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14話、一色対三色

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 やる気に満ちたヴェルインに、サニーのお守りを任せる事にした、次の日の朝。

 朝食を食べ終えたサニーは鼻歌を交えつつ、画用紙の前に寝そべって絵を描いている。使用している色は、茶、青、赤の三色。
 私は家の掃除を終えてから絵を確認してみると、茶色のぐちゃぐちゃした大きな物体に、黒い点が二つ。
 その黒い点々から、横に二つ伸びている茶色の棒の中に、赤色が塗られていた。

 たぶんウェアウルフであろうが、間違えたら墓穴を掘って恥を掻いてしまう。しかし答え合わせもしたくなってしまったので、サニーに聞いてみるとするか。

「サニー、何を描いてるんだ?」

「もじゃもじゃさんだよ」

「ああ、ウェアウルフか」

 もじゃもじゃと言ったのに対し、私が合っていた答えであるウェアウルフと訂正すると、サニーは画用紙から私に顔を移し、青い瞳をぱちくりとさせる。

「うぇーうるる?」

「ウェアウルフだ。サニーがもじゃもじゃと言ってる奴の事だ」

 ちゃんと分かる様に説明するも、サニーは分かっていないのか、首をかしげた。

「もじゃもじゃさん、うぇなうふふっていうの?」

「ウェアウルフだ」

「う、うぇな……。うぇ、や、ううふ……。む~っ」

 上手く発音出来ないせいか、サニーの眉間に浅いシワが寄っていく。話が進まないので、仕方なく私は「サニー、私が言った後に続け」と言い、口を開いた。

「ウ」

「う!」

「エ」

「え!」

「ア」

「あ!」

「ウ」

「う!」

「ル」

「る!」

「フ」

「ふ!」

「ウェアウルフ」

「う、うぇあうるふ。いえたっ!」

 ちゃんと発音出来て嬉しくなったのか、サニーの眉間に寄っていたシワが無くなり、表情をぱあっと明るくさせ、両手を挙げる。
 そのまま満足気な笑みを私に送ってくると、サニーは画用紙に顔を戻し、絵の続きを描き始めた。

「うぇあうるふさんっ、うぇあうるふさんっ」

 鼻歌が様々な音程の歌に変わり、茶色のもじゃもじゃの数を左右に増やしていく。昨日私の家に来たウェアウルフは、ヴェルインを含めて五匹。
 全員が全員、体を覆っている茶色の剛毛。下に履いているくたびれた青色のズボン。口の中にある、舌であろう小さな赤色。……三色も使われているだと?
 こいつらは三色も使用されているのに、私は黒一色のみだ。どこか不平等さを感じるし、負けた気分さえ湧いてきた。
 なぜか気に食わない。この唐突に湧いてきたくだらない敗北感を、どうしても振り払いたい。

「サニー、私の絵も色をいっぱい使って描け」

「ままを? まま、くろしかないよ」

「よく見てみろ、瞳が赤いだろう……」

 瞳の色を強調させようとするも、私はそこで一旦喋るの止め、鏡がある所へ向かう。
 そして、磨いたばかりの鏡に映り込んだ私の姿を、舐め回す様に確認してみた。

 肩より少し伸びている、艶のある漆黒の髪の毛。相手を見下している様に見えなくもない、眠たそうに半ば閉じている瞼。その瞼から垣間見える、唯一色付いた赤が深い瞳。
 新薬の副作用のせいで、二十四歳の時に体の成長が止まっているから、見た目は当時の若さを保っている。
 陽の光をまともに浴びていないお陰で、白魚を彷彿とさせるきめ細かな肌。面立ちはどちらかと言うと中性か、やや女寄り。

 魔女帽子は邪魔なのでかぶっていない。着ているローブも、履いている靴も混じり気の無い黒一色。今の状態だと、どう足掻いても二色にしかならない。

「ローブと靴の色を変えるか? もしくは黒色以外の魔女帽子をかぶるか、あるいは……」

 三色のヴェルインにどうしても勝ちたいが為に、服の配色を気に掛け始める、一応二色の私。魔女帽子、ローブ、靴を別々の色にさえしてしまえば、私は晴れて五色になる。
 だが、私がサニーに与えた色は十色のみだ。黒、茶、紫、青、水色、緑、黄緑、黄、橙、赤。この配色だけで着る物の色を選ぶのは、まったく気が進まない。
 この際だ。サニーにもっと豊富な色を与えてやろう。そうすれば、使える色の選択肢が増え、自ずと私の配色も増えていくはず。

「待てよ? そうなるとヴェルインの色も……」

 このままの服装で私の配色が三色、四色と増えようとも、それに相まってヴェルインの配色も増えていくだろう。
 やはりヴェルインの配色を上回るには、私が新たな色の服を身に纏わなけばいけないのか? 
 簡単な事を深く考えてしまい、勝手に作り出した幻影の二手三手先を読み、頭が思考の沼に飲み込まれていく。

「あっ、うぇあうるふさん!」

「よー、サニーちゃん。昨日振りだな~」

 鏡の中に居る私を睨みつけていると、最早天敵であるヴェルインの声が聞こえてきたので、後ろに顔を向ける。
 勝手に入り込んで来たヴェルインは、サニーの隣にしゃがみ込んでいて、完成したであろう絵を覗いていた。

「うぇあうるふさん、うぇあうるふさんかいたよっ」

「本当か!? おお~、上手に描けてるじゃねえか。この真ん中に居る、一番でかいのが俺かい?」

「うん、そうだよ」

 サニーの返答に対し、ヴェルインは野生を失った右目を眩く輝かせ、口をすぼめる。

「おー、嬉しいねえ! この絵、貰ってもいいかい?」

「うんっ、いいよ!」

「おっほー! ありがとうサニーちゃん! アジトに飾ろっと~」

 余程嬉しいのか、大きくてフサフサな尻尾を振り回し、玄関先を掃除するヴェルイン。尻尾の周りで砂埃が大量に舞っている。
 せっかく掃除を終えたばかりなのに、家の中が再び汚れてしまう。早々にあのふざけた尻尾を止めなければ。

「来たな、茶色一色」

 ヴェルインと言おうとしたはずが、無意識の内に心の中で思っていた事が、口から漏れ出してしまった。こうなってしまうと、後に引けないし訂正もままならない。
 私がおかしな事を口走ったせいで、健気に揺れていたヴェルインの尻尾が止まり、輝きを失った右目を私に向けてきた。

「あ? なんだそれ。俺の事言ってんのか?」

「お前は茶色一色だ、茶色一色なのだ」

 茶色一色の意味を明かせるはずもなく、下手な追撃をしていく。当然ヴェルインは理解出来ておらず、右目は蔑みを帯びながら細まっていった。

「レディ、お前寝起きか? 今まで以上に訳わかわん……」

 ヴェルインの動いていた口が急に止まり、私を見据えていた黒い瞳の視線が僅かにずれ、何かを凝視し出した。
 もしかしたら、壁に飾ってある私とサニーの絵を見つけたのかもしれない。
 何かを見ていたヴェルインの顔が、持っていた自分の絵に移る。そして、サニーの顔を確認した後、私に間抜け面を向けてきた。
 そのままもう一度奥にある何かを見つめると、全てを理解したのか、間抜け面が邪悪な笑みに変わり、口角がつり上がっていった。

「あー、なるほどなあ。よお、黒一色。俺様はなんと、三色も使われてるぜえ~? ほーれ、羨ましいだろう?」

「むっ……」

 あまりにも安すぎる挑発に乗ってしまった私は、床に落ちていた茶色の色棒を風魔法で手元に引き寄せ、ずかずかとヴェルインの元に歩んでいく。

「その絵は間違ってる。貸せ、茶色一色に塗り替えてやる」

「なっ!? 馬鹿、やめろ! 全裸になっちまうだろうが!」

 やはり恥じらいがあるのか二つの意味で焦り出し、私から絵を遠ざける様に、腕を限界まで上に伸ばすヴェルイン。
 三色の絵を奪い取る為に、私は背伸びまでして腕を伸ばすも、絵にはまったく届かない。
 私の身長は約百六十cm。ヴェルインの身長は二m以上。埋まらない差は歴然である。
 魔法を使えば遠くからでもかっさらう事は可能だが、流石に大人げないと思い、伸ばしていた手を引いた。
 背中を見せたヴェルインを見据えながら、一歩二歩と後退り、敗北の意味が篭った舌打ちをする。全てにおいて冷めると、私はため息をつきながら腕を組んだ。

「で、何しに来たんだ?」

「何って、サニーちゃんのお守りだよ」

 貰った絵を守る様に、私に隙だらけの背中を見せているヴェルインが言う。

「ああ、そうか」

「なんだよ、もう忘れたのか? 昨日の事だぜ? 頼むぜレディさんよお」

 全意識が配色に向いていたせいか、ヴェルインがここに来た理由さえ忘れていた。
 恥だ、自らの間抜けさを露呈させてしまった。今すぐにでも、己が口にした茶色一色から時を戻し、全てをやり直したい。
 が、一方通行で進んでいく時間は巻き戻せない。出来ていればとっくにやっている。先の言葉を取り消すのではなく、大切な彼を生き返らせる為に。
 私が落ち着いたと判断したのか、ヴェルインが絵をサニーに預けると、「でだ」と口にした。

「レディ。昨日のシチューはまだ残ってるか?」

「無い、あれで全部だ」

「無いのかよ! あれ、めちゃくちゃ美味かったのによお~……」

 朝飯を抜いてきたのか、茶色の剛毛に覆われているヴェルインの腹が、聞くに耐えない音を鳴らす。

「何も食べてないのか?」

「シチューがあると思ってたから、抜いてきちまったよ~……」

 余程楽しみにしていたのだろう。その証拠にヴェルインの耳と尻尾が、力無く垂れ下がっていく。ちゃんと観察してみると、非常に分かりやすい奴だ。

「肉があるぞ。食べるか?」

「嘘っ!? 食う食う! 腹が減り過ぎて死にそうだから、生でくれ!」

 食べる物があると分かった途端。垂れていたヴェルインの耳と尻尾がピンと立ち、活力が蘇る。

「焼くと生より美味くなるぞ? それを踏まえた上で、生でいいのか?」

「ゔっ……!」

 焦らす様に誘惑してみれば、ヴェルインの表情が悲痛なまでに歪み、己の腹と相談する為か、牙を剥き出しにしている顔を腹に向ける。
 その腹が早く何か食わせろと言わんばかりに、再び哀れに思う程の音を鳴らす。腹の主であるヴェルインは拳を握り締め、今にも泣き出しそうでいる顔を私に戻した。

「や、焼いてくれえ……」

「泣くほどか?」

「飢え死にしそうだが、うめえのが、食いてえんだよ……」

「分かった、待ってろ」

 泣く泣く注文を入れると、ヴェルインは力尽きたのか、床に突っ伏してピクリとも動かなくなった。なるべく早く焼いてやろう。ここで死なれると何かと困る。
 どうせ焼くなら、香辛料で味付けもするべきか? そうすると食欲が増進され、おかわりを要求されるかもしれないが。
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