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9話、無意識にこぼれるため息
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山岳地帯に行った時に比べ、半分以下の時間で家に戻り、静かに扉を開けて中に入る。扉を閉めた途端、行く前には聞こえなかった、サニーの荒い呼吸音が耳に入り込んできた。
カゴの中を見てみると、顔には更に赤みが増していて、息を大きく吸っては、浅く吐いての繰り返し。見るからに悪化している。このままだと半日も持たないだろう。
下手したら今すぐに呼吸を止め、死んでしまう可能性もある。それだけは駄目だ。全ての苦労が水の泡になる。早く秘薬を作らねば。
「まだ死ぬな、耐えろ」
サニーにすら聞こえないであろう小さな声で、自分でも気が付かない内に言葉を漏らす。その言葉に疑問を持たぬまま鉄の大釜へ向かい、作業を再開する。
炎は消さないで外に出たので、一定の温度を保っていて、黄色いヘドロ状の液体をふつふつと沸かせていた。効果は変わっていないと思うので、このまま使用してしまおう。
ブラックドラゴンの『アルビス』から貰った二枚の黒い鱗を、テーブルの上に置く。予め凍らせておいた血を削り取り、別の容器に入れて保管。
そこから、一枚の鱗は魔法で厚い氷で覆い、次に使用するまで保存しておく。もう一枚は芯まで凍らせて砕き、粉末状まですり潰していった。
どんなに堅固で魔法の耐性があろうとも、私の手に掛かれば赤子同然だ。砕けぬ物は何も無い。
ムラなく均等にすり潰していき、息を吹きかけて空中に舞う様になれば、これで作業は終了。一枚が大きいのでかなりの量になってしまったが、多い分に越した事はない。
苦しそうに呼吸しているサニーに目を配りつつ、粉末状にした鱗を鉄釜の中に入れていく。
すると、粉が触れた箇所から液体が透き通っていき、瞬く間に広がっていった。
「ふむ、大丈夫そうだな」
みるみる内に色を変える液体を確認してから、木の棒で丁寧にかき混ぜていく。残りの液体が全て透き通れば、これで秘薬の完成だ。
魔法で灯した炎を消し、煮え立った秘薬を適当な透明の容器に移し、最終確認する。混入物は一切なく、綺麗な薄い琥珀色。
昔作った秘薬とは比べ物にならないほど質が上がっている。流石はブラックドラゴンの鱗。私が求めていた物よりも遥かに良い。これならすぐにサニーの風邪が治るはず。
原液は濃いと判断し、約三百倍に希釈。そして、もう作る事は無くなった粉ミルクと一緒に飲ませる為に、新しい鉄の大釜を二つ用意し、中に必要最小限の水を流し込む。
一つは器具の煮沸消毒用。一つは粉ミルク用に分けて共に炎を灯し、温度を調節。まだ体が作り方や温度を覚えていたので、手際よくこなしていけた。
煮沸消毒を終えた容器を清潔な布で水気を取り、粉状の乳を四杯入れる。三分の二までお湯を入れて蓋をし、振って粉を溶かしていく。
完全に溶け切った事を確認し、希釈した秘薬を入れれば、サニーの風邪を治す粉ミルクの完成だ。粉ミルクが入った容器を振りつつ、早足でサニーの元に行った。
そして、異常に早い深くて浅い呼吸を繰り返しているサニーに、容器の飲み口を近づける。
「サニー、飲め」
私が催促する様に名前を呼ぶも、当然反応は無い。
「サニー」
もう一度呼んでみるが、目を開く事すらなく、震えた深呼吸をし続けているだけ。
「……早く」
ずっと開きっぱなしでいる口の中に、一滴だけ秘薬入りの粉ミルクを垂らす。やっと気付いたのか、サニーは弱々しく瞼を開き、口を動かしてチュパチュパと音を鳴らし出した。
容器を口元まで持ってこいという指示なのか、意識が朦朧としていて、飲んでいるつもりでいるのか分からないが、飲み口を動かしている口の中にそっと入れる。
そのまま粉ミルクを飲み始めるも、半分に満たない量で吸うのを止め、飲み口を口に入れたまま眠りに就いてしまった。
「……ふう」
無意識にため息を吐く私。起こさない様に飲み口を遠ざけ、サニーの寝顔を窺ってみる。先ほどまでの荒い呼吸はしていなく、穏やかになっている。
寝顔もそう。いつもの元気な寝顔だ。秘薬の効果は抜群である。効きすぎて、何かしらの副作用が起きないか勘繰ってしまう程に。
「風邪は治ったな。しかし……」
冷静になり、周りがよく見える様になってきた目を大釜に向ける。目線の先には、縁ギリギリにまで満たされた秘薬が入った大釜。
量にして、約五十kg以上ある。慌てていたせいか、そこら辺はまったく考えずに作ってしまった。一生掛かっても使い切る事はないだろう。
「あるに越したことはない、念の為全部保存しておくか。……あとは」
今日はやたらと鈍色が映える窓に顔をやる。明日以降から、知性のある魔物共がここへ来る事に違いない。全員の目的は、もちろんサニーだ。
それと、捨て子であるサニーを拾った私を嘲笑いに。どちらにせよ、ちょっかいを出して来る輩は、迎え撃つのみ。慈悲なく氷漬けにし、霧状にまで砕いてやる。
そう決めた私は、後片付けを始めた。残っている粉ミルクは、温めたら再び飲めるだろうか? いや、腹を壊すかもしれない。その時になったら、また新しい粉ミルクを作ればいい。
離乳食は、三日ほど与えるのをやめておこう。衰弱した体で食べさせると、胃が受け付けてくれなく、吐いてしまうかもしれない。
また粉ミルクの生活に逆戻りか。今ではぐずる事もなくなったが、少々物足りなさを感じる。こんな事を思ってしまうのも、サニーがいる生活に毒され過ぎたせいか。
サニーと共にした一年という月日が、私の心境を変え始めているのかもしれない。この変化が、良いのか悪いのか私にはまったく分からない。
どちらにせよ、七十年以上も同じ日々を巡ってきた私にとって、新しい刺激になっている。新薬と新たな魔法の開発は、一向に前へと進まないでいるが。
「新薬を開発する為に使う材料が足らなくなってしまったな。採取しに……、いや、今日はやめておこう」
今日は精神的に疲弊してしまった。無い眠気すら覚える程に。疲れを癒す為、今日は何もしないでおこう。
もう一度ため息を吐いた私は、寝てるサニーの元に静かに歩み寄り、近くにある木箱にそっと腰を下ろした。
カゴの中を見てみると、顔には更に赤みが増していて、息を大きく吸っては、浅く吐いての繰り返し。見るからに悪化している。このままだと半日も持たないだろう。
下手したら今すぐに呼吸を止め、死んでしまう可能性もある。それだけは駄目だ。全ての苦労が水の泡になる。早く秘薬を作らねば。
「まだ死ぬな、耐えろ」
サニーにすら聞こえないであろう小さな声で、自分でも気が付かない内に言葉を漏らす。その言葉に疑問を持たぬまま鉄の大釜へ向かい、作業を再開する。
炎は消さないで外に出たので、一定の温度を保っていて、黄色いヘドロ状の液体をふつふつと沸かせていた。効果は変わっていないと思うので、このまま使用してしまおう。
ブラックドラゴンの『アルビス』から貰った二枚の黒い鱗を、テーブルの上に置く。予め凍らせておいた血を削り取り、別の容器に入れて保管。
そこから、一枚の鱗は魔法で厚い氷で覆い、次に使用するまで保存しておく。もう一枚は芯まで凍らせて砕き、粉末状まですり潰していった。
どんなに堅固で魔法の耐性があろうとも、私の手に掛かれば赤子同然だ。砕けぬ物は何も無い。
ムラなく均等にすり潰していき、息を吹きかけて空中に舞う様になれば、これで作業は終了。一枚が大きいのでかなりの量になってしまったが、多い分に越した事はない。
苦しそうに呼吸しているサニーに目を配りつつ、粉末状にした鱗を鉄釜の中に入れていく。
すると、粉が触れた箇所から液体が透き通っていき、瞬く間に広がっていった。
「ふむ、大丈夫そうだな」
みるみる内に色を変える液体を確認してから、木の棒で丁寧にかき混ぜていく。残りの液体が全て透き通れば、これで秘薬の完成だ。
魔法で灯した炎を消し、煮え立った秘薬を適当な透明の容器に移し、最終確認する。混入物は一切なく、綺麗な薄い琥珀色。
昔作った秘薬とは比べ物にならないほど質が上がっている。流石はブラックドラゴンの鱗。私が求めていた物よりも遥かに良い。これならすぐにサニーの風邪が治るはず。
原液は濃いと判断し、約三百倍に希釈。そして、もう作る事は無くなった粉ミルクと一緒に飲ませる為に、新しい鉄の大釜を二つ用意し、中に必要最小限の水を流し込む。
一つは器具の煮沸消毒用。一つは粉ミルク用に分けて共に炎を灯し、温度を調節。まだ体が作り方や温度を覚えていたので、手際よくこなしていけた。
煮沸消毒を終えた容器を清潔な布で水気を取り、粉状の乳を四杯入れる。三分の二までお湯を入れて蓋をし、振って粉を溶かしていく。
完全に溶け切った事を確認し、希釈した秘薬を入れれば、サニーの風邪を治す粉ミルクの完成だ。粉ミルクが入った容器を振りつつ、早足でサニーの元に行った。
そして、異常に早い深くて浅い呼吸を繰り返しているサニーに、容器の飲み口を近づける。
「サニー、飲め」
私が催促する様に名前を呼ぶも、当然反応は無い。
「サニー」
もう一度呼んでみるが、目を開く事すらなく、震えた深呼吸をし続けているだけ。
「……早く」
ずっと開きっぱなしでいる口の中に、一滴だけ秘薬入りの粉ミルクを垂らす。やっと気付いたのか、サニーは弱々しく瞼を開き、口を動かしてチュパチュパと音を鳴らし出した。
容器を口元まで持ってこいという指示なのか、意識が朦朧としていて、飲んでいるつもりでいるのか分からないが、飲み口を動かしている口の中にそっと入れる。
そのまま粉ミルクを飲み始めるも、半分に満たない量で吸うのを止め、飲み口を口に入れたまま眠りに就いてしまった。
「……ふう」
無意識にため息を吐く私。起こさない様に飲み口を遠ざけ、サニーの寝顔を窺ってみる。先ほどまでの荒い呼吸はしていなく、穏やかになっている。
寝顔もそう。いつもの元気な寝顔だ。秘薬の効果は抜群である。効きすぎて、何かしらの副作用が起きないか勘繰ってしまう程に。
「風邪は治ったな。しかし……」
冷静になり、周りがよく見える様になってきた目を大釜に向ける。目線の先には、縁ギリギリにまで満たされた秘薬が入った大釜。
量にして、約五十kg以上ある。慌てていたせいか、そこら辺はまったく考えずに作ってしまった。一生掛かっても使い切る事はないだろう。
「あるに越したことはない、念の為全部保存しておくか。……あとは」
今日はやたらと鈍色が映える窓に顔をやる。明日以降から、知性のある魔物共がここへ来る事に違いない。全員の目的は、もちろんサニーだ。
それと、捨て子であるサニーを拾った私を嘲笑いに。どちらにせよ、ちょっかいを出して来る輩は、迎え撃つのみ。慈悲なく氷漬けにし、霧状にまで砕いてやる。
そう決めた私は、後片付けを始めた。残っている粉ミルクは、温めたら再び飲めるだろうか? いや、腹を壊すかもしれない。その時になったら、また新しい粉ミルクを作ればいい。
離乳食は、三日ほど与えるのをやめておこう。衰弱した体で食べさせると、胃が受け付けてくれなく、吐いてしまうかもしれない。
また粉ミルクの生活に逆戻りか。今ではぐずる事もなくなったが、少々物足りなさを感じる。こんな事を思ってしまうのも、サニーがいる生活に毒され過ぎたせいか。
サニーと共にした一年という月日が、私の心境を変え始めているのかもしれない。この変化が、良いのか悪いのか私にはまったく分からない。
どちらにせよ、七十年以上も同じ日々を巡ってきた私にとって、新しい刺激になっている。新薬と新たな魔法の開発は、一向に前へと進まないでいるが。
「新薬を開発する為に使う材料が足らなくなってしまったな。採取しに……、いや、今日はやめておこう」
今日は精神的に疲弊してしまった。無い眠気すら覚える程に。疲れを癒す為、今日は何もしないでおこう。
もう一度ため息を吐いた私は、寝てるサニーの元に静かに歩み寄り、近くにある木箱にそっと腰を下ろした。
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