が貰うのを拒否すると、耳を垂らしているヴェルインがあっけらかんと言ってきた。
「言うよりも見せた方が早いな。これを見てくれ」
そう判断した私は、貰った金貨が入っている古びた箱に『ふわふわ』をかける。そのままテーブルの上まで持って来て、やや錆びついている箱の蓋を開けた。
二人が首を伸ばし、箱の中身を認めてみれば、ヴェルインは「お~」と言いながら口をすぼめ。アルビスは「ふむ」と呟き、右手を顎に添える。
「これ全部、俺達があげた金貨なのか? いつの間にかすげえ量になったな」
太ももの上にサニーが乗ってきて、流れるがまま頭を撫で始めたヴェルインが言う。
「数にして二千枚以上ある。これはもう、一生掛かっても使い切れない量だ。だから、もういらない」
「いくら金貨があろうとも、あるに越した事はないだろう」
私を論そうとしているアルビスが、腕を組んで話を続ける。
「それに、貴様は目先の情報に囚われがちだぞ。一生掛かっても使い切れない量だから、一体何だと言うんだ? 不測の事態に備え、これからも蓄え続けていろ」
「不測の事態って、例えば?」
考えも無しに私が問い返せば、アルビスは呆れたように肩を竦(すく)めた。
「それは余も分からん、予想出来ないのが、不測の事態だからな。それに―――」
「アルビスさんっ、アルビスさんっ!」
「む?」
アルビスが、論する事から説得にすり変えようとした途端。ヴェルインの太ももで寝っ転がっているサニーが、アルビスに向かって手を伸ばす。
突発的なわがままに応えるべく、アルビスも『ふわふわ』と名付けた風魔法を使用し、甘えん坊なサニーを自分の太ももの上まで持ってきた。
「でだ、アカシック―――」
「えっ!? アルビスさんも『ふわふわ』ができるの!?」
「え?」
やってしまったな、アルビス。『ふわふわ』はサニーの大好物だ。そして、次は必ず『ぶうーん』をおねだりしてくるだろう。
その証拠に、サニーに移したアルビスの龍眼が、困った様子でぱちくりとし出している。たぶん今のサニーは、青い瞳を眩く輝かせているに違いない。
「アルビスさん、『ぶうーん』もやってっ!」
「ぶ、ぶうーん?」
「風魔法で、部屋内を飛び回らせろという意味だ」
「なるほど……、こうか?」
拒む素振りを見せず、嫌な顔一つせずサニーの体を宙に浮かし、ゆっくりと安全にサニーを飛ばすアルビス。
速度や曲がり具合、上昇と降下が心地よかったのか。サニーは満面の笑みで「わーいっ!」とはしゃぎ出し、私達の頭上をグルグルと回り始めた。
「アカシック・ファーストレディよ。これは、何分ぐらいやってればいいんだ?」
「そうだな。三十分で満足する時もあれば、一時間以上やってる時もあるし、半日やってる時もあった」
「半日ッ!? ……まあ、小娘には普段から世話になってるのだ。これぐらいなら付き合ってやろう」
すごく律儀な奴だ。たぶんアルビスは、恩を更なる恩で返す主義なのだろう。
なんの苦もなく『ぶうーん』でサニーをあやしていたアルビスが、何を思ったのか「む?」と短い言葉を発し、眉間にシワを寄せた顔を私へ戻してきた。
「ところで、余らは何を話してた?」
「金貨についでだ」
「ああ、そうか。もう、この話は止めにしよう。小娘の相手をせねばならないからな」
目的がすり替えられてしまったアルビスの龍眼が、グリングリン回転してるサニーの方へ戻った。この話を終わらせるのはいい。
だが、やはり納得いかない部分もある。せめて、金貨を二人の為に使いたい。元々この大量の金貨は、二人の物なのだから。
「いや、一つだけ提案がある。二人共、聞いてくれ」
「なんだ?」
「お?」
私が話を蒸し返せば、ヴェルインはサニーを見ていた目を私に合わせてきたが、アルビスの龍眼は上に向いたまま。とりあえず意識は集められたので、話を続けてしまおう。
「お前達の好きな食べ物や飲み物はなんだ?」
「貴様が作ったシチュー」
「レディが作ったシチュー」
「むっ……」
何の恥ずかし気もなく、二人に即答されてしまった……。なんだか体がムズ痒くなってきたが、私が知りたいのはそれじゃない。
「いや、お前達が元々好きな物だ。教えてくれないか?」
「余らが元々好きな物、ねえ。……ふむ」
「あ~、なんだったかなあ~」
ちゃんとした内容を伝えられたものの、なぜか長考をし出す二人。そういえば、二人も数十年以上もの間、迫害の地に居座っているんだ。
娯楽の一つである好みの飲み食いすら出来ず、溜った鬱憤を晴らせるとしたら、ただ思いのまま力任せに暴れる事のみ。
こうなってしまえば、本来自分がしていた趣味や、好みの食べ物や飲み物なぞ、忘れてしまうだろう。ある意味、可哀想だ。
「余は……、思い出した。ハーブティーだ」
「ハーブティー?」
アルビスが言った聞き慣れない飲み物に、言葉をそっくりそのまま返す私。
「そう。清涼感のあるスッとした風味が、鼻や喉を撫でる様に通っていく、そんなハーブティーだ」
……ハーブティー。ハーブは新薬を開発する際、たまに使っていたが……。本来は飲み物として使う物だったのか? まあ、街に行けば分かるはずだ。
別の分野で使えるとは思ってもみなかったので、作り方も必要な道具すらも知らない。店の者に、こっそりと作り方を教えてもらわねば。
「ハーブティーだな、分かった。ヴェルインは?」
「ん~……。あ、酒だ酒! ちょっとほろ苦い味がするやつのな」
「ヴェルインは酒、と。分かった」
酒ぐらいなら、流石に私でも分かる。酒場で冒険者や旅人達が、がやがや騒ぎながら飲む物だ、たぶん。
アルビスは、清涼感のあるハーブティー。ヴェルインは、ほろ苦い酒。共に飲み物か。ちょっと重いだろうが、難なく持って帰って来れるだろう。
「でよ、レディ。俺達の好きなもんを聞いて、どうするつもりなんだ?」
「今日街へ買い出しに行くから、ついでに購入しておこうと思ってな。せっかくだ、ヴェルインは仲間達を全員呼んで、宴会でも開いたらどうだ?」
「本当か!? そいつはありがてえ! そうなると、かなりの量になるなあ。よし、レディ! 俺も買い出しに付き合ってやるぜ」
そう言ったヴェルインが立ち上がり、陽気に上げた口角から白い牙を覗かせつつ、親指を立てた。
「え? お前、街に行って大丈夫なのか?」
「おお! 俺達は強い奴と戦いたくて、この地に来たからな。別に悪い事は何もしてねえ。で、一番最初に挑んだのが、隣に居るアルビスでよお……」
意気揚々に語っていたヴェルインの声が、途中からか細くなり、耳と尻尾が見るも無残に垂れ下がっていく。
そうだったのか。ヴェルインが迫害の地に来た理由は初めて知ったが、そんな理由で来る奴も居るという訳か。
法で裁かれたくなく、自らこの地に逃げ込んで来る者もいれば。戦いに明け暮れたいが為だけに、ここへ訪れる者もいる。
とどのつまり、この地は逃げ切った罪人の終着点でもあり。この地全体が、途方にもなく広い格闘場にもなり得る。そう考えると、この地で暴れ倒している輩が多いのも頷けるな。
「ヴェルイン、貴様はなかなか強かったぞ。余の堅固な鱗に、傷を付けた数少ない輩だからな」
アルビスがサニーを見つつ当時の本音を語るや否や。ヴェルインの耳と尻尾がピンと立ち上がり、鼻先を得意気に指で擦った。
「だろうだろう! レディ、聞いたか今の!? 俺様だって、結構強いんだぜえ」
「まあ、お前の強さは私も知ってる。鋼鉄をも切り裂かん飛ぶ爪撃も、かなり厄介だ」
私もアルビスに乗っかり褒めちぎってみれば、ヴェルインの尻尾がパタパタと高速で揺れ出し、嬉々とした表情を天井に向けながら両手を腰に当てた。
「だぁーっはっはっはっはっ! 二人からここまで褒められちゃあ仕方ねえなあっ! おいレディ! 荷物持ちは全部、この最強無敵であるヴェルイン様に任せな! ほれ行くぞ!」
「は? 今から行くのか?」
「当たり前だろ! 酒はもう樽で買うぞ、樽で! はーっはっはっはっはっ!」
調子に乗り始めたヴェルインが、高笑いしながら外へ出て行く。買い出しは夕方前に行こうと思っていたが、まあ今日ぐらいはいいだろう。
私も外へ出るべく、扉に向かって歩き出す。扉を開けて外に出る前に、顔をアルビス達の元へ移した。
「それじゃあ買い出しに行ってくる。サニーを頼むぞ」
「ああ、ゆっくり行って来るがいい。ついでだ、小娘にも何か買ってやったらどうだ?」
「サニーにも? なるほど、そうしよう」
「ママっ、行ってらっしゃい!」
空中を縦横無尽に飛んでいるサニーが手を振ってきたので、それに応える為に手を小さく振り返す私。
「行って来る。アルビスに迷惑をかけるなよ?」
「うんっ!」
弾けた笑顔でいるサニーを見届け、扉を閉める。とは言ったものの、サニーには何を買ってあげようか……。
アルビス、ヴェルイン共に飲み物を欲しがっている。なら、サニーにも飲み物をあげよう。サニーは五歳だ。苦い物や辛い物は避けたい。……甘い飲み物。これだ、これにしよう。
となると、今日の買い出しは長丁場になりそうだ。街を全て練り歩き、サニーが好きそうな物を見つけなければいけないからな。
アルビスにサニーを任せて買い出しに行った次の日に、とうとうアルビスとヴェルインが蜂合わせた。人間形態のアルビスを知らなかったヴェルインは、一度初めて会った体を装ったものの。
アルビスの追い打ちとも言える自己紹介に、ヴェルインは驚愕して絶叫し、私に向かって「れ、レディ様……!」と言いながら泣きついてきた。
理由は言わずもがな。あのアルビスが私の家に来てしまったのだ。相当焦っていたのだろう。ぎこちない敬語で命乞いまでしてきていた。
が、事情を説明すれば、その態度は一変。最終的に「俺様のお陰?」とまで言う始末。お調子者であるが、あながち間違ってはいない。
サニーが居なければ。そして、ヴェルインがアルビスにシチューの事を話していなければ、私とアルビスは友好的な関係を築けなかったのだから。
「ごっそーさーん。あ~、美味かった。ほらレディ、受け取れ」
「ふむ、今日も非常に美味だった。アカシック・ファーストレディよ、受け取れ」
アルビスとヴェルインが同時にシチューを食べ終えると、二人揃って当然のように一枚の金貨を私に差し出してきた。
二人共、私が用事で出払わない限り、毎日来ては食べ終える毎に金貨を渡してくるので、今ではものすごい量になっている。
その数、約二千枚前後。大きくて豪華な新築を購入したとしても、全然おつりが来る。いや、家具を全て揃えようとも、半分も使い切れないだろう。
最早、大富豪と言っても過言ではない。私が持つには、あまりにも額が多すぎる。一生掛かっても使い切れないので、もう貰うのは止めにせねば。
「二人共、金貨はもういらない。しまってくれ」
「あ? なんで?」
私が貰うのを拒否すると、耳を垂らしているヴェルインがあっけらかんと言ってきた。
「言うよりも見せた方が早いな。これを見てくれ」
そう判断した私は、貰った金貨が入っている古びた箱に『ふわふわ』をかける。そのままテーブルの上まで持って来て、やや錆びついている箱の蓋を開けた。
二人が首を伸ばし、箱の中身を認めてみれば、ヴェルインは「お~」と言いながら口をすぼめ。アルビスは「ふむ」と呟き、右手を顎に添える。
「これ全部、俺達があげた金貨なのか? いつの間にかすげえ量になったな」
太ももの上にサニーが乗ってきて、流れるがまま頭を撫で始めたヴェルインが言う。
「数にして二千枚以上ある。これはもう、一生掛かっても使い切れない量だ。だから、もういらない」
「いくら金貨があろうとも、あるに越した事はないだろう」
私を論そうとしているアルビスが、腕を組んで話を続ける。
「それに、貴様は目先の情報に囚われがちだぞ。一生掛かっても使い切れない量だから、一体何だと言うんだ? 不測の事態に備え、これからも蓄え続けていろ」
「不測の事態って、例えば?」
考えも無しに私が問い返せば、アルビスは呆れたように肩を竦(すく)めた。
「それは余も分からん、予想出来ないのが、不測の事態だからな。それに―――」
「アルビスさんっ、アルビスさんっ!」
「む?」
アルビスが、論する事から説得にすり変えようとした途端。ヴェルインの太ももで寝っ転がっているサニーが、アルビスに向かって手を伸ばす。
突発的なわがままに応えるべく、アルビスも『ふわふわ』と名付けた風魔法を使用し、甘えん坊なサニーを自分の太ももの上まで持ってきた。
「でだ、アカシック―――」
「えっ!? アルビスさんも『ふわふわ』ができるの!?」
「え?」
やってしまったな、アルビス。『ふわふわ』はサニーの大好物だ。そして、次は必ず『ぶうーん』をおねだりしてくるだろう。
その証拠に、サニーに移したアルビスの龍眼が、困った様子でぱちくりとし出している。たぶん今のサニーは、青い瞳を眩く輝かせているに違いない。
「アルビスさん、『ぶうーん』もやってっ!」
「ぶ、ぶうーん?」
「風魔法で、部屋内を飛び回らせろという意味だ」
「なるほど……、こうか?」
拒む素振りを見せず、嫌な顔一つせずサニーの体を宙に浮かし、ゆっくりと安全にサニーを飛ばすアルビス。
速度や曲がり具合、上昇と降下が心地よかったのか。サニーは満面の笑みで「わーいっ!」とはしゃぎ出し、私達の頭上をグルグルと回り始めた。
「アカシック・ファーストレディよ。これは、何分ぐらいやってればいいんだ?」
「そうだな。三十分で満足する時もあれば、一時間以上やってる時もあるし、半日やってる時もあった」
「半日ッ!? ……まあ、小娘には普段から世話になってるのだ。これぐらいなら付き合ってやろう」
すごく律儀な奴だ。たぶんアルビスは、恩を更なる恩で返す主義なのだろう。
なんの苦もなく『ぶうーん』でサニーをあやしていたアルビスが、何を思ったのか「む?」と短い言葉を発し、眉間にシワを寄せた顔を私へ戻してきた。
「ところで、余らは何を話してた?」
「金貨についでだ」
「ああ、そうか。もう、この話は止めにしよう。小娘の相手をせねばならないからな」
目的がすり替えられてしまったアルビスの龍眼が、グリングリン回転してるサニーの方へ戻った。この話を終わらせるのはいい。
だが、やはり納得いかない部分もある。せめて、金貨を二人の為に使いたい。元々この大量の金貨は、二人の物なのだから。
「いや、一つだけ提案がある。二人共、聞いてくれ」
「なんだ?」
「お?」
私が話を蒸し返せば、ヴェルインはサニーを見ていた目を私に合わせてきたが、アルビスの龍眼は上に向いたまま。とりあえず意識は集められたので、話を続けてしまおう。
「お前達の好きな食べ物や飲み物はなんだ?」
「貴様が作ったシチュー」
「レディが作ったシチュー」
「むっ……」
何の恥ずかし気もなく、二人に即答されてしまった……。なんだか体がムズ痒くなってきたが、私が知りたいのはそれじゃない。
「いや、お前達が元々好きな物だ。教えてくれないか?」
「余らが元々好きな物、ねえ。……ふむ」
「あ~、なんだったかなあ~」
ちゃんとした内容を伝えられたものの、なぜか長考をし出す二人。そういえば、二人も数十年以上もの間、迫害の地に居座っているんだ。
娯楽の一つである好みの飲み食いすら出来ず、溜った鬱憤を晴らせるとしたら、ただ思いのまま力任せに暴れる事のみ。
こうなってしまえば、本来自分がしていた趣味や、好みの食べ物や飲み物なぞ、忘れてしまうだろう。ある意味、可哀想だ。
「余は……、思い出した。ハーブティーだ」
「ハーブティー?」
アルビスが言った聞き慣れない飲み物に、言葉をそっくりそのまま返す私。
「そう。清涼感のあるスッとした風味が、鼻や喉を撫でる様に通っていく、そんなハーブティーだ」
……ハーブティー。ハーブは新薬を開発する際、たまに使っていたが……。本来は飲み物として使う物だったのか? まあ、街に行けば分かるはずだ。
別の分野で使えるとは思ってもみなかったので、作り方も必要な道具すらも知らない。店の者に、こっそりと作り方を教えてもらわねば。
「ハーブティーだな、分かった。ヴェルインは?」
「ん~……。あ、酒だ酒! ちょっとほろ苦い味がするやつのな」
「ヴェルインは酒、と。分かった」
酒ぐらいなら、流石に私でも分かる。酒場で冒険者や旅人達が、がやがや騒ぎながら飲む物だ、たぶん。
アルビスは、清涼感のあるハーブティー。ヴェルインは、ほろ苦い酒。共に飲み物か。ちょっと重いだろうが、難なく持って帰って来れるだろう。
「でよ、レディ。俺達の好きなもんを聞いて、どうするつもりなんだ?」
「今日街へ買い出しに行くから、ついでに購入しておこうと思ってな。せっかくだ、ヴェルインは仲間達を全員呼んで、宴会でも開いたらどうだ?」
「本当か!? そいつはありがてえ! そうなると、かなりの量になるなあ。よし、レディ! 俺も買い出しに付き合ってやるぜ」
そう言ったヴェルインが立ち上がり、陽気に上げた口角から白い牙を覗かせつつ、親指を立てた。
「え? お前、街に行って大丈夫なのか?」
「おお! 俺達は強い奴と戦いたくて、この地に来たからな。別に悪い事は何もしてねえ。で、一番最初に挑んだのが、隣に居るアルビスでよお……」
意気揚々に語っていたヴェルインの声が、途中からか細くなり、耳と尻尾が見るも無残に垂れ下がっていく。
そうだったのか。ヴェルインが迫害の地に来た理由は初めて知ったが、そんな理由で来る奴も居るという訳か。
法で裁かれたくなく、自らこの地に逃げ込んで来る者もいれば。戦いに明け暮れたいが為だけに、ここへ訪れる者もいる。
とどのつまり、この地は逃げ切った罪人の終着点でもあり。この地全体が、途方にもなく広い格闘場にもなり得る。そう考えると、この地で暴れ倒している輩が多いのも頷けるな。
「ヴェルイン、貴様はなかなか強かったぞ。余の堅固な鱗に、傷を付けた数少ない輩だからな」
アルビスがサニーを見つつ当時の本音を語るや否や。ヴェルインの耳と尻尾がピンと立ち上がり、鼻先を得意気に指で擦った。
「だろうだろう! レディ、聞いたか今の!? 俺様だって、結構強いんだぜえ」
「まあ、お前の強さは私も知ってる。鋼鉄をも切り裂かん飛ぶ爪撃も、かなり厄介だ」
私もアルビスに乗っかり褒めちぎってみれば、ヴェルインの尻尾がパタパタと高速で揺れ出し、嬉々とした表情を天井に向けながら両手を腰に当てた。
「だぁーっはっはっはっはっ! 二人からここまで褒められちゃあ仕方ねえなあっ! おいレディ! 荷物持ちは全部、この最強無敵であるヴェルイン様に任せな! ほれ行くぞ!」
「は? 今から行くのか?」
「当たり前だろ! 酒はもう樽で買うぞ、樽で! はーっはっはっはっはっ!」
調子に乗り始めたヴェルインが、高笑いしながら外へ出て行く。買い出しは夕方前に行こうと思っていたが、まあ今日ぐらいはいいだろう。
私も外へ出るべく、扉に向かって歩き出す。扉を開けて外に出る前に、顔をアルビス達の元へ移した。
「それじゃあ買い出しに行ってくる。サニーを頼むぞ」
「ああ、ゆっくり行って来るがいい。ついでだ、小娘にも何か買ってやったらどうだ?」
「サニーにも? なるほど、そうしよう」
「ママっ、行ってらっしゃい!」
空中を縦横無尽に飛んでいるサニーが手を振ってきたので、それに応える為に手を小さく振り返す私。
「行って来る。アルビスに迷惑をかけるなよ?」
「うんっ!」
弾けた笑顔でいるサニーを見届け、扉を閉める。とは言ったものの、サニーには何を買ってあげようか……。
アルビス、ヴェルイン共に飲み物を欲しがっている。なら、サニーにも飲み物をあげよう。サニーは五歳だ。苦い物や辛い物は避けたい。……甘い飲み物。これだ、これにしよう。
となると、今日の買い出しは長丁場になりそうだ。街を全て練り歩き、サニーが好きそうな物を見つけなければいけないからな。
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