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8話、指摘された焦り
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荒れ狂う暴風の隙間を縫いつつ、アルビスとドレイクしか居ないだだっ広い山頂に降り立つ。
乗っていた漆黒色の箒を消し、目の前に居るアルビスに顔を向ければ、二匹は既に招かざる客である私を睨みつけていた。
燦々と降り注ぐ陽の光を全身に浴び、艶やかな紫色の反射光を発している体。全長は太い尻尾を合わせれば、二十メートル以上はある。前に会った時よりも、一回り大きくなっていた。
その全身を覆うは、屈強で堅固な漆黒の鱗。一枚一枚に重厚感があり、並大抵の物理攻撃では決して傷付く事は無い。
魔法耐性にも優れているので、低級魔法では話にならない。中級魔法もそう。上級魔法でさえ余裕で耐え凌ぐ。
首は長く、腹面から下顎にかけては濃い灰色。その箇所は幾分柔らかくなっているが、鱗を纏っている部分と耐久性にそう違いはない。
龍眼の色は、黒味を帯びた深い紫。普通の人間であれば、あの龍眼に捉えられただけで畏怖し、命乞いをし出すだろう。
「ほう、死に損ないの虫が飛んできたかと思えば。よく見たら『アカシック・ファーストレディ』じゃないか」
早々に挑発し、ふてぶてしく私の名前を言うアルビス。隣に居るドレイクが下衆な笑い声を上げるも、無視して腕を組む。
「盲目は相変わらずだな。それとも、更に悪くなったか? 虫ならお前の横に居るじゃないか」
ドレイクを巻き添えにして挑発を返す。そのドレイクは怒りを露にさせ、私に鋭い眼光を飛ばしてくるが、アルビスは動じずに鼻で笑った。
「減らず口も変わらずか。何十年経とうが一切成長してないな、貴様は」
「お互い様だろう。お前は無駄にでかくなった様だがな」
アルビスの右瞼が僅かにヒクついた。この挑発は効いたようだ。
本人も気にしているみたいだし、無いだろうが今後も会う機会があったら、定期的に突っついてやろう。
「で、何しにここまで来た? 余に用でもあるのか?」
「そうだ、お前の鱗を一枚分けてほしい」
「余の鱗をだと? 一体何に使うんだ?」
始まった。体の一部である鱗を欲しがっているんだ、当然気になる。これから、納得いく答えが出るまで質問攻めは終わらない。
あまり時間を掛けられないが、サニーの存在をアルビスに悟られたくない気持ちもある。とりあえず最初の目的から明かそう。
「秘薬を作る為だ」
「秘薬? なんだそれは?」
「大体の傷、疫病に効く万能薬だと思ってくれればいい」
「ふむ。それで、そんな大層な代物を何に使うんだ?」
目的が分かれば、目的を成す為の理由を知りたがる。ああ、面倒臭い。だからこいつに会うのは嫌だったんだ。
「昔に一度だけ、不完全な秘薬を作った事がある。それで、完全に近い物を作りたくなってな」
「それで、余の鱗を使いたい、と?」
「そうだ」
ここで初めて、アルビスの質問攻めが止まった。詮索でもしているのだろうか。絶える事のない暴風を気に掛けず、龍眼は瞬く事なく私を見据えている。
短い沈黙の後。その龍眼には納得ではなく不満が篭り、やや細まった。
「そんなくだらん理由で、余が鱗を授けるとでも思ったか? 無駄足だったな、帰れ」
目的を話せど、理由を明かすも、気に食わなければ一蹴する。当たり前の反応だが、相手がアルビスのせいか余計に癇に障る。
平然を保とうとしていたが、左腕に添えていた右手が何を思ったのか、力が勝手に入っていく。
「どうしても作りたいんだ。もし鱗をくれたら、願いを一つだけ叶えてやる」
帰る所か、引き下がらないで余計な一言を付け加えた私の提案に、アルビスの重厚な眉間に深いシワが寄った。
「願い、だと? アカシック・ファーストレディよ。何をそんなに焦ってるんだ?」
「焦ってる? 私がか?」
不意の指摘に、私はそのまま言葉を返す。焦っている? この私が、何に焦っているんだ? 考えても分からない。たぶん、アルビスのはったりだろう。
「ああ。普段の貴様であれば、実力行使で鱗を奪おうとするか、諦めて帰るかの二択。余にそんな馬鹿げた提案をしてくるはずがない。一体余に何を隠してるんだ? 言え、言うまで帰さんぞ」
アルビスの一言により、隣に居たドレイクが私の背後に回った。まずい、深い所まで探り始めた。しかも、言うまで帰さないというおまけ付き。
別に、帰ろうと思えばいつでも帰れる。背後に居るドレイクなぞ、指を鳴らして魔法で凍らせれば終わりだ。杖を出すまでもない。
アルビスもそう。飛ぶ速度は私の方が速い。その内、難なく振り切れるだろう。しかし、それだと当初の目的が果たせなくなってしまう。
今度は詮索じゃない。私の口で自ら目的を言わねばならない状況になっている。最悪だ、鬱陶しいにも程がある。
どうしても目的を言いたくなかった私は、最後の悪足掻きとして、遠回しに物を言う事に決めた。
「答えは私の家にある。そんなに気になるのであれば、見てくればいいさ」
「貴様の家にだと? そこには何があるんだ?」
「目が悪ければ耳の調子も悪いようだな。気になるなら見て来いと言ったはずだが?」
答えは絶対に自分の口から言いたくないので、なけなしの挑発と虚勢を張る。アルビスの口角がやや強張り、短い舌打ちをしてから顎でドレイクに指示を出した。
「俺が行くのかよ!? なら帰り際に、こいつの家を焼き払ってきてもいいんだな?」
「火山地帯が凍原地帯に変わる事になるだろうが、構わぬなら余は止めんぞ」
ドレイクの出来る訳がない安すぎる挑発に、来たる結果だけを伝えるアルビス。挑発に失敗したドレイクはわざと大きな舌打ちを発し、私の家に飛んで行った。
私がアルビスの強さを知っている様に、アルビスもまた、私の強さを知っている。確かに、火山地帯を凍原地帯に変える事も可能だ。
指を鳴らすのではなく、氷の杖を持ってしまえば、溶岩を根っこから凍らせる事が出来る。
しかし、火山地帯は研究材料が豊富にあるし需要も高いので、たぶんやらないだろうが。
話す事もなくなり、あまりにも早起きな星の数を数えつつ、ドレイクが答えを持って帰って来るのを待つ。
この時間はあまりにも無駄だ。意固地にならず、さっさと自ら答えを言ってしまえばよかったかもしれない。
待っている間に、サニーが死ぬ可能性もある。やっとの思いで鱗を手に入れたとしても、サニーが死んでしまっては意味がない。
私は、確かに焦っているのかもしれない。その焦りの原因は、未だによく分かっていないが。十分、二十分と待つと、ドレイクがようやく帰って来た。
私の家で答えを見てきたのか、いやらしい笑みを浮かべながら。
「アルビス、こいつの家に赤ん坊がいたぜ。しかも、かなり弱ってるようだ」
「赤ん坊、だと?」
ドレイクの信じ難いであろう報告に、アルビスは龍眼を丸くさせ、鼻からため息をついた私にその顔を向ける。
「アカシック・ファーストレディ。貴様の子か?」
「違う、血の繋がりは無い。針葉樹林地帯で拾った捨て子だ」
「捨て子!? 貴様が育ててるのか?」
「悪いか? 気まぐれで拾ったまでだ。飽きたら捨てるさ」
そう適当に言ったが、それが出来ないまま、一年が過ぎている。もう私の意思でサニーを捨てる事はないだろう。タイミングを完全に失ってしまった。
後は、私の目が届かない場所で、魔物か獣がサニーを襲ってくれる事を祈るのみ。
「……ふっ、ふふふっ。ふふふふふっ、んっふっふっふっふっふっ……。アーッハッハッハッハッハッ!!」
私が隠していた最奥の答えを知ったアルビスが、暴風をも寄せ付けない大声で笑い出した。微々たる空気が震え、地面に揺れすら感じる程のうるささだ。
「何がおかしい?」
「心が無い冷酷な魔女で、生き物を研究材料としか見ていない、あのアカシック・ファーストレディが! 赤ん坊を自ら拾い! 育てているっ! これが笑わずにいられるかァ!!」
再び大笑いし出すアルビス。大粒の涙まで流している。ドラゴンの涙は今まで見た事がない。希少な物なので採取したい所ではあるが、そんな悠長を事をしている場合じゃない。
「私の目的は洗いざらい吐いた。今ので全部だ。で、鱗はくれるのか? くれないのか?」
「ヒッ、ヒヒヒッ……、ヒッヒッ……。よかろう。余の鱗を二枚くれてやる」
「む、二枚もいいのか?」
まさか、倍の数をくれるとは思ってもみなかった。散々笑い明かした挙句、そのまま帰れとまで予想していたが。これは誤算だった。
「ああ、いいぞ。この話だけで一ヶ月以上は笑っていられるからなぁ……。フッフッフッフッフッ」
アルビスが震えに震え切った声で理由を明かす。相当満足したのだろう。未だに笑っている。間違いなく話の種にする気だ。
真っ先に伝わるであろうは、この山岳地帯の守護を任されている、隻眼のウェアウルフ『ヴェルイン』。アルビスも認める強さだが、私の敵ではない。
それと、ここの洞窟に住むゴブリン共。こいつらも問題ない。指を鳴らしただけの魔法でも、一網打尽に出来る。
「そうか、なら貰うとしよう」
私がそう甘んずると、アルビスは適当な箇所から鱗を二枚を剥がし、私に放り投げてきた。剥がれた箇所は、痛々しそうに赤い血を流し、見るからにして柔らかい桃色の肉が露出している。
黒い鱗もそう。血の雫が付着していて、線を描きながら滴っている。この血もかなり貴重な物だろうから、こっそりと凍らせて持って帰るとしよう。
やっと落ち着いてきたのか、笑うのを止めて呼吸を整え始めたアルビスが、龍眼に溜まっている涙を前足で拭った。
「ドレイクの言った事が本当なら、早くしないと赤ん坊が死ぬぞ。もうここには用が無いはずだ。さっさと帰れ」
「そうする。鱗、二枚もありがとう」
心の篭っていないお礼を言うと、感謝されて驚愕したのか、アルビスの龍眼がこれ以上にない程までに見開いていく。
私は、鱗に付着している血を凍らせてから風魔法で宙に浮かし、左手に漆黒色の箒を召喚。そのまま鱗を引き連れて、ここに来た以上の速度で家に飛んでいった。
乗っていた漆黒色の箒を消し、目の前に居るアルビスに顔を向ければ、二匹は既に招かざる客である私を睨みつけていた。
燦々と降り注ぐ陽の光を全身に浴び、艶やかな紫色の反射光を発している体。全長は太い尻尾を合わせれば、二十メートル以上はある。前に会った時よりも、一回り大きくなっていた。
その全身を覆うは、屈強で堅固な漆黒の鱗。一枚一枚に重厚感があり、並大抵の物理攻撃では決して傷付く事は無い。
魔法耐性にも優れているので、低級魔法では話にならない。中級魔法もそう。上級魔法でさえ余裕で耐え凌ぐ。
首は長く、腹面から下顎にかけては濃い灰色。その箇所は幾分柔らかくなっているが、鱗を纏っている部分と耐久性にそう違いはない。
龍眼の色は、黒味を帯びた深い紫。普通の人間であれば、あの龍眼に捉えられただけで畏怖し、命乞いをし出すだろう。
「ほう、死に損ないの虫が飛んできたかと思えば。よく見たら『アカシック・ファーストレディ』じゃないか」
早々に挑発し、ふてぶてしく私の名前を言うアルビス。隣に居るドレイクが下衆な笑い声を上げるも、無視して腕を組む。
「盲目は相変わらずだな。それとも、更に悪くなったか? 虫ならお前の横に居るじゃないか」
ドレイクを巻き添えにして挑発を返す。そのドレイクは怒りを露にさせ、私に鋭い眼光を飛ばしてくるが、アルビスは動じずに鼻で笑った。
「減らず口も変わらずか。何十年経とうが一切成長してないな、貴様は」
「お互い様だろう。お前は無駄にでかくなった様だがな」
アルビスの右瞼が僅かにヒクついた。この挑発は効いたようだ。
本人も気にしているみたいだし、無いだろうが今後も会う機会があったら、定期的に突っついてやろう。
「で、何しにここまで来た? 余に用でもあるのか?」
「そうだ、お前の鱗を一枚分けてほしい」
「余の鱗をだと? 一体何に使うんだ?」
始まった。体の一部である鱗を欲しがっているんだ、当然気になる。これから、納得いく答えが出るまで質問攻めは終わらない。
あまり時間を掛けられないが、サニーの存在をアルビスに悟られたくない気持ちもある。とりあえず最初の目的から明かそう。
「秘薬を作る為だ」
「秘薬? なんだそれは?」
「大体の傷、疫病に効く万能薬だと思ってくれればいい」
「ふむ。それで、そんな大層な代物を何に使うんだ?」
目的が分かれば、目的を成す為の理由を知りたがる。ああ、面倒臭い。だからこいつに会うのは嫌だったんだ。
「昔に一度だけ、不完全な秘薬を作った事がある。それで、完全に近い物を作りたくなってな」
「それで、余の鱗を使いたい、と?」
「そうだ」
ここで初めて、アルビスの質問攻めが止まった。詮索でもしているのだろうか。絶える事のない暴風を気に掛けず、龍眼は瞬く事なく私を見据えている。
短い沈黙の後。その龍眼には納得ではなく不満が篭り、やや細まった。
「そんなくだらん理由で、余が鱗を授けるとでも思ったか? 無駄足だったな、帰れ」
目的を話せど、理由を明かすも、気に食わなければ一蹴する。当たり前の反応だが、相手がアルビスのせいか余計に癇に障る。
平然を保とうとしていたが、左腕に添えていた右手が何を思ったのか、力が勝手に入っていく。
「どうしても作りたいんだ。もし鱗をくれたら、願いを一つだけ叶えてやる」
帰る所か、引き下がらないで余計な一言を付け加えた私の提案に、アルビスの重厚な眉間に深いシワが寄った。
「願い、だと? アカシック・ファーストレディよ。何をそんなに焦ってるんだ?」
「焦ってる? 私がか?」
不意の指摘に、私はそのまま言葉を返す。焦っている? この私が、何に焦っているんだ? 考えても分からない。たぶん、アルビスのはったりだろう。
「ああ。普段の貴様であれば、実力行使で鱗を奪おうとするか、諦めて帰るかの二択。余にそんな馬鹿げた提案をしてくるはずがない。一体余に何を隠してるんだ? 言え、言うまで帰さんぞ」
アルビスの一言により、隣に居たドレイクが私の背後に回った。まずい、深い所まで探り始めた。しかも、言うまで帰さないというおまけ付き。
別に、帰ろうと思えばいつでも帰れる。背後に居るドレイクなぞ、指を鳴らして魔法で凍らせれば終わりだ。杖を出すまでもない。
アルビスもそう。飛ぶ速度は私の方が速い。その内、難なく振り切れるだろう。しかし、それだと当初の目的が果たせなくなってしまう。
今度は詮索じゃない。私の口で自ら目的を言わねばならない状況になっている。最悪だ、鬱陶しいにも程がある。
どうしても目的を言いたくなかった私は、最後の悪足掻きとして、遠回しに物を言う事に決めた。
「答えは私の家にある。そんなに気になるのであれば、見てくればいいさ」
「貴様の家にだと? そこには何があるんだ?」
「目が悪ければ耳の調子も悪いようだな。気になるなら見て来いと言ったはずだが?」
答えは絶対に自分の口から言いたくないので、なけなしの挑発と虚勢を張る。アルビスの口角がやや強張り、短い舌打ちをしてから顎でドレイクに指示を出した。
「俺が行くのかよ!? なら帰り際に、こいつの家を焼き払ってきてもいいんだな?」
「火山地帯が凍原地帯に変わる事になるだろうが、構わぬなら余は止めんぞ」
ドレイクの出来る訳がない安すぎる挑発に、来たる結果だけを伝えるアルビス。挑発に失敗したドレイクはわざと大きな舌打ちを発し、私の家に飛んで行った。
私がアルビスの強さを知っている様に、アルビスもまた、私の強さを知っている。確かに、火山地帯を凍原地帯に変える事も可能だ。
指を鳴らすのではなく、氷の杖を持ってしまえば、溶岩を根っこから凍らせる事が出来る。
しかし、火山地帯は研究材料が豊富にあるし需要も高いので、たぶんやらないだろうが。
話す事もなくなり、あまりにも早起きな星の数を数えつつ、ドレイクが答えを持って帰って来るのを待つ。
この時間はあまりにも無駄だ。意固地にならず、さっさと自ら答えを言ってしまえばよかったかもしれない。
待っている間に、サニーが死ぬ可能性もある。やっとの思いで鱗を手に入れたとしても、サニーが死んでしまっては意味がない。
私は、確かに焦っているのかもしれない。その焦りの原因は、未だによく分かっていないが。十分、二十分と待つと、ドレイクがようやく帰って来た。
私の家で答えを見てきたのか、いやらしい笑みを浮かべながら。
「アルビス、こいつの家に赤ん坊がいたぜ。しかも、かなり弱ってるようだ」
「赤ん坊、だと?」
ドレイクの信じ難いであろう報告に、アルビスは龍眼を丸くさせ、鼻からため息をついた私にその顔を向ける。
「アカシック・ファーストレディ。貴様の子か?」
「違う、血の繋がりは無い。針葉樹林地帯で拾った捨て子だ」
「捨て子!? 貴様が育ててるのか?」
「悪いか? 気まぐれで拾ったまでだ。飽きたら捨てるさ」
そう適当に言ったが、それが出来ないまま、一年が過ぎている。もう私の意思でサニーを捨てる事はないだろう。タイミングを完全に失ってしまった。
後は、私の目が届かない場所で、魔物か獣がサニーを襲ってくれる事を祈るのみ。
「……ふっ、ふふふっ。ふふふふふっ、んっふっふっふっふっふっ……。アーッハッハッハッハッハッ!!」
私が隠していた最奥の答えを知ったアルビスが、暴風をも寄せ付けない大声で笑い出した。微々たる空気が震え、地面に揺れすら感じる程のうるささだ。
「何がおかしい?」
「心が無い冷酷な魔女で、生き物を研究材料としか見ていない、あのアカシック・ファーストレディが! 赤ん坊を自ら拾い! 育てているっ! これが笑わずにいられるかァ!!」
再び大笑いし出すアルビス。大粒の涙まで流している。ドラゴンの涙は今まで見た事がない。希少な物なので採取したい所ではあるが、そんな悠長を事をしている場合じゃない。
「私の目的は洗いざらい吐いた。今ので全部だ。で、鱗はくれるのか? くれないのか?」
「ヒッ、ヒヒヒッ……、ヒッヒッ……。よかろう。余の鱗を二枚くれてやる」
「む、二枚もいいのか?」
まさか、倍の数をくれるとは思ってもみなかった。散々笑い明かした挙句、そのまま帰れとまで予想していたが。これは誤算だった。
「ああ、いいぞ。この話だけで一ヶ月以上は笑っていられるからなぁ……。フッフッフッフッフッ」
アルビスが震えに震え切った声で理由を明かす。相当満足したのだろう。未だに笑っている。間違いなく話の種にする気だ。
真っ先に伝わるであろうは、この山岳地帯の守護を任されている、隻眼のウェアウルフ『ヴェルイン』。アルビスも認める強さだが、私の敵ではない。
それと、ここの洞窟に住むゴブリン共。こいつらも問題ない。指を鳴らしただけの魔法でも、一網打尽に出来る。
「そうか、なら貰うとしよう」
私がそう甘んずると、アルビスは適当な箇所から鱗を二枚を剥がし、私に放り投げてきた。剥がれた箇所は、痛々しそうに赤い血を流し、見るからにして柔らかい桃色の肉が露出している。
黒い鱗もそう。血の雫が付着していて、線を描きながら滴っている。この血もかなり貴重な物だろうから、こっそりと凍らせて持って帰るとしよう。
やっと落ち着いてきたのか、笑うのを止めて呼吸を整え始めたアルビスが、龍眼に溜まっている涙を前足で拭った。
「ドレイクの言った事が本当なら、早くしないと赤ん坊が死ぬぞ。もうここには用が無いはずだ。さっさと帰れ」
「そうする。鱗、二枚もありがとう」
心の篭っていないお礼を言うと、感謝されて驚愕したのか、アルビスの龍眼がこれ以上にない程までに見開いていく。
私は、鱗に付着している血を凍らせてから風魔法で宙に浮かし、左手に漆黒色の箒を召喚。そのまま鱗を引き連れて、ここに来た以上の速度で家に飛んでいった。
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